踏ん張らずに生きよう

虎島沙風

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傷つけたら許さない(㊀)

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 忘れる訳がないだろ、と風哉は心の中で即答した。
 岩渕いわぶち蒼太は、裕平が風哉を虐める前に虐めていた元クラスメイトで、郡山こおりやま楓寧は小一の頃からの親友だ。自分が誰かに告げ口した結果、起こるに違いない、最悪の事態を想像しただけで、恐ろしくて震え上がった。だが、何と答えるのが正解なのかは分かりたくなくても分かっている。
「うん覚えてる。チクんないよ。誰にも知られたくないから」
 風哉が必死に笑顔を作りながら答えると、裕平はニコッと幼い子供のように笑った。
 誰にも知られたくない。これは咄嗟に吐いた嘘ではなく、遥輝には見抜かれてしまった本音だ。もし、裕平たちに虐められていることを知られたら、いつもおちゃらけている幸せそうな奴から、つらいのに頑張って明るく振る舞っている可哀想な奴に認識が変化してしまうかもしれない。それが死ぬほど嫌だから、誰かに打ち明ける気も助けを求める気もさらさらない。
 「で。通話中に一緒にいたのは誰なんだよ?」
 裕平が急に質問してきた。いつの間にか、口元から笑みを消して真顔になっている。風哉が裕平と通話している時に一緒にいた相手は海結だ。
「俺は確かにこの耳で聞いたぞ。『一人じゃないじゃん』と……、『何で嘘吐くの?』だっけか? 女ってのは分かったけど誰かは分かんなかったから教えろよ」
 誰が教えるか、と吐き捨てそうになるのを何とか堪える。裕平は海結を巻き込む気満々のようだが問題ない。裕平たちに何を言われても何をされても口を割るつもりはないからだ。
 風哉は挑発目的でわざとらしく指をパチンと鳴らした。
「当ててみてよ」
 全てがお前の思い通りになると思うなよ。
「ふざけっ──」
「簡単だ」
 裕平の怒声を遮ったのは遥輝だ。
「長間の一番仲の良い女友達は浜崎だから浜崎だろ」
 一発で正解するという想定外の展開に風哉は動揺して何も言えなかった。すると、優護が右手に持っているスマートフォンから風哉に視線を移して「へぇ」と興味深そうに相槌を打つ。
「海結ちゃんと一緒にいたんだね。もしかしてデート? でも。特別仲良さそうには見えなかったのになぁ……。ま、趣味が人間観察の変態はるきんぐが言うから間違いないだろうけど」
 まずいことになった。同じクラスで同じ部活動に所属していて一緒に行動することが多い、楓寧のことは誤魔化せずに脅しの材料に使われてしまった。だが、誰にでも分け隔てなく接しているお陰で仲良しの度合いは分かりにくかったはずだ。それなのに、遥輝はいったいどうやって見抜いたのか。優護が暴露した通り、本当に観察していたのかもしれない。
 そこまで考えたところで、一つ疑問が湧く。遥輝は何で言わなかったんだろう。風哉の最も仲の良い女友達が、海結だと分かっていながら、なぜそれを裕平と優護に今日まで教えなかったのだろうか。
「おい優護。俺は変態じゃないしふざけたあだ名で呼ぶなって何度言ったら分かるんだ?」
 遥輝が不機嫌そうな表情で注意すると、優護は「いいじゃん」となぜか嬉しそうに笑った。
「何だよ」
 ふと気づけば、裕平まで肩を揺らして笑っている。かと思えば黒縁眼鏡の奥にある瞳が陰湿に光った。
「だったら今すぐここに連れてこいよ。浜崎が参加すればこのゲームはもっと楽しく……、」
「海結を傷つけたら許さない!」
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