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第26話 悪党は自由
しおりを挟む俺とフリッツは証拠を持って屋敷に戻った。
「執務室に侵入してこれを見つけた」
待っていた王女様とセレスティアに確固たる証拠を見せる。
俺が手渡した書類にはイデア王国へ送った魔族の総数やら禁制品の詳細な内容まで記載されていたし、中にはコッペン本人に向けた指示書まで残っていた。
ボルドー侯爵のサインと共にね。
「これはもう……。決定的ですわね」
「ああ……」
結局のところ、王女様は失意の底に落ちてしまった。
ガックリと崩れ落ちた王女様はショックで立ち上がれず、手で顔を覆いながら「嘘だ、嘘だ」と呟く。
正直、見てらんねえよ。
「殿下。悲しいのは分かります。ですが、ご決断を」
寄り添い、彼女の背中を摩るセレスティアが問うと王女様は腹を決めたようだ。
「明日、騎士団と共にボルドー侯爵の屋敷に強制捜査を仕掛ける……」
奥歯を噛み締める王女様は王家の一員として決断を下した。
「分かりました。朝までに騎士団内で信用できる人物をピックアップしておきますわ」
証拠の中には事件に関わっていた騎士に繋がる情報も含まれているだろう。
「特に列車の検査に立ち会った騎士は省いておかないとな。屋敷に突入した瞬間、証拠を消されちゃたまらねえ」
俺の助言に頷くセレスティアであったが――内心、さっさと地下室を見つけてくれよと思っていたのも事実。
「他に何か不審な物はありまして?」
「いや、分からん。執務室に侵入して書類を確保したらさ。上の階で物音がしたんだ。だからすぐに脱出しちまった」
地下室の件には一切触れない。見てもいないし、存在すらも知らなかったという体でいく。
これにはセレスティアも不審に思わなかったようだ。
――そして、翌日。
予定通り、王子様を演じる王女様は騎士団に強制捜査を通達。
指揮を執るのはセレスティアが「安全」と評価した者であり、同じく揃えられた騎士達も今回の件には関わっていないとされる者達であった。
捜査チームは二手に分かれ、一方はボルドー侯爵邸へ。もう一方は事件に関わっていた元仲間の逮捕を決行。
逮捕された騎士達は訳が分からなかっただろうな。だが、確かな証拠もあるため逃れられないはず。
同時に王城にも衝撃が走った。
王子様を演じる王女様が貴族達の前で全てを明らかにし、今回の事件はボルドー侯爵が首謀者だったと宣言したからだ。
貴族達の中には「王家と親しいボルドー卿がどうして」と困惑する意見が多かったようだが……。
だが、ここで状況は一変。
屋敷の捜査を行っていた騎士隊から「ボルドー侯爵が死亡していた」という報告が入る。
これによって更なる混乱が起きた――
「というのが、本日の午前中に起きた出来事ですわ」
東区にある屋敷にて。
王女様不在の中、俺達はセレスティアから事の経緯を聞いていた。
「ボルドー侯爵は何者かに殺害されたようですわね。ですが、ワタクシの仕入れた情報によると死亡した日はずっと前だったようですわ」
彼女は「今回の件にボルドー侯爵は関わっていないのでは?」と語る。
「はぁ? でも、ミツバチはボルドー侯爵本人を監視していたんだろ?」
俺は「意味が分からねえ」と付け加える。
どうだ? 俺の演技もそこそこやるだろう?
「ええ。ボルドー侯爵は屋敷の地下室で亡くなっていたそうですわ。そして、同じく地下室には不審者の死体も発見されたと」
「不審者?」
「どうにも身元が分からないようです。ボルドー侯爵が雇っていた部下とも違うとの情報もありますし……。恐らくですけど、ミツバチが監視していたボルドー侯爵は魔術で化けていた別人ではないかしら?」
現状の捜査では、不審者の所持品から魔導具の類が大量に見つかった。
これにより、不審者は魔術師なのではないか、という推測が大半を占めているという。
「ふぅん」
ここまで聞いた感じ、いいように話が落ち着きそうかな?
しかし、真犯人の身元は不明のままになりそうだな。
俺の手元にも男の名前や出身地が入ってきていないが、ローゼンターク王国人ではないだろう。
……イデア王国人かな? あるいは、もっと北にある国の出身かも。
どちらにせよ、マギフィリアに属する人間は様々だ。種族も出身もね。
簡単には特定できないようにもなっているだろうよ。
「そんで? 結論としては?」
俺が話の続きを促すと、セレスティアは弱々しく首を振る。
「恐らく、ボルドー侯爵は事件に関わっていない。真犯人はボルドー侯爵に化けていた別人であった、という答えに落ち着きそうですわね」
「ふぅん。なるほどねぇ」
他人に化けて裏で暗躍するなんてね。
怖い世の中だよ。本当にね。
「朗報と言えばもう一つ。陛下が患っていた病気が完治しそうだという話が入ってきましたわ」
「へぇ。そりゃよかったじゃないの」
例のメモと解毒薬は無事に発見されたようだな。
ボーナスが手に入らなかったのは残念だが、こればっかりは仕方がない。
まぁ、俺の正体もバレず、王様も解毒薬を飲んで、王女様も悲しい想いをしなかった。全て丸く収まったってことで良しとするか。
「んじゃ、仕事は終わりでいいのか?」
「ええ。ひとまずは終了でしょうね」
事件は明るみになったものの、正式な捜査は始まったばかり。
しかし、ローゼンターク王国を狙う極悪事件は一旦幕を下ろしたってところか。
「報酬は?」
俺は忘れてないぜ。
なかなかに大変な目にも遭ったんだ。報酬をしっかり貰わなきゃ終われないね。
「もちろん、殿下から渡すように言われておりますわ」
セレスティアは座っていたソファーの横に置かれた黒く大きな鞄を膝の上に乗せる。
鞄から出てきたのは札束だ。とんでもない量の札束だ。
「今回の報酬は一人、五百万ローゼですわ!」
「ホッホー! たまんねえ!」
テーブルの上に積まれた山盛りの札束を見て、俺のテンションは爆上がりだぜ!
「う~ん! 金の匂いってのはたまんねえなぁ!」
俺は両手で札束を掴むと、頬ずりした後に匂いをスゥゥゥッ! と吸い込む。
ああ、たまらん! この特殊な紙とインクの匂いがたまんねえ!
「お行儀が悪いですわね」
「馬鹿言うんじゃないよ。あんただって金は大好物だろう?」
ニヤッと笑いながら言ってやると、セレスティアも同じくニヤリと笑いながら「ええ」と頷いた。
「ボクはそこまで固執していないかなぁ」
フリッツはそう言いながらも、ちゃっかりと自分の分を確保している。
どの口が言ってやがる。良い子ちゃんぶってんじゃねえぞ。
「…………」
対し、ロナは控えめに札束を掴んでいく。
五つの札束を抱えるように持つと、そのままチョコチョコと定位置である一人掛け用のソファーに戻って行ってしまう。
俺やセレスティア、フリッツはどことなく金の使い道を想像できるが……。
ロナは金を得て何に使うんだろうね? 生活費?
まぁ、いいや。
それよりも!
「ようし、セレスティア! 今晩、ちゃんと用意しておけよ!? 俺は白薔薇の館で天国みてえな時間を過ごすんだからな!」
「ええ、構いませんわ。お金がある人はお客様ですもの」
彼女は俺が好きそうな酒と女を用意して待っている、と言ってくれた。
ヒュウ! 今夜が楽しみだ!
「んじゃ、夜まで時間潰してくるわ」
俺は札束を抱えながら、皆に「じゃあな」と別れを告げた。
◇ ◇
屋敷を出たあと、俺が向かったのは同区画内にある例の本屋だ。
現在の時刻は夕方前であるが、それでも店のドアには「閉店」の文字が書かれた看板が掛かっていた。
構わずドアノブを回して中へ。
灯りの点いていない店内を奥まで進み、ドアの前に立つ。
コンコン。
いつもと変わらずノックをした。
『おや、今日はお早い時間に来られましたね』
「ああ、夜は夜で予定があるからな」
白薔薇の館で繰り広げられるであろう、天国の様子を想像しながら言ってやると――
『……女遊びが好きなのは誰に似たのやら』
「さぁね。お袋と親父じゃねえのは確かだ」
これは間違いない。
だって、俺は二人の顔を見たこともなければ声を聞いたこともないのだから。
「ほら、今回の金はここに置いておくぜ」
俺の女遊びに関する話はさておき。
まずは今回得た報酬の中から三百万、それをドアの外に積み上がっていた木箱の上に置く。
「例の姉妹は?」
『無事に到着したと連絡が入りました。皆にも受け入れられ、烙印も消してもらえたようです』
「そうか。そりゃ良かった。んじゃ、祝いに美味いモンでも食わしてやれよ」
三百万もありゃ、向こうで換金しても結構な金になるだろう。
高級な食事は無理かもしれないが、せめて毎日飢えることなく食ってほしいと思う。
『ええ。しかし、毎度毎度よろしいのですかな? それは貴方が稼いだ金ではありませんか』
「まぁ、そうだがよ」
俺はドアに背中を預けながら腕を組む。
「これでも責任は感じてるんだ」
俺は世界の敵である魔王と裏切りの勇者の子供。
二人は殺され、魔王国は連合軍に占拠されてしまった。
未だ愛国心を抱く者達は魔王軍を再結成しようと目論んでいるのも事実だし、そういった考えを持つ者達が「魔王の息子」である俺を神輿にしようとしているのも事実。
だが、俺はそれを拒否した。
俺を育ててくれた人は『人生において最も避けられない事』から逃がしてくれたのだ。
運命と生まれ。
この両方から俺を逃がし、俺に「自由に生きろ」と言ってくれた。
そういった意味では、俺は王女様よりも恵まれているかもね。
だが、それでも俺の中に葛藤はある。いや、自然と生まれてしまうと言うべきかな。
……以前、泣く王女様に対して偉そうに言ったが、自分自身のことを棚上げして何を言ってんだって話だよな。
笑えるぜ。
『だから、せめて助けた人達の生活を支える――ですか』
「そこまで大層なモンじゃないさ。ちょっと支援してるだけだよ」
現に自分の取り分は確保してるんだからな。
自分も良い思いをしている以上、胸張って助けてますとは言えないね。
「中途半端だと笑うか?」
『まさか。ご立派です』
そう言ってくれるのは嬉しいが、やはりどこか自分の中にある葛藤が邪魔をする。
はぁ、酷い話だぜ。
『母上の……。マキ様のナイフを取り戻してどうです? 少しは何かが変わりましたかな?』
言われて、俺はナイフホルダーから黒いナイフを抜いた。
真っ黒なナイフの刃を指でなぞりながら、内心で「お袋はこれで親父を守っていたのかな」とも考えた。
「分からんね。だが、不思議とお袋と親父の繋がりは感じる……ような気がする」
以前、このナイフについて語った者は言っていた。
俺の母親であるマキ・イチイは魔王軍一の鍛冶師が打ったナイフを使って、愛する夫をマギフィリアの手先から守り抜いたと。
母親の形見であるナイフを取り戻せば、俺の中にある葛藤が形を変えるかも期待していたが……。
ちょっとした親への感傷と元々あった葛藤が少し刺激されるだけ。
強制的に何かが変わるわけではなかった。
「俺の人生は俺のモンさ」
だが、変わらないならそれでいい。
これからも生き方は変えず、自由に生きていく。
「じゃあな。みんなによろしく言っておいてくれや」
『ええ、かしこまりました』
俺はドアを離れ、本屋を出た。
店の前で空を見上げると、空の色は完全に茜色へと変化している。
「ようし」
俺はニヤリと笑い、西区の方角を見た。
「行こうじゃないの。天国へ!」
茜色に染まる裏通りを走り出す。
途中、人がいないことをいいことに「ヒャッホウ!」と叫びながら飛んだ。
「待ってろよ! 綺麗なお姉ちゃん達!」
――俺は世界の敵である大悪党。世界の敵になった魔王と勇者の息子。
どうせこれは変わりゃしない。どこまでいっても俺は悪党さ。
だからこそ、悪党らしく自由に生きる。
悪党らしく、人生を楽しむと決めたのだから。
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