帝国特務隊 : クビになった帝国軍人と道具扱いの第四皇女

とうもろこし

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白き断罪者 <下>

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Amenアーメン

 クラリスは呟くように言いながら剣を斜めに振り下ろした。

 剣の刃はドアを開けて侵入して来たアイデンの肩口にめり込む。だが、刃は骨に当たって止まってしまった。

「ぐああああッ!? き、きさまァァッ!!」

 肩からは血が出てアイデンの着ていた法衣が赤く染まる。絶叫を上げたアイデンがクラリスを睨みつけるが……。

 クラリスの見る光景はここからが本番である。

 彼女は無言のまま剣のグリップを強く握り込んだ。すると、グリップ部分にあったトリガーが押し込まれ、剣に内蔵されていたギミックが起動する。

 剣の刃は回転刃――所謂、チェンソーソードになっていて、グリップにあるトリガーを握り込む事で起動するようになっていたのだ。

 ギィィィンという独特の起動音が鳴るとアイデンはめり込んだ剣の刃に目を向けた。

「あ……?」

 彼が目を向けた瞬間、回転し始めた刃はアイデンの体を切り裂き始めた。

 非力なクラリスの自力だけでは骨を断ち切れなかった。だが、剣の力を借りた彼女に断てぬ物は無い。

「ああッ!? あぎゃああああッ!?」

 血飛沫と肉を撒き散らしながら、アイデンの体は斜めに両断されていく。

 返り血を全身に浴びるクラリスは無言のまま。当然だ。飛び散る血も肉も、数秒前に見ていたのだから。こうなる事は予定調和なのだから。

 肩から脇腹まで斜めに両断されたアイデンの上半身がずるりと床に落ちる。

 ベチャリ、と肉が落ちる音と共に、クラリスが振り下ろした剣先が床に当たって金属音を発する。

「あ……」

「え、あ……!?」

 スプラッタな状態になった彼を見て、共にクラリスの肢体を貪ろうとしていた男性聖職者達の顔が引き攣った。

 1歩、2歩、と後退りする聖職者達。だが、クラリスの目は既に彼等へ狙いを定めている。 

「ヒッ!? あがああああッ!?」

 逃げようとした男の腹にクラリスは剣先を縦に突き刺した。腹を貫通した剣先が背中から飛び出るが、当然それだけでは終わらない。

 トリガーを握り込んだクラリスはそのまま下に剣を下ろす。

 男の腹を切り裂き、股を切り裂き。男は股から血と内蔵をボトボトと落しながら地面に倒れる。

「あ、ヒッ!? い、いやだああああ!!」

 遂に残り1人となってしまった聖職者は顔を真っ青にして、顔中汗と涙と鼻水塗れにしながらクラリスへ背を向けて走り出す。

「ダメよ……」

 ここで彼を逃がす光景は見えなかったのだろう。クラリスは男を追って、男の右ふくらはぎに剣を振るう。

 一文字に切れたふくらはぎから血が噴き出し、斬られた事で男は階段の半ばで倒れ込んだ。

「あ、あぁ……!」

 痛みを感じながら、男は首を回して背後を振り返る。

 すると、そこには剣を背中に突き刺そうと構えるクラリスの姿があった。

 男は彼女の姿を見て、どう思ったのだろうか。

 片目は赤、片目は青。血に染まった白い修道衣を着る者。それは神の使徒なのか。それとも悪魔か。

 しかし、男が何を想おうと予定調和は等しく行われる。

 クラリスは逆手に構えた剣を男の背中に突き刺した。

「ぐはッ!? いやだああ……ッ!! 死にたぐないッ!! じにたぐないいいッ!!」

 バタバタと手足を暴れさせる男であったが、クラリスは神の意思を体現するべくトリガーを握る。

 ギィィィィと音を鳴らして起動した回転した剣の刃は男の肉をズタズタに切り裂きながら、頭部の方向へスライドされていく。

 背中から頭のてっぺんまで切り裂かれ、男はあの世へ送られた。

 追いかけてきた男達を殺害したクラリスは、目の前にある階段へ視線を向ける。

「ああ……」

 青い瞳には何も映らない。だが、神より与えられた赤い瞳に映るのは階段を上がって行く自分の姿。

「向かえばいいのですね……」

 クラリスは一歩ずつ、階段を登って行く。先に見える自分の背中を追って。

 地下から1階まで上がったところで、廊下の先から聞こえる喧騒に気付く。男女の声に混じるのは聖王国の騎士が着る鎧が鳴る音であった。

 どうやらアイデン達の悲鳴は相当大きかったようだ。他の聖職者達が異変と知り、城から援軍として呼んだのだろう。 

 廊下の先にいる彼等の視界内にクラリスは躊躇いもなく姿を現した。

 彼女が姿を現すとどよめきが広がる。返り血を浴びた少女が剣を持って突っ立っているのだから当然かもしれないが。

「聖女クラリス! 武器を捨て、大人しく投降しなさいッ!」

 銀の鎧に身を包んだ騎士がクラリスへ剣先を向けてそう言った。

 だが、クラリスは剣を捨てない。彼女の赤い瞳は真っ直ぐ、騎士を捉えた。

 チリリ、と一瞬だけ頭の奥にノイズが走る。
 
 だが、すぐにそれは止んで自分の背中が映った。剣を構えて走って来る騎士とそれを待つ自分の背中。

「投降しないかッ! ならば、死んでもらう!」

 数秒後にはその通りになる。そして、また別の光景が見えるのだ。

 相手の剣は左斜めから素直に振り下ろされる。恐らく、相手はクラリスが素人であると思っているからだ。

 だが、今の彼女は違う。神によって先の光景を与えられているのだ。

「キェェェッイッ!!」

 彼女は振り下ろされた剣に対し、体を斜めにズラすだけで躱した。

 騎士が振り下ろした剣は床にめり込み、騎士の首筋はがら空きとなる。

Amenアーメン

 クラリスは騎士の首に剣を振り下ろした。肉にめり込んだ瞬間、トリガーを握って起動する。

 ガリガリと血と肉を切り裂いて、騎士の首は床に落ちた。

「な、なんだと……ッ!?」

 仲間が呆気なく死んだ事を目にした他の騎士達に動揺が走る。

 何故、ただの少女が。何故、作られた偶像如きが。

 そう思っているに違いない。

「ふふ」

 クラリスは剣先を床に擦りながら、ゆっくりと騎士達へ歩いて行く。

「ああ、神様――」

 1歩、また1歩進む度に彼女の歩みは速度を上げていく。最終的には騎士達へと走り出した。

「と、止まれッ!」

 先頭にいた剣と盾を持った騎士が、突撃して来るクラリス目掛けて剣を突き出す。

 が、彼女にはそれが見えているのだ。当たるはずもない。

 スッと首を曲げただけで突きを躱す。剣を躱した事でクラリスの長い髪が少しだけ切れて宙を舞う。

 しかし、次の瞬間にはクラリスの剣が横から振られた。彼女の剣は盾に当たって防がれる。

 突きを躱された時は騎士も嫌な汗を掻いただろう。盾を持ってて「助かった」とも思ったに違いない。

 だが、全て無駄だ。この白き断罪者の前では盾など紙切れ同然である。

 回転する刃が火花を散らしながら盾を両断し、騎士の持っていた盾は真っ二つになった。

 そのまま返す刀でクラリスは騎士の顔に剣を振るう。

「ぎゃあああ!!」

 目を切り裂かれた騎士は後ろに仰け反りながら絶叫すると、背後にいた仲間に背中を受け止められた。

 目を押さえて叫ぶ騎士の腹に剣が差し込まれ、彼を支えていた騎士の腹にも剣が突き刺さる。

 剣で団子のような状態になった2人の騎士は仲良く腹を割かれて中身を床に撒き散らした。

「このッ!」

 残りの騎士が剣をクラリス目掛けて剣を振るうが、どれも紙一重で避けられる。避けられては反撃を食らい、どれも一撃で体の一部を切断される。

 手首を切断され、腹を割かれ、足を切断されて。あっという間に援軍としてやって来た騎士は全滅した。

「ヒ、ヒィィ!?」

 自分達を守る為にやって来た騎士が全滅してしまい、聖職者達は腰を抜かしてしまった。

 彼等は何とか逃げようと後退るが、クラリスは彼等を逃しはしない。

「いけません。神が言っています。ここで貴方達を滅せよと」

 返り血で頬を汚すクラリスがニコリと笑うと、腰を抜かす聖職者達から悲鳴が上がった。


-----


 教会を出たクラリスが目指したのは王城であった。

 といっても、彼女が意図して向かったわけじゃない。右目に映る光景が彼女を王城へ進ませるのだ。

 教会が騒ぎになった事で王城から騎士が出動する。騎士達は教会に向かい、それにクラリスが遭遇する。

 騎士は血塗れで剣を持つクラリスを見て、彼女が犯人だと断定するだろう。そうなったら剣を抜いて彼女に投降を呼びかける。

 だが、逆にクラリスは騎士を認識すると右目が見せる光景――騎士達が剣を振り上げて襲い掛かって来る未来を見る。

 死にたくない彼女は騎士を殺す。後続の騎士が再び到着して……と繰り返しになるのだ。

 クラリスの認識としては、自分を殺しに来る者達が城からやって来ると思っているのだろう。

 彼女はアイデンに襲われそうになったことで強烈な恐怖を抱いている。その恐怖を振り払う為にどうすれば良いか、それは相手を排除する事だ。

 そういった彼女の思い込みに反応して、彼女の右目に宿った力が彼女の望む未来を実現しようと作用する。

 こうした自らが生み出す負の連鎖が彼女を追い詰め、終いには城に元凶がいると思い込んだ。

「城……。王……」

 そう、王もアイデンと共犯だった。

 神はいないと言って、聖女を便利な道具に仕立て上げていた。

 従わなかった彼女はアイデンに出来損ないと言われ、始末される予定であった。では、共犯である王も同じように思っているのではないか?

 答えに行き着くとクラリスの歩みは徐々に速度を上げていき、駆け足に変わった。 
 
 道中で遭遇する騎士を殺し、待ち構えていた門番を殺し……。城内に入り込むと駆け付けて来た騎士を殺す。

 殺して、殺して、殺しまくった。

 だが、彼女自身はただの人間である。

「はぁ……。はぁ……」

 何人倒しても次々とやって来る騎士達と戦い続け、彼女の体力は限界に近付いていた。

 1階のエントランスで20人と戦い、2階の廊下で10人、王がいると思っていた謁見の間でまた10人。

 王を探して王族のプライベートエリアのある3階へ到達したところで50人以上の軍勢と戦う。

 むしろ、ただの少女がこれだけを相手にして生き残っている方が奇跡だ。

 これを成せたのは右目に宿った力と手に持った剣のおかげだろう。
   
「セイッ!」

 今も王を守る騎士と対峙しているが、クラリスは荒い息を吐き出しながら相手の攻撃を躱す。

 躱して、斬って殺害。

「疲れているぞ! 畳み掛けろ!」

 だが、所詮は人である。体力が切れれば動きが鈍くなり、体力が尽きれば動けなくなる。

 右目がいくら未来を見せようとも、それに反応できなければ無意味だ。

「あぐっ!?」
 
 彼女の左肩に騎士が突き出した剣が刺さる。

 初めて経験する痛みにクラリスの目尻には涙が浮かんだ。口からは悲鳴が出て、刺された肩からは血が流れだす。

「いたい……。いたい……」

 それでも彼女は抵抗を止めなかった。抵抗を止めれば殺されてしまうから。

「あああああッ!!」

 必死に剣を振って、必死に足を動かして、騎士達を相手に戦い続けた。

 目の前で振られた剣を屈んで避けて、相手の胸の中に飛び込むようにしながら腹に剣を突き刺す。

 腹を掻っ捌いている最中、後ろから忍び寄った騎士に背中を斬られた。背中から感じる燃えるような熱さに耐えて、振り向き様に相手の首を刎ねる。

「はぁ、はぁ……!」

 次は左右からの挟撃。何とか避けようとするが、片方の剣がクラリスの脇腹を切り裂く。

 悲鳴を上げながらも、彼女は倒れないよう踏ん張って相手の腕を落とした。

 残り1人となった騎士が突きの構えで突撃してくるが、彼女の足は重く動かない。咄嗟に相手の剣へ左手を突き出して、手の平に剣を貫通させながら攻撃を受け止めた。

「あああああッ!!」

 相手が動揺している隙に最後一撃を相手の首に叩き込む。トリガーグリップを握りしめて剣を起動すると大量の返り血を浴びながら首を切断した。

「あ、はぁ……。ぐ……!」

 3階にいた騎士を全員排除した後、クラリスは全身血塗れで白い修道衣は真っ赤に染まっていた。

 白かった肌も、ウェーブの掛かったフワフワな長い金髪も、返り血を浴びすぎて赤く染まる。

 自分自身の血も流れているが、もはや混ざりすぎてどれがどれか分からない。

 体力の限界、斬られた事による傷の痛み、クラリスの足取りは重くフラフラであった。

 だが、彼女は前に進む。穴の開いた左手からポタポタと血を流しながらも、一歩ずつ確実に前へ進んで行く。

「試練……。これは試練……」

 ヒューヒューとか細い息を吐き出しながら、クラリスはうわ言のようにそう呟いた。

 これは神が与えた試練である。

 断罪者となるべく、神が与えた試練である。

 邪悪なる存在を滅して、真なる神の聖徒となる為の試練である。

「私は……。試練……」

 そう繰り返し、彼女は血が滴る手でドアノブを捻る。

 部屋の中には王がいた。

「ヒィ!? お、お前!? 一体、こんなことをして、何を!?」

 怯える王は部屋の隅で丸くなりながら、血塗れのクラリスに問う。

「私は……。神の……。断罪……」

 フラフラと王に近寄ったクラリスは剣を持った腕を振り上げた。

 彼女の視界はほとんど見えていないのだろう。生気を失う寸前のような瞳を王に向ける。

 死にたくないという強い意思、神への信仰心、この2つだけで立っているような状態だった。

「神、様……。見て、くれて、ますか……」  

 最後の力を振り絞り、彼女は王の頭部に剣を振り下ろす。

 王の頭頂部に剣の刃が食い込み、王は一瞬だけ悲鳴を上げるがすぐにか細い声に変わった。

 だが、それだけでは終わらない。

 回転し始めた刃が王を真っ二つに切り裂いていく。血と肉を撒き散らしながら、王だった物が床に散らばった。

 王を断罪し終えたクラリスは、糸の切れた人形のようにその場へ崩れ落ちた。

 血塗れになった床に倒れ込み、彼女にはもう立ち上がる気力すらも残されていない。

「かみ、さま……」

 彼女が意識を失いかけた時、ふと掠れた視界に影が差す。

「やぁ。よく頑張ったね」

 影からは男の声が発せられ、クラリスは体を仰向けにひっくり返される。

「これを飲みたまえ」

 次の瞬間、彼女の唇にはガラスのような感触が触れて液体が口の中に流れ込む。液体が喉を通って体内に入ると、彼女が感じていた全身燃えるような熱さが引いていく。

 掠れた視界が徐々に正常化していき、ぼんやりとであるが影の正体を捉えた。

「あな、た、は……」 

 影の正体は30過ぎくらいの男性。髪が茶色で瞳は緑。

「私は君を迎えに来た」

「わたし、を……?」

「そうだよ。君は神を信じるか?」

 そう問われ、クラリスは一瞬だけ沈黙する。

 信じていたアイデンと王は神など存在しないと言った。

 だが、自分が見た光景は何だ? あれは神による御業ではないのか?

「しんじ、る……」

 クラリスは小さく呟く。すると、ぼんやりと映る男性の顔は笑顔に変わった。

「そうか。じゃあ、君の信じる神がいる場所へ連れてって上げよう」

 男性の声を聞いたクラリスの視界が徐々に薄れていく。

「思う存分、神を見つけるといい」

 最後の一言を聞いたクラリスは完全に気を失った。 


-----


 アルテア聖王国のシンボルである王城から黒い煙が天に向かって伸びる光景を背景に、街道には馬車が列を成して走っていた。

「しかし、恐ろしいですね」

 祖国へ向かう馬車の中でそう言ったのは茶髪の若い男性だった。

「何がだい?」

 馬車の中で本を読みながらそう返すのは30過ぎの茶髪で緑色の瞳を持った男性。

 つい数時間前までアルテア聖王国王都の宿屋にいた2人は、アルテア聖王国での目的を達して祖国へと帰る途中であった。

「いえ……。アルテアがこうも簡単に消える事になるとは……」

 若い男性は馬車に備わった窓から現在進行形で滅亡中の国を見て眉間に皺を寄せた。

「そもそも、クロイツア王国から派生した分家なんだ。それも、一部の過激派が勝手やった事だしね。遅かれ早かれ、いつかはこうなっていたさ。……いや、十分遅いか」 

 アルテア聖王国はいつか滅亡する運命だった。

 大昔の事ではあるが、アルテア聖王国は大元であるクロイツア王国発祥である世界最大の宗教――神聖徒教に属していた聖職者の一部が離反して興した国である。

 つまりは聖女の伝説や邪悪なる者との闘いも全部デタラメ。

 いや、一部は正解か。

 邪悪なる者の正体は大昔にアルテア聖王国建国と宗教独立を阻止しようとしたクロイツア王国の軍勢である。

 今ではクロイツア王国の方が国力も軍事力も大きいが、アルテア聖王国が建国された当時は今ほどの力を持っていなかった。

 結果、クロイツア王国とアルテア聖王国は両国多大な被害を生み出した末に講和を結ぶ。

「しかし、その一件が原因でクロイツア王国側の教会は密かに動き出した。これが今の教会にある諜報部と教会戦士誕生の発端さ」

 世界最大であった宗教組織からの離反を生んだこの事件と戦争をきっかけに、クロイツア王国及び神聖徒教会は二度と同じ事が起こらないように内部改革を行う。

 その結果、神聖徒教は裏で外国を監視・情報収集する部門である諜報部門、非戦闘員の護衛と粛清対象者の即時抹殺を目的とした戦闘部門を設立。

 内外の情報を探る諜報員と内部で誕生する異端者の粛清を目的とした戦闘員を育成を開始した。

 数十年後、下地を作ったクロイツア王国と神聖徒教会本部は、世界中に散らばる神聖徒教の教会を拠点にして外国へのスパイ活動を開始。

 同時に最大の汚点であるアルテア聖王国を地図から消そうとも目論んだ。

 しかし、ここでアルテア聖王国排除に待ったを掛けたのが当時の神聖徒教会本部枢機卿。彼はアルテア聖王国をただ滅ぼすのではなく、実験場にしようと提案した。

「ほら、うちの宗教って外国人の信者も多くいるだろう? 教会戦士も自国民だけじゃなく、優秀な外国人を使ったらどうかってなったようでね。奴等が作った偶像を利用して、アルテア内部からも教会戦闘の素質を持つ者を探そうってなったわけさ」

 ただ滅ぼすのではなく、利用できる物は利用しよう。使える物があるのならそれを回収してから滅ぼそう。

 そう提言した当時の枢機卿の案が採用され、アルテア聖王国内に神聖徒教の諜報員が潜入を開始。

 アルテア側の教会と王室を操作して聖女・聖人を選定する際に『試練』という概念を生み出した。

 神聖徒教が最も重視する要素は『神への信仰』である。苦しい試練を乗り越え、聖女・聖人になった者がアルテアの真実を知って染まるか染まらないかを観察する。

 アルテア側の教会と王室の意思に付き従う者は失格。そうでない者は見込みアリとして次のステージへ。

 第一ステージで落ちた聖女・聖人は潜入した神聖徒教の諜報員が事故や病に見せかけて暗殺する。そして、また試練が行われて……と続いて来た。

 めでたく第一ステージをクリアしたのがクラリスだ。立派な信仰心を備えた彼女はアルテアの意思に反対した。

「続いて、第二ステージ。それは教会の地下武器庫に置かれた神聖魔導具の適正があるか否か」

 出来損ないの烙印を押されたクラリスはアイデンによって襲われそうになっていたが、あれも潜入した神聖徒教の仕組んだシナリオ通りである。

 そもそも、人格的にも道徳的にも問題があるアイデンを司教長に据えた事すらも仕込みだ。

 ともあれ、アイデンはクラリスを襲おうとした。逃げ出した彼女の逃げ道を塞ぎ、地下に誘導したのもシナリオ通り。

「といっても、これはボーナスゲームに過ぎなかったんだけどね」

 もしも、地下でクラリスが神聖魔導具と呼ばれる物の適正が無かった場合は、神聖徒教の諜報員が介入して彼女を救い出す予定であった。

「救い出す予定だったんですか?」

「そう。さすがに300年以上継続された案件でさ、一人もアルテアに背く人材が現れなかったわけ。背くだけでも素質ありなんじゃない? とハードルが下がったわけよ。100年前にね」

 それでも100年間、アルテアに背いたクラリスのような人材は現れなかったわけだが。

「さすがに当時の枢機卿も300年以上も人材確保が出来ないとは思わなかったろうな」

 はっはっは、と笑う30過ぎの男。

「……まぁ、それは置いといて。とにかく、彼女がウチの用意した試練を見事突破したってわけですか」

 若い男性は笑う上司にため息を零しつつ、話の続きを促した。

「そう。一応、当時の枢機卿が提言した案だからね。上の連中も途中で投げ出せないわけよ。しょうがないから休暇を兼ねた任務として、持ち回りで派遣されていたわけ」

 外国で大きな任務を終えた者が対象で、派遣任期は5年間。

 潜入中の諜報員と本部の橋渡し要員、現場指揮者となりつつアルテア聖王国内でゆっくり過ごす。

 これは前任務地の軍や国上層部からの追跡を断つ事も加味されていて「5年間は何もせずに大人しく鳴りを潜めてね」という教会本部の計らいというやつである。

 今語り合っている2人も3年前までは外国にいて諜報活動をしており、派遣された国では大きな仕事を終えた後であった。

「まぁ、これでバカンス任務と呼ばれていた案件は終わりになるわけだけど。本部に戻ったら同期に何か言われそうだ」

 せっかく金を貰いながらゆっくり出来る夢のような仕事だったのに、と文句を言う者は多くいるだろう。

 男は言われる様子が容易に想像できるのか、憂鬱そうにため息を零す。

「彼女はどうするんです?」

「彼女はウチで保護と教育だろうね。名前を変えて再スタートだよ」

「例の神聖魔導具適正者ですから、教会戦士ですか?」

「上の判断次第だけど、教会戦士からスタートだろうね。でも、彼女は出世しそうだ」

 ふふ、と笑う30過ぎの男。

「彼女の新しい名前、何が良いと思う?」

「我々が決めるんですか?」

「そういう伝統だよ」

 
-----


 アルテア聖王国から連れ出されたクラリスはクロイツア王国王都にある神聖徒教会本部で一ヵ月の療養を過ごす。

 クロイツア王国自慢の医薬品で体の傷は癒えたものの、やはり騙されていた事にショックを隠し切れないのか、クラリスは世話をしてくれる聖職者に対して心を開かなかった。

 ずっと顔を俯かせて、人を見ようとしない。それは右目の見せる未来から逃げようとしているのだろうか。

 そんな彼女の元にやって来たのは、彼女を連れ出した30過ぎの男。

「私の名前はノックス。君をあの国から連れ出した者だ」

「…………」

 ベッドの上で膝を抱えながら俯くクラリスに、ノックスは「う~ん」と悩む。

 彼の顔色からは「年頃の女の子にどう接すれば良いか」と悩んでいるようだ。悩んだ結果、彼は単刀直入に聞く事に決めたようで。

「神から未来を見せられて、君はどう思った?」

 そう問うと、クラリスの肩がピクリと跳ねる。

「殺戮の連続だったのだろう? でも、君は殺されたくないから抵抗したんだろう? ……君の選択は正しい。全く悪くない。悪いのはあの国だ」

 クラリスは膝を強く抱きしめながら体を震わせた。声を押し殺して泣いているのは、自分がやった事に恐怖しているのか、それとも神の見せた未来とやらに恐怖を抱いたのか。

 ノックスは彼女の行為を肯定したが、やはり簡単には信じてもらえぬようだ。

「君の右目で私を見てみたまえ」

 どうしたら信じてもらえるか悩んだノックスは、そう言って彼女の肩をちょんちょんとつつく。

 大丈夫、と何度も繰り返しながら。

 クラリスは恐る恐る顔を上げて、彼の顔を見る。

「君の目には何が見える?」

 その問いに対して、クラリスは何も答えなかった。

 だが、彼女の答えを代弁するのであれば「何も見えない」だろうか。ただ単に笑顔を浮かべたノックスの姿が映っており、ブレるように見える未来はなかった。

「君の右目は君に殺意を向けた者にしか反応しない。そういう物だ」

「あ、貴方は……」

 この右目に宿った力について知っているの。クラリスはそう問いたいのだろうが、上手く言葉にできなかった。

「はっはっは。不真面目ではあるが、これでも聖職者の一員だからね。詳しいんだよ」

 彼女の問いを察したノックスは笑いながら答えを告げる。

「君は特別だ。それは確かに神の力で、君は神に選ばれた。聖女ではなく、断罪者として」

「断罪者……」

「そうだ。祈りを捧げる役割ではない。神を悪用する悪を断罪する者として選ばれたんだ」

 あの国にいたアイデンと王を殺したように。

「私の元に来ないか? 断罪者としての戦い方と目の使い方を教えよう」

 クラリスに向かって手を差し出すノックスは彼女にそう告げた。

「神様は……」

 だが、クラリスは彼の手を取らず小さな声で呟く。

「ん?」

「神様は本当にいるの?」

 ノックスは彼女の問いに少し間を置いて、フッと笑いながら告げる。

「私はいると信じているよ。君はどう思う? 今を神が定めた運命だと思うかね?」 

「私は……」

 クラリスの声音からは察するにまだ少し迷っているのだろう。

 だが、彼以外に自分の行先を教えてくれる人はいないと感じたのか。彼女は恐る恐る彼の手を取った。

「それでいい。私の元で学びながら、君の神を探しなさい」


-----


 ノックスによる勧誘を受けてから2週間後、クラリスは神聖徒教会本部にある教会戦士訓練所へ入所する。

 ノックスから直々に戦闘訓練と力の使い方について学ぶ。同時に神聖徒教の教えを学んで、正式な聖職者となった。

 5年後に訓練所を卒業する際、彼女は『クラリス』という名に代わって新しい名を授けられた。

「貴女は以降、マリアと名乗りなさい。貴女は今日からシスター・マリアです」

 シスター・マリアと名を改めた彼女は訓練所を主席で卒業。以降、教会戦士として各地の教会に派遣される。

 外国で聖職者として活動しながら、裏では諜報員兼教会戦士として活動。

 諜報員としての活躍も素晴らしいと評価されたが、やはり一番の功績となったのは敵勢力との戦闘時である。

 彼女の右目に宿った力は『先見の赤』と呼ばれ、戦闘訓練を積んだ彼女に敵はいなかった。

 順調に出世していき、神聖徒教に所属して20年経った頃には教会戦士及び諜報員に与えられる特別な位――聖天十二位と呼ばれる教会内において最強の12人へ与えられる特別な位を授与される事となった。

 授与式が終わり、教会本部の廊下を歩いているとシスター・マリアの前に懐かしい人物が現れる。

「やぁ。久しぶりだね。聖天十二位まで成長するとは、私も鼻が高いよ」

 彼女の前に現れたのは、かつてアルテア聖王国から連れ出したノックスであった。

 彼はニコリと笑うとシスター・マリアを祝福する。だが、肝心の彼女本人はとても嫌そうな顔を浮かべていた。

「ふん。私を利用して枢機卿になったくせに。よく言うね」

 元々諜報員だったノックスは今年で57となった。

 シスター・マリアが現場で活躍し始めた頃に、入れ替わりで現場を離れた彼は教会本部で幹部に。

 その後、自らスカウトした教え子の手柄を利用しながら順調に出世して、昨年にはクロイツア王――教皇位も兼ねる国・教会のトップ――より枢機卿に任命された。

「はは。君は随分と変わってしまったな。昔は可憐な聖女と言われていたのに」

 ノックスの茶化すような言葉を聞いて、シスター・マリアは舌打ちを鳴らす。

 神聖徒教へ加わる前の自分は黒歴史、もしくは汚点と思っているような表情であった。

「で、何の用だ」

「君がローベルグ帝国帝都支部の責任者になるって人事から聞いてね。激励だよ、激励」

 ふふ、と笑うノックス。対して、シスター・マリアは「あ、そう」と言いながら横を通り過ぎる。

「あそこは敵国の思惑が渦巻く厄介な場所だ。気を付けなよ」

「言われなくても」

 コツコツと靴底を鳴らしながら歩いて行くシスター・マリアへ振り返ったノックは問う。

「ところで、神の声は聞こえたのかい?」

 彼が問うとシスター・マリアの歩みが止まった。その場で顔を伏せた彼女は小さな声で「聞こえない」と零した。

 しかし、彼女はすぐに顔を上げるとノックスへ振り返って――

「だが、ここにいる」

 そう言って、自分の右目を指差した。
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