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43話「そんな言い方ズルいよ。アデリナの動揺」
しおりを挟む私が女王になり、クヴェルたんが神様に戻る。
それは私達の旅の終わりを意味する。
「そんな言い方ズルいよ……!
私がトリヴァインの国民を見捨てられないとか、
女王になるとか、
そんなこと勝手に決めないでよ……!」
確かに祖国の善良な人達が、私がクヴェルと旅に出たことで傷つくのは嫌だ。
だけど、私にとってはクヴェルたんとの旅も同じくらい大事だ。
クヴェルたんと他愛のないおしゃべりをしたり、
美味しいと思ったものを分け合ったり、
馬車に揺られて眠くなった時肩をかしてもらったり、
つまらないことで言い争いになったり、
そういう些細なことが私にとってはとても大事なのだ。
「善良な人達のことは心配だよ!
でも、やっと自由になれたのに、また国に縛り付けられるなんて嫌だよ!
クヴェルたんだってそうじゃないの?
神様に戻ったら今のように自由に動き回れないんじゃないの?」
「それは……」
クヴェルたんは私から視線を逸らし、目を伏せた。
「やっぱり……。
神様に戻ったら、クヴェルたんは自分を模した石像の中でずっと過ごすことになるんだね?」
「神が人間に関わるのはよくないから。
だけど石像の中からでも君を見守っているよ」
「クヴェルたんからは見れても私からは見れないよ……!」
私は自分でも意識しないうちに声を荒げていた。
「ずっと側にいてくれるって言ったじゃない!
片時も僕の側から離したくないって言ってくれたじゃない……!」
私は地面に膝をつき、クヴェルたんを抱きしめた。
「石像じゃ嫌だよ!
クヴェルたんの温もりがほしいもん!
着替えも手伝ってほしいし、
お風呂に入るのがめんどくさい時はライニゲンダー・シャワーをかけてほしいし、
ご飯を食べるのが面倒くさい時は口まで運んでほしいもん!」
「それは、君が女王に慣ればお付きのものがしてくれるよ」
クヴェルたんの唇を奪い、草むらに押し倒した。
彼は頬を好調させ、戸惑った表情で私を見つめている。
「他の人じゃ嫌だよ!
それにクヴェルたんの小さな手で頭よしよししてほしいし、
ボーイソプラノボイスで時々お小言言ってほしいし、
お休みのキスもしてほしいもん!
そ、添い寝だってしてほしいし……!
それも他の人にして貰ってもいいの?」
クヴェルたんを責めるように問い詰める。
彼は眉を下げ、酷く困った顔をしていた。
「それは嫌だな。
アデリナに僕以外の誰かが触れるのは耐えられそうにない」
「だったら止めよう!
私は女王になんかなりたくないし、
クヴェルたんを神様にしてトリヴァイン王国に縛り付けたくないよ!」
「それじゃあ、あの国の善良な人達はどうするの?」
「うっ……それは……」
私だって鬼じゃないわ!
祖国の善良な人達が困ってるなら助けてあげたい。
でもその為に女王になるのも、クヴェルたんから離れるのも嫌なのだ。
なんとか両方を叶える方法はないのかしら?
その時ネックレスがじゃらりと音を立てた。
クヴェルたんからもらったネックレス。
魔石で出来てるのよね。
「……魔石」
「アデリナ、どうかしたの?」
「クヴェルたん!
ミドガルズオルムのときみたいに、魔石でトリヴァイン王国を救えないかな?」
「魔石の効果は永久ではない。
ミドガルズオルムのときみたいに毒の浄化など短い期間で問題が解決するならいいけど。
トリヴァイン王国が直面してるのは土地の乾燥という、一朝一夕では解決しない問題だから……」
「……いつかは効果が切れてしまうのね」
「僕がルーンを刻んだ魔石で五十~百年」
アデリナがルーンを刻んだ魔石だと十年持つかどうか」
「そんなものなのね」
でもそれだけの時間があれば。
「リスベルンの王様にミドガルズオルムを倒した時の褒美貰ってなかったよね?
報奨金の他に、私の願いを何でも叶えてくれるって約束してくれたよね?」
「僕は君がトリヴァイン王国の女王になったとき、不可侵条約を結ぶなり、隣国を支配国におくなり、関税を撤廃するなり、有利な条件を結ぶのに使うと思ってたんだけど」
クヴェルたんたらそんなことを考えてたのね。意外としたたかね。
「それも魅力的なんだけど、もっといいお願い事思いついちゃった!」
この方法なら私もクヴェルたんも国の犠牲にならずに済むわ。
リスベルン王国の人達にはちょっと迷惑をかけちゃうけど、ミドガルズオルムの脅威から救ってあげたわけだし(主にクヴェルたんがだけど)
ちょっとだけ協力してもらいましょう!
「クヴェルたん、宿に戻ろう!
トリヴァイン王国の問題を解決する良い方法が思いついたの!」
「えっ……?」
きょとんとしているクヴェルたんの手を取り、宿に戻った。
◇◇◇◇◇
宿に戻ると女将さんや他の宿泊客が出迎えてくれて、私達が街の脅威を晴らした噂が伝わっていて、お祭り騒ぎで……その日は飲んで食べて騒いで終わってしまった。
次の日から、真面目に作業にとりかかった。
クヴェルたんにありったけの魔石を出して貰って、それにルーンを刻んでいく。
今回はクヴェルたんの手を借りずに、全部自分でやることにした。
だってクヴェルたんの力を借りたら、あの国の人達は永久に水竜神頼りになってしまう。
もう、クヴェルたんはあの国の神様じゃない。
残酷なことだけど、あの国の人達にはそれを身をもって知ってもらう必要がある。
だから、私だけの力でやり遂げないと……!
◇◇◇◇◇
一カ月ちょっと、宿屋に籠もって魔石にルーンを刻んだ。
最初はのろのろペースだったけど、だんだんとコツを掴んで早く彫れるようになっていった。
調子に乗ってルーンを刻み過ぎて魔力切れを起こして、クヴェルたんに魔力補給をしてもらうこともあった。
クヴェルたんから「キスより効率的な魔力供給の方法があるんだけど、試してみる?」そう提案されたこともある。
その方法はここではとても言えないようなアレな方法で……ゴニョゴニョ。
「そ、そういうのは結婚してからね!!」って伝えておいた。
「結婚」というワードにクヴェルたんは嬉しそうに微笑み頬を染めていた。
あの丘での話し合いから一カ月が経過し、クヴェルたんとも冗談を言い合えるようになっていた。
というのも最初は、私を女王にすることを勝手に決めていたクヴェルたんに私が腹を立てていたからだ。
クヴェルたんは私を買い被っているというか、神聖視し過ぎている。
それは確かに私はお人好しかもしれないけど、クヴェルたんや私の人生を犠牲にしてまで、祖国の為に尽くしたいなんて思ってない。
そんなことを思えるほど人間が出来ていたら、婚約破棄されようが、虐待されようが、王太子と異母妹の側を離れず、自ら彼らの仕事面でのサポートを申し出ている。
彼らをさっさと見捨てて国をでたことからも分かるように、私はそこまでお人好しではないのだ。
クヴェルたんとの生活を守るためなら、ドライにもクールにもなれるのだ。
私が一番大切なのはクヴェルだから。
そうそう、宿に籠もってる私の為に、ギルド長さんや女将さんや宿の人達が毎日のように差し入れを持ってきてくれる。
食べ歩きは出来なかったけど、街の美味しいものを食べることができて幸せだ。
鳥の串焼きも、一口パンケーキも、スコーンも、マフィンも絶品だったわ。
◇◇◇◇◇
そんなこんなで、一カ月以上かけて八百個近い魔石に水のルーンを刻むことに成功した。
リスベルンの国王陛下に謁見して、ミドガルズオルムを倒した報酬をしっかり頂いた。
報酬の一つ、私からの願い事が思いがけないことだったようで、リスベルン国王は最初は苦い顔をしていたが、クヴェルたんが圧をかけると渋々了承してくれた。
次はトリヴァイン国王との謁見だ。
再び祖国に足を踏み入れずことになるとは思わなかったし、その目的が王家を滅ぼすことになるとは旅に出た時には夢にも思わなかった。
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