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火の章10 星の欠片

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 応急処置をしていた私の後ろから大神が小野木の様子を覗き込む。

「精神面が不安定で明らかに異常ですよ。専門の医療機関に連れて行って、すぐにでも治療すべきです」

 本来ならそうすべきであることはわかっているが、賛同することは出来なかった。

「出来ない理由があるのさ。花木豆さん落ち着いて話の出来る部屋ってないですか」
「すぐ隣が空いてる。そっちで話すか」
「小野木先輩をこのままにしてて大丈夫なんですか」
「いつも大体1、2時間くらいは目覚めないから問題ないはずだぞ。最近は慣れて来たのか、時間が短くなってるような気もするが」

 いつ目覚めるかわからない小野木の側で話をするのは危うい。話している内容によっては、また彼女が取り乱すことになるので、私たちは花木豆さんに別室へと案内してもらってから話を再開した。

「小野木が一般の生徒であったならそうしてただろうさ。でしょう花木豆さん」
「まぁな。ココロを護錠四家の息がかかっている可能性がわずかにでもある医療機関に連れてきゃ、まず間違いなく生きたままバラされるだろうな」
「え、解剖されるってことですか?」
「そういうことだ。最悪殺処分か、生かされてても孕み袋として酷使されるんじゃねぇかな」
「なんなんですかそれは。それなら闇医者みたいなのはいないんですか、こんな地下施設を個人所有してるくらいですし、知り合いにそういったひとのひとりやふたりくらい」
「いないな。そもそもそこまで広くもない翠河市で、護錠四家の目を欺いて商売しよってのが無理な話だ。表向きは善良な奴らだからな、後ろめたいことをやってる奴らは、善良な市民様ってな監視者に通報されておさらばだよ」
「それならこの地下施設はどうしてるんです?」
「オレは別に隠しちゃいないさ。北壁に申請を出してる。ま、技術提供する代わりに地図上からはここの存在は抹消してもらってるがな」
「矛盾してません?」
「星鳴舎から近いこの場所だから可能だったのさ。欠片持ちでもなきゃ近付けねぇからな、こんなとこ。他所の地下施設とは完全に独立してるしよ」
「ずっと気になってたんですけど、今までの発言からして欠片って、もしかしてエルウ現象で落ちてきた空の欠片のことですか?」

 大神が質問すると「ベニカ」と花木豆さんは、私の方を見て説明するよう促した。

「まぁ、大神なら教えても問題ないか。お前の想像通りだよ。星の欠片と呼ばれている世界の断片を星鳴舎の入居者は体内に有している。もちろんお前もだ」
「そういう基準で入居者を選んでたんですか。成績じゃないとは思ってましたけど」

 2年3年の入居者は首席次席と揃っているが1年生は割と平均的な成績をしている。大神自身の成績は良くも悪くもない微妙な位置付けだった。

「お前の場合は9年前のエルウ現象の最中に欠片を体内に宿したんだろうな」
「でしょうね」
「それでだ。紅脈直下に建てられた星鳴舎に私らが押し込められてるのは、魔錠の代わりみたいなもんなのさ。そこから落ちてきた欠片の一部を有してるんだから。これ以上ひび割れを広げないよう作用するだろうってな」
「摘出は……出来ないですよね?」
「完全に溶け込んでるからな。摘出するには殺すしかない。確か宿主が死ぬと体内で再び結晶化するらしいからな」
「それならなんで私は殺されてないんでしょう。護錠四家以外から宿主が出るのは不本意なんじゃないですか?」
「適合出来る人間が限られてるからさ。いくつかわかってる条件もあるにはあるが、二十歳未満の女性でなければならないとかな。たぶん幼い頃に紅脈から放たれる赤光を浴びてるかどうかが重要なんだろうな。性別に関する理由はいまいちわかっていない」
「もしかしてこの星って女の子だったりするんですか?」
「そういう説もある」

 そこで一旦話を区切ると大神は、顎に手を当ててなにやら考え込んでいた。

「犯人はその欠片を狙ってたってことですか。だとしたら遺体を回収した東端本家がしおちゃん先輩を」
「そらねぇな。ココロが回収してシオリの欠片ならここにあるからな」
「え? どこにですか」
「さっき実験してた魔導具に使われてる」

 花木豆さんの言葉を聞いて伐採斧型の魔導具が、なぜあんな能力ちからを発揮していたのか理解した。

「でも、あの教室に小野木先輩は入ってもいないはずですよ。どうやって回収するっていうんですか」
「空き教室から見つからなかった部位があっただろう」

 大神に告げるとなにか察したように目を見開く。

「しおちゃん先輩の空間跳躍銀の靴って、欠片に宿った能力ちからだったってことですか」
「あぁ、そういうことだ」
「だったら犯人の目的はなんだっていうんですか。私怨だったとは思えないですし」
「護錠四家だというだけで狙われるには充分な理由だと思うが」
「それはありえないですよ」
「ありえない?」
「もしそうだったらなんで小野木先輩はこんな状態に陥ってるんですか。なにかに巻き込んだって言ってたんですよ」
「あいつの思い込み……とは確かに言い切れないな。花木豆さんはなにかあいつから聞いてるんですか」
「そりゃ知ってるに決まってんよ。でなきゃ、ココロがオレを頼って来るわけないかんな」
「教えてもらえますか」
「鍵だよ、鍵」

 容疑者Xドロシーから送られていた最初のメッセージカードに記されていた一文が脳裏に浮かぶ。

「……鍵ですか。確かに予告状めいたメッセージカードにそんな単語はありましたが。魔錠のことではないんですか」

 予告状と口にした瞬間、大神から鋭い視線が送られてくる。あのメッセージカードに関しては護錠四家の者にしか話していなかった。

「全くの別物だっつの。あれは星の欠片で魔錠の複製を創ろうとした過程で出来たもので、魔錠の能力ちからを強引に引き出す代物だ。まぁ、そいつの実験の際に魔錠はひとつ失われちまったがな」

 魔錠が失われたと聞いて目眩がした。

「まさかとは思いますが、その実験が行われたのは」
「9年前だな」
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