1 / 1
魔王は勇者に殺されたい
しおりを挟む僕には生まれた頃から、太腿に奇妙な形の痣があった。太陽のような痣は他の人にはないようで不思議に思っていたが、ある日村の隣にある王国の騎士が僕を訪ねてきた。彼は僕に言った。
「あなたはこの世界の勇者です。世界を救ってほしいと、我が国の王があなたをお呼びです。すぐに来てください」
にわかには信じられない話だったが、この村は王国から多くの恩恵を受けており、逆らうことなどできなかった。不安そうに僕を見つめる幼馴染ルルを残して、僕は王国が用意した馬車で向かうこととなった。
勇者、という言葉は知っている。今から千年ほど前に魔王を封印した者の称号だ。しかし、それは大昔の話だ。自分はその勇者ではないし、自分に一体何の関係があるのだろう。
「よく来てくれた」
謁見の間で、王様が僕に労いの言葉をかける。
王様は言った。魔王が復活しようとしている、勇者と同じ痣を持つ自分は勇者なのだと。魔王を倒してほしい。褒美は何でも用意する、と。
僕はルルとあの村で、背筋が曲がってしまうまでゆっくりと長い時間をかけて愛を育んでいきたいと思っていた。しかし、王国に従わなければ村は貧窮するだろう。僕は頷く他なかった。
僕は旅に出た。幼馴染のルルに頼み込んで、彼女と一緒に。彼女が敵に傷付けられることがないように、僕は剣と魔法の特訓をした。勇者だからなのか上達は早いようで、僕はルルを守りながら魔物と戦うことが出来た。ルルはいつも僕を心配する。
「ユーキ、私も魔法を覚えたの!これで一緒に戦えるわ!」
僕は首を横に振る。
「ルル、君が傷付いたら僕は悲しいよ。だから、僕の後ろにいて?」
「……じゃあ、私はユーキが傷付かないように防御魔法を極めるわ!それならいいでしょ?」
「うーん……。それならいいか。でも、自分にも防御魔法をかけるんだよ」
「うん、分かった」
ルルの防御魔法のおかげで、魔物退治はスムーズになった。
僕が剣と魔法で魔物を攻撃し、ルルが防御魔法で魔物からの攻撃を軽減させる。僕とルルの相性は抜群だった。
僕らは長い旅の末、ついに魔王城に辿り着いた。最上階に位置する、禍々しく聳え立つ大きな扉。この先に魔王がいる。ルルが僕の手を握った。僕の手が震えていたからだった。
「私が精一杯補助するわ。だからユーキは思いっきり戦って。ユーキなら大丈夫」
「……ありがとう、ルル」
怖くて不安なのはルルも同じなのに、ルルは僕に笑いかける。それは女神のように神々しくて。僕は彼女の手を握り返す。僕らは顔を見合わせて、ゆっくりとドアを開けた。
広く豪華絢爛な部屋の奥に、誰かが座っていた。そいつは僕らに気付くとゆっくりと立ち上がった。
「ようやく来たか。待ちくたびれたよ」
そいつは一見すると人間だった。ぼさぼさの黒い髪に、酷い隈。だが表情は魔物のようだった。死して尚動く魔物そっくりの顔をしていた。今にも死んでしまいそうな姿は僕の想像していた魔王の姿とは正反対で、全く強そうには見えない。
「お前が魔王か」
「魔王……。そうだね、僕は魔王だ。早く戦おう」
魔王は様子を伺っているのか、攻撃をする様子はない。僕は試しに、炎魔法を魔王にぶつける。しかし、耐性があるのか全く効かなかった。他の魔法を当ててみても同様だった。流石魔王、と言うべきだろうか。僕はルルに補助を頼み、剣を構え走り出した。魔王は笑みを浮かべて僕を迎える。
「君が羨ましいよ。羨ましくて、憎らしい。彼女は僕のものなのに。さようなら、愛しき人……」
魔王は手を翳し、闇魔法を使う。僕は身構えたが、魔王の手から放たれた邪悪な魔法は僕の横を通り抜けた。僕は瞬時に理解する。ルルを守らなければ!しかし遅かった。ルルの悲鳴が聞こえ、彼女は地面に倒れた。僕は駆け寄り、彼女の身体を抱きしめた。
「ルル!ルル……!防御魔法を、どうして自分にかけなかったんだ!」
ルルは薄く目を開けて、僕の大好きな笑みを浮かべた。
「ユーリ、大好き。愛しているわ。必ず、魔王を……たお、してね……」
ルルはそう言ったきり、目を閉じた。だらりと垂れ下がった腕。頭が真っ白になる。ルルが、この世にいない?僕は、それから怒りで何をしたのか、よく覚えていない。気が付けば、瓦礫になった魔王城に、彼女を抱いて立ち尽くしていた。
「ルル、僕もそっちに行くからね」
僕は剣を左胸に宛てる。突き刺そうとしたが、叶わなかった。強固な防御魔法がかけられていたからだ。僕は何度も何度も剣を突き立てるが、死ねなかった。僕は茫然とする。彼女のいない世界で一人で生きていくなんて、耐えられない。
ふと、目の前に魔王が倒れているのに気が付いた。息はしていない。奇妙なことに、魔王は安らかな顔をしていた。不思議に思い、魔王の姿を観察する。僕が滅茶苦茶に剣で切りつけたのだろうか、魔王の身体は傷だらけで、纏っていた服はボロボロになっていた。魔王の露になった太腿の痣。太陽のような奇妙な形の痣は、自分と同じだった。彼も勇者だったのか?今ならば分かる。此奴は、僕だ。早く死にたくて、ルルの元に行きたくて仕方なかった僕だったんだ。
僕は魔物に作らせた城の最上階にいる。僕を殺してくれる『勇者』をずっと待っている。
Fin.
20
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!
水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。
ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。
しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。
★ファンタジー小説大賞エントリー中です。
※完結しました!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる