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1 ご当選おめでとうございます
しおりを挟む20XX年 東京。
9月半ばを過ぎてもまだ真夏のような蒸し暑さが続く中、仕事を終えた男が自宅を目指して東京都内の道を歩いていた。
男の名は田中聡(たなか さとし) 27歳、独身。中堅IT製品製造会社勤務、営業課に属するサラリーマン。
営業課とあるように男の見た目はこざっぱりしていた。
黒い短髪、白い半袖Yシャツにブルーのネクタイ。上下セットで購入したスーツのズボン。片手には最近に購入した黒いビジネスバックを持って。
彼の装いを見るに、どこにでもいるような普通のサラリーマンと称するに相応しい。
彼の顔面偏差値は中の中、かなり贔屓目に見て中の上に辛うじて属するような謂わば人類顔面ランキングの中堅に位置する。
カッコイイとも美形とも言われない、ザ・普通である。
しかし、顔も恰好も普通な、どこにでもいそうなサラリーマンである田中サトシの顔は死んでいた。
いや、ごく普通のサラリーマンだからこそと言うべきか。
珍しく定時に退勤できたにも拘らず、ため息を漏らすサトシの顔には、まさに「ストレス社会に生きる」と言われる日本人を象徴するかのような死人同然の表情を顔に張り付けていた。
やる気の感じられない目力と覇気の無さ。陰鬱な雰囲気が背中から漂う。
持って生まれた中堅顔がより酷くなり、サトシの顔面偏差値は更に下がってしまっていた。
イケイケな世の女性が彼を一目見れば「あの人は中の下。ゴミね」と言われてしまくらい暗い顔である。
「もう嫌だ……。俺は何の為に働いているんだ……」
つい、ため息とセットになって独り言を漏らしてしまう。
隣に話し相手がいないにも拘らず、思った事を口にしてしまうのは学生時代から一人暮らしを続ける者特有のクセか。
毎日行き帰りで味わう地獄のような満員電車、仕事では営業成績が伸びず上司に小言を言われ、退勤間際には厄介な先輩からしつこく飲みに誘われる。
「学生の時はもっと……」
もっと、の後に続く言葉は「輝かしい未来を想像していたのに」だろうか?
疲れ果てた現代日本人、現実に楽しさとやりがいを見出せぬ社畜人間が漏らす感想のテンプレートである。
人生を謳歌している者がサトシを見たら「うつ病一歩手前じゃね?」なんてセリフを言い放つかもしれない。
「日常を彩る出来事が起きないものか」
こんな独り言を漏らしてしまうという事は、彼は現状を「つまらない」と感じているのだろう。
起きて、仕事に行って、帰宅したら飯を食って寝る。
休日は仕事の疲れを癒すべく昼まで寝て、起きても外に出かける事さえ億劫に感じてしまう。
結局、休日は一歩も外へ出る事無くあっという間に過ぎ去って……また地獄の始まりである月曜日がやって来るのだ。
だったら仕事なんて辞めてしまえ。転職してしまえ、と言うのは簡単だが実際には様々な障害が立ち塞がるだろう。
一番の障害、そして会社を辞めない理由は『金』と答える者がほとんとだ。
ストレスを溜めながら仕事をする理由は生きるため。
仕事をせねば生活できない。だから、仕方なく働いている。
『彼女でもいれば、こんな繰り返し続くつまらない日常も楽しい日々に変わるんだろうか』
サトシは帰り道にすれ違ったカップルを見て、羨むような視線を送った。
『宝くじでも当たって何の不安も感じず、働かなくても良い日々を送れないだろうか』
カップルとすれ違った直後、視線の先にあった宝くじ売り場を見てため息を零した。
暗い洞窟の中をひたすら歩くような辛い毎日。
そう感じるのは既に語った通り、田中サトシの人生には『生き甲斐』『目的』『目標』といったモノがないからだろう。
「はぁぁ……」
サトシは帰宅中、10回は越えるであろうため息を零しながらようやく自宅アパートに到着した。
アパートの入り口にあるくすんだ銀色のポストを開けて、中に入っていたチラシを回収。そのまま2階にある部屋を目指して階段を上がった。
「あれ?」
階段を上がって部屋がある方向へ顔を向けると、自分の部屋の前に郵便局員が立っていてインターホンを押している最中であった。
「あの、その部屋は私の部屋ですが」
「え? ああ! 良かった。郵便です」
サトシが郵便局員に声を掛けると『再配達しないで済んだぜ!』と言わんばかりに郵便局員が満面の笑みを浮かべた。
本人確認を済ませると受け取りのサインを求められ、サトシはボールペンを受け取ると名前を書いた。
「どうも~」
会釈して去って行く郵便局員の背中を見送ったサトシは、サインと引き換えに受け取った一通の封筒を見やる。
「何だろう?」
サトシは少々分厚い封筒に首を傾げながら送り先を見た。
送り先は大手家電量販店の社名が記載されており、封筒の裏を見ると『ご当選おめでとうございます!』と書かれている。
「当選……?」
本人は心当たりが無かったのか、首を傾げるばかり。
部屋の鍵を開けて中に入り、リビングまで行くとさっそく封筒を開いた。
中には何枚かの紙とテーマパークのパンフレットのような物が同封されている。
中身全てをテーブルの上にぶちまけると、最初に手に取ったのは印刷された手紙であった。
「ああ、スマホの機種変更した時のやつか」
サトシは封筒の中に入っていた一枚の手紙を見て合点がいったようだ。
彼は数か月前に封筒の送り主である大手家電量販店でスマートフォンをピカピカの最新機種に機種変更した。
その際、店員が「キャンペーン中なんですよ~。応募はタダですし~」などと言って懸賞に応募する事を勧めてきたのだ。
サトシは当時の様子を思い出す。
簡単なアンケートに答えながらも「どうせ当たるまい」「応募させるノルマとかあるのかな」と社会人らしい裏読みをしながら応募した記憶が脳裏に過った。
そんな気持ちで応募した懸賞がまさかの当選、というのがこの封筒の中身であった。
「アリウェルランドの1デイパスポート?」
しかも、サトシが当選したのは1等賞。
最近何かと世の中を騒がしている、話題沸騰中の大人気テーマパーク招待券。
所謂、1日分の入園料がタダになるチケット。
2人1組分。
さらにテーマパーク内限定で使える電子マネー2万円分が特典として付属している特別招待チケットであった。
「テーマパークっていっても……」
チケットを手に取るサトシの顔はあまり嬉しそうではなかった。
彼は特別な趣味を持っている人間ではないが「話題沸騰中のテーマパークに行けるぞ! やったぁ!」なんてはしゃぐような、テーマパークに対して興味を示すような人間でもなかった。
サトシに彼女でもいればデートの舞台として丁度良かったのかもしれないが、生憎彼女なんて存在は5年以上もいない。
「金券ショップで換金しても良いか」
チケットをお金に換えて、ちょっと良い食事をするのもアリかもしれない。
そう呟きつつも、サトシは封筒の中にあったアリウェルランドのパンフレットを広げる。
広いテーマパークの全体図が描かれ、どんな事が体験できるのか、どんなアトラクションがあるのか、パーク内限定で食べられる食事はどんな物か……などが書かれていた。
「へぇ。最近のテーマパークはこんな感じなんだ。……ん?」
パンフレットを眺めるサトシは書かれていた一文に気を引かれた。
『まるでファンタジー小説に登場する異世界で過ごしているような体験を皆様にご提供致します!』
「異世界ねえ」
そう言って、サトシは本棚をチラリと見た。
本棚には最近購入した異世界召喚を題材としたライトノベルが並んでいる。昨今の日本で人気のジャンルとなった異世界モノ、と言われるファンタジー系の小説である。
異世界で過ごす、異世界召喚といった題材がウケたのは『このつまらない日常から脱却したい』と感じる者が多く、状況を変える為の最たる理由だからじゃないだろうか。
何たって別の世界に行ってしまうのだから。
満員電車などという地獄からもバイバイして、顔を見れば営業成績を伸ばせと言う上司からもオサラバできてしまう。
サトシもライトノベルを読みながら「異世界行きてぇ~」なんて呟いてしまう事も少なくはない。
「まぁ、確かに異世界っぽい造りだな」
パンフレットに描かれるアリウェルランドの全体図は確かに異世界召喚・転移を題材にするライトノベルに登場するような街の全体図に似ていた。
街を囲む大きな壁。中世ヨーロッパのような街並み。国を象徴する巨大な城。まさに異世界モノの小説や漫画・アニメに登場するような全体図である。
パンフレットのページをめくるとテーマパーク内にある石畳みの道やレンガ造りの家、商店の外観写真が印刷されていた。
次のページあったオススメのレストランと称される店の写真には内装も印刷されている。
内装には木材が多く使われているようだ。
木のテーブルと椅子、店の端っこには樽やら木箱が置かれていて確かに現代日本とはまるで違う雰囲気を演出していた。
ただ、このような雰囲気は海外でも体験はできるだろう。
異世界で過ごせる、と大々的にアピールするには少し足りない。
「アリウェルランド、と」
サトシはチケットを入手する要因となった最新機種のスマートフォンでアリウェルランドを検索する。
パッと瞬間的に表示された検索結果には『超人気になっているアリウェルランドをレビュー!』といった見出しのブログ記事が一番上に出た。
それをタップして開くと、ブログの主がアリウェルランドへ行って写真撮影したであろう画像をいくつも載せている記事が表示される。
最初のほとんどが街の造りや風景を語る内容であったが、中盤に到達すると――
「本当に異世界に来たみたい? 異種族がいる……?」
ブログ記事の中盤には笑顔を浮かて写真撮影に応じている『異種族』の写真画像があった。
異種族、それはエルフやドワーフ、獣人といった人間と同じ生き物。
ファンタジー小説に登場する定番の登場人物達がアリウェルランドには存在しているらしい。
「特殊メイクだろ」
ただ、現代日本に異種族なんているはずがない。異世界『風』を再現するように特殊メイクで異種族になりきっているのだろう、とサトシは勝手に決めつけた。
故に特別感動する事もなく記事をにスクロールさせていく。
「んん? 魔獣と戦闘ができる? 倒したポイントで景品交換?」
終盤に書かれていたのは『アリウェルランド最大の特徴!』と赤い太字で猛烈アピールされた文字。
記事を書いたブログの主が「これを語りたかった!」と言わんばかりの主張である。
「アリウェルランド西側の外には平原が広がっていて、そこには魔獣が……いる?」
アリウェルランド西にある巨大門を潜って外に向かうと広い平原が広がっていて、そのエリアには魔獣が存在しているという。
ブログには半透明なゼリー状らしきスライムや顔のある木の化け物といった存在を映した写真画像が埋め込まれており、これらの魔獣と戦う事こそがアリウェルランド最大のアトラクションであると書かれていた。
しかも、魔獣を討伐するとポイントが付与されてポイントに応じて景品と交換できるそうだ。
「VRアトラクションみたいなやつか……?」
異種族は現代に存在しない。魔獣だって存在しない。
どれもファンタジー、創作物、物語の中にしか存在しない。
この世に存在させるならば、映像を投影したり最新のVR技術で映像の中にいるような感覚を体験者に味あわせるしかないだろう。
しかし、ブログの記事には異世界要素の全てが『本当に存在する』という。ご丁寧に『マジで本物! 本当に魔獣と戦いました!』と感想付きで。
「……行ってみるか」
こういった記事は企業が案件として書かせている場合もある。
まるで本物、と言いながら実際見てみればチープな作り物だったなんて事は多い。
しかし、どれだけチープなのか。暴いてやろうじゃないか、とサトシは逆に興味が沸いたようだ。
「どうせ休日は暇だしなぁ」
特に趣味もなく彼女もいないサトシの休日なんてガラガラの空きっぱなしである。
しかも入園料はタダときたもんだ。
財布も痛まないとなれば、現地へ行って真偽を確かめる事も1つの選択肢として十分価値がある。
「ツトム、予定空いてるかな」
親友でも誘って笑い話になれば上等。ガッカリなクオリティであれば、帰りに親友と酒を飲んで帰るのも悪くない。
サトシはスマートフォンの通話アプリをタッチして親友へと電話をかけるのであった。
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