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1章
18 正しい事
しおりを挟む「それで? どういう事なんですか? 初めから説明してもらえますよね?」
地下室に降りてきたアリッサがロイドに近寄ると開口一番に言ったセリフがこれである。
言葉は丁寧で説明を求めてはいるが、多少のイラつきが籠っているような言い方だった。
浮かべている表情もニコニコと笑ってはいるものの、漂う雰囲気は不機嫌といった感じ。
ロイドはタバコの煙を吐き出しつつ、彼女から顔を逸らしながら小さな声で「ああー……」と漏らした。
「倉庫に行ったら被害者が既に移送される直前でな。止められなかった」
「ええ。その被害者達は駅で確保しましたよ。私が」
語り出すロイド。ニコニコ笑顔のアリッサ。
彼女は続きを話せ、とばかりにロイドの言葉を待つ。
「倉庫にいたチンピラがオーソーに雇われたと吐いた。俺は奴が逃げていないか屋敷を見に行ったんだ」
ロイドはビッグマンの事を隠しつつ、真実と嘘を混ぜ合わせながら説明を続けた。
「ふーん。でも、どうしてトラックで敷地内に突っ込んだんですか? なんで戦闘になったんですか? 屋敷を監視してたのにおかしいですよね? 上の階は大惨事ですよ?」
ロイドが起こした行動によって帝都内に警報が鳴り響いたのは彼自身がよく知っているだろう。
突っ込まれるのは承知の上、とばかりに彼は顔色を変えない。
「屋敷の中に謎の大男が侵入して行くのが見えた。シャターンを殺したように、オーソーまで口封じされるのかと思ってな。戦闘は……仕方なくさ」
屋敷に侵入した謎の大男は殺し屋だったんじゃないか。
シャターンを殺して口封じしたように、オーソーすらも捨て駒だったんじゃないか。
そう推測したロイドは慌ててオーソー侯爵家の私兵に伝えようとするも聞く耳を持たない。よって、口封じを阻止するべく乗っていたトラックで「仕方なく」門を突破した。
突破した事でロイドを襲撃者と勘違いした私兵団が襲ってきたので「仕方なく」応戦した。
全ては事件解決のため。あくまでもロイドはオーソー侯爵を確保する為に行動を起こした。
……と、自然体で説明してみせた。
「ふ~ん……」
説明を聞いたアリッサの顔には疑いの表情が浮かんでいた。少し前屈みになりながらロイドの顔を覗き込むが、彼の表情は一切崩れない。
ジッとアリッサの瞳を見つめて逸らしはしなかった。
「……まぁ、良いでしょう。私もオーソー侯爵がシャターンと同じように捨て駒だったのかも、という考えはありましたし」
根競べの結果、先に折れたのはアリッサだった。
「それで、結局は止められなかったと」
「まぁ、そうなる」
ただ、オーソー侯爵は死亡した。惨たらしい姿で2人の横に転がっているのが証拠である。
「顔面が破壊されていますね。謎の大男がやったと?」
「だろうな。とんでもねぇデカさの男だった。筋肉ムキムキでよ、腕なんて丸太のようだったぜ」
ロイドは屋敷の中で私兵と戦闘を繰り返し、ようやく追いついた時には既にオーソー侯爵が殺害されてしまっていた。さらには地下にあった脱出路も把握済みだったようで、ロイドの制止を振り切って逃げたと説明を加える。
この辺りはほぼ事実通り。ビッグマンの外見をそのまま伝えて信憑性をアップさせた。
「まぁ、ともかく。オーソーがシャターンと組んでたのは確実だろう。この部屋を見ろよ。変態プレイルームで被害者相手にお楽しみしてたのは間違いねえ」
拘束具や拷問器具が置かれた地下室を見渡しながら肩を竦めるロイド。
「なるほど、なるほど」
そんな彼の態度に「うんうん」とニコニコ笑顔で頷くアリッサ。
彼女の態度を見て、ロイドは何かを察したかのようにほんの一瞬だけ表情を崩した。本当にほんの一瞬だけ。すぐに表情を戻すと、彼女から顔を逸らしてタバコを深く吸うと煙を吐き出す。
「では、兄の私兵団にはそのように報告しましょう。でも――」
ニコニコと笑うアリッサは一瞬だけ間を置いて、コツコツと履いていた靴のヒールを鳴らしてロイドに近づく。
「本当の事を、私にだけは話してくれますよね?」
彼女は作ったような笑顔を浮かべたまま、自分の顔から逸らしたロイドの顔を覗き込む。
彼は何かを隠している。アリッサはそう見抜いているようで、確信すらも持っているようであった。
「……本当さ。全部な」
「本当に? 怯えた侯爵の私兵が言っていましたよ? 大男がトラックの荷台から出てきた、と」
恐らくは門番か、それとも玄関で戦ったボンボン私兵か。どちらかが答えたのだろう。
「オーソー侯爵を生きたまま確保する手段もあったんじゃないんですか? 目撃者を残したのはわざとですか? 私の事を試しているんですか? 私に真実を告げれば貴方の不利益になるような事をすると思っているんですか?」
ビッグマンを助けた事、ビッグマンの復讐を見過ごした事。それは人として正しいか否か。事件を解決する者としての立場で考えて正しいか否か。
その答えは人それぞれ違うだろう。
ビッグマンを引き留めれば彼は最低でも一週間以上の足止めを受けるはず。彼の想い通りに行動できず、妹の遺体を持ち帰る事すらも出来なかったはずだ。
彼を助け、彼を逃がしたのは……。ロイド自身が誰かを失う辛さや十分に弔いすらも出来ないもどかしさを知ってるからだろうか。
だが、これは事件解決の為にはならない。オーソー侯爵を無傷で確保できなかった事は事件解決に対してデメリットにしかならない。
「アンタは人として正しい事とは何だと思う?」
「人として正しい事?」
「そうだ。例えば……赤の他人の家族が悪人に捕まって、殺されるかもしれないと分かったら救出に手を貸すか? 助ける事はできず、せめて遺体だけでも故郷へ持ち帰りたいと願うが敵わない……。そうなってしまったらどうする? 規則を破ってでも、今まで積み重ねてきた事が無駄になるとしても。手を貸すか? どうだ?」
他人を助けたいとほざく偽善者になるか。
それとも規則に則った上で事件解決の為に仕事を全うするか。
ロイドが葛藤の末に選んだのは前者である。
察しの良いアリッサならば隠した真実の内容はある程度察するだろう。そう思っているのか、ロイドは曖昧な内容で質問を投げかけたが、彼は隠された真実を察して欲しいのではない。
お前はどう思う? と考え方を問いかけたのが本題だ。
質問を投げかけられたアリッサはロイドの顔をジッと見つめながら考える。
「……状況によります。ですが、私は私の思い描く理想を優先します。その為に行動しているのですから。ですが、極力助けたいとは思います。赤の他人であろうと手を差し伸べるのが人の正しい在り方だと思います」
真剣な表情で前置きを述べたあと、アリッサは一呼吸置いて告げる。
「私も助けたでしょうね」
本心から言っている。そう思わせる真剣な表情と声音でアリッサは答えを告げた。
「そうかい。俺もそういう事だ。俺は俺の考えを優先した。……クビにするなり、処刑するなり好きにしな」
実行前の葛藤はあれど、実行後には不思議と後悔は無い。むしろ清々しさまである。
そんな気持ちを表すような返答だった。
同時に彼女の答えを聞いて安堵するような表情をほんの一瞬だけ浮かべる。
彼女が「何が何でも利益を取れ、ビッグマンを追え」と言うような人間でない事を願っていたのかもしれない。
真実を隠し、ある程度は見抜かれる事すらも前提に場を整えて、何より自分から仕掛けたくせに。
自分は葛藤した末に決めた事なのに、彼女の本音も確認しておきたいなどと選択と判断を強要したのだ。
自分の事を棚に上げて、彼女を試すようなズルイ考えを後付けて実行したのだ。
だが、アリッサは試されていると察していながらも態度は変えなかった。
「……そうですか。わかりました。今回の件は貴方を雇用する際、明確な規則を決めなかった私が悪いです。ですが、まぁ良いでしょう。私は心の広い上司なので、私に絶対服従しろとは言いません。お互いの理想を追いましょう。ただ、今後はお互いに妥協が必要な場面も出てくるでしょうけどね」
再びニコリと笑った彼女はそう言いながら肩を竦めた。恐らくはロイドの隠す真実についても、おおよその予想はついたのだろう。
全てを話せ、とは言わない。捲し立てるように言うものの「今回は許しましょう」といった態度を見せる。
「ハッ。そりゃ助かるぜ」
鼻で笑ったロイドはアリッサの横をすり抜けると、上の階に続く階段を目指して歩き出す。
「まだ話は終わってませんよ。規則は決めません。絶対服従も求めません。ですが、1つだけ」
アリッサはロイドを引き留め、引き留められたロイドは振り返ってアリッサの顔を見た。
ロイドが見た彼女の表情は――全く笑っておらず、奥歯を噛み締めながらギリリと歯を鳴らすものだった。
「私をこの汚物達と一緒にする事だけはやめなさい」
今まで見せてきた作ったような笑顔を止めて、彼女の持つ生の感情を曝け出すような。心の底から湧き出る怒りを抑えるような顔を浮かべながら、床に横たわるオーソー侯爵の死体を指差して言った。
「……ああ。わかった。肝に銘じておく」
ロイドはこの時初めて彼女の持つ本当の感情を見た。
アリッサの中に秘める考えを全て理解したわけじゃないが、まずは1歩進んだといったところ。
いや、お互いにというべきか。すぐに関係を解消するとはならずに済んだようである。
「よろしい。では、今日はここまで。あとは私に任せて下さい」
彼女が持つ本当の感情を曝け出したのはほんの一瞬に過ぎない。またニコニコと作ったような笑顔に変わる。
ロイドは再び階段に向かって歩き始めた。向かう途中、彼は小声で呟く。
「……おっかねえ女だぜ」
たった今見たアリッサの表情について感想を漏らした。かなり小さな声で。
「聞こえてますよ。言い直しなさい」
「世界一理解力があって、しかも絶世の美女が上司でチョーサイコー。マジでハッピーな人生になりそうだ」
ロイドは感情の籠っていない声音で言いながら、背後にいるアリッサに中指を立てながら去って行った。
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