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1章
13 ビッグマン 2
しおりを挟む檻の中にいた巨大な男に魔導拳銃は効きますか?
チンピラ共が今一番問いたい事はこれだろう。
なので、結論から申し上げよう。
「ウオオオオッ!」
「アパァー!?」
魔導拳銃を撃つよりも早く殴られます。
ショルダータックル一撃で人間を吹き飛ばし、壁に叩きつけて殺害するやつが魔導拳銃なんてものに臆するだろうか。
否である。ビッグマンは防御するような素振りも見せず、魔導拳銃を構えたチンピラの1人をぶん殴った。
掬い上げるように振った拳がミートした箇所は腹。大きな拳がチンピラのあばら骨を粉砕して、チンピラの体が宙に浮いた。
粉砕したあばら骨が内蔵に突き刺さり、宙に浮いたチンピラの口からは大量の血が吐き出される。
「て、テメ――」
「ウオオオオッ!」
また1人仲間がやられたチンピラが怒声を上げるも、それよりも大きな声で吐き出されたビッグマンの雄叫びにかき消されて。
怒りながら魔導拳銃を向けたチンピラの顔にビッグマンの強烈なパンチが叩き込まれた。
斜め上方向から叩きつけるようなパンチを受けたチンピラは、まるで癇癪を起した子供がゴムボールを地面に投げつけたかの如く。
硬い地面に頭部が叩きつけられ、体ごとバウンドすると大量の血を撒き散らして地面に転がった。
これで3人のチンピラが確実に死亡した。残りは7人。
仲間の死を見て恐怖と焦りを抱くチンピラ達は「自分は死にたくない」という思いがより強くなる。
「化け物ォォォッ!!」
錯乱状態になったチンピラの1人が握っていた魔導拳銃を撃ちまくった。狙いはつけず、ただ相手を遠ざけたいばかりの乱射である。
ビッグマンは両手をクロスして体を守るが、チンピラの撃った弾はビッグマンの上腕二頭筋を掠っただけ。
鋭い切り傷が生まれ、赤い血が垂れる。巨体で凄まじいパワーを持つビッグマンであろうと、やはり生き物であるのは変わりない。
撃たれれば血が出るし、致命傷を負えば死ぬ……はずである。恐らくは。
だが、そこら辺にいる2流、3流と決定的に違うのは覚悟と意思だろう。
チンピラが魔導拳銃を乱射する中、腕をクロスしたまま走り出す。チンピラを見る目は獰猛な獣のように。間合いに入れば喰らい付く、そう言わんばかりの眼光。
「く、来るなッ! 来るな――ゲヒッ!?」
チンピラは無駄に乱射したせいで、ビッグマンが至近距離まで到達した時には弾切れになってしまった。
いくら引き金を引いても「カチン、カチン」と音が鳴るだけ。そして、彼の目の前には拳があった。
振り下ろされた拳がチンピラの頭頂部に叩き込まれる。
父親が悪さをした子供に叩き込む拳骨とモーションは似ているが威力は段違い。叩き込まれた瞬間にチンピラの首の骨は粉砕され、首が体にめり込んだと錯覚するくらい縮まった。
「ば、ばけものッ!」
「うわあああッ!」
魔導拳銃が乱射される中、臆さず相手に近づいて一撃。その姿を見て、ビッグマンを本当に化け物だと思い込んだのだろう。
いや、だいぶ前からそう思っていただろうが4人目の死亡によってチンピラ達の恐怖心が天井を突き抜けてしまったか。
腰を抜かし、後退りするチンピラ達に近寄って見下ろすビッグマン。彼が再び拳を振り上げたところで――
「おいおい! もう殺すな! 俺が来た意味がなくなっちまう!」
ビッグマンの人間離れした戦闘能力に呆気に取られていたロイドがようやく正気を取り戻す。
慌てて止めに入るとビッグマンはロイドの顔を睨みつける。
この戦闘力を持ったビッグマンがどういった経緯で捕まったのかは不明だが、動物のように檻に入れられて怒りや憎しみを抱くのも無理はない。
だが、ロイドにも仕事がある。このチンピラ共から情報を吐かせて、オーソー侯爵が関わっているという明確な証拠を得なければならない。
「×〇〇△! マリオン! 〇×△〇〇!」
ビッグマンが発した言葉は帝国で使われている言語とは違った。所謂、外国語というやつである。
彼が発した言葉は南部――帝国が侵略した南の国の言語だろう。ロイドが従軍していた際に敵軍がよく発していたイントネーションに近い。
発した中には人の名らしきものもあったが、ロイドには理解できなかった。
「あー……。すまんが、南部の言葉はわからん。とにかく、悪いが、全員殺すのは無しだ。俺の仕事が済んだら好きにして良い」
ロイドもビッグマンに鋭い視線を向けながら、手で彼を制する。
「アアウ、……オケ」
ビッグマンは「オーケー」と言いたかったのだろうか。頷きながら腕を下げる。
異国語を話す者同士であるが、ビッグマンの方は帝国語を理解しているのかもしれない。
「おい。こいつにぶっ殺されたくなけりゃ大人しく質問に答えろ」
ロイドは腰が抜けて震えるチンピラに銃口を向けながら言った。
「ここに人身売買の被害者がいて、さっき出発したトラックには被害者が積まれていた。どうだ?」
ロイドの質問にチンピラ達は「合っている」と言わんばかりに首を縦に振った。
「指示したのはオーソー侯爵か?」
「そ、そうだ。正確にはオーソー侯爵の私兵だ。俺達は奴等に雇われたんだ!」
「急に商品を移動するからって言われて集められたんだ!」
やはりアリッサの屋敷で語った推測は当たっていたようだ。
トラックの行先は外周区にある貨物駅だという事も分かり、今頃は駅で待ち構えているアリッサに捕まっている頃だろうか。
「〇〇×△! マリオン! マリオン! 〇△××!」
ロイドの質問がひと段落すると、ビッグマンがロイドの肩を押し退けてチンピラの胸倉を掴んで体を持ち上げた。
外国語で何か叫びながら、やはり人の名らしき単語を間に挟む。
マリオン、という名の者がどうなったのか聞いているのだろうか?
「ヘイ、ヘイ。そのマリオンってのは人の名前か?」
「○○×。マリオン、イモート、イモート!」
ロイドの問いにビッグマンは片手でチンピラを持ち上げながらも首を縦に振る。そして「イモート」と言った。
イントネーションが少し違っているが帝国語で『妹』と言っているのだろうか。
「妹?」
「ソウ、ソウ!」
それだ! とビッグマンはロイドを指差す。どうやら彼は帝国語の聞き取りは出来る様子。
見た目に反して学がある。むしろ、外国語を話せないロイドよりも頭が良さそうだ。
「イモート。ツカマタ。イモート、キョウハク。ナカマ、コロサレタ、オレ、ツカマタ」
「妹が捕まって脅迫された。お仲間が殺され、お前は捕まった?」
ロイドがビッグマンの言葉を整理して聞き返すと、彼は首を何度も縦に振る。
「妹がトラックに乗せられたのか? だったら――」
「ノー! 〇〇×△!」
先ほどのトラックに乗せられたのであれば、俺の仲間が助けている頃だ。そうロイドが言う前にビッグマンは首を振って否定する。
何か続きを言いたいようだが、帝国語の単語が思い当たらないのか母国語で何やら叫ぶ。
ロイドは彼等を見て来たチンピラ共に妹の件を問うと、
「こ、こいつと一緒にいた女の子の事か!?」
どうやら心当たりがあるようだ。
「こいつと喋ってた小さな女の子がいた。だ、だけど、昨日の夜に連れて行かれたんだ!」
「どこにだ?」
「こ、侯爵の屋敷だと思う。やつは、その……。商品の女に手を出していた」
商品のつまみ食い。まぁ、よくある話だろうか。
特に特権階級を振りかざす貴族の噂としては定番だ。人身売買ではなくとも、どこぞの高級娼婦を変態プレイの末に殺害したなんて事件は度々起こる。
追求したとしても賄賂や家の力で揉み消されてしまうのだが。
「お前の妹の特徴は?」
「アオ」
ビッグマンは自分の髪を摘まみながらアオと言った。妹の髪は青色だと言っているのだろう。
加えて、彼は掌を伸ばすと地面と水平にしながら高さを示す。
示した高さはロイドの胸の位置くらい。アリッサと同じくらいの身長か。
「なるほどね。分かった。俺が仲間と合流してお前の妹を探す。だから、お前は待ってろ。良いな?」
「ノー!」
待っていろ、と言った瞬間にビッグマンは激高したように叫ぶ。
「ああぁぁ~!」
彼は片手で持ち上げていたチンピラを倉庫の奥に投げ飛ばし、外へ向かって歩き出した。
「おいおい! 待て待て! お前が外を出歩いたら目立つだろうが!」
慌てて扉から出て行こうとするビッグマンに先回りするロイド。
こんな巨体の男が街をうろついていたら嫌でも目立つ。どこにオーソー侯爵と繋がっている者がいるかも分からない現状では、倉庫が襲撃されたとバレるのはなるべく遅らせたい。
ビッグマンが逃げ出した事がバレれば、身の危険が迫っていると悟ったオーソー侯爵が別ルートで逃げる可能性が高まってしまうだろう。
魔導鉄道を押さえようが、帝都から脱出する手段は他にもある。貴族ともなれば密かに脱出する手段などいくらでも持っているはずだ。
もう逃げ出している可能性も否めないが、それでも身柄の確保と証拠探しの為に屋敷へ行くのは確定だろう。
確保すべき相手がいるいないに関係無く、屋敷に突入するのであれば相手がこちらの動きを察する前に。それが突入戦の基本である。
しかし、ビッグマンが単独行動を起こしてオーソー侯爵の仲間、もしくは配下に知られでもしたら。
それが原因で気付かれ、逃げられてしまうかもしれない。もしくは、屋敷にいる私兵が防衛する為の準備時間を与えてしまうかもしれない。
「俺なら目立たない! どうだ? 軍服を着ているだろう? 帝国人だから紛れる事も容易だし、服装を変えれば忍び込める! お前はどうだ? その巨体を縮められんのか!? 透明にでもなれるのか!?」
頼むから邪魔をしないでくれ、と言わんばかりに捲し立てるロイド。
しかし、ビッグマンの気持ちは変わらない。
「オレ、マリオン。ダイジ。タスケル、ヤクメ」
止めるロイドを睨みつけるビッグマン。ロイドの見た彼の目はどこか見覚えのある目だった。
「お前……。クソッ!」
彼の目は相棒だった男の目に似ている。理想に向かって走り続けた、決意に満ちた目だ。
ビッグマンの目を見たロイドは片手で顔を覆うと、瞼の裏には記憶の中にいる相棒の姿が映った。
『僕は彼等を敵とは思えない。救いたいんだ。でも、僕には……止められなかった』
顔に無力感を張り付けながら、悲しそうに笑う顔も。その時に言った言葉も。
彼の正義感は偽善だとロイドは常に思っていたに違いない。クソッタレな戦争を起こした国の人間で、侵略戦争の真っただ中にいながら「救いたい」などと、どの口が言うのか。
きっと彼も分かっていたはずだ。己は偽善者で、矛盾していると自覚していたに違いない。
それでも目は死んでいなかった。無力感と悲しみに押し潰されそうになっていたとしても決意に満ちていた。
矛盾と犠牲を生み出しても尚、少しでもマシな未来を掴もうと。
常に足掻き続け、方法を模索していた。生き方と信念を曲げない彼の姿は――ロイドにとって眩しかったようだ。
眩しくて、羨ましかった。
素直に自分も彼のように生きられれば、と何度も思ったのかもしれない。しかし、自分のちっぽけなプライドと損得で物事を図る考え方が邪魔をする。
『どうせもう死んでいる。助けるだけ無駄だ』
どうせ彼の妹は侯爵の屋敷で弄ばれて死んでいるだろう。
理想を追っても無駄、裏切られると思ってしまう。なんたって、理想を追い続けた者の結末を知っているから。
先ほども言った通り、ビッグマンを助ける事で事件解決の邪魔になってしまうかもしれない。
だが、自分の中にいるもう1人の自分が相棒を指差して告げるのだ。
『でも、万が一生きていたら。手助けしてやれば妹を助けられるかもしれない』
でも生きていたら? 事件を解決できたとしても、事件の全貌を暴けたとしても。彼の妹を助けなかったらずっと後悔するんじゃないのか?
相棒だった彼がこの場にいたらきっと迷わず手を貸しているはずだ、と。
全てを棒に振ったとしても、赤の他人であっても、助けなかった事を後悔して生き続けるのか。
損得勘定で生きた方が利口と頭で分かっていながら、相棒だった男の生き様を見た心が否定する。
葛藤の末、やはり最後にはいつも通り……相棒だった男の存在が決め手となるのだ。
背中を見せていた相棒が振り返る。迷うロイドへいつもの笑顔を浮かべて。
『偽善者であったとしても、僕は人でありたいと思っているよ。最後までね』
いつか言っていた相棒の言葉がロイドの脳内に蘇った。偽善者と呼ばれようとも、彼は理想に向かって生き続けた。
ロイドは最後までその姿を見ていた目撃者なのだから。
「クソッタレが……」
いつもそうだった。関わりたくないと思っていても見て見ぬフリがしきれない。損をするだけだと思いながらも共に踏み出してしまう。
ロイドは相棒だった男の背中を追ってしまう。戦争が終わっても。当の本人が死んでしまったとしても。
光を追い求め、理想を捨てなかった男の後ろ姿に手を伸ばしてしまう。
「……チッ。分かったよ。分かった!」
そんな自分に嫌気を感じているのか、無理矢理自分を納得させるように叫んだロイドはチンピラ共に振り返る。
「運搬用の魔導車はあるか?」
「10番の倉庫の奥に……」
チンピラはポケットからトラックのキーを取り出すとロイドに見せた。
ロイドはキーを奪うと銃口をチンピラの脚に向ける。ふとともに狙いを付けるとトリガーを引いた。
「ぎゃあ!? な、なんで!」
「追って来られても困るからな。それに人身売買に一枚噛んでた悪人には変わらねえ。だろ?」
残っていたチンピラ共のふとももを容赦なく撃ち抜き、行動不能にしたロイドはトラックのキーをビッグマンに見せつけた。
「仕方ねえからプランを変更してやる。お前と俺で突入だ」
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