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1巻
1-2
――はっ。寝てしまったか……あれは魔性の子守唄だ。歌い始め三秒で眠れる。
起きてみれば隣にマリッサはもういなかった。二時間ほど寝ただろうか? 外はまだ明るい。
今、季節は夏。ここは日本と違ってそんなに暑くはならないが、日は遅くまで出てる。
ボーン、という音がして、五回、鐘が鳴った。ということは……午後二時だ。この街では、朝の六時に一の鐘が鳴り、そこから二時間毎に八の鐘まで鳴る。一秒の長さや、時間が六十進法であるところは地球と変わらない。
中断していた探索を再開すると、頑丈な作りの収納箱の中に本を見つけた。ネックレスなどの貴重品も一緒に入ってるので、ここでは本も貴重品なのだろう。
重い本を箱から出して、本の留め金を外し開ける。凄い……全部手書きだ。それに絵の部分はカラーだ。使用してる紙は植物紙かな?
字も読める。よかった。二度目の人生でも語学を習得しないといけないのかと思った。
私が手にしているこれは、魔道具に関する基礎の本のようだった。どこかに魔法の本もありそう。ガサガサと箱を漁る。
えーと……こっちの巻紙は植物紙じゃない。何かの皮? 契約書っぽい。この宿の売買契約書のようだ。売買価格は金貨十一枚、それがいくらなのかは分からない。
お、ついに魔術書らしき本を見つけた。読むと魔力や属性のことが書いてある。当たりだ。とりあえず他のものを片付けて魔術書を読み始める。
魔術書によると、魔力はそれぞれ持てる容量が決まっているらしい。多くの人は四大元素の水、火、風、土魔法から一属性だけが使える。二属性使える者は稀で、今まで確認された三属性持ちは五人のみ。
その他、レアな属性に白と黒があり、国や地域別に存在する属性もあると書かれている。それに加えてここには、水魔法の上位の氷魔法などの話も書いてある。
魔力が高い、または二属性以上の適性を持っていれば王都学園へ入学可能らしい。授業料は無料だが……生活費が掛かるから庶民では行けなそうだ。
魔力量は五歳になると教会で測れる。その時に、生活魔法なども伝授してくれるらしい。
宗教か……ちょっと苦手。
体内の魔力を活性化させて循環する方法が本には書いてあるが……分かりにくい。
『魔力とは一つの存在のみならず全てのものとの対話だ。即ち極めれば、神とも対話は可能であろう』
どこかの宗教詐欺だとしか思えないフレーズ。
神との対話……
要約すると、頭と胸と腹に宿る魔力が全身に漲るって話? 力ってのが魔力なんだろう。
その後、五ページにもわたって延々と神との対話について語っているが、この魔力がどうやって全身に漲るのかは書いてない。……ん? この絵は血液循環? 全身に漲るってそういうことか!
集中し過ぎていたのか、ぶるぶると身震いする。
「あ! いいちょころなのに! もれちゃう!」
ちょっとオシッコタイム。タイミングを逃すと漏らしてしまう。ふー、スッキリ。
トイレも無事に済んだので、床の上で足を組み目を瞑る。
「しゃーこい!」
心を落ち着かせ、今、私は神との対話を試みている。魔力の漲らせ方は分かったが……魔力がどうやって出てくるのかが分からない。
「んーんーんー。ぷはっ」
息を止めてもダメだな。
よし。今度は神に物欲をぶつけてみよう。
お菓子食べたーい。ケーキ食べたーい。死んだ月に予約していたベルギー産の限定チョコ食べたかったな……コズモシリーズの甘酸っぱいクランベリーのジュレ、ビターなオランジェのチョコレート。サクサクのナッツ。あーマイショコラーーー。
ぐわぁぁと身体の中心が熱くなる。気持ち悪くて吐きそう。吐き気が治まったら、今度は全身が熱い。五分ほどしたら熱さがなくなり、身体の中心の温かさだけが残る。
今の、なんだったんだ? ん? おおお。全身が光ってる。
ピカピカの二歳だね。これが魔力?
すぐに全身の光は収まったが、身体の中心には魔力をきちんと感じる。
これを循環させるのか。血液循環をイメージして身体の隅々まで魔力を流す。魔力が一気に全身に流れ温かくなる。
(今だったら、できるかも)
灯りをイメージして指先に魔力を集めて唱える。
「りゃいと!」
目の前に豆電球サイズの光が現れた。これが魔法か!
豆電球に触っても熱くない。豆電球をもう一個出す。おおおお。感動。豆電球をどんどん出す。合計五個出たところで、気持ちが悪くなりそのまま気絶した。
「ミリー! どうしてこんなところで寝てるの? それに本まで出して。本は高いのよ。遊びで触ってはダメよ」
マリッサの大声で目が覚める。
寝てた? 辺りはすっかり暗くなっており、夕食を持ってきたマリッサに叱られる。
目の前にあった豆電球は消えていたけど、豆電球の現れていた場所に違和感がある。濁って見えるというか、灰色の何かがある。これ何? 消えるのかなと思ったら、濁って見えていた部分がスッと消えた。なんだったんだろう?
夕食後にはマリッサに身体を洗ってもらう。私はまだ小さいから桶に入るが、大人は朝に入浴するらしい。入浴といっても水を被り身体を洗うだけだそうだ。パン屋の横にパン屋の経営する風呂屋もあり、週に一回は入りに行っているようだ。なんでパン屋と同じ経営者なのかと思ったが、パンを焼く時のかまどの熱を風呂屋に利用していると聞いた。
マリッサの風魔法で髪を乾かしてもらう。
「はい、ミリー。乾いたわよ」
マリッサが魔法を使っていた部分には先ほどの豆電球の時より微弱な濁りが見える。やはり、こんなの前は見えてなかった。魔法が使えるようになったからだろうか? でも、この濁りはマリッサには見えてないようだ。魔法の痕跡的な濁り? 濁りはそれから暫くあったけど、そのうち薄くなって次の日には完全に消えていた。
「イタズラをしたと聞いたぞ。ダメだぞ、勝手に色々触っちゃ」
仕事を終え、部屋に帰ってきたジョーにも怒られる。
猫亭には従業員はいないが、宿屋の夜番には冒険者ギルドから冒険者を雇っているらしい。
夕食の後に片付けを終え部屋に戻って来るジョー。その後はほぼ毎晩、私との時間になる。話すことは大抵、宿の仕事の話だが、そこから得られる情報も多い。
何よりもジョーに甘えられるのは、この時間だけだ。私も毎晩、この時間を楽しみにしている。今日は、怒られているけど……
「ごめんなちゃい。ほんがあったの」
「そうか。本か。でも、ミリーは字が読めないだろう? 意味が分からないだろ?」
読めるけど、子供らしいことを言っておく。
「えがあったの!」
「絵か。とにかく、あの本は古いが、高いから触るのはダメだ」
「……もうちない」
次の日、本が入っていた箱にはネジのような鍵が掛けられていた。魔術書は一応最後まで読んでいたからよかった。魔道具の本も気になるけど……もう少し成長したら見せてもらえるか聞いてみよう。
どうやら昨日は魔術書に注意書きされていた魔力切れを起こし、そのまま倒れてしまったようだ。魔力が枯渇して時間をおいて復活したの? 魔力の量は決まっていると書いてあったけど……豆電球五個分しかないのかーい。
「らゃいと!」
豆電球が出てくる。心なしか昨日より楽に出せた。四個豆電球を出す。雰囲気的に五個出しても大丈夫そうなので、五個目の豆電球を出す。魔術書には魔力切れを起こせば、暫く体調が悪くなるため注意するようにと書いてあった。でも、気持ち悪さはない。全然大丈夫だ。まぁ、魔術書には五歳にならなければ魔法を使えないとも書いてあった。あの本に書いてあることが全て真実とは限らない。それに、どちらかと言うと……体内の魔力が大きくなった気がする。もしかして、転生特典? 枯渇を繰り返せば魔力量は増えるんじゃない? 枯渇っていっても少し気持ち悪くなって気絶するだけだし。魔力切れを何度か試して問題が出てきたら枯渇活動はやめよう。
そう思っていたら、豆電球を七個出したところでまた気絶した。
「ミリー、お昼よ。どうしてまた床で寝ているの! ベッドで寝なさい。今日は野菜スープとパンよ」
マリッサに心配そうな声で起こされる。目の前には、また例の濁り。消えろと願うとすぐに消えてなくなった。マリッサが気づいたか様子を窺ってみるけど、『早く食べにいらっしゃい』と昼食をテーブルに並べている。昨日ジョーにも魔法の痕跡は見えてないようだった。普通に、濁っていた部分を通っていた。ジョーたちには見えないようだけど、他の人で見える人はいるかもしれない。魔法の痕跡は消せるみたいだから、今後も魔法を使った後は消していこう。
枯渇の後はお腹が空く。スープは薄いけど、子供にはちょうどいい塩梅。もぐもぐ食べて、お腹いっぱいになる。
午後からは、また魔法の練習をする。ライト以外の生活魔法のクリーンやファイアも無事習得した。
数週間、色々試して分かったのは……私はどうやら全属性の適性であるらしい。魔術書に載っていた属性は全部使うことができた。魔術書には、魔法の使い方は詠唱とかよりも、結局はイメージが重要と書かれていた。例えば、イメージすれば水はボールの形にもできるし、雫のようにポタポタと垂らすこともできる。
それから、白魔法はもの凄く魔力を使用するため、代表的なヒールなどは一発の使用で気絶した。
全属性のことはジョーたち含め誰にも言わないつもりだ。毎日、午前中と午後に魔力を枯渇するまで使い、何度も気絶する。病気なのではないかとマリッサには心配されたが昼寝と誤魔化した。
こうして私は日に二回の気絶を繰り返しながら、魔力量を増やし三歳になった。何度も枯渇気絶をしていくうちに、魔力の残量や枯渇のタイミングはある程度コントロールできるようになった。
「ミリーの髪の毛も大分伸びたわね。こんな色の金髪、見たことないわ。そろそろ、ミリーも外に出てたくさん遊んでほしいのだけど……この髪色は目を付けられてしまうかもしれないわ」
ジョーとマリッサが話し合った結果、私の髪を染めることにしたらしい。染粉を溶かした、緑色の粉っぽい液体を頭に塗られる。
大丈夫……? これ。
不安だったけど、仕上がった髪色は赤っぽい茶色だった。これなら似たような色の人も多くいるから大丈夫そうだ。
「これなら大丈夫ね。ご近所さんが、ミリーは病気なのかって何度も聞いて来るから困ってたのよ。明日にでも紹介に行きましょう」
マリッサが楽しそうに、近所の人の話をする。
次の日、ついに私はご近所デビューをした。今、紹介されているのが隣の薬屋の女将ジゼルさんと息子のマイクだ。ジゼルさんは私を病気だと心配していた婦人だ。
「ミリーちゃんは、本当に可愛らしいわ。うちは男の子しかいないから、女の子も欲しいわ。ほら、マイクも挨拶なさい」
「おう。俺、マイク。よろしくな」
マイクは五∼六歳くらいだろうか? ジゼルさんにはマイクの上にもう一人息子がいて、薬屋の見習いとして働いていると教えられた。上の息子は、父親と薬草を取りに出かけているため、後で紹介すると言われた。
次に紹介されたのが、油屋の娘ニナだ。ニナは、母親の後ろに隠れて出て来ない。人見知りの年齢だろうか? 私と同年代に見える。
「私、ミリー。ニナちゃんよろしくね!」
「……うん」
恥ずかしそうに母親の脚の間から挨拶をするニナはとても可愛らしかった。
私のご近所デビューも無事に終了して、マリッサの買い物で市場に連れて行かれる。
抱っこされ連れて来られた市場。この大きな市場には初めて来た。いつもは近所の小さな店に連れて行かれていたから。近所の店ではツケで払うので現金も見たことがない。
大きな市場は、マリッサの足で二十分以上歩いた場所にあった。出店数も多く、賑わっている。
「ミリー、ここでお買い物するから下ろすわよ。側にいてね」
そう言われ、地面に下ろされる。
ここは何屋なのだろうか? 櫛に木製のカップや皿が並び、石鹸に使われるムクロジの実も薄い布袋に入れて売られている。日常品店かな?
マリッサがムクロジの実を数袋と箒を購入する。
「小銅貨五枚だよ」
お金の受け渡しが行われるが、ここから見えない。
「お母さん! お金が見たい」
「あらあら。ミリー、これは食べ物じゃないわよ」
マリッサに食べないと約束をして、小銅貨といわれる硬貨を見せてもらう。
小銅貨は十円ほどの大きさで、何かが彫ってある。傷んで見えにくいが、鐘のような形に見える。
この小銅貨五枚でムクロジの実数袋と箒を買えたのか。
「お母さん、これで他に何が買えるの?」
持っていた小銅貨をマリッサに見せながら聞く。
「ミリーは、本当になんでも興味を持つのね。そうね。今日は、ジョーに頼まれて野菜も買う予定だから、八百屋へ行きましょう」
マリッサと八百屋に到着する。売られている野菜は前世のものとさほど変わらないように思える。いや、謎の足の付いた大根みたいなのがある。形は大根だけど……どす黒い色だ。
謎の大根型野菜を確かめようと手を伸ばす。
「嬢ちゃん、触るのはダメだ」
八百屋の店員に注意される。
「ごめんなさい」
「これが気になるのか? これはブラックラディッシュだ」
普通に黒い大根だった。
「なんだぁ。何かの魔物かと思った」
「おう。魔物はうちには置いてねぇんだ」
(え? 魔物いるの? え?)
八百屋の店員はそのままマリッサから注文を取り始める。魔物の話は⁉
「合計で小銅貨三枚だ」
マリッサが購入したのは、人参、芋、豆類にキャベツだ。スープの具材だ。たくさんある。野菜は日用品に比べて安いようだ。小銅貨一枚で日本円の百円くらいだろうか?
帰りは半分の距離をマリッサに抱っこしてもらい、残りは歩いて帰った。途中通った肉屋には何かの足がぶら下がっていた。
「お母さん、あれ何?」
「あれは、魔物専用の肉屋よ」
この世界やっぱり魔物いるんだね……家に帰り、また魔法を連続で放ち枯渇気絶をした。こう何度も気絶して私の身体、大丈夫? 不安だけど、ヒール一回でぶっ倒れるほうが不安。
◆
ご近所デビューから一年、四歳になった。
前は髪の毛問題であまり外に出られなかったのだが、今では毎日のように外で遊んでいる。あと、オシッコスパンが長くなった。
「ミリー、今日は噴水まで行こうぜ」
これは薬屋のマイクだ。年齢は私の一つ上の五歳だが、体格はがっしりとしていて年齢よりも上に見える。
「噴水まで遠いから危ないよ。ダメだよ」
こっちは油屋のニナだ。この一年、私は二人とよくつるんでいる。精神年齢三十四歳でおままごとや泥んこ遊びをやっている。
「噴水か。少し遠いけど、親の許しが出るならいいよ」
「ミリー、またそれかよ! 母さんが許すわけねぇよ」
マイクの後ろに急に現れた影を見上げる。ジゼルさんだ。
「マイク! それは、アンタが頼んだ仕事をほっぽって遊びに行くからだろ! 薬草の瓶の掃除は終わったのかい?」
答えを待たず、マイクがジゼルさんの拳骨を食らう。
「いってぇ。母さん、ちゃんとやったって、やった!」
「本当かい? 右上の青いのもだよ?」
「あー。それはやってねぇな。いってぇな!」
本日二回目の鉄拳を食らったマイクは、渋々と店に戻る。マイクは五歳になったので、店の手伝いを始めている。私も来年五歳になったら、宿屋の手伝いをする予定だ。
マイクがいなくなったので、ニナに遊びたいことを聞く。
「ニナちゃん、何して遊ぼうか?」
「ニナ、おままごとしたい」
ニナは、女の子女の子している内気な子だ。遊びは基本、家の中でもできるおままごとを好む。生粋のインドア派だ。マイクと真逆で面白い。
「いいよ。じゃあ、ニナちゃんの家に行く?」
私の家には、ニナの家にあるようなおままごとセットはない。ただ、このおままごとセットも小さな食器と、リボンをあしらったエプロンくらいだ。
私はおままごとセットには興味がないので、五歳の誕生日には、本のプレゼントをおねだりしている。
ニナが満足するまでおままごとは続き、家に帰る時間になったので帰宅した。
「ミリーちゃん、おかえり。また大きくなったんじゃないか? 今日の夕食はオークカツだよ。ジョーさんがさっきいっぱい揚げてたよ」
「やったね。わーい」
この人は、冒険者のザックさんだ。二十代前半の茶髪の犬っぽい人だ。よく猫亭を利用してくれている常連さんでもある。
「ザック、誰だ?」
「ここの宿の娘さんだよ。ミリーちゃんっていうんだ。可愛いだろ?」
ザックさんに尋ねたのは初めて見る人だった。フードを深く被っているので顔がよく見えない。
「ミリーです。うちの宿のお客さんですか?」
「…………」
フードの男には質問を無視されたが、代わりにザックさんが答えてくれる。
「こいつは、俺のパーティーメンバーのウィルだ。長く活動を休止していたけど、最近また戻って来たんだ。今は、ここに泊まっているよ」
「そうなんですね。木陰の猫亭のご利用ありがとうございます」
「……ああ」
ぶっきらぼうに返事をされる。冒険者の中には、そういう人も少なくないので気にしない。
ザックさんが『ウィル、小さな子相手なんだからもう少し笑えよ』と注意するもウィルさんはそっけない態度だ。
「しかし、ミリーちゃんは相変わらず、どこでその言葉使いを教わっているんだ? 四歳児なのに凄いな」
ザックさんが笑顔で尋ねてくる。
平民は、基本ガサツな言葉使いの人が多い。少しでも丁寧に話すとお貴族様みたいだと言われる。
エードラーというジョーの父親を含め、お貴族様には私はまだ会ったことはない。ジョーもマリッサもあまり両親の話をしない。ただ、前に少し聞いた話では、ジョーの父親が魔道具の功績で平民からエードラーになった人でマリッサの実家は商家だ。その他の情報はない。二人は両親と仲が悪いのかな?
ザックさんたちに挨拶をして厨房に入った。
「お父さん、ただいま。今日の夕食は、オークカツなの?」
「おかえり。情報早いな。さすが食いしん坊。後で出してあげるから、部屋に持っていって食え」
このオークカツは、私の教えたレシピだ。
初めは豚だと思っていたけれど、材料は魔物のオークである。
魔物を食べることへの抵抗? 美味しさのほうが余裕で勝った。
それにしても、前世のレシピを私が初めて伝えた日、ジョーたちは実際どう思ったのだろうか?
変な子だと思われたくはなかったが……だって……毎日ミルクスープかステーキか野菜のスープだったのだ。現代日本の食事を知ってるからこそ、その無限ループが辛かった。
「ミリーの好きなリンゴチップスもあるぞ」
「お父さん、最高!」
「なんだ、その親指は?」
ジョーが首をかしげながら、私が高々と立てた右手の親指を凝視する。左手の親指も立てジョーに見せつける。
「エへへ」
「分かったから、ほら、リンゴチップスでも食っておけ」
ジョーが、リンゴチップスを数枚のせた皿を渡してくる。このリンゴチップスも私が考案したものだ。
だってここ、甘味ないんですよ。いや、あるんだけど平民にはお高いし、街の中央区の商店でしか売ってないらしい。ここから街の中央までは乗り合いの馬車で一時間以上掛かるから行ったこともないし、その機会もない。それなら、森に行って色々な季節の果物を採って来た方が簡単でお金も掛からない。
森の実りは、誰でも自由に採取できる。薬屋の亭主のゴードンさんが採取したリンゴを分けてもらって、オーブンで乾燥させチップスにして保存しているのだ。オーブンの微調整は難しいのだが、ジョーが火魔法属性のおかげで、いい具合にリンゴチップスが出来上がる。
中央の商店にもリンゴは売っているが、一個小銅貨五枚もするとのことだった。確かに、以前宿に泊まった商人が見せてくれた商店のリンゴは、形が良くて大きかった。森で採れるのと比べると上質なリンゴだ。それに森のリンゴは小さく酸っぱい時がある。この国で甘味は、とにかく高価なのだ。
この国のお金は鉄貨、小銅貨、銅貨、銀貨、小金貨、金貨がある。日本円にすると鉄貨の価値は十円、小銅貨は百円、銅貨は千円、銀貨は一万円、小金貨は十万円、それから金貨は百万円だ。あくまでも、私の予想だけど。小金貨や金貨は未だ見たことない。
金貨の上には庶民では見ることがないだろう大金貨や白金貨もあるとのことだった。これは、猫亭の商人の常連客に聞いた。
先ほど言った通り、リンゴは一個小銅貨五枚、つまり五百円もするのだ。
ちなみに、私のお小遣いは週に小銅貨一枚。百円程度である。商店のリンゴを一個買うのに、五週間もお小遣いを貯めないといけないのだ。
ジョーからオークカツを受け取り部屋に戻って食べた後、リンゴチップスをしゃぶりながら本日二回目の気絶をした。
起きてみれば隣にマリッサはもういなかった。二時間ほど寝ただろうか? 外はまだ明るい。
今、季節は夏。ここは日本と違ってそんなに暑くはならないが、日は遅くまで出てる。
ボーン、という音がして、五回、鐘が鳴った。ということは……午後二時だ。この街では、朝の六時に一の鐘が鳴り、そこから二時間毎に八の鐘まで鳴る。一秒の長さや、時間が六十進法であるところは地球と変わらない。
中断していた探索を再開すると、頑丈な作りの収納箱の中に本を見つけた。ネックレスなどの貴重品も一緒に入ってるので、ここでは本も貴重品なのだろう。
重い本を箱から出して、本の留め金を外し開ける。凄い……全部手書きだ。それに絵の部分はカラーだ。使用してる紙は植物紙かな?
字も読める。よかった。二度目の人生でも語学を習得しないといけないのかと思った。
私が手にしているこれは、魔道具に関する基礎の本のようだった。どこかに魔法の本もありそう。ガサガサと箱を漁る。
えーと……こっちの巻紙は植物紙じゃない。何かの皮? 契約書っぽい。この宿の売買契約書のようだ。売買価格は金貨十一枚、それがいくらなのかは分からない。
お、ついに魔術書らしき本を見つけた。読むと魔力や属性のことが書いてある。当たりだ。とりあえず他のものを片付けて魔術書を読み始める。
魔術書によると、魔力はそれぞれ持てる容量が決まっているらしい。多くの人は四大元素の水、火、風、土魔法から一属性だけが使える。二属性使える者は稀で、今まで確認された三属性持ちは五人のみ。
その他、レアな属性に白と黒があり、国や地域別に存在する属性もあると書かれている。それに加えてここには、水魔法の上位の氷魔法などの話も書いてある。
魔力が高い、または二属性以上の適性を持っていれば王都学園へ入学可能らしい。授業料は無料だが……生活費が掛かるから庶民では行けなそうだ。
魔力量は五歳になると教会で測れる。その時に、生活魔法なども伝授してくれるらしい。
宗教か……ちょっと苦手。
体内の魔力を活性化させて循環する方法が本には書いてあるが……分かりにくい。
『魔力とは一つの存在のみならず全てのものとの対話だ。即ち極めれば、神とも対話は可能であろう』
どこかの宗教詐欺だとしか思えないフレーズ。
神との対話……
要約すると、頭と胸と腹に宿る魔力が全身に漲るって話? 力ってのが魔力なんだろう。
その後、五ページにもわたって延々と神との対話について語っているが、この魔力がどうやって全身に漲るのかは書いてない。……ん? この絵は血液循環? 全身に漲るってそういうことか!
集中し過ぎていたのか、ぶるぶると身震いする。
「あ! いいちょころなのに! もれちゃう!」
ちょっとオシッコタイム。タイミングを逃すと漏らしてしまう。ふー、スッキリ。
トイレも無事に済んだので、床の上で足を組み目を瞑る。
「しゃーこい!」
心を落ち着かせ、今、私は神との対話を試みている。魔力の漲らせ方は分かったが……魔力がどうやって出てくるのかが分からない。
「んーんーんー。ぷはっ」
息を止めてもダメだな。
よし。今度は神に物欲をぶつけてみよう。
お菓子食べたーい。ケーキ食べたーい。死んだ月に予約していたベルギー産の限定チョコ食べたかったな……コズモシリーズの甘酸っぱいクランベリーのジュレ、ビターなオランジェのチョコレート。サクサクのナッツ。あーマイショコラーーー。
ぐわぁぁと身体の中心が熱くなる。気持ち悪くて吐きそう。吐き気が治まったら、今度は全身が熱い。五分ほどしたら熱さがなくなり、身体の中心の温かさだけが残る。
今の、なんだったんだ? ん? おおお。全身が光ってる。
ピカピカの二歳だね。これが魔力?
すぐに全身の光は収まったが、身体の中心には魔力をきちんと感じる。
これを循環させるのか。血液循環をイメージして身体の隅々まで魔力を流す。魔力が一気に全身に流れ温かくなる。
(今だったら、できるかも)
灯りをイメージして指先に魔力を集めて唱える。
「りゃいと!」
目の前に豆電球サイズの光が現れた。これが魔法か!
豆電球に触っても熱くない。豆電球をもう一個出す。おおおお。感動。豆電球をどんどん出す。合計五個出たところで、気持ちが悪くなりそのまま気絶した。
「ミリー! どうしてこんなところで寝てるの? それに本まで出して。本は高いのよ。遊びで触ってはダメよ」
マリッサの大声で目が覚める。
寝てた? 辺りはすっかり暗くなっており、夕食を持ってきたマリッサに叱られる。
目の前にあった豆電球は消えていたけど、豆電球の現れていた場所に違和感がある。濁って見えるというか、灰色の何かがある。これ何? 消えるのかなと思ったら、濁って見えていた部分がスッと消えた。なんだったんだろう?
夕食後にはマリッサに身体を洗ってもらう。私はまだ小さいから桶に入るが、大人は朝に入浴するらしい。入浴といっても水を被り身体を洗うだけだそうだ。パン屋の横にパン屋の経営する風呂屋もあり、週に一回は入りに行っているようだ。なんでパン屋と同じ経営者なのかと思ったが、パンを焼く時のかまどの熱を風呂屋に利用していると聞いた。
マリッサの風魔法で髪を乾かしてもらう。
「はい、ミリー。乾いたわよ」
マリッサが魔法を使っていた部分には先ほどの豆電球の時より微弱な濁りが見える。やはり、こんなの前は見えてなかった。魔法が使えるようになったからだろうか? でも、この濁りはマリッサには見えてないようだ。魔法の痕跡的な濁り? 濁りはそれから暫くあったけど、そのうち薄くなって次の日には完全に消えていた。
「イタズラをしたと聞いたぞ。ダメだぞ、勝手に色々触っちゃ」
仕事を終え、部屋に帰ってきたジョーにも怒られる。
猫亭には従業員はいないが、宿屋の夜番には冒険者ギルドから冒険者を雇っているらしい。
夕食の後に片付けを終え部屋に戻って来るジョー。その後はほぼ毎晩、私との時間になる。話すことは大抵、宿の仕事の話だが、そこから得られる情報も多い。
何よりもジョーに甘えられるのは、この時間だけだ。私も毎晩、この時間を楽しみにしている。今日は、怒られているけど……
「ごめんなちゃい。ほんがあったの」
「そうか。本か。でも、ミリーは字が読めないだろう? 意味が分からないだろ?」
読めるけど、子供らしいことを言っておく。
「えがあったの!」
「絵か。とにかく、あの本は古いが、高いから触るのはダメだ」
「……もうちない」
次の日、本が入っていた箱にはネジのような鍵が掛けられていた。魔術書は一応最後まで読んでいたからよかった。魔道具の本も気になるけど……もう少し成長したら見せてもらえるか聞いてみよう。
どうやら昨日は魔術書に注意書きされていた魔力切れを起こし、そのまま倒れてしまったようだ。魔力が枯渇して時間をおいて復活したの? 魔力の量は決まっていると書いてあったけど……豆電球五個分しかないのかーい。
「らゃいと!」
豆電球が出てくる。心なしか昨日より楽に出せた。四個豆電球を出す。雰囲気的に五個出しても大丈夫そうなので、五個目の豆電球を出す。魔術書には魔力切れを起こせば、暫く体調が悪くなるため注意するようにと書いてあった。でも、気持ち悪さはない。全然大丈夫だ。まぁ、魔術書には五歳にならなければ魔法を使えないとも書いてあった。あの本に書いてあることが全て真実とは限らない。それに、どちらかと言うと……体内の魔力が大きくなった気がする。もしかして、転生特典? 枯渇を繰り返せば魔力量は増えるんじゃない? 枯渇っていっても少し気持ち悪くなって気絶するだけだし。魔力切れを何度か試して問題が出てきたら枯渇活動はやめよう。
そう思っていたら、豆電球を七個出したところでまた気絶した。
「ミリー、お昼よ。どうしてまた床で寝ているの! ベッドで寝なさい。今日は野菜スープとパンよ」
マリッサに心配そうな声で起こされる。目の前には、また例の濁り。消えろと願うとすぐに消えてなくなった。マリッサが気づいたか様子を窺ってみるけど、『早く食べにいらっしゃい』と昼食をテーブルに並べている。昨日ジョーにも魔法の痕跡は見えてないようだった。普通に、濁っていた部分を通っていた。ジョーたちには見えないようだけど、他の人で見える人はいるかもしれない。魔法の痕跡は消せるみたいだから、今後も魔法を使った後は消していこう。
枯渇の後はお腹が空く。スープは薄いけど、子供にはちょうどいい塩梅。もぐもぐ食べて、お腹いっぱいになる。
午後からは、また魔法の練習をする。ライト以外の生活魔法のクリーンやファイアも無事習得した。
数週間、色々試して分かったのは……私はどうやら全属性の適性であるらしい。魔術書に載っていた属性は全部使うことができた。魔術書には、魔法の使い方は詠唱とかよりも、結局はイメージが重要と書かれていた。例えば、イメージすれば水はボールの形にもできるし、雫のようにポタポタと垂らすこともできる。
それから、白魔法はもの凄く魔力を使用するため、代表的なヒールなどは一発の使用で気絶した。
全属性のことはジョーたち含め誰にも言わないつもりだ。毎日、午前中と午後に魔力を枯渇するまで使い、何度も気絶する。病気なのではないかとマリッサには心配されたが昼寝と誤魔化した。
こうして私は日に二回の気絶を繰り返しながら、魔力量を増やし三歳になった。何度も枯渇気絶をしていくうちに、魔力の残量や枯渇のタイミングはある程度コントロールできるようになった。
「ミリーの髪の毛も大分伸びたわね。こんな色の金髪、見たことないわ。そろそろ、ミリーも外に出てたくさん遊んでほしいのだけど……この髪色は目を付けられてしまうかもしれないわ」
ジョーとマリッサが話し合った結果、私の髪を染めることにしたらしい。染粉を溶かした、緑色の粉っぽい液体を頭に塗られる。
大丈夫……? これ。
不安だったけど、仕上がった髪色は赤っぽい茶色だった。これなら似たような色の人も多くいるから大丈夫そうだ。
「これなら大丈夫ね。ご近所さんが、ミリーは病気なのかって何度も聞いて来るから困ってたのよ。明日にでも紹介に行きましょう」
マリッサが楽しそうに、近所の人の話をする。
次の日、ついに私はご近所デビューをした。今、紹介されているのが隣の薬屋の女将ジゼルさんと息子のマイクだ。ジゼルさんは私を病気だと心配していた婦人だ。
「ミリーちゃんは、本当に可愛らしいわ。うちは男の子しかいないから、女の子も欲しいわ。ほら、マイクも挨拶なさい」
「おう。俺、マイク。よろしくな」
マイクは五∼六歳くらいだろうか? ジゼルさんにはマイクの上にもう一人息子がいて、薬屋の見習いとして働いていると教えられた。上の息子は、父親と薬草を取りに出かけているため、後で紹介すると言われた。
次に紹介されたのが、油屋の娘ニナだ。ニナは、母親の後ろに隠れて出て来ない。人見知りの年齢だろうか? 私と同年代に見える。
「私、ミリー。ニナちゃんよろしくね!」
「……うん」
恥ずかしそうに母親の脚の間から挨拶をするニナはとても可愛らしかった。
私のご近所デビューも無事に終了して、マリッサの買い物で市場に連れて行かれる。
抱っこされ連れて来られた市場。この大きな市場には初めて来た。いつもは近所の小さな店に連れて行かれていたから。近所の店ではツケで払うので現金も見たことがない。
大きな市場は、マリッサの足で二十分以上歩いた場所にあった。出店数も多く、賑わっている。
「ミリー、ここでお買い物するから下ろすわよ。側にいてね」
そう言われ、地面に下ろされる。
ここは何屋なのだろうか? 櫛に木製のカップや皿が並び、石鹸に使われるムクロジの実も薄い布袋に入れて売られている。日常品店かな?
マリッサがムクロジの実を数袋と箒を購入する。
「小銅貨五枚だよ」
お金の受け渡しが行われるが、ここから見えない。
「お母さん! お金が見たい」
「あらあら。ミリー、これは食べ物じゃないわよ」
マリッサに食べないと約束をして、小銅貨といわれる硬貨を見せてもらう。
小銅貨は十円ほどの大きさで、何かが彫ってある。傷んで見えにくいが、鐘のような形に見える。
この小銅貨五枚でムクロジの実数袋と箒を買えたのか。
「お母さん、これで他に何が買えるの?」
持っていた小銅貨をマリッサに見せながら聞く。
「ミリーは、本当になんでも興味を持つのね。そうね。今日は、ジョーに頼まれて野菜も買う予定だから、八百屋へ行きましょう」
マリッサと八百屋に到着する。売られている野菜は前世のものとさほど変わらないように思える。いや、謎の足の付いた大根みたいなのがある。形は大根だけど……どす黒い色だ。
謎の大根型野菜を確かめようと手を伸ばす。
「嬢ちゃん、触るのはダメだ」
八百屋の店員に注意される。
「ごめんなさい」
「これが気になるのか? これはブラックラディッシュだ」
普通に黒い大根だった。
「なんだぁ。何かの魔物かと思った」
「おう。魔物はうちには置いてねぇんだ」
(え? 魔物いるの? え?)
八百屋の店員はそのままマリッサから注文を取り始める。魔物の話は⁉
「合計で小銅貨三枚だ」
マリッサが購入したのは、人参、芋、豆類にキャベツだ。スープの具材だ。たくさんある。野菜は日用品に比べて安いようだ。小銅貨一枚で日本円の百円くらいだろうか?
帰りは半分の距離をマリッサに抱っこしてもらい、残りは歩いて帰った。途中通った肉屋には何かの足がぶら下がっていた。
「お母さん、あれ何?」
「あれは、魔物専用の肉屋よ」
この世界やっぱり魔物いるんだね……家に帰り、また魔法を連続で放ち枯渇気絶をした。こう何度も気絶して私の身体、大丈夫? 不安だけど、ヒール一回でぶっ倒れるほうが不安。
◆
ご近所デビューから一年、四歳になった。
前は髪の毛問題であまり外に出られなかったのだが、今では毎日のように外で遊んでいる。あと、オシッコスパンが長くなった。
「ミリー、今日は噴水まで行こうぜ」
これは薬屋のマイクだ。年齢は私の一つ上の五歳だが、体格はがっしりとしていて年齢よりも上に見える。
「噴水まで遠いから危ないよ。ダメだよ」
こっちは油屋のニナだ。この一年、私は二人とよくつるんでいる。精神年齢三十四歳でおままごとや泥んこ遊びをやっている。
「噴水か。少し遠いけど、親の許しが出るならいいよ」
「ミリー、またそれかよ! 母さんが許すわけねぇよ」
マイクの後ろに急に現れた影を見上げる。ジゼルさんだ。
「マイク! それは、アンタが頼んだ仕事をほっぽって遊びに行くからだろ! 薬草の瓶の掃除は終わったのかい?」
答えを待たず、マイクがジゼルさんの拳骨を食らう。
「いってぇ。母さん、ちゃんとやったって、やった!」
「本当かい? 右上の青いのもだよ?」
「あー。それはやってねぇな。いってぇな!」
本日二回目の鉄拳を食らったマイクは、渋々と店に戻る。マイクは五歳になったので、店の手伝いを始めている。私も来年五歳になったら、宿屋の手伝いをする予定だ。
マイクがいなくなったので、ニナに遊びたいことを聞く。
「ニナちゃん、何して遊ぼうか?」
「ニナ、おままごとしたい」
ニナは、女の子女の子している内気な子だ。遊びは基本、家の中でもできるおままごとを好む。生粋のインドア派だ。マイクと真逆で面白い。
「いいよ。じゃあ、ニナちゃんの家に行く?」
私の家には、ニナの家にあるようなおままごとセットはない。ただ、このおままごとセットも小さな食器と、リボンをあしらったエプロンくらいだ。
私はおままごとセットには興味がないので、五歳の誕生日には、本のプレゼントをおねだりしている。
ニナが満足するまでおままごとは続き、家に帰る時間になったので帰宅した。
「ミリーちゃん、おかえり。また大きくなったんじゃないか? 今日の夕食はオークカツだよ。ジョーさんがさっきいっぱい揚げてたよ」
「やったね。わーい」
この人は、冒険者のザックさんだ。二十代前半の茶髪の犬っぽい人だ。よく猫亭を利用してくれている常連さんでもある。
「ザック、誰だ?」
「ここの宿の娘さんだよ。ミリーちゃんっていうんだ。可愛いだろ?」
ザックさんに尋ねたのは初めて見る人だった。フードを深く被っているので顔がよく見えない。
「ミリーです。うちの宿のお客さんですか?」
「…………」
フードの男には質問を無視されたが、代わりにザックさんが答えてくれる。
「こいつは、俺のパーティーメンバーのウィルだ。長く活動を休止していたけど、最近また戻って来たんだ。今は、ここに泊まっているよ」
「そうなんですね。木陰の猫亭のご利用ありがとうございます」
「……ああ」
ぶっきらぼうに返事をされる。冒険者の中には、そういう人も少なくないので気にしない。
ザックさんが『ウィル、小さな子相手なんだからもう少し笑えよ』と注意するもウィルさんはそっけない態度だ。
「しかし、ミリーちゃんは相変わらず、どこでその言葉使いを教わっているんだ? 四歳児なのに凄いな」
ザックさんが笑顔で尋ねてくる。
平民は、基本ガサツな言葉使いの人が多い。少しでも丁寧に話すとお貴族様みたいだと言われる。
エードラーというジョーの父親を含め、お貴族様には私はまだ会ったことはない。ジョーもマリッサもあまり両親の話をしない。ただ、前に少し聞いた話では、ジョーの父親が魔道具の功績で平民からエードラーになった人でマリッサの実家は商家だ。その他の情報はない。二人は両親と仲が悪いのかな?
ザックさんたちに挨拶をして厨房に入った。
「お父さん、ただいま。今日の夕食は、オークカツなの?」
「おかえり。情報早いな。さすが食いしん坊。後で出してあげるから、部屋に持っていって食え」
このオークカツは、私の教えたレシピだ。
初めは豚だと思っていたけれど、材料は魔物のオークである。
魔物を食べることへの抵抗? 美味しさのほうが余裕で勝った。
それにしても、前世のレシピを私が初めて伝えた日、ジョーたちは実際どう思ったのだろうか?
変な子だと思われたくはなかったが……だって……毎日ミルクスープかステーキか野菜のスープだったのだ。現代日本の食事を知ってるからこそ、その無限ループが辛かった。
「ミリーの好きなリンゴチップスもあるぞ」
「お父さん、最高!」
「なんだ、その親指は?」
ジョーが首をかしげながら、私が高々と立てた右手の親指を凝視する。左手の親指も立てジョーに見せつける。
「エへへ」
「分かったから、ほら、リンゴチップスでも食っておけ」
ジョーが、リンゴチップスを数枚のせた皿を渡してくる。このリンゴチップスも私が考案したものだ。
だってここ、甘味ないんですよ。いや、あるんだけど平民にはお高いし、街の中央区の商店でしか売ってないらしい。ここから街の中央までは乗り合いの馬車で一時間以上掛かるから行ったこともないし、その機会もない。それなら、森に行って色々な季節の果物を採って来た方が簡単でお金も掛からない。
森の実りは、誰でも自由に採取できる。薬屋の亭主のゴードンさんが採取したリンゴを分けてもらって、オーブンで乾燥させチップスにして保存しているのだ。オーブンの微調整は難しいのだが、ジョーが火魔法属性のおかげで、いい具合にリンゴチップスが出来上がる。
中央の商店にもリンゴは売っているが、一個小銅貨五枚もするとのことだった。確かに、以前宿に泊まった商人が見せてくれた商店のリンゴは、形が良くて大きかった。森で採れるのと比べると上質なリンゴだ。それに森のリンゴは小さく酸っぱい時がある。この国で甘味は、とにかく高価なのだ。
この国のお金は鉄貨、小銅貨、銅貨、銀貨、小金貨、金貨がある。日本円にすると鉄貨の価値は十円、小銅貨は百円、銅貨は千円、銀貨は一万円、小金貨は十万円、それから金貨は百万円だ。あくまでも、私の予想だけど。小金貨や金貨は未だ見たことない。
金貨の上には庶民では見ることがないだろう大金貨や白金貨もあるとのことだった。これは、猫亭の商人の常連客に聞いた。
先ほど言った通り、リンゴは一個小銅貨五枚、つまり五百円もするのだ。
ちなみに、私のお小遣いは週に小銅貨一枚。百円程度である。商店のリンゴを一個買うのに、五週間もお小遣いを貯めないといけないのだ。
ジョーからオークカツを受け取り部屋に戻って食べた後、リンゴチップスをしゃぶりながら本日二回目の気絶をした。
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