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四乃原 語 6

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中に入って、まず最初に出迎えたのは壁に並んだカラフルな液体が入った試験官と、
鼻を刺激する匂いだ。
部屋には明かりはなく、その試験官自体が発光してまるでディスコのように部屋の明かりとなって照らしていた。
窓は当たり前のようにカーテンが締め切ってあり、床には、分厚い本がまるで泥棒にでも有ったのかと思う程に散らばっている。
試しに気になった本を手に取ってみた。
「怒りの鎮め方……?」
てっきり科学の本ーーー部屋の感じからしてーーーかと思った僕は面食らった。
「……人の本を勝手に見るんじゃ無い」
僕はギョッとした。
思わず手にした本も落としてしまった。
「あ、”メローナ”。いたんですね~」
「ああ。久しいな、ジュノ」
メローナと呼ばれる女性は、見た目こそかなり幼げだったがいかにも”悪の天才科学者”のような風貌が異常なくらいマッチングしていた。
いつだったかに見た映画にこんなマッドサイエンティストがいた。
誰でも知っている作品だ。もっとも僕は知らなかったが。
「で?何の用だ。こんなぞろぞろ連なって、終いには部屋なんか荒らされたらたまったもんじゃ無いが?」
「ああ、説明しますね~。こちら、シノハラカタリさん。ちょっとした勘違いで私がクライスと間違った方です」
おいおい、先に紹介すべき、伝えるべき事柄があるんじゃ無いのか?
「クライス?…………まあ、似てはいるな。あの予言通りならこいつが若しくは救世主になるのか?」
「お弟子さまが言った預言のことですか?」
「ああ、真意は分からないがあの人が言うなら真実に違い無いだろう」
「私もそう思います~」
預言?
一体、何の話なんだろうか。
「ね、ねぇ?さっきから何の話?」
「………?なんだジュノ、まだ話して無いのか?」
「え?あ、そうでした~。まだ時期じゃないからと、思ったものだから先伸ばししてました~」
彼女が頭を掻くような仕草をした。
本当にのほほんとした人だ。
喋り方もそうだが、性格もそうみたいだ。
「少し長くなるかもしれないが、全部聞ける勇気はあるか?」
「ふぇ?」
「どうなんだ?」
みんなの視線が痛かった。
一点に僕に向けられ、僕は一瞬たじろいだ。
然し、聞かない限りはこの世界を知ることはできない。
それに、例え死後の世界であっても元の世界に繋がる何らかの手掛かりがあるんじゃないかとそう思っていた。
「き、聞くに決まってるだろ。僕にはこの世界がどんな世界なのか知る必要があるから」
それはこの世界を知る事で自分の居る状況を少しでも楽にしたいといった感情だった。
「分かった。じゃ、あんたはまだ何一つ知らないようだからまずこの世界の状況を簡単に説明する」
と、彼女は真っさらな壁に一枚の古びた地図を貼り出した。
それは僕の世界の世界地図に少し似ているが、けど部分的に違いがあった。
まず、オーストラリアがない。
あとは、アジアとかある大陸、確か”ユーラシア大陸”だったか。
あの大陸がかなり広大化していた。
「今世界は二つの勢力により分断されている。一つはサリフィスという皇国。光の地と呼ばれる大地を管理し、そこに住まう人々を統治している」
彼女はそう言いながら地図の左側を指差した。
「もう一つはラチェット家が統治するアルズガンド。これは貴族が統治している珍しい地だ。どうやって実権を握り大陸を手にしたかは本人たちに聞かなければわからないが、少なくてもその大地は”闇の地”と呼ばれているのだけはわかる」
そう話し、彼女は今度は右半分の大陸を指差した。
「その、光とか闇とかって大陸の呼び方は何なんだ? 何か意味とかあるのか?」
「ある。強いてあげるなら、それは二つの勢力の統治の仕方と危険度に由来していると言ってもいい」
「危険度?」
「そう。皇国サリフィス。かつては竜殺しの女王”アーナ・ソルシアス”が統治していたんだが、突然行方不明となって以来2代目皇帝”カイエル・サリフィス”が統治する事になった。…………行方不明となった理由は聞くな」
「何でだ?」
「聞くなと言ったろ。この世界じゃ、それを尋ねることはタブーとされている。まあ、そのおかげで竜が跋扈していた世界はようやく幕を閉じたからこちらとしてはラッキーなわけなんだがな」
どうしてか彼女の表情は暗かった。
「この地が光の地と呼ばれるのは最近の話なんだ。この世界で未曾有の災害が起き、それにより世界中で大量の死者が発生した15年前。人々がただ神の怒りであるとして祈りを捧ぐ事しか出来なかったとき。荒れた大地に1人の老師が現れた。素性は分からない。だが、彼が天にその手を掲げたとき、その奇跡は起きた」

天に、一心の光 導き
かの者 それ 身に得し 大地 注ぐとき
衰亡せし 大地に 再び 光明 戻る

「けど、反対にある者がその老師の力を奪い取ろうと画策していた。アルフレード・ラチェット。初代ラチェットの当主にして現アルズガンドの国王。その邪な心に身を委ね、彼は老師を殺害して世界で唯一無二の力を手にしようとした。けど、それ自体神をも冒涜する行為だった。天は彼に罰を与えた。彼が住まい、彼が統治する大陸に”光を失わせた”。そうしてその地には1年、いや2度と光を迎える事がない”闇の地”と呼ばれることになった。そして、それはそこに住まう人々にも影響を与えた。民の為に為すことを考え、永久の平和を掲げた初代サリフィス国王。絶対的自己的主義、それによる民への自分らへの絶対的忠誠を民に誓わせ、邪智暴虐な限りを尽くす現ラチェット家当主にして君主アルフレード。2人は互いの意識の違いとやり方についてずっといがみ合い、そして現在、二つの大陸は静かな戦争状態にある」
「…………それって」
まるで、冷戦だ。
僕はそう言おうかと思ったが、彼女たちに話したところで分かるはずもない。
だから、言おうとした口を再び閉じた。
「どうして、力が欲しかったんだろう」
「野心的なやつだからな。何もかもを手にしたいんだろうよ。私には、到底理解は出来そうもないが………」
「…………」
「あ、それでさっきの話なんですがね~」
「………なんつうか。その場の空気を破壊する話し方はどうにかならないのかな?」
「? 何がですかぁ?」
「………何でもない。 確か予言がどうとかってアレだね?」
「そうです。アレは確か半年前の事でした。老師の弟子だと名乗られる方が現れましてね、この世界に再び災いが訪れるから用心せよ、みたいなことを告げて何処かへ消えてしまったのですよ~」
「それが、 本当にかの人の弟子かどうかは定かじゃない。定かじゃないが、 かと言って無視することもできない。何が起きても不思議ではないからな、 この世界は。 私はその弟子が言ったその後の言葉が気になり探し続けた」
「その後の言葉?」
「 ”金紗の髪を持つ 青年を見つけろ” という言葉だ」
「……き、金紗?つまり金髪か。アレ?」
ちょうど僕は金髪だ。
うまい具合に、金髪だ。
「じ、じゃあ、僕なの?」
「それはまだ分からない。もう1人居るからな、金紗は」
「それが、クライスって人か」
「そうだ」
「何者なんだ、その人は?」
「さぁな。ジュノがある日連れてきたから私は知らん」
僕は彼女を見つめた。
「わ、私の偉大な目的の為に力になるって言って下さった方なんです! 凄いんですよ! 何がかは分からないんですが…、とにかく凄い方なんです!」
「説明になって無いよ」
「ぐ、ぐむぅ…………」
彼女の表情が情けないものになっていた。
見るに堪えない。
かたや、それを見てゴブリンが笑っている。
奇妙だ。
「とにかく、私たちは信じているんだ。その存在が現れる ”その瞬間を” ”その奇跡を” 。弟子が告げた言葉は眉唾かもしれないが、それでも今の世界の状況からしたなら、それは嘘であると決めつけるにはまだ早いと私は思っているんだ」
「…………研究者の勘?」
彼女の目が驚きに変わる。
「私が研究者であることをよくわかったな。まあ、もっぱら ”魔術理論” の開拓ばかり研究してる訳だが………」
「魔術理論?」
「そう、魔術理論。まぁ、難しい話だから1日じゃ語れない。時間に余裕があれば別だが」
「いや、無い…よね?」
僕は横にいたジュノに目線を交わす。
彼女はまったく聞いていなかった。
「で? ジュノたちはこれからどうするんだ?」
「はぐれたクライスと合流します。 まずはそれからです」
「手がかりも無いのに?」
「手がかりはそのうち見つかりますよー! 多分」
僕とメローナは2人頭を抱えてしまった。
脳内お花畑な奴ってこんな奴のことなんだろう。
それがはっきりわかった。
「此処から先にちょっと行ったら小さな村がある。 そこのエルフェンって人を頼ればいい。紹介状書いて渡しておくから、私からの紹介で来たとだけ告げればいい。後は教えてくれるはずだ」
「うん! ありがとうメローナ!!」
「はいはい。 そうだ、カタリ…だっけ?」
「はい?」
「”彼女には気をつけろよ”」
「え?」
彼女はそれだけを僕に告げ、僕らの背中を押して外へと出してしまった。


彼女には気をつけろよ?


一体、あれはどんな意味なんだろう。
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