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35話「王太子の第二王子再教育計画」第二王子視点
しおりを挟む――コーエン・グランツ第二王子視点――
そこで気を失ったので、そこからの記憶がない。
兄上が邪魔しなければ、ディアーナ・フォークトにプロポーズできたのに!
王子の俺がプロポーズしたんだ、きっとディアーナ嬢だって喜んでOKしてくれた!
公爵令息の婚約者でいるより、第二王子である俺の婚約者になった方がいいに決まってる! それなのになんで邪魔するんだ!
兄上は酷い! 横暴だ!
今日あったことを父上と母上に言いつけてやる!
その前に兄上に一言文句を言ってやらないと!
「ぐぁあっ……!」
身体を起こそうとすると、棒で殴られたみたいに顔と頭が痛む。
触ってみるとどこも怪我してないし腫れてもいない……なのにどうしてこんなに痛いんだ??
「苦しいだろ? 怪我は治るけど痛みが十倍になる魔法をかけたんだ」
兄上が藤色の目を細めくすりと笑う。兄上が俺に笑いかけたのはいつ以来だろう? 妖美なほど美しく氷のように冷たい笑みに背筋がゾクリとする。
「がっ……うぁ゛っ、う゛っ……! なんで……そんな゛こと……?」
怪我を治すかわりに痛みが十倍になる魔法をかけた? なんでそんなことをしたんだ! なにもしないで自然に治るのを待ったほうがいいじゃないか!
「なんで? 本当に分からない? 昔から脳みそ空っぽだと思っていたけど、お前はほんとにおバカさんだね」
兄上がゴミを見る目で俺を見据える。
「コーエンの頭には脳みその代わりに綿が詰まっているのかな? ぬいぐるみみたいに」
コンコンと兄上が俺の頭を叩く。
「ぐっ……あ゛あ゛っ!」
それだけで脳の中がかき回されるような痛みが走る。
「ボクのせいかな? 母上の胎内にいたとき優秀なスキルはみ~~んなボクが持って生まれてしまったから、弟の君はこんなに出来損ないなのかな?」
兄上が俺の頭をコンコンと叩きながら、首をかしげる。
世界がぐるぐる回るような気持ち悪さに、吐き気がこみ上げる。
「がっ……ふごっ……! あ゛っ、兄上……やめ゛っ……ど、うして?」
なんでこんな酷いことをするんだ! 俺が何をしたっていうんだ!
「どうして? それをボクに聞く? ほんとに君はおバカさんだね、ボクが怒っている理由も分からないなんて」
兄上が怒っている? 今まで俺に怒るどころか興味も関心も示さなかった兄上がなんで?
「君がボクの親友とその婚約者を怒らせることをしたからだよ」
兄上の親友と婚約者って、フリード公子とディアーナ嬢のことか? 二人が怒っていた?
フリード公子は怒っていた、それは認める。
だけどディアーナ嬢は怒ってなかった。俺は王子様だから、俺に話しかけられたら女の子なら誰だって歓喜する、怒る訳がない。
第二王子の俺に求婚されたら、ディアーナは狂喜乱舞したはず。
今日のお茶会には俺の側近になりたい人と、俺の婚約者になりたい人しか来てないって母上が言ってた。
俺にプロポーズされて怒る人間がいる訳がない。
「分からないって顔をしてるね、本当に君はおバカさんだな。ボクの親友と婚約者を傷つけても何も悪くありませんって顔をしているんだから」
だって俺は何も悪いことをしていない。
フリード公子が勝手に怒って勝手に傷ついたんだ。俺は彼より身分が上の王子なのに、俺に対して怒るなんて不敬だ。
兄上は俺がディアーナを傷つけたと言いたいのかな? 王子の俺と話せた女の子が歓喜に沸くことはあっても、傷つくことなんてないはずだ。
兄上の言った言葉の意味が分からない。
「コーエンは本当に人のものを欲しがるだけのバカでとんまで間抜けで、人の痛みが分からないくずだね。こんな風に育つなら、君が欲しがるままに何でも上げるべきじゃなかったよ」
いくら兄上でも言葉が過ぎます! 抗議してやりたいが、しゃべると頭が痛いから声を出したくない。
「君の愚かな行動のせいでボクは親友と親友の婚約者を失い、王家はディアーナ嬢の実家のフォークト公爵家と、フリードの実家のルーデンドルフ伯爵家を失うところだった。君一人のために失うには大きすぎる対価だ」
兄上の言ってることの意味が分からない。
ディアーナ嬢を俺の婚約者にして、フリード公子は俺の護衛にする。
ディアーナ嬢は将来俺のお嫁さんになり、フリードは将来俺の近衛隊に入る。
そうなったらむしろその二家との繋がりは強くなるんじゃないのか? なんで失うことになるんだ?
国王である父上と、王妃である母上に可愛がられている第二王子の俺。その俺様の婚約者と側近になれるんだぞ? 二人とも泣いて喜ぶだろ?
フォークト公爵家とルーデンドルフ伯爵にとっても利益がある話だろ?
それなのになんでフォークト公爵家とルーデンドルフ伯爵と縁が切れるって話になるんだ?
「こんなことになるならもっと早くに父上と母上からコーエンの養育権を取り上げておくべきだったよ。ボクの手で教育すればもう少しまともになれた」
父上と母上から俺の養育権を取り上げる? 兄上が俺を教育する?
兄上は父上と母上に可愛がられている俺に嫉妬して言ってるんだ。
愚かな兄上、そんな申し出が通る公算はゼロに近いのに。
俺は父上と母上にとても愛されているから、二人が俺を手放す可能性は低い。
「分からないって顔をしてるね? 自分は父上と母上に愛されているから、そんなことができる訳がないと思っているのかな? だとしたらそんな甘い考えは今すぐ捨てなさい」
兄上が懐から二枚の紙を取り出す。
「一枚目はコーエンの親権及び養育権の譲渡、二枚目はコーエンの生殺与奪権の譲渡に関する書類だ」
兄上が持っている二枚の紙には父上のサインがあり、印が押されていた。
書類に押してあるのは……正式な書類に押される王家の印!
「うぞっ……なんで!?」
しゃべると自分の声が頭の中に響いて痛いけど、声を出さずにはいられなかった。
体がブルブルと震える。
俺は父上と母上に捨てられた……のか?
「コーエン、君の親権と養育権及び生殺与奪権はボクに移行した。これからはボクが君を教育する」
兄上が藤色の瞳を細め、冷淡に言い放った。
「二度とボクの親友と親友の婚約者に手を出せないように厳しく指導するよ。
朝六時から夜十二時まで、食事とトイレとお風呂の時間以外は全て勉強に当ててもらう。一日に食事とトイレとお風呂に使う時間は二時間までとする。
学習科目は魔法学、天文学、哲学、算術、幾何学、医学、法学、音楽、修辞学、古代語。
家庭教師には幼い頃ボクを教えていた者をつける。
家庭教師に逆らったり口答えしたりサボったりしたときは、電流が流れるムチで容赦なく打ちすえるからね」
兄上が淡々と説明する。食事とトイレとお風呂の時間以外はすべて勉強に当てる?!
科目は魔法学、天文学、哲学、算術、幾何学、医学、法学、音楽、修辞学、古代語……!
幾何学と修辞学ってなんだよ!? 聞いたこともないぞ? 国語だってまともに習得してないのに古代語なんて無理だ!
家庭教師に逆らえばムチで打たれる!? 冗談だろ?
朝六時になんて起きられるわけがない! 食事は二時間かけてゆっくり食べたい!
外で友達と遊ぶ時間も、昼寝の時間も、城に宝石商を招いて買いもする時間も、仕立て屋を呼んで服や帽子を仕立てる時間もないなんて!
「ぐっ……そんな、無゛理゛……!」
「無理じゃなくてやるんだよ」
そう言った兄上の目は氷より冷たかった。
逃げよう! 父上と母上に頼めば僕を逃してくれるはずだ!
「そうそう逃げ出そうなどと考えないことだ」
そう言って兄上はジュストコールのポケットから、小さなカブを取り出した。
カブはポケットから出た途端どんどん大きくなっていき、人の顔ぐらいの大きさになった。
カブの一部が目と鼻と口の形に切り抜かれていて、人の顔のように見えた。
「紹介しようジャック・オー・ランタンだ。天国にも地獄にも行けなかった魂が、地獄の悪魔からもらった消えることのない明かりをカブに入れ、永遠にこの世を彷徨っている。普段は人の顔の形にくり抜いたカブの中に住んでる」
ジャック・オー・ランタンなら知ってる、ハロウィンのカブのお化け。
カブのお化けは俺と目が合うと、よろしくと言うように「ケケケケ」と笑っていた。
兄上はこんな子供だましの手品を使って俺を怖がらせる気なのかな?
「コーエンの監視にこのジャック・オー・ランタンをつけるよ。逃げ出したり、勉強を怠けたり、ボクの許可なくフォークト公爵家とルーデンドルフ伯爵家の人間に接触しようとしたり、父上や母上と会おうとしたときは…………コーエンを食べてもいいと言ってある」
カブの目がキラリと光る。
俺を食べる? それで脅しているつもりなの? 甘いよ兄上。
そんなの動いて音の出るおもちゃだろ? 全然怖くないよ。
「そうそう、ジャック・オー・ランタンと契約する時コーエンの髪の毛を数本渡したんだ。【美味シイ、モット食ベタイ!】と言ってたからうっかり食べられないように気をつけなさい」
そんな脅しに俺は引っかからないぞ。
「コーエンの再教育計画の始まりだ」
兄上はそう言って、雪の女王のように冷たい顔で、妖艶なほど美しくほほ笑んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
※※※※ジャック・オーランタン※※※
ハロウィンにカボチャをくり抜いて作る灯火。カボチャをカブに変えてイメージしてもらえると助かります。
ハロウィンはもともとケルト地方で行われている収穫祭でした。そのときはカブをくり抜いた灯火を作ってました。アメリカに渡ったとき、カブが手に入りにくかったので変わりにカボチャを使うようになったと言われています。
※※※幾何学
幾何学(きかがく)は、図形や空間の性質について研究する数学の分野である。
※※※修辞学
修辞学(しゅうじがく)は、弁論・演説・説得の技術に関する学問分野。弁論術、雄弁術、説得術、レートリケー、レトリックともいう。
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