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魔王絶対殺すマン

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「は! 滅相もありません。偉大なる王と麗しき女神様の姿を共に拝み見ることが出来、このゼウス至福の至りでございます」

 嫣然と微笑む女神に向かって、ゼウスは謹みを込めて挨拶を返す。

「固い床に膝をついたままでは、足が痛くなってしまいます。ゼウス、椅子に座りなさい」

 女神はその様子に満足したのか、ゼウスの前に椅子を生じさせると座るように促してきた。
 促す体でありながらも命令口調であった女神から、ゼウスは笑顔の裏に相当の怒りがあることを悟る。
 余計な謙遜は相手の反感を買うだけだと判断したゼウスは、

「女神様のお気遣い痛みいります」

と短く礼を述べ、無駄に仕立てのいい椅子に座る。
 その様子にウラノスは「一介の将が王と対等のような態度を取るなど!」と気色ばんだが、女神の長い 銀髪が首筋を撫ぜられると不服な顔をしながらも黙った。

「して、女神様。ガイアが魔王とはどういうことでしょうか?」

 女神に抑えられているとは言え、あまり長く我慢させてウラノスの反感を買うのも良くないし、単純に自分の気にかかっていることもあり、ゼウスは早速本題に切り込んだ。
 女神はその態度を好ましく思ったのか、ゼウスに流し目を送りながら質問に答え始める。

「あのものがなぜ魔王ですか? それはガイアがこれから行うだろう悪魔的な所業からです。奴はまずここ――ノースクラメルとイースバルツを混沌の海に沈め、それに飽きると自ら魔王であることを僭称し、六つの国をまとめて滅ぼします。この鬼畜の如き所業と自称していることからもわかる通り、あのものを魔王と言わない理由はないでしょう?」

「確かにそれが出来ればそうなのですが。一度に六つの国を戦争を起こし、なおかつそのうえで打倒する……。本当にそんなこと出来るのですか?」

 圧倒的な実力で自分を屈服させてきたガイアのことは知っているが、それでも彼が六つの国と戦争し、なおかつ勝つことが出来ることなどとはゼウスには信じられなかった。
 ゼウスの目測ではガイアが出来るのはノースクラメルほどの一つの大国と対等に戦うことくらいだ。
いくらなんでも手を取り合い、連携し、六つの神、六匹の帝龍を持っている大陸と戦うのは無理がある。
もし出来たとしたら、もうそれは人ではない。

「しますよ。絶対にします。あの魔王は大陸を滅ぼすのを。何度も何度も」
 
 ゼウスの疑問に対して、そう女神は断言した。
 その言葉には理由も、根拠もなかったが、そう言う女神の身から滲み出る悲壮感が真のものであり、謎の説得力があった。
 まだ疑義が残ってはいるが、話を止めるものではないので、陰鬱な世界に沈みかけている女神に話を促す。

「それを止める方法はないのですか?」

「あります!」

 じめついた態度から一転、女神は明朗快活とした声音で答える。
 まるでその仕草は待ってましたと言わんばかりだ。
 セールスに家にたまに訪れる商人に、悩みを相談するとよくこんな態度を取った気がする。
 女神は徐にゼウスに向けて近づいて来ると、目と鼻の先で女神は止まった。

「あなたはやはり、余ほど魔王ガイアをブチコ〇したいようですね。その意気込みに免じて、特別に教えてあげましょう」

 そう言って、もったいぶるように間を作り、女神は息を吸い込む。
 次の瞬間にはドスの効いた高い声がゼウスの鼓膜を揺らした。

「魔王を倒すには、アナタがガイアに接触し、戦闘と実力で信頼を勝ち取り、騙し討ちを行う事のみです」

 ゼウスは途中まで、自分の理想をなぞった女神の言葉に少し気分が高鳴ったが、後半の『騙し討ち』というワードで意気消沈した。

「何を怖気づいているのです。魔王に反乱容疑を被せるためのニューハーフ一揆の誘発。敵国への逃亡の誘導。すべてのお膳だてはすましてあるのです。ここでやらなきゃどこでやるというのです」

 ゼウスはさらっと女神がとんでもない事実を言うのを見逃さなかった。
 女神がガイアを嵌めたと自らの口で証言したのだ。

「女神様、ガイアを嵌めたのですか?」

「大事の前の小事です。罪のない人の子らの命を救うためには、時には心を鬼としなければならないのです。数多の命と一人の人間を陥れることなど、どちらを取るべきかなどすぐにわかるでしょう」

 嵌めたということで、この女神をこの場で切り捨てようかと思ったが、女神の言っていることに筋は通っており、更にゼウスの卓越した道徳心も味方し、至極まっとうな判断のように思えた。

「……魔王を討ち取るしか国の滅びは避けられないのですね?」

「ええ! それはもう! ではあなたは魔王の討伐を――」

「はい、受けます」

 なんかいいなあと思っている男と大陸の民の命。
 まっとうで聡明なゼウスは、民の命を選んだ。
 その返事を聞くと女神は気色ばんだように、ゼウスの顔に顔を至近させる。

「あなたの選択確かにこの耳で聞きましたよ」

 絶対に破らせないからなという強迫をにじませるような声音でそういうと、ゼウスに向けて神々しい光を下した。

「あなたの決意にこたえて、『セイクリッド』の才能の祝福を与えましょう。流石に剣の才能だけでは、騙し討ちしても攻撃力とクリティカルが足りませんからね。本来なら莫大な熟練度がいるものですからかなりの優遇ですよ」

 いたずらぽく笑うと、女神はゼウスに瀟洒な金色の剣を持たせた。

「それはセイクリッド『ライトニング』です。激レアアイテムなので大切に扱ってください」

 流れるような早業で次々とことを起こす女神に気後れしていると、女神はゼウスから距離を取る。

「早速魔王と接触して、実力を上げてください。ガイアを倒した暁にはノースクラメルの王にしてあげますからね。では、魔王を倒したその時に――」

 有無を言わせ態度で手続きを行い終わると、ゼウスは王城から前ガイアと戦った草原のど真ん中に一瞬で移動していた。




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