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シニア付き添いサービス
しおりを挟むおばあちゃんの家で見かけた、シニア付き添いサービスの案内が載ったチラシ。それを眺めて私は思う。最近、シニアの付き添いを代行してくれるサービスが増えてきた。付き添いだけなら簡単なんじゃないかと思われるかもしれないけれど、これがひっじょーにキツい。まず、シニアにはこれまで生きてきた価値観や生活があって、それを強固に守っている。これを無視したり、軽視するようなことがあれば、途端にシニアは心を閉ざしてしまう。関係性が悪くなれば、当然付き添いにも支障が出てくる。そのため、付き添う者は、じっと待つ。この忍耐力が不可欠だ。早く目的地に行きたいのはやまやまだが、急がば回れ。シニアの儀式のようなルーティーンを見守るしかない。更に、会話にも忍耐が必要となる。シニアは認知症でなくとも、似たような話を何度もしてしまう場合がある。ここで『さっきもお話してくださいましたね』なんて言ったら彼らの機嫌を損ねてしまう。そのため、リアクションは常に初めて聞いたという体で行わなければならない。
そんなことを考えつつ、今日はおばあちゃんが買い物に行きたいと言うので付き添いだ。そう、私は身内というだけでシニア付き添いサービスを無料で提供している。おばあちゃんのことは大好きだからいいんだけどさ、おばあちゃんにも儀式のようなルーティーンがあるのだ。私は忍耐をフル活用しておばあちゃんを見守る。おばあちゃんはまず、顔を洗って、クローゼットの中から服を探す。そこでは九割がた探し物が見つかってしまうので、それを元あった場所へと戻す。それから、熱中症にならないように麦茶を飲んで、再びクローゼットへと戻る。ゆっくりとした手つきで服を探し、着替えたかと思えば、今度は何かを探している。
「おばあちゃん、何探してるの?」
「……ネックレスが、ないのよ」
「どんなネックレス?」
「……優造さんに買ってもらったの」
「ああ、お気に入りのやつね」
優造さんというのはおじいちゃんのことだ。私が戸棚からおばあちゃんお気に入りのネックレスを取り出すと、おばあちゃんの顔が綻ぶ。
「そうそう!これよこれ!ありがとう」
おばあちゃんは早速ネックレスを身に着けると、トイレへと向かう。トイレから戻ってきたおばあちゃんは部屋の前で立ち尽くしている。次に何をするか忘れてしまったのだろう。私は化粧台の前に案内する。すると、思い出したように案内された場所に座った。
「私最近手が上手く動かなくて。お願いね」
「はーい」
簡単な化粧を施すのは私の役目だ。五分くらいで終えると、おばあちゃんは仏壇に向かい、手を合わせる。実はここが一番長い。何を考えているのかは分からないが、長いことお祈りをしている。もうここは辛抱強く待つしかない。お祈りが始まると私は紅茶を入れてゆっくり待つことにしている。この瞬間は目を離しても大丈夫なので一安心だ。
「千代さん、まだかのう」
先に痺れを切らしたのはおじいちゃんだった。そう呟いたのと同時期に、おばあちゃんが立ち上がった。その顔には涙が浮かんでいる。
「……優造さん、どこ?私を置いてどこに行ったの?」
おろおろと、迷子の子供のように泣くおばあちゃん。
「ここじゃよ、千代さん」
おじいちゃんが堪らず話しかけると、おばあちゃんはきょとんとした顔でおじいちゃんを見た。
「……どちら様ですか?」
おばあちゃんは認知症だ。孫も、夫であるおじいちゃんのことも忘れてしまっている。仲睦まじい夫婦であっただけに、おじいちゃんはショックだろう。おじいちゃんもほろほろと泣き出すのだ。
「どうして忘れてしまったんじゃ……」
「……ああ、泣いているわ。これ、どうぞ。使ってください」
おばあちゃんが差し出したのは、おじいちゃんからもらったハンカチだ。それを見て更におじいちゃんは泣いてしまうのだった。
二人をなんとかなだめて、おばあちゃんには化粧を再び施して、これでようやくルーティーンは終わり。そう、二人が泣くところもルーティーンの一部だ。おじいちゃんは辛いだろうな、と思いつつ私はおばあちゃんと外に出かける。
「優造さん、見つかるといいんだけど……」
夫を探しに出かける妻の姿を見るのはさぞかし辛いだろう。それでも涙を拭ったおじいちゃんは、優しくおばあちゃんに声をかけるのだ。
「無事に見つかるといいですね」
そう言うと、おばあちゃんはいつも満面の笑みで頷く。それはおじいちゃんが一番大好きなおばあちゃんの笑顔だった。
Fin.
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