23 / 50
23話「ゴラード・ビリックは質の悪い職員のようだ」
しおりを挟むだけど、今はクヴェルといちゃついている場合ではない。
ギルドの職員を待たせてるんだ。急いで支度しないとね!
今日来ているのはギルド長のオルフェリオさんかしら? それともトーマスさんかしら?
二人共温厚な方だけど、あまりお待たせしたら悪いわよね。
私はクヴェルにライニゲンダー・シャワーの魔法をかけてもらい、マントを羽織り部屋を出た。
ライニゲンダー・シャワーの魔法は夜はお風呂と洗濯の代わりに、朝は歯磨きや洗顔の代わりになる非常に便利な魔法なのだ。
クヴェルは子供の姿に変身し、私のあとについて一階に向かった。
彼への気持ちを自覚してから、彼が側にいるだけでドキドキしてしまう。
クヴェルが髪をかきあげる仕草、てくてくと歩く姿、腕組みをするときの真剣な表情、その全部が愛しい。
ふとクヴェルと目が合う。彼は私に向かって穏やかに微笑んだ。その瞬間キュンと胸が音を立てた。
子供の姿のクヴェルとなら一緒にいても平気だと思っていた。
だが実際は子供の姿のクヴェルと視線が合っただけでも、青年クヴェルの端正な顔立ちや艶のある囁き声を思い出してしまい、胸が高鳴り、心がふわふわした。
ああ……これが恋なのね!
クヴェルと目が合う度に「好き」って気持が溢れてくる。
◇◇◇◇◇
いつまでもクヴェルのことだけを考えていたいけど……そうもいかない。
今、この国の人達はミドガルズオルムによる汚染に苦しんでいる。気を引き締めて事態の改善に向けて動かないとね!
私達が一階に下りると、宿泊客がフロントに集まっていた。
宿を尋ねて来たというギルド職員の姿はフロントにはない。彼らはいったいどこにいるのかしら?
「おはようございます。
皆さんお早いですね。
こんな時間にフロントに集まってどうしたんですか?」
「アデリナさん、クヴェルさん、大変ですよ!
今、食堂にギルドの職員が来てるんです!」
どうやらギルドの職員は食堂にいるようだ。
「彼らはアデリナさんとクヴェルさんに用があるようで……。
先ほどから『遅い!』とか、『早く呼んでこい!』とか、『俺様をいつまで待たせるんだ!』と騒いでいるんです」
ギルド長さんもトーマスさんもそんな横柄な態度を取る人ではない。
ということは今食堂にいるのは、私達と面識がない職員だろう。
「あんたらを尋ねて来たのはゴラード・ビリックというギルド職員だ。
ゴラードは子爵家の四男という身分を鼻にかけたいけ好かない野郎だ。
あいつには何人もの冒険者が泣かされている。
あんたらも、奴の機嫌を損ねないように気をつけた方がいいぜ」
宿泊客の一人がそう忠告してくれた。
子爵家の四男は継ぐ爵位もなく、婿入りも難しく、貴族の間では平民のような扱いをされている。
しかし、平民からは貴族として扱われ恐れられているようだ。
ゴラードは恐らく貴族の前では威張れないから、平民の前で威張り散らしているのだろう。
ゴラードはかなり器の小さい人間のようだ。
「大丈夫ですよ。
私、貴族への対応には慣れてますから」
貴族だからといって、平民相手に横柄に振る舞ってもよいという法律はない。度が過ぎれば王家からお咎めを受ける。
ゴラードが貴族だからといって必要以上に下手に出る必要はない。
「随分落ち着いてるんだな。
貴族への対応に慣れてるなんて、アデリナさんは一体なにものなんだい?」
「アハハ、ちょっと貴族と顔を合わせることが多かっただけですよ」
いけない、いけない。元公爵令嬢なのを知られる訳にはいかないのだ。
「だが気をつけるに越したことはないぜ。
ゴラード一人でも面倒なのに、奴はやっかいな冒険者を連れてきた」
「やっかいな冒険者って誰ですか?」
「C級冒険者のドクラン、ランザー、イグニスの三人だ。
奴らは頭はあんまりよろしくないが、体格に恵まれてる上に馬鹿力だからな」
「ええ……知ってます」
私は深く息を吐いた。
マルタさんから「冒険者ギルドの人間が尋ねて来た」と聞かされたとき、私は真っ先にドクラン、ランザー、イグニスの三人組を思い浮かべた。
彼らがお礼参りに来たという私の予想は、半分は当たっていたようだ。
「この街に来たばかりのアデリナさんにまで、奴らの恐ろしさは知れ渡っているようだな」
私がため息をついたのを、宿泊客は恐怖心からと勘違いしたらしい。
「権力はゴラードが、力はドクラン、ランザー、イグニスの三人が担っている。
あの四人に目をつけられたら、王都では仕事が出来ないぜ」
つまり連中は中途半端な強さをお互いに補い合い、その力を使って弱い者虐めをしていると言うことね。
そんな連中を野放しにしておけないわ。私の正義感に火がついた。
「ご忠告ありがとうございます」
親切に教えてくれた宿泊客にお礼を伝えた。
「クヴェルさんは不思議な力を持っているがまだ子供だ。
アデリナさんは華奢な女の子だ。
女子供だけじゃ舐められる。
俺も一緒についていってやろうか?
俺だって冒険者の端くれだ。
奴らを牽制ぐらいできる」
そう言った宿泊客の足はがくがくと震えていた。
他の宿泊客も「俺達も行くよ!」と申し出てくれたが、全員顔色が悪く、微かに体が震えていた。
「皆さんのお気持ちはありがたく思います。
ですが彼らへの対応は、私とクヴェルだけで大丈夫です」
宿泊客にはこの街での生活がある。彼らを巻き込む訳にはいかない。
「皆さんは、ここで待っててください」
私がそう伝えると、彼らは安堵の表情を浮かべていた。
十八年間、貴族として生きてきたので貴族への対応には慣れている。
ワームを何体も倒してレベルも上がった。
だから、ゴラードのこともC級冒険者三人組のことも少しも怖いとは思わない。
「アデリナ、本当に平気?
なんなら僕一人で行こうか?」
クヴェルが私の袖を引っ張った。私を見つめる彼の表情には心配の色が宿っていた。
「平気だよ。これでも元貴族だもん。いばりんぼうの貴族への対応は慣れっこだよ」
私は小声でクヴェルに伝えた。
「あのね、元貴族でも今のアデリナは平民なんだよ。
今までは君が公爵家の令嬢だったから、周りの貴族も君にそれなりの敬意を払って接していたんだよ」
クヴェルにそう言われ、学園にいたときどんな扱いをされていたのか振り返ってみた。ろくな思い出がない。
「私より身分の下の貴族から、悪口を言われることなどしょっちゅうだったよ。あれで私に敬意を払っていたの?」
「悪口は言われたけど、暴力は振るわれていないでしょう?」
言われてみれば、学園では散々悪口は言われたけど、暴力を振るわれたことはない。
公爵令嬢に暴力を振るったらただでは済まないと、彼らもその辺はわきまえていたのかもしれない。
「そう言えばそうだね」
「平民相手に、貴族がどんな態度を取るかわからない。
もし、相手がアデリナに乱暴を働くようなら、僕は容赦なく相手を吹っ飛ばすからね」
クヴェルの顔は険しく、怖いくらい冷たい目をしていた。
クヴェルたん、頼もしい!
「僕は、この国の将来や国民よりアデリナの方が一億倍大切だから!」
彼に大切に思われているのが痛いほど伝わってきた。
クヴェルが街の人を見捨てて他所の国に移動しないように、私が気をつけないと。
嫌味なギルド職員と態度の悪いC級冒険者のせいで国が亡びるなんて、この国の人達がかわいそうだもの。
「クヴェルたん、私のことはそんなに心配しなくても大丈夫だよ。
平和的に交渉に臨もうね」
クヴェルたんは私のことになると過保護になる。
平和的な交渉の為にも、私が相手に舐められないように気をつけないと。
私は深呼吸して息を整え、食堂へ続くドアを開けた。
519
あなたにおすすめの小説
これで、私も自由になれます
たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。
『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします
卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。
ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。
泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。
「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」
グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。
敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。
二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。
これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。
(ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中)
もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!
婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~
ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。
絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。
アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。
**氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。
婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む
綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」
婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からなくなっていました。
婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2022/02/15 小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位
2022/02/12 完結
2021/11/30 小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位
2021/11/29 アルファポリス HOT2位
2021/12/03 カクヨム 恋愛(週間)6位
婚約破棄された公爵令嬢エルカミーノの、神級魔法覚醒と溺愛逆ハーレム生活
ふわふわ
恋愛
公爵令嬢エルカミーノ・ヴァレンティーナは、王太子フィオリーノとの婚約を心から大切にし、完璧な王太子妃候補として日々を過ごしていた。
しかし、学園卒業パーティーの夜、突然の公開婚約破棄。
「転入生の聖女リヴォルタこそが真実の愛だ。お前は冷たい悪役令嬢だ」との言葉とともに、周囲の貴族たちも一斉に彼女を嘲笑う。
傷心と絶望の淵で、エルカミーノは自身の体内に眠っていた「神級の古代魔法」が覚醒するのを悟る。
封印されていた万能の力――治癒、攻撃、予知、魅了耐性すべてが神の領域に達するチート能力が、ついに解放された。
さらに、婚約破棄の余波で明らかになる衝撃の事実。
リヴォルタの「聖女の力」は偽物だった。
エルカミーノの領地は異常な豊作を迎え、王国の経済を支えるまでに。
フィオリーノとリヴォルタは、次々と失脚の淵へ追い込まれていく――。
一方、覚醒したエルカミーノの周りには、運命の攻略対象たちが次々と集結する。
- 幼馴染の冷徹騎士団長キャブオール(ヤンデレ溺愛)
- 金髪強引隣国王子クーガ(ワイルド溺愛)
- 黒髪ミステリアス魔導士グランタ(知性溺愛)
- もふもふ獣人族王子コバルト(忠犬溺愛)
最初は「静かにスローライフを」と願っていたエルカミーノだったが、四人の熱烈な愛と守護に囲まれ、いつしか彼女自身も彼らを深く愛するようになる。
経済的・社会的・魔法的な「ざまぁ」を経て、
エルカミーノは新女王として即位。
異世界ルールで認められた複数婚姻により、四人と結ばれ、
愛に満ちた子宝にも恵まれる。
婚約破棄された悪役令嬢が、最強チート能力と四人の溺愛夫たちを得て、
王国を繁栄させながら永遠の幸せを手に入れる――
爽快ざまぁ&極甘逆ハーレム・ファンタジー、完結!
あなたの幸せを、心からお祈りしています【宮廷音楽家の娘の逆転劇】
たくわん
恋愛
「平民の娘ごときが、騎士の妻になれると思ったのか」
宮廷音楽家の娘リディアは、愛を誓い合った騎士エドゥアルトから、一方的に婚約破棄を告げられる。理由は「身分違い」。彼が選んだのは、爵位と持参金を持つ貴族令嬢だった。
傷ついた心を抱えながらも、リディアは決意する。
「音楽の道で、誰にも見下されない存在になってみせる」
革新的な合奏曲の創作、宮廷初の「音楽会」の開催、そして若き隣国王子との出会い——。
才能と努力だけを武器に、リディアは宮廷音楽界の頂点へと駆け上がっていく。
一方、妻の浪費と実家の圧力に苦しむエドゥアルトは、次第に転落の道を辿り始める。そして彼は気づくのだ。自分が何を失ったのかを。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる