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4巻
4-3
ジョー曰く、キラービーの体長は以前お祝いの席に出た大きな鳥のコカリスと同じくらいらしい。何それ……スズメバチとかの次元じゃない。キラービー、怖い怖い。
「そんな顔をするな。王都の近くの森で現れたことはないから大丈夫だ」
キラービーの生息地が高地だと聞き、一安心したところで煮沸消毒の終わった瓶にトマトを詰めて熱した塩水を入れる。最後はコルクで栓をして蝋で閉じる。
完成したトマトの瓶詰めたちを並べ、額の汗を拭く。
「できた! それにしても凄い量だね。あれ? ここにまだたくさんトマトが余っているよ」
「それは、今日の夜に食堂で出そうと思ってたやつだ。サミコ酢とトマトがよく合うんだよ」
サミコ酢はジョーと共に作ったバルサミコ酢もどきのものだ。さすがジョーだ。トマトはきっとサミコ酢と合う。ジョーはサミコ酢と出会ってからずっとハマっている。最近は、トマトにオリーブオイルとサミコ酢をかけてカッテージチーズをまぶした一品を食堂の裏メニューとして出しているらしい。
「この量のトマトをサミコ酢だけで使い切れるの?」
「まぁ、買いすぎたな」
「じゃあ、私も作りたいものがある。トマトソルトもそれに使えるよ」
トマトならブルスケッタを作ろう!
ジョーが恐る恐る尋ねる。
「菓子か?」
「お酒に合うおつまみだよ」
「それはいいな」
ジョーが嬉しそうに笑う。菓子店のお菓子の試作などで甘い物ばかりを作る苦悩の日々からジョーはまだ復活していないようだ。
ブルスケッタならジョーも絶対気に入る一品のはずだ。カサカサと台所を漁るが、ハーブの材料が足りない。うん。もう開いているだろうし、薬屋へ行こう!
「足りないものがあるから買い物に行ってくるね」
「……ジゼルのとこじゃねぇよな?」
「そんなこと……ないよ。お父様」
訝し気に尋ねるジョーにニッコリと微笑みダッシュをして厨房を去る。
「おい、ミリー!」
「行ってきまーす!」
ジョーの制止を無視して猫亭を飛び出し薬屋へとやってきた。バジルを手に入れるためだ。ゴードンさんは森へ薬草を採りに行くことが多いけど、バジルなどの基本の薬草は裏庭で栽培している。
店番をしていたゴードンさんに挨拶をする。
「おはようございます!」
「おや。ミリーちゃんじゃないか。久しぶりだね。マイクならジゼルと早朝から森へ出かけてるよ」
「実は今日はバジルを分けていただきたくて……」
ゴードンさんが心配そうに尋ねる。
「誰か咳が酷いのかい?」
「いえ、料理に使うためです」
「ははは。ジゼルが言っていたな。薬草について奇妙な使い方すると。料理だったら新鮮なのがいいだろう。裏庭にあるからついておいで」
ゴードンさんに裏庭へと案内される。前に訪れた時より全体的に生い茂っていて、まるで小さな森だ。
庭の中でも綺麗に咲く紫陽花が一際目立つ。雨季に咲くと思っていたけど、この時期に満開だ。とても丁寧に手入れがされてあるのが分かる。
「その花は解毒剤にもなるがジゼルの好きな花でね。ほとんど観賞用だ」
「綺麗ですね」
ゴードンさんが優しく笑い、バジルを取り分ける。
「一房で足りるかい?」
「はい。十分です」
ゴードンさんにバジルの代金を払い、猫亭へ戻ると食堂ではラジェとマルクがテーブルを拭き、厨房ではジョーとガレルさんが朝食の準備をしていた。
「ミリーちゃん、おはよう」
ラジェとマルクが声を合わせ挨拶する。
「おはよう」
「ミリー、戻ったか。朝食はソーセージとトマトのスープにパンと卵だ」
ジョーから渡された朝食を三人で並んで食べ、今日も大賑わいの朝食の客をマルクと捌く。朝食の片付けが終わるとジョーからトマトの皮の載ったトレーを渡される。トマトの皮はよい具合に乾燥したね。
「これをどうすんだ?」
「じゃあ、早速トマトソルトを作ろう! お父さん、ゴリゴリの時間だよ」
「ゴリゴリか。分かった」
ゴリゴリとジョーが杵と臼で乾燥したトマトの皮を砕いていく。トマトソルトの完成だ。
「赤っぽい塩になったな。少し粗めだが、これで完成なのか?」
「うん。シンプルにトマトにかけて――はい! お父さん、食べてみて」
生トマトに軽くトマトソルトをかけたものをジョーに差し出す。トマトを一口食べたジョーが頷きながら言う。
「おお、甘みが増したぞ」
「美味しいでしょ?」
「ああ、これはいいな」
ジョーも太鼓判のトマトソルトが完成したので、次に作るのはブルスケッタだ。丁度時間の経ったバゲットもあったしね。バゲットといっても丸い形のカンパーニュに近く、硬い外皮にサクサクの中身で、もちっとはしていない。だから通常、このパンはシチューなどにつけて柔らかくして食べる。でも、ブルスケッタを作るのにはいい感じのパンだと思う。
早速パンを切るが――くっ。私の力とこの包丁じゃ切れない。今度、鍛冶屋でパン切り包丁でも作ってもらおうかな……
「ミリー、ひっくり返して後ろから包丁を入れろ」
結局、パンはジョーに全部切ってもらった。
適度に薄くスライスしたパンにオリーブオイルを塗り、オーブンで焼く。焼き上がったら、今度はガーリックをパンに塗りトマトソルトをかける。
「トマトはこの大きさでいいか?」
「うんうん。それでトマトとバジルをオリーブオイルとサミコ酢で和えて、パンの上に置いたら完成だよ」
「見栄えが良いな」
モッツァレラチーズ欲しいな。ミルクを固めるレンネットがなくても、カッテージチーズと同じでミルクと酢でできたよね? 元々は水牛の乳からできたのがモッツァレラチーズだけど、この国に水牛っているのかな? まぁ、こちらのミルクは普通に使えるから問題ない。この国にもチーズはあるのだけど、レンネットはやっぱり前世と同じで子牛の胃袋を使用しているのかな?
フレッシュチーズは売ってないが、ハードタイプのチーズはミルクを販売しているお店でよく見かける。チーズは丸く、どれも大きい。猫亭でも丸一個を購入している。
丁度、ランチのパスタ用にカウンターに出ていた大きなハードチーズを削っているガレルさんを眺めているとジョーが尋ねる。
「なんだ? チーズをそんなに見て。トマトにかけたいのか? カッテージチーズのほうがいいだろ?」
「そうだね。さすがお父さん。カッテージチーズもかけよう」
カッテージチーズは以前ラザニアを作った時にミルクと酢で作っていた。ジョーはそれから時折カッテージチーズを作っているので、慣れた手つきであっという間に白く美味しそうなフレッシュチーズができる。
赤いトマトに白いチーズが映える夏のおつまみにぴったりの色合いのブルスケッタが完成する。これを見るとワインが飲みたくなる……この国での成人は十六歳だが、その前からお酒を嗜む人は多いらしい。さすがに七歳で酒を飲むのは早すぎるけど……
ブルスケッタをサクッと一口食べる。ガーリックの香ばしさ、トマトの甘さにバジルが香る。よい塩梅だ。ブルスケッタを食べながらジョーがニヤニヤと笑う。
「ミリー、また酒に合う物を作ったな」
「えへへ」
「ガレルもこれ食ってみろ」
パスタの準備をしていたガレルさんが手を止めブルスケッタの匂いを嗅ぐと、大きな一口で全てを食べ咀嚼して飲み込む。
「これは、美味い! 混ぜている薬草、この使い方、初めて」
「美味しいでしょう? パンは、あそこに置いてあった古くなったやつを使ったんだよ」
「ミリー嬢ちゃん、凄いな」
「えへへ。ガレルさんには特別にもう一つあげるね」
褒められたので嬉しくなってガレルさんにブルスケッタを渡すと、ジョーが拗ねたように言う。
「ミリー、父さんのは?」
「お父さんは、もう五個も食べたでしょ!」
「美味すぎてな、つい」
その後、トマトのブルスケッタは猫亭の夏の裏メニューになった。ジョーはトマト以外にも、ハムと野菜やベーコンとナツメヤシのブルスケッタなどを作った。
一時、まかないの夕食が毎日ブルスケッタになりみんなは美味しく食べてたが、ジークには不評だった。生のトマトはジークにはまだ大人の味だったのかな? ケチャップを食べた時は平気だったのにね。
◆
ブルスケッタが裏メニューになった数日後。
今日はマイク、ラジェ、それからマルクとともにたくさん遊んだので少し疲れた。夜の勉強を一緒にしていたラジェとマルクは睡魔に負け、仲良くソファで眠っている。軽く欠伸をするとマリッサに声をかけられる。
「ミリー、もう寝るの?」
「うん。お母さんは?」
「もう少し繕い物をしたら寝るわ。夏はいつまでも明るいから、夜の営業も長くなっているみたいね。マルクとラジェはいつの間にか眠ったのね」
二人に薄手のブランケットをかけるとラジェのポケットからサソリの折り紙が見えた。数日前にガレルさんからサソリを見せられたラジェは、その折り方を尋ねてきた。
折り紙の楽しさを教えるためにラジェにサソリの折り方を教えたつもりだったけど……ラジェは、たまに魔法で作った砂山の中からサソリの折り紙を覗かせてガレルさんにイタズラをしているらしい。
実は今日、やんわりとガレルさんから苦情を言われた。
部屋の扉を閉めて再び欠伸をする。
「さて、今日はどうやって魔力を消費するかな」
そういえば、古代エジプトで頭にサソリが乗った女神がいたよね。前世のエジプト展で初めて見た時は、頭にどんとサソリが乗った女神に結構びっくりした。確か猫の顔の女神もいた。魔力の消費の多い砂魔法でサソリと猫の女神を作る。
頭にサソリが乗った女神と猫フェイスの女神が完成するが……どちらも体型が魅力的すぎる。もっとスレンダーなイメージで作ったはずなのに。よし、削ごう。
シャカシャカと砂の形を風魔法で整える。
「あれ? 今度はまな板みたいになってしまった……」
もっとこう、リンゴくらいの膨らみを出したい。モコモコと砂を追加すれば――完成! いい感じだ。
古代エジプトと言えば、クレオパトラだよね。次はクレオパトラの制作に取りかかる。
絶世の美人と謳われているけど、実際はどんな顔だったのだろう。とりあえず、彫りの深い美人を作ってみる。なかなかの美人な仕上がりに満足する。
主役は揃ったので、三人とお茶会を開く。茶会の客人は女神の二人とクレオパトラだ。砂魔法で豪華なテーブルとお菓子を並べる。砂魔法で作った物なので食べることができないのが残念だ。
「カエサル! お茶を持ってきて!」
クレオパトラと恋に落ちたカエサルの像も以前一度見たことがあった。とはいえあんまり覚えていないから、急遽砂魔法で作ったカエサルは前髪短めで彫りが深い皺増しの男性にした。彼には執事役をやってもらう。
うーん。これくらいの魔法量じゃ全然魔力が減らない。とりあえず、全員の頭の上にライトで天使の輪をつける。わぁ……一際サソリが神々しくなった。
魔力もまだまだあるし、砂で作ったお菓子を消して卓上に立体マップを作る。今からやるのはウォーシミュレーションだ。
地図の北にローマ兵を配置、南にはエジプト兵を置く。
ローマ兵は騎士、歩兵、騎兵を砂魔法と水魔法で練り上げる。エジプト兵は歩兵、馬に引かれた古代の戦車に弓兵を乗せた。それぞれの兵士の大きさはチェスの駒ほどだ。細かい作業は、結構魔力を消費する。
さぁ! 戦争の時間だ。
戦い方はもちろんトマトの投げ合いだ。水魔法と土魔法で作った小さなトマトを兵士に装備して投げ合いを開始する。
天国と地獄の曲を口ずさみながら、トマトを投げる兵士たちを眺める。トマト弾に当たった駒の兵士はすぐにボロッと崩れ倒れる。
戦車に乗った弓兵のおかげでエジプト軍がやや優勢だ。ローマ軍をテストゥド戦術、歩兵集団が密集して盾を前と上に掲げつつ移動する戦術で前進させる。歩兵集団はエジプト兵からトマトの集中攻撃を受けるが崩れることなく耐えている。
(あー、そろそろ本気で眠たくなってきた)
そろそろ、このトマト投げ争いをやめさせよう。砂魔法でドラゴンを出し、無数のトマトブレスを兵士たちの頭上から放つと、全てがボロボロに崩れ戦争は終結した。
地図の上でボロボロになった兵たちの転がった残骸をしばらく眺め……ハッと我に返り散らかった砂を消しながら片付ける。うん。さっさと寝よう。
「クレオパトラたちもお休み~」
クレオパトラたちに手を振りながら消すと、白魔法を連打してすぐにベッドへ倒れ込む。
◆
数日後、ランチを食べ終え上機嫌で皿を洗っているとガレルさんの足元に玉ねぎの皮が転がっているのを発見する。
「ガレルさん、足元に――」
ビクッと身体を揺らしサッとサッと足元を見るガレルさんがホッとしながら言う。
「なんだ、玉ねぎの皮か」
ラジェのイタズラは効いているようだ。確かに玉ねぎの皮がサソリに見えないことはないけど……
「慣れていてもサソリは驚くものなんですね」
「ネズミ、目の前に急に現れたら驚く。同じ」
「ああ、確かに驚きますね」
断言しよう。猫亭にネズミはおりません!
でも、ラジェも意外に子供っぽい一面があるんだね。ん? そりゃ子供だからそうか。大人びて見えるがラジェは六歳の子供だ。
声に出して軽く笑えば、ジロリとガレルさんからジト目をくらう。
「困っている」
「ラジェと面と向かって話せば大丈夫ですよ」
「うむ、でもラジェが楽しいの、嬉しい」
ああ、そうか。ガレルさんは砂の国ではつらい環境にいたラジェが、イタズラをしながら普通の子供のようにはしゃいでいるのが嬉しいんだ。でもその反面、イタズラ自体には困っていて止めさせたいという気持ちもあるのか。
正直私のサソリ折り紙が発端なので、罪悪感はある。
「私に任せてください。やめさせることができると思います」
「大丈夫なのか?」
「まぁ、考えはありますよ」
「そうか……分かった」
ラジェに本物のイタズラを見せてやろう。グフフと一人笑いながら厨房を後にする。
その日の夕方、ラジェが三階に一人でいるところを狙う。
いたいた。一人で椅子に上りモソモソと何かをドアに仕かけたラジェが、口角を上げていた。見れば部屋のドアの上にたくさんのサソリの折り紙を入れた砂の袋を仕かけていたラジェがいた。
(あんな量の紙をどこから――あ、あれは薬包紙だ)
ドアの前にガレルさんが立ったら袋を割ってサソリを落とす作戦か。
――ラジェ、現行犯です。
さて、砂魔法で砂を生み出し、サラサラと地面に落とす。
そうして創り出した砂を、満足そうに自分の仕かけたサソリ砂袋を見上げるラジェの背後へと向かわせ、ラジェに見つからないようにゆっくりとサメを形成していく。
前回はびっくりしたラジェの砂槍攻撃でサメがめった刺しにされたけど、今日はちゃんと水のプロテクションで守っているから大丈夫だ。前回同様サメは大口で歯がむき出しのスタイルだ。形成が終わり、サメ映画のテーマソングを小声で歌う音を風魔法に乗せてラジェへ送る。
歌に釣られ振り向いたラジェの悲鳴が聞こえる。
「ぎゃああああ」
声を押し殺して笑っていると、ドアが壊れて落ちる音がした。あ……
急いで駆け寄ると辺りには散乱した砂と折り紙のサソリ、それから金具の蝶番が壊れ床に倒れたドアがあった。
ラジェはサメに驚いたあまり大量の砂を出してしまい、その勢いでドアを押し倒してしまったようだった。怪我はないようでよかった……倒したドアの上で腰を抜かしていたラジェに手を差し伸べる。
「ミリーちゃん……?」
「ごめん。やりすぎた……」
マリッサの声が聞こえたのでサメを急いで消す。ラジェも砂を急いで消し、辺りには大量のサソリの折り紙と、部屋の中に倒れたドアだけが残った。
「さっきのは一体なんの音なの!」
現場にやってきたマリッサが辺りを見回して目を見開く。あ、状況を説明しないと――
「お母さん――」
「なにこれ! む、虫なの? きゃああああ」
その後、ドアはちゃんと直ったけど、ラジェと私はこってりマリッサに怒られ、次にガレルさんに怒られ、最後にジョーに怒られた。
はい。反省しています。
リフォーム終了
今日はリフォームが終了した菓子店リサの確認をする日だ。
「ジェームズ、こちらに」
「はい、ミカエルさん」
ミカエルさんに続き馬車を降りると以前とは全く違う店があった。
あの色落ちしたアイボリー一色の外観だった建物とは思えないほどに見栄えがよくなっている。シンプルな木目調に統一した壁に窓枠はミントグリーンが映えている。色のチョイスは当たりだったね。ドアの横には、水色のシェル型の壁面看板に白色の落ち着いた筆記体のような字で『菓子店リサ』と書かれてあった。外装は想像していたより良い仕上がりだと思う。
扉を開け、お店の中に入る。
(あれ? こんなに広くてオープンな感じだったかな?)
以前あったカウンターは完全に撤去された店内は覚えていたよりも広い。あのカウンター、結構場所を取っていたのか。
厨房から出てきた大工のリーさんが挨拶する。
「ミリー様、お久しぶりです」
「おはようございます。看板、希望通りの物をありがとうございます」
「気に入っていただけてよかったです。内装もご確認お願いします」
リーさんは丁寧にリフォームした場所を説明する。相変わらず小柄だけど、魅力的なメリハリのあるボディだ。
「表の床はご希望通り全て張り替えました」
「希望通りの色でうれしいです」
新しく張り替えられた床のナチュラルな木目の色がいい感じだ。
ショーケースはまだ届いてない。ミカエルさんによると、あの日、複層のガラスの結露を取り除くヒントを得たボリスさんは数日こもって一気にショーケースを完成させたらしい。今週中には届くそうだ。結局、ショーケースに必要な乾燥剤には木の魔物の樹皮を使ったそうだ。その魔物は、木の根で捕らえた動物などの血や水分を全て吸収するらしい。魔物は植物まで凶暴だ!
冷蔵の必要がない菓子を置く棚やテーブルはすでに設置されている。ショーケースが揃えば、なかなかオシャレな雰囲気になりそうだ。
ダイニングエリアの壁はミントグリーンと白だ。淡い色合いが丁度いい。このミントグリーンの色は何から作っているのかな。
「淡い緑が綺麗ですね。これはどうやって作るのですか?」
「ジャイアントトータスという魔物の甲羅についている緑藻から取れた色ですね」
「亀!」
亀も凶暴なのか尋ねると繁殖期以外比較的温厚だそうだ。温厚な魔物もいる――
「繁殖時期は噛みついて離さないそうですが」
「はは。そうなんだぁ……」
苦笑いをしながらリーさんから目を逸らす。魔物はやっぱり危険だ。
一通りダイニングを確認が終わる。テーブルと椅子も新品のように修復されている。リーさん、凄いな。アイボリー色を上塗りしたトイレも確認する。清潔感があっていいんじゃないかな。
「厨房にはほとんど手を加えておりませんが、壁の汚れが目立つ一面だけは同じようなアイボリー色で上塗りしております」
コンロの近くの壁か。確かにあそこは擦ったような黒ずみが目立っていた。クリーンをかけたが取れなかったので、傷だったんだと思う。今はそんな黒ずみが存在したとは分からないほど綺麗に上塗りされている。
厨房には、すでに調理器具や食器が運び込まれていた。氷室もすでに設置されている。
氷室を見上げる。この大きさの氷室は初めて見る。前世のウォークイン業務用冷蔵庫並みに大きい。
「大きいですね」
「ええ、この大きさは広い高級食事処か貴族の住宅に置かれるサイズですね」
このサイズの氷室はそれなりの氷の魔石の供給が必要だという。費用が嵩張るのでこの大きさの氷室はレアだとミカエルさんがいう。まぁ、私も氷魔法使えなかったらこのサイズの氷室を置くのは却下していたけどね。氷室を開けて中を覗くとすでに冷え冷えだった。猫亭の氷室とは違い奥行きも広く棚の数も多い。そして何よりも大人が屈む必要にない高さだ。素晴らしい。
「そんな顔をするな。王都の近くの森で現れたことはないから大丈夫だ」
キラービーの生息地が高地だと聞き、一安心したところで煮沸消毒の終わった瓶にトマトを詰めて熱した塩水を入れる。最後はコルクで栓をして蝋で閉じる。
完成したトマトの瓶詰めたちを並べ、額の汗を拭く。
「できた! それにしても凄い量だね。あれ? ここにまだたくさんトマトが余っているよ」
「それは、今日の夜に食堂で出そうと思ってたやつだ。サミコ酢とトマトがよく合うんだよ」
サミコ酢はジョーと共に作ったバルサミコ酢もどきのものだ。さすがジョーだ。トマトはきっとサミコ酢と合う。ジョーはサミコ酢と出会ってからずっとハマっている。最近は、トマトにオリーブオイルとサミコ酢をかけてカッテージチーズをまぶした一品を食堂の裏メニューとして出しているらしい。
「この量のトマトをサミコ酢だけで使い切れるの?」
「まぁ、買いすぎたな」
「じゃあ、私も作りたいものがある。トマトソルトもそれに使えるよ」
トマトならブルスケッタを作ろう!
ジョーが恐る恐る尋ねる。
「菓子か?」
「お酒に合うおつまみだよ」
「それはいいな」
ジョーが嬉しそうに笑う。菓子店のお菓子の試作などで甘い物ばかりを作る苦悩の日々からジョーはまだ復活していないようだ。
ブルスケッタならジョーも絶対気に入る一品のはずだ。カサカサと台所を漁るが、ハーブの材料が足りない。うん。もう開いているだろうし、薬屋へ行こう!
「足りないものがあるから買い物に行ってくるね」
「……ジゼルのとこじゃねぇよな?」
「そんなこと……ないよ。お父様」
訝し気に尋ねるジョーにニッコリと微笑みダッシュをして厨房を去る。
「おい、ミリー!」
「行ってきまーす!」
ジョーの制止を無視して猫亭を飛び出し薬屋へとやってきた。バジルを手に入れるためだ。ゴードンさんは森へ薬草を採りに行くことが多いけど、バジルなどの基本の薬草は裏庭で栽培している。
店番をしていたゴードンさんに挨拶をする。
「おはようございます!」
「おや。ミリーちゃんじゃないか。久しぶりだね。マイクならジゼルと早朝から森へ出かけてるよ」
「実は今日はバジルを分けていただきたくて……」
ゴードンさんが心配そうに尋ねる。
「誰か咳が酷いのかい?」
「いえ、料理に使うためです」
「ははは。ジゼルが言っていたな。薬草について奇妙な使い方すると。料理だったら新鮮なのがいいだろう。裏庭にあるからついておいで」
ゴードンさんに裏庭へと案内される。前に訪れた時より全体的に生い茂っていて、まるで小さな森だ。
庭の中でも綺麗に咲く紫陽花が一際目立つ。雨季に咲くと思っていたけど、この時期に満開だ。とても丁寧に手入れがされてあるのが分かる。
「その花は解毒剤にもなるがジゼルの好きな花でね。ほとんど観賞用だ」
「綺麗ですね」
ゴードンさんが優しく笑い、バジルを取り分ける。
「一房で足りるかい?」
「はい。十分です」
ゴードンさんにバジルの代金を払い、猫亭へ戻ると食堂ではラジェとマルクがテーブルを拭き、厨房ではジョーとガレルさんが朝食の準備をしていた。
「ミリーちゃん、おはよう」
ラジェとマルクが声を合わせ挨拶する。
「おはよう」
「ミリー、戻ったか。朝食はソーセージとトマトのスープにパンと卵だ」
ジョーから渡された朝食を三人で並んで食べ、今日も大賑わいの朝食の客をマルクと捌く。朝食の片付けが終わるとジョーからトマトの皮の載ったトレーを渡される。トマトの皮はよい具合に乾燥したね。
「これをどうすんだ?」
「じゃあ、早速トマトソルトを作ろう! お父さん、ゴリゴリの時間だよ」
「ゴリゴリか。分かった」
ゴリゴリとジョーが杵と臼で乾燥したトマトの皮を砕いていく。トマトソルトの完成だ。
「赤っぽい塩になったな。少し粗めだが、これで完成なのか?」
「うん。シンプルにトマトにかけて――はい! お父さん、食べてみて」
生トマトに軽くトマトソルトをかけたものをジョーに差し出す。トマトを一口食べたジョーが頷きながら言う。
「おお、甘みが増したぞ」
「美味しいでしょ?」
「ああ、これはいいな」
ジョーも太鼓判のトマトソルトが完成したので、次に作るのはブルスケッタだ。丁度時間の経ったバゲットもあったしね。バゲットといっても丸い形のカンパーニュに近く、硬い外皮にサクサクの中身で、もちっとはしていない。だから通常、このパンはシチューなどにつけて柔らかくして食べる。でも、ブルスケッタを作るのにはいい感じのパンだと思う。
早速パンを切るが――くっ。私の力とこの包丁じゃ切れない。今度、鍛冶屋でパン切り包丁でも作ってもらおうかな……
「ミリー、ひっくり返して後ろから包丁を入れろ」
結局、パンはジョーに全部切ってもらった。
適度に薄くスライスしたパンにオリーブオイルを塗り、オーブンで焼く。焼き上がったら、今度はガーリックをパンに塗りトマトソルトをかける。
「トマトはこの大きさでいいか?」
「うんうん。それでトマトとバジルをオリーブオイルとサミコ酢で和えて、パンの上に置いたら完成だよ」
「見栄えが良いな」
モッツァレラチーズ欲しいな。ミルクを固めるレンネットがなくても、カッテージチーズと同じでミルクと酢でできたよね? 元々は水牛の乳からできたのがモッツァレラチーズだけど、この国に水牛っているのかな? まぁ、こちらのミルクは普通に使えるから問題ない。この国にもチーズはあるのだけど、レンネットはやっぱり前世と同じで子牛の胃袋を使用しているのかな?
フレッシュチーズは売ってないが、ハードタイプのチーズはミルクを販売しているお店でよく見かける。チーズは丸く、どれも大きい。猫亭でも丸一個を購入している。
丁度、ランチのパスタ用にカウンターに出ていた大きなハードチーズを削っているガレルさんを眺めているとジョーが尋ねる。
「なんだ? チーズをそんなに見て。トマトにかけたいのか? カッテージチーズのほうがいいだろ?」
「そうだね。さすがお父さん。カッテージチーズもかけよう」
カッテージチーズは以前ラザニアを作った時にミルクと酢で作っていた。ジョーはそれから時折カッテージチーズを作っているので、慣れた手つきであっという間に白く美味しそうなフレッシュチーズができる。
赤いトマトに白いチーズが映える夏のおつまみにぴったりの色合いのブルスケッタが完成する。これを見るとワインが飲みたくなる……この国での成人は十六歳だが、その前からお酒を嗜む人は多いらしい。さすがに七歳で酒を飲むのは早すぎるけど……
ブルスケッタをサクッと一口食べる。ガーリックの香ばしさ、トマトの甘さにバジルが香る。よい塩梅だ。ブルスケッタを食べながらジョーがニヤニヤと笑う。
「ミリー、また酒に合う物を作ったな」
「えへへ」
「ガレルもこれ食ってみろ」
パスタの準備をしていたガレルさんが手を止めブルスケッタの匂いを嗅ぐと、大きな一口で全てを食べ咀嚼して飲み込む。
「これは、美味い! 混ぜている薬草、この使い方、初めて」
「美味しいでしょう? パンは、あそこに置いてあった古くなったやつを使ったんだよ」
「ミリー嬢ちゃん、凄いな」
「えへへ。ガレルさんには特別にもう一つあげるね」
褒められたので嬉しくなってガレルさんにブルスケッタを渡すと、ジョーが拗ねたように言う。
「ミリー、父さんのは?」
「お父さんは、もう五個も食べたでしょ!」
「美味すぎてな、つい」
その後、トマトのブルスケッタは猫亭の夏の裏メニューになった。ジョーはトマト以外にも、ハムと野菜やベーコンとナツメヤシのブルスケッタなどを作った。
一時、まかないの夕食が毎日ブルスケッタになりみんなは美味しく食べてたが、ジークには不評だった。生のトマトはジークにはまだ大人の味だったのかな? ケチャップを食べた時は平気だったのにね。
◆
ブルスケッタが裏メニューになった数日後。
今日はマイク、ラジェ、それからマルクとともにたくさん遊んだので少し疲れた。夜の勉強を一緒にしていたラジェとマルクは睡魔に負け、仲良くソファで眠っている。軽く欠伸をするとマリッサに声をかけられる。
「ミリー、もう寝るの?」
「うん。お母さんは?」
「もう少し繕い物をしたら寝るわ。夏はいつまでも明るいから、夜の営業も長くなっているみたいね。マルクとラジェはいつの間にか眠ったのね」
二人に薄手のブランケットをかけるとラジェのポケットからサソリの折り紙が見えた。数日前にガレルさんからサソリを見せられたラジェは、その折り方を尋ねてきた。
折り紙の楽しさを教えるためにラジェにサソリの折り方を教えたつもりだったけど……ラジェは、たまに魔法で作った砂山の中からサソリの折り紙を覗かせてガレルさんにイタズラをしているらしい。
実は今日、やんわりとガレルさんから苦情を言われた。
部屋の扉を閉めて再び欠伸をする。
「さて、今日はどうやって魔力を消費するかな」
そういえば、古代エジプトで頭にサソリが乗った女神がいたよね。前世のエジプト展で初めて見た時は、頭にどんとサソリが乗った女神に結構びっくりした。確か猫の顔の女神もいた。魔力の消費の多い砂魔法でサソリと猫の女神を作る。
頭にサソリが乗った女神と猫フェイスの女神が完成するが……どちらも体型が魅力的すぎる。もっとスレンダーなイメージで作ったはずなのに。よし、削ごう。
シャカシャカと砂の形を風魔法で整える。
「あれ? 今度はまな板みたいになってしまった……」
もっとこう、リンゴくらいの膨らみを出したい。モコモコと砂を追加すれば――完成! いい感じだ。
古代エジプトと言えば、クレオパトラだよね。次はクレオパトラの制作に取りかかる。
絶世の美人と謳われているけど、実際はどんな顔だったのだろう。とりあえず、彫りの深い美人を作ってみる。なかなかの美人な仕上がりに満足する。
主役は揃ったので、三人とお茶会を開く。茶会の客人は女神の二人とクレオパトラだ。砂魔法で豪華なテーブルとお菓子を並べる。砂魔法で作った物なので食べることができないのが残念だ。
「カエサル! お茶を持ってきて!」
クレオパトラと恋に落ちたカエサルの像も以前一度見たことがあった。とはいえあんまり覚えていないから、急遽砂魔法で作ったカエサルは前髪短めで彫りが深い皺増しの男性にした。彼には執事役をやってもらう。
うーん。これくらいの魔法量じゃ全然魔力が減らない。とりあえず、全員の頭の上にライトで天使の輪をつける。わぁ……一際サソリが神々しくなった。
魔力もまだまだあるし、砂で作ったお菓子を消して卓上に立体マップを作る。今からやるのはウォーシミュレーションだ。
地図の北にローマ兵を配置、南にはエジプト兵を置く。
ローマ兵は騎士、歩兵、騎兵を砂魔法と水魔法で練り上げる。エジプト兵は歩兵、馬に引かれた古代の戦車に弓兵を乗せた。それぞれの兵士の大きさはチェスの駒ほどだ。細かい作業は、結構魔力を消費する。
さぁ! 戦争の時間だ。
戦い方はもちろんトマトの投げ合いだ。水魔法と土魔法で作った小さなトマトを兵士に装備して投げ合いを開始する。
天国と地獄の曲を口ずさみながら、トマトを投げる兵士たちを眺める。トマト弾に当たった駒の兵士はすぐにボロッと崩れ倒れる。
戦車に乗った弓兵のおかげでエジプト軍がやや優勢だ。ローマ軍をテストゥド戦術、歩兵集団が密集して盾を前と上に掲げつつ移動する戦術で前進させる。歩兵集団はエジプト兵からトマトの集中攻撃を受けるが崩れることなく耐えている。
(あー、そろそろ本気で眠たくなってきた)
そろそろ、このトマト投げ争いをやめさせよう。砂魔法でドラゴンを出し、無数のトマトブレスを兵士たちの頭上から放つと、全てがボロボロに崩れ戦争は終結した。
地図の上でボロボロになった兵たちの転がった残骸をしばらく眺め……ハッと我に返り散らかった砂を消しながら片付ける。うん。さっさと寝よう。
「クレオパトラたちもお休み~」
クレオパトラたちに手を振りながら消すと、白魔法を連打してすぐにベッドへ倒れ込む。
◆
数日後、ランチを食べ終え上機嫌で皿を洗っているとガレルさんの足元に玉ねぎの皮が転がっているのを発見する。
「ガレルさん、足元に――」
ビクッと身体を揺らしサッとサッと足元を見るガレルさんがホッとしながら言う。
「なんだ、玉ねぎの皮か」
ラジェのイタズラは効いているようだ。確かに玉ねぎの皮がサソリに見えないことはないけど……
「慣れていてもサソリは驚くものなんですね」
「ネズミ、目の前に急に現れたら驚く。同じ」
「ああ、確かに驚きますね」
断言しよう。猫亭にネズミはおりません!
でも、ラジェも意外に子供っぽい一面があるんだね。ん? そりゃ子供だからそうか。大人びて見えるがラジェは六歳の子供だ。
声に出して軽く笑えば、ジロリとガレルさんからジト目をくらう。
「困っている」
「ラジェと面と向かって話せば大丈夫ですよ」
「うむ、でもラジェが楽しいの、嬉しい」
ああ、そうか。ガレルさんは砂の国ではつらい環境にいたラジェが、イタズラをしながら普通の子供のようにはしゃいでいるのが嬉しいんだ。でもその反面、イタズラ自体には困っていて止めさせたいという気持ちもあるのか。
正直私のサソリ折り紙が発端なので、罪悪感はある。
「私に任せてください。やめさせることができると思います」
「大丈夫なのか?」
「まぁ、考えはありますよ」
「そうか……分かった」
ラジェに本物のイタズラを見せてやろう。グフフと一人笑いながら厨房を後にする。
その日の夕方、ラジェが三階に一人でいるところを狙う。
いたいた。一人で椅子に上りモソモソと何かをドアに仕かけたラジェが、口角を上げていた。見れば部屋のドアの上にたくさんのサソリの折り紙を入れた砂の袋を仕かけていたラジェがいた。
(あんな量の紙をどこから――あ、あれは薬包紙だ)
ドアの前にガレルさんが立ったら袋を割ってサソリを落とす作戦か。
――ラジェ、現行犯です。
さて、砂魔法で砂を生み出し、サラサラと地面に落とす。
そうして創り出した砂を、満足そうに自分の仕かけたサソリ砂袋を見上げるラジェの背後へと向かわせ、ラジェに見つからないようにゆっくりとサメを形成していく。
前回はびっくりしたラジェの砂槍攻撃でサメがめった刺しにされたけど、今日はちゃんと水のプロテクションで守っているから大丈夫だ。前回同様サメは大口で歯がむき出しのスタイルだ。形成が終わり、サメ映画のテーマソングを小声で歌う音を風魔法に乗せてラジェへ送る。
歌に釣られ振り向いたラジェの悲鳴が聞こえる。
「ぎゃああああ」
声を押し殺して笑っていると、ドアが壊れて落ちる音がした。あ……
急いで駆け寄ると辺りには散乱した砂と折り紙のサソリ、それから金具の蝶番が壊れ床に倒れたドアがあった。
ラジェはサメに驚いたあまり大量の砂を出してしまい、その勢いでドアを押し倒してしまったようだった。怪我はないようでよかった……倒したドアの上で腰を抜かしていたラジェに手を差し伸べる。
「ミリーちゃん……?」
「ごめん。やりすぎた……」
マリッサの声が聞こえたのでサメを急いで消す。ラジェも砂を急いで消し、辺りには大量のサソリの折り紙と、部屋の中に倒れたドアだけが残った。
「さっきのは一体なんの音なの!」
現場にやってきたマリッサが辺りを見回して目を見開く。あ、状況を説明しないと――
「お母さん――」
「なにこれ! む、虫なの? きゃああああ」
その後、ドアはちゃんと直ったけど、ラジェと私はこってりマリッサに怒られ、次にガレルさんに怒られ、最後にジョーに怒られた。
はい。反省しています。
リフォーム終了
今日はリフォームが終了した菓子店リサの確認をする日だ。
「ジェームズ、こちらに」
「はい、ミカエルさん」
ミカエルさんに続き馬車を降りると以前とは全く違う店があった。
あの色落ちしたアイボリー一色の外観だった建物とは思えないほどに見栄えがよくなっている。シンプルな木目調に統一した壁に窓枠はミントグリーンが映えている。色のチョイスは当たりだったね。ドアの横には、水色のシェル型の壁面看板に白色の落ち着いた筆記体のような字で『菓子店リサ』と書かれてあった。外装は想像していたより良い仕上がりだと思う。
扉を開け、お店の中に入る。
(あれ? こんなに広くてオープンな感じだったかな?)
以前あったカウンターは完全に撤去された店内は覚えていたよりも広い。あのカウンター、結構場所を取っていたのか。
厨房から出てきた大工のリーさんが挨拶する。
「ミリー様、お久しぶりです」
「おはようございます。看板、希望通りの物をありがとうございます」
「気に入っていただけてよかったです。内装もご確認お願いします」
リーさんは丁寧にリフォームした場所を説明する。相変わらず小柄だけど、魅力的なメリハリのあるボディだ。
「表の床はご希望通り全て張り替えました」
「希望通りの色でうれしいです」
新しく張り替えられた床のナチュラルな木目の色がいい感じだ。
ショーケースはまだ届いてない。ミカエルさんによると、あの日、複層のガラスの結露を取り除くヒントを得たボリスさんは数日こもって一気にショーケースを完成させたらしい。今週中には届くそうだ。結局、ショーケースに必要な乾燥剤には木の魔物の樹皮を使ったそうだ。その魔物は、木の根で捕らえた動物などの血や水分を全て吸収するらしい。魔物は植物まで凶暴だ!
冷蔵の必要がない菓子を置く棚やテーブルはすでに設置されている。ショーケースが揃えば、なかなかオシャレな雰囲気になりそうだ。
ダイニングエリアの壁はミントグリーンと白だ。淡い色合いが丁度いい。このミントグリーンの色は何から作っているのかな。
「淡い緑が綺麗ですね。これはどうやって作るのですか?」
「ジャイアントトータスという魔物の甲羅についている緑藻から取れた色ですね」
「亀!」
亀も凶暴なのか尋ねると繁殖期以外比較的温厚だそうだ。温厚な魔物もいる――
「繁殖時期は噛みついて離さないそうですが」
「はは。そうなんだぁ……」
苦笑いをしながらリーさんから目を逸らす。魔物はやっぱり危険だ。
一通りダイニングを確認が終わる。テーブルと椅子も新品のように修復されている。リーさん、凄いな。アイボリー色を上塗りしたトイレも確認する。清潔感があっていいんじゃないかな。
「厨房にはほとんど手を加えておりませんが、壁の汚れが目立つ一面だけは同じようなアイボリー色で上塗りしております」
コンロの近くの壁か。確かにあそこは擦ったような黒ずみが目立っていた。クリーンをかけたが取れなかったので、傷だったんだと思う。今はそんな黒ずみが存在したとは分からないほど綺麗に上塗りされている。
厨房には、すでに調理器具や食器が運び込まれていた。氷室もすでに設置されている。
氷室を見上げる。この大きさの氷室は初めて見る。前世のウォークイン業務用冷蔵庫並みに大きい。
「大きいですね」
「ええ、この大きさは広い高級食事処か貴族の住宅に置かれるサイズですね」
このサイズの氷室はそれなりの氷の魔石の供給が必要だという。費用が嵩張るのでこの大きさの氷室はレアだとミカエルさんがいう。まぁ、私も氷魔法使えなかったらこのサイズの氷室を置くのは却下していたけどね。氷室を開けて中を覗くとすでに冷え冷えだった。猫亭の氷室とは違い奥行きも広く棚の数も多い。そして何よりも大人が屈む必要にない高さだ。素晴らしい。
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