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金の章09 暗黒

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「中央棟の屋上上空にお願い」
「了解」

 すぐさま翼は指定位置にまで上昇する。眼下では異形化した避難者だった者たちが中央棟に群がり、壁を蜥蜴か蜘蛛のように屋上へと這い登って来ていた。

「ここまでなりふり構ってない様子からして星の意思OZUNOに翼の出自がバレたのかもね。でも、いつどこで確信を得たのかわからない。常に監視がないかどうか細心の注意をしていたつもりなんだけど」

 そう疑問を口にすると翼はなにか心当たりがあるようだった。

「そうですね、おそらく確信を得たわけではないと思いますよ。ただ杖彦知恵が再び対話可能な状態にまで回復したことで星片を奪った存在が、彼女から情報を得るために、奪っていた星片を彼女に返したと推測したんじゃないですかね」
「タイミング的にも充分にあり得そうな話ね。完全に私の行動が裏目に出た結果か。だとしたら星の意思OZUNOは私を異世界からの来訪者として勘違いしていそうね。それなら都合がいいかもしれない」
「……無茶する気ですね」
「無茶でもしなきゃ、この状況を打開することなんて出来ないのはわかりきってるでしょ。出来れば直接私たちの前に、当人が肉体を持って現れてくれると喜ばしいんだけど、散々他人を操って暗躍してる星の意思OZUNOに出て来て貰うのは無理がありそうね」

 策を練るでもなく翼と話していると、異形の化物は屋上に乗り切れないほどに溢れかえり、それでも上空に浮遊する私たちに迫ろうとしていた。他者を足場に次々と折り重なり、腕だけでも届かせようと長く伸ばしたりなどの変貌をさせられたりしていた。

「1年生たちを地上に避難させるのを辞めて正解だったかな。にしても厄介ね、ただ駆除するだけなら簡単だけど。なりふり構わないにしても異世界の能力を手に入れた後があるんだから、あっちもあっちで無駄に人材は消費したくないだろうし、そろそろ別の手を打って来るはず……」
「その希望に沿った対応をして来たみたいですけど、少々難儀するかもしれませんよ」

 翼の発言通りにそれは現れた。地を這い群れる異形の者たちとは別方向から、背中に生やした透き通る4枚翅を風が唸るほどの速度で羽ばたかせる個体が高速で接近して来る。それは翼のように宙を泳ぐように舞うのではなく、短距離を直線的に移動しては停止飛翔するのを繰り返していた。その飛翔速度は、明らかに翼を上回っている。ただそれ以上に翼が難儀だと評した理由は、異形化して半身を空間に穴が空いたかのような一切光を反射しない暗黒色で染め上げた相手が、蜂峰優花だということだった。

「彼女の宿している星片の大きさや、精神面の強靭さからして洗脳されることはないはずだろうけど、もしかして能力を発現させてしまったということかな」
「だとしたら地下でやり合った南雲燐紅とは比較にならない苦戦を強いられるのは確定でしょう」
「魔導人形などではなく、優花本人でしょうからね」

 などと悠長に会話していられたのもそこまでだった。一定の距離を保って停止飛翔しながら周囲に大小様々な暗黒の物体を現出させる。正確な形状も把握することが出来ないそれらが、四方八方から私たちを囲い込むようにして放たれた。その距離感の掴めなさから、目視での回避は困難だと判断した私は、広範囲に魔力を拡散させて索敵しながら取得した情報を、私の身体を構成していた星片を介して翼と共有する。

「助かる」
「回避は任せた」

 翼は私から受け取った情報を頼りに、危なげなく暗黒の針を躱していく。大神智世が使用していた魔導武具の三層防壁三匹の子豚があれば、優花からの攻撃を対処するのは容易だったかもしれないが、無い物ねだりしても仕方がない。私は彼女が使用していた三層防壁三匹の子豚と似た効果を魔導具の補助なしで莫大な魔力に物を言わせて再現した。するとその性質をよく知っている優花は、暗黒の物質で長大な馬上槍を現出させ、再び多数の針を宙空に配置する。接近の合間合間に、停止飛翔を織り交ぜて撹乱して来るが、全方位に魔力を拡散しているので視覚的な錯覚に惑わされることなく翼が対処する。圧縮空気弾で牽制しながら、何度目かの攻撃を凌いで気付く。飛翔速度が翼より圧倒的に上であるはずの優花が、一気に距離を詰めて来ないのは撹乱のためだけではないようで、一度に移動出来る距離はかなり短いように感じられた。

「距離を取りながら戦えば問題ないってことはわかったけど、こっちに決め手となる攻撃に欠けてて、どうにも困ったね」
「それは向こうも同じでしょう」

 相手にも聞こえる声で翼と言い合っていると、優花がこれまでのように短距離移動ではなく、途中に停止飛翔せずに一気に接近する。翼が全力で後退するが距離はどんどん狭まっていく、私は慌てたように空気弾を無秩序にばら撒いて牽制したが、何度かそれの直撃を受けていた彼女は、耐えられないほどの攻撃ではないと判断したらしく、回避することなくこちらに直進して来た。
 そして優花は渾身の力を込めて槍を突き出した。直後、彼女は体勢を崩して突如飛翔困難な状態に陥り、錐揉むように落下する。そんな彼女の背中に私は白熱火球を放ち、4枚の翅を焼き払った。
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