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2巻
2-3
「買いたい物もあるのですが、大金をいつまでも持ち歩くのがつらいです」
猫さん財布を開け小金貨五枚を爺さんに見せる。
「心配せんでも、そんな貧相な子供財布の中に誰も小金貨五枚が入ってるなど思わないわい」
「貧相なって、お母さんの手作りですよ」
「世界一の芸術品だ」
爺さん、マリッサが関わると変わり身が早っ。猫さんの財布が貧相から一気に芸術品へとアップグレードした。
「画師の件、お父さんにだけ伝えるのはダメでしょうか?」
爺さんが難しい顔をするが、どうしてダメなのかは教えてはくれない。前回、ジョーがマリスたちの事を避けていたのを思い出すと、爺さんの考えが正解なのだろうが……
「ギルド長。ジョー様へは祭り出店用に準備金の一部を引き出したと説明すればよろしいのではないでしょうか? 後ほど調整は可能でしょう。ですが、そうなるとミリー様の買いたい物が祭り関係の品に限られてしまいますが……」
ミカエルさんナイス! と親指を上げる。
「問題ありません。買いたい物は砂糖なので!」
「やはり菓子関係であったか」
爺さんが底なしの食欲だなと笑う。
お金の言い訳工作も無事決まるとレシピ登録からジョーが戻って来た。
ミカエルさんの巧みな説得で、ジョーは私が屋台先に出ないならとペーパーダミー商会の中央街の祭りへの参加を許可してくれた。
屋台にはジョーの料理の協力が不可欠。せっかくの砂糖を買いに行く口実だ。無駄にしたくなかった私は、無事許可が下りて小躍りする。私が調理すればいいじゃないかって? 無理無理。だって私、子供だからコンロもオーブンも身長足りないし一人で調理できる範囲には限界がある。厨房はジョーのテリトリーでもあるしね。
必要書類や短期の雇い人はミカエルさんに任せ商業ギルドを後にする。祭りの支度金が小金貨五枚だと聞いたジョーは驚いたものの、爺さんの説明……もとい圧力に負け納得した。ジョー、ごめんなさい。
家への帰り道、ジョーと屋台での出し物を何にするか考えながら歩く。
「ミリーは、何を出したいんだ?」
二つは決めている。タルトタタンと唐揚げだ。屋台の唐揚げが昔好きだったのと、単純に食べやすいという理由で選んだ。タルトタタンはやはり、その見栄えの良さから選んだ。テーブル席もあるという事だったので、コンパクトサイズのタルトならペロリと平らげられるだろう。
問題はもう一つを何にするか。現地で比較的簡単に作れる物。
……そうだ。お祭りならあれがいいかも。
「タルトタタンの一人用サイズと唐揚げ。それから、新しいレシピはチュロスという物にしようかと思う」
「ちゅろす? 今から新しいレシピを作って間に合うのか?」
ジョーがやや訝しげな表情で尋ねる。
「唐揚げは先に漬け込んで、チュロスは揚げるだけだから現地で調理ができるけれど、タルトタタンは猫亭の厨房で焼かないといけないかな。大丈夫そう?」
「タルトタタンを猫亭で作る事は問題ない。ちゅろすにはどんな材料がいるんだ?」
チュロス……材料は然程問題ないけれど、星形の棒状をどうやって再現するかだなぁ。
「チュロスについては大丈夫だよ。砂糖以外の材料は猫亭の厨房に全てあるから。リンゴはまとめて購入したら割引とかあるの?」
「まとめて買えば小銅貨四枚くらいにサービスしてくれるかもな」
街中で買うリンゴの価格のハードルは依然として高い。まぁ、栽培された立派なリンゴだからそれなりの値段が付くのは仕方ないけれど……
「うーん。リンゴは別に考えがあるからそれで行く。後の材料は砂糖だね。うん、砂糖」
何度も砂糖砂糖と連呼しているとジョーが苦笑いしながら言う。
「念願のだろ? 前に試しに買った蜂蜜も切れそうだからちょうどいいタイミングだな」
以前購入したアズール商会の蜂蜜が切れると、ジョーは試しに馴染みの食材を配達している商会に仕入れを依頼した。その方が今後も定期的に注文する場合、安くなるからだ。けれど、その蜂蜜の味がいまいち気に入らなかったらしい。
「やっぱりこの前蜂蜜を買ったアズール商会の方が良いのかな?」
「品質はあそこが信用できるな」
「じゃあ、砂糖を買いに行こう!」
喜びが滲み出たのか、思ったよりも大声で叫んでしまう。
「明後日だったら時間取れるぞ」
「わーい。砂糖楽しみ!」
ジョーと手を繋ぎながら気分よく家路につく。
◆
二日後、アズール商会を訪れた。ショーウインドーに爺さんのところで食べたお菓子が飾ってあるのが目に入る。
(あ、ヌガーが売ってある! 良かった。値段が書いてなくて……)
店に入るとすぐに店員に声を掛けられる。
「いらっしゃいませ。本日は何をお探しでしょうか?」
「蜂蜜と砂糖を頼む」
ジョーが目的の二品の注文をすると、準備ができるまで客用の席に案内される。
今回は絶対にウロつかない。前回のようにあの魔力に敏感なお姉さんと遭遇したくないしね。
少しして、店員がトレーに蜂蜜と砂糖のサンプルを載せて戻って来る。
「お待たせいたしました。こちらが、私どもで取り扱っている蜂蜜と砂糖になります。前回の購入分はこちらの草花系の蜂蜜でしたが、今回はいかがいたしましょうか?」
す、凄い。この店員さん、私たちが前回購入した蜂蜜の種類を覚えている。店員の手元にあるのは前回購入した物と同じ蜂蜜を含む二種類の草花系の蜂蜜。二つの味比べをするが、新しく出された蜂蜜は色が濃く、豊かなコクと変わった風味が特徴の物だった。そしてちょっと高い。前に購入した蜂蜜は一番安いが一番無難でどの料理にも使いやすい。ジョーが馴染みの店から買った例の気に入らない蜂蜜も濃い色の草花系だったらしいが、クセが強すぎる蜂蜜は料理を選んでしまう。
「蜂蜜は、前回と同じ物を二つ頼む。ミリー、砂糖はどうする? って、おい! 待て待て!」
砂糖の袋に吸い込まれるように近づく私を慌ててジョーが止める。
「何? お父さん」
「ミリー……今、砂糖に頬擦りしようとしただろ? 店ではダメだ」
「家でならいいの?」
「それは……もう、好きにしろ」
ジョーが呆れながら笑うと店員の女性もつられて声を出して笑う。
「あ、失礼いたしました。あまりにも微笑ましかったもので……」
申し訳なさそうに謝罪する店員。
「いやいや、気にしないでくれ。うちの子は目を離すと好きな物にすぐ頬擦りするので」
「ふふ、畏まりました。それでは、こちらの蜂蜜を二瓶ですね。砂糖に関しての説明は必要でしょうか?」
ジョーが私に説明はいるのかと尋ねてきたが、砂糖に関しては結晶の大きさの違いだけのようなので説明は必要ない。
「種類は大丈夫なんですが、お値段の説明をお願いします」
店員が丁寧に子供でも分かるように砂糖の値段を口にする。
白ザラ糖のような一番大きな結晶の砂糖が一袋銀貨九枚。グラニュー糖のような小さい結晶の砂糖が小金貨一枚。上白糖のようなしっとりとした砂糖が小金貨一枚に銀貨二枚、そして最後に説明された粉糖は小金貨一枚と銀貨八枚だった。
全部高すぎる。三温糖、黒糖などについても店員に尋ねたが、それについてはよく知らないという感じだった。うーん。なんでだろう。ただ単に王都まで入って来ていないのかな?
チュロスにはグラニュー糖っぽいのが良さそう。粉糖も欲しいのだが高いし、グラニュー糖を自分で魔法かゴリゴリで粉砕して作ろう。
「結晶の小さい小金貨一枚の砂糖を二袋お願いします」
忘れないように、以前買い物をした時に貰ったショップ布バッグと箱をジョーの荷物から出す。これで五パーセントのリピート割引をしてくれる。
店員がサンプルのトレーを下げている間に猫さん財布から小金貨二枚を取り出しジョーに渡す。お金やっと使えたよ。
「ご購入ありがとうございました」
「ほら、ミリーのお釣りだ。店を出る前に猫さんに入れろ」
会計を済ませ、商品を受け取り、猫さん財布にお釣りを入れて店を出ると、すぐにジョーが手元に持っていたバッグを取られる。
(ひったくりか!)
即座に犯人の足を土魔法で引っ掛けて転ばす。盛大に転んだ犯人の側までテクテクと歩き地面に落ちたバッグを拾い中身を確認した。
「良かった。蜂蜜の瓶は無事だ」
起き上がったひったくりの犯人を見ると私より少し年上の少年……少女か? 顔立ちは綺麗なのだが、髪は短く服装からは性別は不明だ。格好は随分と汚れたツギハギで解れている。丈の合わないズボンから見える足には何かで叩かれたような痕があった。
「嫌だわ。南区の貧民街の子かしら」
「最近増えているのよ。怖いわ」
歩いていた二人の裕福そうな女性がひったくり犯を蔑みながら見下ろす。
ひったくりをしようとした事には腹が立つけど、相手は六、七歳の子供だ。少年か少女か分からないその子に立ち上がるよう手を貸し、尋ねる。
「あなた、なんでこんな事をしたの?」
始めは黙っていたその子は少女のような声でボソボソと声を出す。たぶん女の子だよね?
「……治療費にお金がいるから」
「誰の?」
「……弟の」
事実かは分からないがこの少女の弟なら幼年期の年齢、下手したらジークと同じ赤ちゃんかもしれない。
「そう……いつも盗んでるの?」
「ううん。初めて。どうしてもお金がいるから」
お金が必要なのは嘘ではないようだ。
「どこから来たの?」
「……南区」
東区から中央区に来るのすら時間が掛かるのに、この少女は南区からここまで歩いて来たのだろうか……
誰かが通報したのだろう、すぐに衛兵がやって来た。
衛兵が私たちを一目見て、隣にいたその子を指差す。
「そこのお前、小汚いな。お間が泥棒か?」
汚い言葉を浴びせその子を捕まえようと近づく衛兵の前に、ジョーの制止を振り切り立つ。
「衛兵のお兄さん、違うよ。ミリーたちがぶつかって荷物が落ちちゃったの。ぶつかった時にこのお姉ちゃんも転んじゃったの」
咄嗟にだが少女を庇う。結局何か盗まれたわけではない。ひったくりをしようとした事はダメだけど、衛兵に彼女が連れていかれるのはなんだか嫌だった。
衛兵が眉を顰めながら私の後ろにいるジョーに話を振る。
「この子供の親か? 今の話は本当か?」
「あ、ああ……娘の言う通りだ」
ジョーは困惑しながらも私に話を合わせてくれる。
「……そうか。それなら気をつけて帰るように。そこの小汚い子供も家にさっさと帰れ」
衛兵は納得してない表情だったが、余計な仕事を増やす必要もない、という態度で集まっていたギャラリーを解散させ、戻って行った。
「なんで助けたの?」
少女が怯えと不審を含んだ表情を向ける。
「さあ? 私は今日、気分がいいの。長年待ち続けてた物がついに手に入ったの。帰って早くそれに頬擦りしたいの。それだけだよ。バッグを拾ってくれたお礼にこれあげる」
猫さん財布から取り出した銀貨を少女の手に握らせる。
「銀貨! なんで? 憐れんでいるの?」
少女は銀貨に困惑しながら尋ねる。
「情けなんて掛けていないよ。あくまでお礼だから。でも、盗もうとしたツケはいつか払ってもらうからちゃんと覚えておいてね。早く弟さんのところに帰ったら?」
もうひったくりなどせず生きてほしい。そう願い、ツケを払ってもらうなどと脅したが実際はそんな予定などない。
「どこでなら、また会える?」
少女が真剣な顔で尋ねる。
素性も分からない子にわざわざ自分の情報を渡す気はない。縁があればまた会えるだろう。
「秘密。頑張って捜し出してね。もう盗みはナシだからね」
「……分かった。ありがとう」
結局、名前も分からないその子は走って帰っていった。本当は銀貨ではなく小金貨を渡したかったけど、それはそれでトラブルに巻き込まれるだろうから銀貨にした。もし貧民街に住んでいるのなら、銀貨が有れば食べ物や薬を買ってもお釣りがくるだろう。
「ミリー、今のなんだったんだ……」
静観していたジョーがアズール商会のバッグを私の手から受け取り、困惑した様子で尋ねる。
「役者になれるかな? ツンデレ悪役令嬢のフリだったんだけど」
「よく分からんが、金をあげて良かったのか?」
「うん。頑張ってまた稼ぐしかないね」
「はは。そうだな。しかし、砂糖を盗まれなくて良かったな」
私が砂糖を盗まれるはずがない。その時は地獄まで追いかけてみせる。
今日、気分がいいのは本当だし、あの子に弟の話をされた時にジークが思い浮かんだのでこれは気まぐれの施しだ。もし仮にあの子の話が嘘だったとしてもお金を渡してもいいかなと思った。
「よし、帰るぞ! ミリー、途中まで肩車してやろうか?」
「うん!」
◆
いつの間にか祭りまで後十日となった。今日は護衛にザックさんを雇いマイク、トム、マルク、ニナのみんなで森に向かう予定。ニナはすでに親戚に連れられ森に入った事があるが、マルクは初めてだ。二人についてはトムと常に行動を共にしてもらう約束で、ニナの親とネイトの許しも出た。
門でザックさんと合流すると隣にはウィルさんがいた。
「あれ? ウィルさんも来られたんですか? ザックさんへお支払いする分の護衛代金しかないんですけど……」
今日は銀貨一枚でザックさんを護衛として雇っている。銀貨二枚を出す余裕はない。
「俺の事は気にするな。ただついてきただけだ」
いつものようにややぶっきらぼうにウィルさんが答える。
「そうなんだよ。こいつがついて行くって聞かなくてね。ミリーちゃん、無料の護衛が増えたと思ってこき使ってやってね」
ザックさんがウィルさんの背中をバシンと叩きながら笑う。
ウィルさんって暇なのかな? ま、いっか。
今日、森へ行く目的はリンゴだ。祭り用の一人用タルトタタンには一個につきリンゴが一つ必要だ。タルトタタンは百個作る予定なので、可能ならリンゴは余分の十個も含め百十個は欲しい。
森の比較的安全なリンゴ群生地に到着すると、マイクに土魔法で作って貰った踏み台に乗りみんなの注目を自分に集める。
「はい、注目! 今日はリンゴ狩りをします。リンゴ一つにつき小銅貨一枚を払います。一人二十個ほどの収穫を目指してください。ただし無理はせず、魔物避けの外には出ないでください。それじゃあ、ハジメ!」
手を叩く合図の前にマイクが走り出した。今日は別に勝負じゃないのだけれど……マルクとニナはトムにリンゴの採り方を習いながら採取をしている。私もリンゴ狩りしよっと。
リンゴを数個採り終えるとずっと私を監視していたウィルさんが声を掛けてくる。
「こんなにリンゴを集めて、何を企んでる?」
「え? 美味しいパイを食べたいと企んでます。ウィルさんにもリンゴ代を払いますよ?」
「金は別にいらないが、そんなにリンゴパイを作る予定なのか?」
「はい。美味しいですから」
今日のウィルさんはいつにもましてやけに突っかかってくるな。屋台の話をしたらペーパーダミー商会の事がバレるので、質問は適当にはぐらかして、ウィルさんは無視。リンゴに集中しよう。
籠が半分埋まるほどリンゴが採れたが、いつもよりペースが遅い。ウィルさんが近くにいるので魔法が使いにくいんだよね。低い所の目ぼしいリンゴは大体採り終わったので少し高い場所のリンゴが欲しいのだけれど……チラッとウィルさんを確認すると、すぐに目が合った。くぅ。
魔法を使わずリンゴを採ろうと背伸びするが届くはずもない。見かねたウィルさんが風魔法を使い、いくつか採ってくれる。
「ほら、これだけあればいいだろ。チラチラと俺を見るのをやめろ」
「ありがとうございます。ウィルさんは風属性の魔法使いなんですね」
「リンゴ採りの名人だと豪語していたのは嘘か」
そんな豪語などした事はないし、ウィルさんはそれをどこで聞いたのだろう。
「……意地悪ですね。今日は勝負じゃないんです。二十個くらい採れればいいんです」
ガサガサと茂みが動きマイクが飛び出す。
「ミリー! 二十個採れたぞ」
「流石マイクだね。私はまだ十五個くらい」
マイクが驚きと嬉しさの混ざった表情で口角を上げる。
「……もしかして、俺は初めてミリーとの勝負に勝ったのか?」
「あー。残念だけど、今日は勝負するとは言ってないので無効だね」
「くっ。確かにそうだ」
マイクは癇癪を起こさずに素直に勝負が無効だと認める。
「マイク、偉いね。大人になってきたね」
「俺はお前より年上だってば!」
マイクが口を尖らせた表情が可愛くて思わず笑ってしまう。
「僕とニナちゃんも採れたよ!」
トムと共にリンゴ狩りをしていたマルクとニナも籠いっぱいの収穫ができたようだ。
「マルク君のおかげだよ」
ニナが頬を赤くしてはにかみながら言う。
おや? ニナのこの表情……あはーん! そういう事ね。若い初恋。微笑ましい。
無事に合計で百十五個ほどのリンゴが集まった。猫亭に戻り、それぞれに小銅貨を個数分配り、ザックさんには護衛代の銀貨一枚を支払って別れる。ウィルさんは後半静かだったので特に話をする事はなかったが、なんかずっと監視をされている気分なんだよね。
「ミリー、帰ったのか」
「お父さん、ただいま。リンゴ、百十五個も収穫できたよ。ザックさんの護衛代を入れても銀貨二枚と銅貨一枚に小銅貨五枚で済んだよ」
「そうか。さすが、ミリーだな。こっちも祭りの雇い人とも練習をしたが、上手くコツを掴んだ様子だったからチュロスも唐揚げも大丈夫そうだな」
祭りの準備期間は短かったが無事に進んでいる。チュロスの生地は材料も少なく、すぐにできたのだけれど、問題は形の方だった。絞り袋を作って口金を付ければいいかなと簡単に思っていたけれど、用途に合う布が見つからなかった。それにチュロスを一つ一つ絞るのでは時間をロスする。
結局、竹のような筒状の木の入れ物の底に星形のような穴を開け、押し出す用の取っ手のついた蓋をはめて、上からチュロスの生地を油に投下する道具を木工師に作ってもらった。
「チュロスも登録してきた。星形必須。爆発注意もちゃんと説明したぞ」
ジョーはチュロスが星形じゃないと爆発する事について始めは半信半疑だったが、コロッケオンファイアー事件と同じだと説明したら顔色を変えていた。試作している時に水気が強かったコロッケの一つが爆発して飛び、隣のコンロに落ちて燃えたコロッケオンファイアー事件。懐かしい。
「お父さん、登録ありがとう。シナモンシュガーも無事登録できた?」
「問題なくな。まさかシナモンがあんなに美味しくなるとはな。今まで薬草茶としてしか使われてなかったからなぁ。審査員も驚いていたぞ」
「因みにアップルパイにも合うんだよ。今度作ってみようよ、お父さん」
チュロスの砂糖はシナモンシュガー、それから贅沢にパウダーシュガーのトッピングのオプションを付ける予定だ。
「ミリー、練習で使った粉糖の残りだ。まさか結晶から粉糖ができているとは思わなかった。これは、どうやったんだ?」
「うーん。頑張ってゴリゴリしたの」
ゴリゴリでも時間を掛ければできるだろうが、サッと風魔法でフードプロセッサーしたのだ。
「はは……そういう事にしといてやるよ」
粉糖のデメリットはすぐ湿気るところだ。チャック付袋が欲しい。残念ながらそれはないので今は瓶に入れコルク蓋をしている。コーンスターチは今のところ発見していない。手間は掛かるが作る事も可能だよね。とりあえずは保留かな。
祭りの屋台の下準備はほぼ完了。あとは前日に唐揚げ仕込んで、タルトタタンを焼き、チュロスの生地を作るだけだね。当日の朝、屋台の設置場所まで食材を運ぶために、ミカエルさんの雇った業者が到着する予定だ。
(やれる事はやったから、あとはジョーのお手伝いを頑張ろっと)
ウィルの苦難
ウィリアムがミリアナと森へリンゴ狩りをしたあと自宅へ戻ると、前触れもなしに自室にレオナルドが座っていた。
「で、殿下⁉」
「ウィル、遅かったな」
家令からレオナルドの来訪についての報せは何もなかった。窓には防犯の魔法が施してあるが、警報は鳴っていない。ウィリアムはやや訝しげな顔でレオナルドに尋ねる。
「殿下、本日はどのような用件で私の部屋へ……声を掛けていただければ、私の方から城へ――」
「リンゴ狩りは楽しかったか?」
ウィリアムがギクッとした。ミリアナを怪しんでリンゴ狩りへ同行したのは完全に独断だった。そして今日一日ミリアナと共に過ごしたウィリアムは、彼女がただの子供であると確信した。
あの影も家族を心配する東商業ギルド長のエンリケが付けた者ではないかと考え、これから調べる予定だった。まさか、ウィリアム自身に影がつけられ、見張られていたとは思わず。
ウィリアムはグッと拳に力を入れる。
「……申し訳ございません」
「いや、むしろお前のおかげで良い方向に進む」
そう言いながら笑うレオナルドにウィリアムは首を傾げる。
聞けば、ミリアナに間者との接触疑いありと報告した事を感謝された。
「いえ、王太子付きの臣下として当然の事を全うしただけであります……」
「うむ。あの娘には王宮の影をつける事になった」
「え? 王宮の影でございますか? それは――」
「優秀な側近であるお前には、俺の代わりに影との連絡係になるよう命じる」
王宮の影はレイヴンと呼ばれ、それぞれ複数の隊からなる。彼らに直接命令を下す事が可能なのは王族のみである。
それをつけるとなると……それではまるであの子供が重罪人扱いではないかとウィリアムが内心焦る。
「で、殿下。彼女はまだ幼い子供であります」
「何を言っている。正式に報告をしたのはお前自身だろう?」
ウィリアムは、猫亭でのプレパーティの際にミリアナが影と密談しているのを目撃後、正式な報告をレオナルドにしてしまった。一度、そのような報告を書面でしてしまえば、規則上取り消しは不可能だ。早まった自分の判断を痛感しながらウィリアムは返事をする。
「た、確かにそうでございます」
「そう不安な顔をするな。つける影はラナとカルだ。今から春まで時折あの娘を張らせるのでその予定でいろ」
ウィリアムはますます困惑した。ラナとカル、二人とは仕事上何度か話をした事があったが、二人とも決して経験豊かな影ではない。どちらかと言えば、文官だ。
ラナの方は正式に本格的な影の仕事を任されたくて飢えている感じだが、カルは向上心も清潔感もない奴だ。何故、この二人が指名されたのだろうか。ウィリアムがレオナルドに視線を移すと、満面の笑みで見つめられた。
(ああ、そうか。この調査はあくまで建前に過ぎないという事か)
「殿下、お心遣い、ありがとうございます」
「俺はしばらく、公務で王都を離れる。この件、あとはウィルに任せる。カルは問題ないが……ラナはたまに空回りするからな。いずれにせよ、あの娘に危害を加えるのは俺が許さない」
「はっ。お任せください」
猫さん財布を開け小金貨五枚を爺さんに見せる。
「心配せんでも、そんな貧相な子供財布の中に誰も小金貨五枚が入ってるなど思わないわい」
「貧相なって、お母さんの手作りですよ」
「世界一の芸術品だ」
爺さん、マリッサが関わると変わり身が早っ。猫さんの財布が貧相から一気に芸術品へとアップグレードした。
「画師の件、お父さんにだけ伝えるのはダメでしょうか?」
爺さんが難しい顔をするが、どうしてダメなのかは教えてはくれない。前回、ジョーがマリスたちの事を避けていたのを思い出すと、爺さんの考えが正解なのだろうが……
「ギルド長。ジョー様へは祭り出店用に準備金の一部を引き出したと説明すればよろしいのではないでしょうか? 後ほど調整は可能でしょう。ですが、そうなるとミリー様の買いたい物が祭り関係の品に限られてしまいますが……」
ミカエルさんナイス! と親指を上げる。
「問題ありません。買いたい物は砂糖なので!」
「やはり菓子関係であったか」
爺さんが底なしの食欲だなと笑う。
お金の言い訳工作も無事決まるとレシピ登録からジョーが戻って来た。
ミカエルさんの巧みな説得で、ジョーは私が屋台先に出ないならとペーパーダミー商会の中央街の祭りへの参加を許可してくれた。
屋台にはジョーの料理の協力が不可欠。せっかくの砂糖を買いに行く口実だ。無駄にしたくなかった私は、無事許可が下りて小躍りする。私が調理すればいいじゃないかって? 無理無理。だって私、子供だからコンロもオーブンも身長足りないし一人で調理できる範囲には限界がある。厨房はジョーのテリトリーでもあるしね。
必要書類や短期の雇い人はミカエルさんに任せ商業ギルドを後にする。祭りの支度金が小金貨五枚だと聞いたジョーは驚いたものの、爺さんの説明……もとい圧力に負け納得した。ジョー、ごめんなさい。
家への帰り道、ジョーと屋台での出し物を何にするか考えながら歩く。
「ミリーは、何を出したいんだ?」
二つは決めている。タルトタタンと唐揚げだ。屋台の唐揚げが昔好きだったのと、単純に食べやすいという理由で選んだ。タルトタタンはやはり、その見栄えの良さから選んだ。テーブル席もあるという事だったので、コンパクトサイズのタルトならペロリと平らげられるだろう。
問題はもう一つを何にするか。現地で比較的簡単に作れる物。
……そうだ。お祭りならあれがいいかも。
「タルトタタンの一人用サイズと唐揚げ。それから、新しいレシピはチュロスという物にしようかと思う」
「ちゅろす? 今から新しいレシピを作って間に合うのか?」
ジョーがやや訝しげな表情で尋ねる。
「唐揚げは先に漬け込んで、チュロスは揚げるだけだから現地で調理ができるけれど、タルトタタンは猫亭の厨房で焼かないといけないかな。大丈夫そう?」
「タルトタタンを猫亭で作る事は問題ない。ちゅろすにはどんな材料がいるんだ?」
チュロス……材料は然程問題ないけれど、星形の棒状をどうやって再現するかだなぁ。
「チュロスについては大丈夫だよ。砂糖以外の材料は猫亭の厨房に全てあるから。リンゴはまとめて購入したら割引とかあるの?」
「まとめて買えば小銅貨四枚くらいにサービスしてくれるかもな」
街中で買うリンゴの価格のハードルは依然として高い。まぁ、栽培された立派なリンゴだからそれなりの値段が付くのは仕方ないけれど……
「うーん。リンゴは別に考えがあるからそれで行く。後の材料は砂糖だね。うん、砂糖」
何度も砂糖砂糖と連呼しているとジョーが苦笑いしながら言う。
「念願のだろ? 前に試しに買った蜂蜜も切れそうだからちょうどいいタイミングだな」
以前購入したアズール商会の蜂蜜が切れると、ジョーは試しに馴染みの食材を配達している商会に仕入れを依頼した。その方が今後も定期的に注文する場合、安くなるからだ。けれど、その蜂蜜の味がいまいち気に入らなかったらしい。
「やっぱりこの前蜂蜜を買ったアズール商会の方が良いのかな?」
「品質はあそこが信用できるな」
「じゃあ、砂糖を買いに行こう!」
喜びが滲み出たのか、思ったよりも大声で叫んでしまう。
「明後日だったら時間取れるぞ」
「わーい。砂糖楽しみ!」
ジョーと手を繋ぎながら気分よく家路につく。
◆
二日後、アズール商会を訪れた。ショーウインドーに爺さんのところで食べたお菓子が飾ってあるのが目に入る。
(あ、ヌガーが売ってある! 良かった。値段が書いてなくて……)
店に入るとすぐに店員に声を掛けられる。
「いらっしゃいませ。本日は何をお探しでしょうか?」
「蜂蜜と砂糖を頼む」
ジョーが目的の二品の注文をすると、準備ができるまで客用の席に案内される。
今回は絶対にウロつかない。前回のようにあの魔力に敏感なお姉さんと遭遇したくないしね。
少しして、店員がトレーに蜂蜜と砂糖のサンプルを載せて戻って来る。
「お待たせいたしました。こちらが、私どもで取り扱っている蜂蜜と砂糖になります。前回の購入分はこちらの草花系の蜂蜜でしたが、今回はいかがいたしましょうか?」
す、凄い。この店員さん、私たちが前回購入した蜂蜜の種類を覚えている。店員の手元にあるのは前回購入した物と同じ蜂蜜を含む二種類の草花系の蜂蜜。二つの味比べをするが、新しく出された蜂蜜は色が濃く、豊かなコクと変わった風味が特徴の物だった。そしてちょっと高い。前に購入した蜂蜜は一番安いが一番無難でどの料理にも使いやすい。ジョーが馴染みの店から買った例の気に入らない蜂蜜も濃い色の草花系だったらしいが、クセが強すぎる蜂蜜は料理を選んでしまう。
「蜂蜜は、前回と同じ物を二つ頼む。ミリー、砂糖はどうする? って、おい! 待て待て!」
砂糖の袋に吸い込まれるように近づく私を慌ててジョーが止める。
「何? お父さん」
「ミリー……今、砂糖に頬擦りしようとしただろ? 店ではダメだ」
「家でならいいの?」
「それは……もう、好きにしろ」
ジョーが呆れながら笑うと店員の女性もつられて声を出して笑う。
「あ、失礼いたしました。あまりにも微笑ましかったもので……」
申し訳なさそうに謝罪する店員。
「いやいや、気にしないでくれ。うちの子は目を離すと好きな物にすぐ頬擦りするので」
「ふふ、畏まりました。それでは、こちらの蜂蜜を二瓶ですね。砂糖に関しての説明は必要でしょうか?」
ジョーが私に説明はいるのかと尋ねてきたが、砂糖に関しては結晶の大きさの違いだけのようなので説明は必要ない。
「種類は大丈夫なんですが、お値段の説明をお願いします」
店員が丁寧に子供でも分かるように砂糖の値段を口にする。
白ザラ糖のような一番大きな結晶の砂糖が一袋銀貨九枚。グラニュー糖のような小さい結晶の砂糖が小金貨一枚。上白糖のようなしっとりとした砂糖が小金貨一枚に銀貨二枚、そして最後に説明された粉糖は小金貨一枚と銀貨八枚だった。
全部高すぎる。三温糖、黒糖などについても店員に尋ねたが、それについてはよく知らないという感じだった。うーん。なんでだろう。ただ単に王都まで入って来ていないのかな?
チュロスにはグラニュー糖っぽいのが良さそう。粉糖も欲しいのだが高いし、グラニュー糖を自分で魔法かゴリゴリで粉砕して作ろう。
「結晶の小さい小金貨一枚の砂糖を二袋お願いします」
忘れないように、以前買い物をした時に貰ったショップ布バッグと箱をジョーの荷物から出す。これで五パーセントのリピート割引をしてくれる。
店員がサンプルのトレーを下げている間に猫さん財布から小金貨二枚を取り出しジョーに渡す。お金やっと使えたよ。
「ご購入ありがとうございました」
「ほら、ミリーのお釣りだ。店を出る前に猫さんに入れろ」
会計を済ませ、商品を受け取り、猫さん財布にお釣りを入れて店を出ると、すぐにジョーが手元に持っていたバッグを取られる。
(ひったくりか!)
即座に犯人の足を土魔法で引っ掛けて転ばす。盛大に転んだ犯人の側までテクテクと歩き地面に落ちたバッグを拾い中身を確認した。
「良かった。蜂蜜の瓶は無事だ」
起き上がったひったくりの犯人を見ると私より少し年上の少年……少女か? 顔立ちは綺麗なのだが、髪は短く服装からは性別は不明だ。格好は随分と汚れたツギハギで解れている。丈の合わないズボンから見える足には何かで叩かれたような痕があった。
「嫌だわ。南区の貧民街の子かしら」
「最近増えているのよ。怖いわ」
歩いていた二人の裕福そうな女性がひったくり犯を蔑みながら見下ろす。
ひったくりをしようとした事には腹が立つけど、相手は六、七歳の子供だ。少年か少女か分からないその子に立ち上がるよう手を貸し、尋ねる。
「あなた、なんでこんな事をしたの?」
始めは黙っていたその子は少女のような声でボソボソと声を出す。たぶん女の子だよね?
「……治療費にお金がいるから」
「誰の?」
「……弟の」
事実かは分からないがこの少女の弟なら幼年期の年齢、下手したらジークと同じ赤ちゃんかもしれない。
「そう……いつも盗んでるの?」
「ううん。初めて。どうしてもお金がいるから」
お金が必要なのは嘘ではないようだ。
「どこから来たの?」
「……南区」
東区から中央区に来るのすら時間が掛かるのに、この少女は南区からここまで歩いて来たのだろうか……
誰かが通報したのだろう、すぐに衛兵がやって来た。
衛兵が私たちを一目見て、隣にいたその子を指差す。
「そこのお前、小汚いな。お間が泥棒か?」
汚い言葉を浴びせその子を捕まえようと近づく衛兵の前に、ジョーの制止を振り切り立つ。
「衛兵のお兄さん、違うよ。ミリーたちがぶつかって荷物が落ちちゃったの。ぶつかった時にこのお姉ちゃんも転んじゃったの」
咄嗟にだが少女を庇う。結局何か盗まれたわけではない。ひったくりをしようとした事はダメだけど、衛兵に彼女が連れていかれるのはなんだか嫌だった。
衛兵が眉を顰めながら私の後ろにいるジョーに話を振る。
「この子供の親か? 今の話は本当か?」
「あ、ああ……娘の言う通りだ」
ジョーは困惑しながらも私に話を合わせてくれる。
「……そうか。それなら気をつけて帰るように。そこの小汚い子供も家にさっさと帰れ」
衛兵は納得してない表情だったが、余計な仕事を増やす必要もない、という態度で集まっていたギャラリーを解散させ、戻って行った。
「なんで助けたの?」
少女が怯えと不審を含んだ表情を向ける。
「さあ? 私は今日、気分がいいの。長年待ち続けてた物がついに手に入ったの。帰って早くそれに頬擦りしたいの。それだけだよ。バッグを拾ってくれたお礼にこれあげる」
猫さん財布から取り出した銀貨を少女の手に握らせる。
「銀貨! なんで? 憐れんでいるの?」
少女は銀貨に困惑しながら尋ねる。
「情けなんて掛けていないよ。あくまでお礼だから。でも、盗もうとしたツケはいつか払ってもらうからちゃんと覚えておいてね。早く弟さんのところに帰ったら?」
もうひったくりなどせず生きてほしい。そう願い、ツケを払ってもらうなどと脅したが実際はそんな予定などない。
「どこでなら、また会える?」
少女が真剣な顔で尋ねる。
素性も分からない子にわざわざ自分の情報を渡す気はない。縁があればまた会えるだろう。
「秘密。頑張って捜し出してね。もう盗みはナシだからね」
「……分かった。ありがとう」
結局、名前も分からないその子は走って帰っていった。本当は銀貨ではなく小金貨を渡したかったけど、それはそれでトラブルに巻き込まれるだろうから銀貨にした。もし貧民街に住んでいるのなら、銀貨が有れば食べ物や薬を買ってもお釣りがくるだろう。
「ミリー、今のなんだったんだ……」
静観していたジョーがアズール商会のバッグを私の手から受け取り、困惑した様子で尋ねる。
「役者になれるかな? ツンデレ悪役令嬢のフリだったんだけど」
「よく分からんが、金をあげて良かったのか?」
「うん。頑張ってまた稼ぐしかないね」
「はは。そうだな。しかし、砂糖を盗まれなくて良かったな」
私が砂糖を盗まれるはずがない。その時は地獄まで追いかけてみせる。
今日、気分がいいのは本当だし、あの子に弟の話をされた時にジークが思い浮かんだのでこれは気まぐれの施しだ。もし仮にあの子の話が嘘だったとしてもお金を渡してもいいかなと思った。
「よし、帰るぞ! ミリー、途中まで肩車してやろうか?」
「うん!」
◆
いつの間にか祭りまで後十日となった。今日は護衛にザックさんを雇いマイク、トム、マルク、ニナのみんなで森に向かう予定。ニナはすでに親戚に連れられ森に入った事があるが、マルクは初めてだ。二人についてはトムと常に行動を共にしてもらう約束で、ニナの親とネイトの許しも出た。
門でザックさんと合流すると隣にはウィルさんがいた。
「あれ? ウィルさんも来られたんですか? ザックさんへお支払いする分の護衛代金しかないんですけど……」
今日は銀貨一枚でザックさんを護衛として雇っている。銀貨二枚を出す余裕はない。
「俺の事は気にするな。ただついてきただけだ」
いつものようにややぶっきらぼうにウィルさんが答える。
「そうなんだよ。こいつがついて行くって聞かなくてね。ミリーちゃん、無料の護衛が増えたと思ってこき使ってやってね」
ザックさんがウィルさんの背中をバシンと叩きながら笑う。
ウィルさんって暇なのかな? ま、いっか。
今日、森へ行く目的はリンゴだ。祭り用の一人用タルトタタンには一個につきリンゴが一つ必要だ。タルトタタンは百個作る予定なので、可能ならリンゴは余分の十個も含め百十個は欲しい。
森の比較的安全なリンゴ群生地に到着すると、マイクに土魔法で作って貰った踏み台に乗りみんなの注目を自分に集める。
「はい、注目! 今日はリンゴ狩りをします。リンゴ一つにつき小銅貨一枚を払います。一人二十個ほどの収穫を目指してください。ただし無理はせず、魔物避けの外には出ないでください。それじゃあ、ハジメ!」
手を叩く合図の前にマイクが走り出した。今日は別に勝負じゃないのだけれど……マルクとニナはトムにリンゴの採り方を習いながら採取をしている。私もリンゴ狩りしよっと。
リンゴを数個採り終えるとずっと私を監視していたウィルさんが声を掛けてくる。
「こんなにリンゴを集めて、何を企んでる?」
「え? 美味しいパイを食べたいと企んでます。ウィルさんにもリンゴ代を払いますよ?」
「金は別にいらないが、そんなにリンゴパイを作る予定なのか?」
「はい。美味しいですから」
今日のウィルさんはいつにもましてやけに突っかかってくるな。屋台の話をしたらペーパーダミー商会の事がバレるので、質問は適当にはぐらかして、ウィルさんは無視。リンゴに集中しよう。
籠が半分埋まるほどリンゴが採れたが、いつもよりペースが遅い。ウィルさんが近くにいるので魔法が使いにくいんだよね。低い所の目ぼしいリンゴは大体採り終わったので少し高い場所のリンゴが欲しいのだけれど……チラッとウィルさんを確認すると、すぐに目が合った。くぅ。
魔法を使わずリンゴを採ろうと背伸びするが届くはずもない。見かねたウィルさんが風魔法を使い、いくつか採ってくれる。
「ほら、これだけあればいいだろ。チラチラと俺を見るのをやめろ」
「ありがとうございます。ウィルさんは風属性の魔法使いなんですね」
「リンゴ採りの名人だと豪語していたのは嘘か」
そんな豪語などした事はないし、ウィルさんはそれをどこで聞いたのだろう。
「……意地悪ですね。今日は勝負じゃないんです。二十個くらい採れればいいんです」
ガサガサと茂みが動きマイクが飛び出す。
「ミリー! 二十個採れたぞ」
「流石マイクだね。私はまだ十五個くらい」
マイクが驚きと嬉しさの混ざった表情で口角を上げる。
「……もしかして、俺は初めてミリーとの勝負に勝ったのか?」
「あー。残念だけど、今日は勝負するとは言ってないので無効だね」
「くっ。確かにそうだ」
マイクは癇癪を起こさずに素直に勝負が無効だと認める。
「マイク、偉いね。大人になってきたね」
「俺はお前より年上だってば!」
マイクが口を尖らせた表情が可愛くて思わず笑ってしまう。
「僕とニナちゃんも採れたよ!」
トムと共にリンゴ狩りをしていたマルクとニナも籠いっぱいの収穫ができたようだ。
「マルク君のおかげだよ」
ニナが頬を赤くしてはにかみながら言う。
おや? ニナのこの表情……あはーん! そういう事ね。若い初恋。微笑ましい。
無事に合計で百十五個ほどのリンゴが集まった。猫亭に戻り、それぞれに小銅貨を個数分配り、ザックさんには護衛代の銀貨一枚を支払って別れる。ウィルさんは後半静かだったので特に話をする事はなかったが、なんかずっと監視をされている気分なんだよね。
「ミリー、帰ったのか」
「お父さん、ただいま。リンゴ、百十五個も収穫できたよ。ザックさんの護衛代を入れても銀貨二枚と銅貨一枚に小銅貨五枚で済んだよ」
「そうか。さすが、ミリーだな。こっちも祭りの雇い人とも練習をしたが、上手くコツを掴んだ様子だったからチュロスも唐揚げも大丈夫そうだな」
祭りの準備期間は短かったが無事に進んでいる。チュロスの生地は材料も少なく、すぐにできたのだけれど、問題は形の方だった。絞り袋を作って口金を付ければいいかなと簡単に思っていたけれど、用途に合う布が見つからなかった。それにチュロスを一つ一つ絞るのでは時間をロスする。
結局、竹のような筒状の木の入れ物の底に星形のような穴を開け、押し出す用の取っ手のついた蓋をはめて、上からチュロスの生地を油に投下する道具を木工師に作ってもらった。
「チュロスも登録してきた。星形必須。爆発注意もちゃんと説明したぞ」
ジョーはチュロスが星形じゃないと爆発する事について始めは半信半疑だったが、コロッケオンファイアー事件と同じだと説明したら顔色を変えていた。試作している時に水気が強かったコロッケの一つが爆発して飛び、隣のコンロに落ちて燃えたコロッケオンファイアー事件。懐かしい。
「お父さん、登録ありがとう。シナモンシュガーも無事登録できた?」
「問題なくな。まさかシナモンがあんなに美味しくなるとはな。今まで薬草茶としてしか使われてなかったからなぁ。審査員も驚いていたぞ」
「因みにアップルパイにも合うんだよ。今度作ってみようよ、お父さん」
チュロスの砂糖はシナモンシュガー、それから贅沢にパウダーシュガーのトッピングのオプションを付ける予定だ。
「ミリー、練習で使った粉糖の残りだ。まさか結晶から粉糖ができているとは思わなかった。これは、どうやったんだ?」
「うーん。頑張ってゴリゴリしたの」
ゴリゴリでも時間を掛ければできるだろうが、サッと風魔法でフードプロセッサーしたのだ。
「はは……そういう事にしといてやるよ」
粉糖のデメリットはすぐ湿気るところだ。チャック付袋が欲しい。残念ながらそれはないので今は瓶に入れコルク蓋をしている。コーンスターチは今のところ発見していない。手間は掛かるが作る事も可能だよね。とりあえずは保留かな。
祭りの屋台の下準備はほぼ完了。あとは前日に唐揚げ仕込んで、タルトタタンを焼き、チュロスの生地を作るだけだね。当日の朝、屋台の設置場所まで食材を運ぶために、ミカエルさんの雇った業者が到着する予定だ。
(やれる事はやったから、あとはジョーのお手伝いを頑張ろっと)
ウィルの苦難
ウィリアムがミリアナと森へリンゴ狩りをしたあと自宅へ戻ると、前触れもなしに自室にレオナルドが座っていた。
「で、殿下⁉」
「ウィル、遅かったな」
家令からレオナルドの来訪についての報せは何もなかった。窓には防犯の魔法が施してあるが、警報は鳴っていない。ウィリアムはやや訝しげな顔でレオナルドに尋ねる。
「殿下、本日はどのような用件で私の部屋へ……声を掛けていただければ、私の方から城へ――」
「リンゴ狩りは楽しかったか?」
ウィリアムがギクッとした。ミリアナを怪しんでリンゴ狩りへ同行したのは完全に独断だった。そして今日一日ミリアナと共に過ごしたウィリアムは、彼女がただの子供であると確信した。
あの影も家族を心配する東商業ギルド長のエンリケが付けた者ではないかと考え、これから調べる予定だった。まさか、ウィリアム自身に影がつけられ、見張られていたとは思わず。
ウィリアムはグッと拳に力を入れる。
「……申し訳ございません」
「いや、むしろお前のおかげで良い方向に進む」
そう言いながら笑うレオナルドにウィリアムは首を傾げる。
聞けば、ミリアナに間者との接触疑いありと報告した事を感謝された。
「いえ、王太子付きの臣下として当然の事を全うしただけであります……」
「うむ。あの娘には王宮の影をつける事になった」
「え? 王宮の影でございますか? それは――」
「優秀な側近であるお前には、俺の代わりに影との連絡係になるよう命じる」
王宮の影はレイヴンと呼ばれ、それぞれ複数の隊からなる。彼らに直接命令を下す事が可能なのは王族のみである。
それをつけるとなると……それではまるであの子供が重罪人扱いではないかとウィリアムが内心焦る。
「で、殿下。彼女はまだ幼い子供であります」
「何を言っている。正式に報告をしたのはお前自身だろう?」
ウィリアムは、猫亭でのプレパーティの際にミリアナが影と密談しているのを目撃後、正式な報告をレオナルドにしてしまった。一度、そのような報告を書面でしてしまえば、規則上取り消しは不可能だ。早まった自分の判断を痛感しながらウィリアムは返事をする。
「た、確かにそうでございます」
「そう不安な顔をするな。つける影はラナとカルだ。今から春まで時折あの娘を張らせるのでその予定でいろ」
ウィリアムはますます困惑した。ラナとカル、二人とは仕事上何度か話をした事があったが、二人とも決して経験豊かな影ではない。どちらかと言えば、文官だ。
ラナの方は正式に本格的な影の仕事を任されたくて飢えている感じだが、カルは向上心も清潔感もない奴だ。何故、この二人が指名されたのだろうか。ウィリアムがレオナルドに視線を移すと、満面の笑みで見つめられた。
(ああ、そうか。この調査はあくまで建前に過ぎないという事か)
「殿下、お心遣い、ありがとうございます」
「俺はしばらく、公務で王都を離れる。この件、あとはウィルに任せる。カルは問題ないが……ラナはたまに空回りするからな。いずれにせよ、あの娘に危害を加えるのは俺が許さない」
「はっ。お任せください」
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