隠し村の狐神〜異類婚姻譚〜

みなみ抄花

文字の大きさ
25 / 41
第三章

二十五話

しおりを挟む
 私はなぜ、今回の旅行にこの場所を選んだのだっけ……。
 そうだ、何かこの場に来なければいけないような気がしていたのだ。
 そもそもあんな山の中に一人で入っていくなど、普段の自分なら考えられないことだ。
 シンラが私を迎えにきたのも、おそらく必然だったのだろう。
 全てはあの事故から繋がっていたなんて……。

「志帆?」
「思い出した……全部……!」
 そう自覚した途端、体の中で自分の心臓とは違う、ドクンと脈打つものを感じた。
 腹の内側を何かがなぞるような感じがして、まるで突然息を吹き返したかように、体の中の命が明確に動き出す。
「あ……」
 私は慣れぬ感覚に思わず腹を抱えて疼くまった。
 痛いわけじゃないのだけど、中の違和感はすごい。

「志帆? もしかして苦しいの? 俺が今、その腹の中を消し……」
 私は首を横に振り、腹に手をかけようとするシンラを慌てて止めた。
「ま、待って、この子は消さないで。シンラにめとられ次の狐神を産むのは、16歳で死ぬはずだった私が生かされた代わりに負う役目……宿命だったの。両親が蒼髪の狐神に頼んだことへの恩を、今こそ返さなくちゃいけない」
 私の言葉を聞いたシンラは、どういうことかと大層驚いている。
「やっと全部思い出したの……」
「志帆、ちゃんと一から説明して……」


 私はシンラと部屋の中へ戻ったあと、六年前の事故のことや、黄泉の世界との狭間で実際に体験した蒼髪の狐神とのやり取りを、全てシンラに伝えた。
「あの山で俺が志帆を見つけたのは、偶然じゃなかったということか」
「たぶん……」
 おそらく、それも最初から決まっていたことだったのだと思う。
 最古の狐神が消えてしまった今となっては、詳しいことはよく分からないけども。
 そして、私の命を助けた蒼髪の狐神だけど皇蒼狐こうそうこという名前であったと、シンラから教えてもらった。
 現在、存在する神の中では一番古い狐神だったのだという。

「狐神は消える時に、次を指定できるなんて知らなかったよ。だから出現の仕方がバラバラだったのかもな。一度は志帆の命を助けた皇蒼狐こうそうこのことだ。志帆が神を産むのに耐えられるよう、すでに体を創り変えているかもしれない」
 本当にそんなことが?
 実際、痛みとか今は全然なくて、さっきまで感じていた違和感も薄まってきているのは確かだ。自分の体なのに不思議である。
「故人である志帆の両親と正式に契約していたのなら、おそらく可能……ふむ、それならば、これからも気にせず愛し合ったとしても、きっと構わないな」
 シンラ、今度は一体なんの話でしょうか。
 そして、今まさに綺麗な顔を近づけてきますけど……え、まさか……。

ちちさま、少しは自重してください』 
「……?」
「……は?」
 聞き覚えのない子供の声が突如、私たちの周りに響いた。え、一体どこから?
ちちさまは、ははさまに対してエロすぎます』
「……へ?」
「うそだろ」
 ちちさま、ははさま?
 これは……まさか、お腹の中から聞こえている?
『私は何年もははさまの中にいたのです。ちちさまがははさまに最初に注いだ時に、ようやく形ができました。まだその時は話せなかったですけど、今、ははさまが私を自覚したことで一気に成長が進みました』
 注いだとか言わないでください……。
 狐神の成長は早いと言っていたけども、さすがにこれは早すぎでは……それに……。

皇蒼狐こうそうこ様は、互いに愛すことができたら宿ると言っていたのに……そんな初めから、あなたは形ができたの?」
『そうですよ。そもそも初めて会った時からお二人は惹かれ合っていたじゃないですか。両方どストライクなくせに』
 どスト……そんな言葉、この子は一体どこから覚えたんでしょう。
「……俺はそうだったけど、志帆も?」
 シンラに顔を覗かれて、私の頬は真っ赤に染まった。
 そんな私をシンラは可愛いと抱き締めてくるから、さらに耳まで赤くなっていく。
 すると、シンラはゆっくり唇を重ねようとしてくるが……。
『ちょっと!』
「……なに」
ちちさまはもう、言ってるそばから……』
「別に今更だろう?」
 相手は狐神の胎仔たいじだからだろうか?
 シンラと同レベルに会話が成り立っていて、摩訶不思議だ。 

「この子の言う通りですよ、シンラ。少し抑えていただきたいものです……と、そういえばこの子の名前はどうしようかな。いつまでもじゃ可哀想。シンラたちの名前はやっぱり産んだ妖狐がつけたの?」
「これでも抑えてる方なのに……。名前はそう、妖狐は単純だから、髪の色とか見た目でつけるようだね。俺を産んだ妖狐は皇蒼狐こうそうこに近い身分の者で、その縁から俺は蒼狐そうこ神羅しんらと名付けられた。苗字まであるのは狐神でも珍しいよ」
 これでも抑えてるって、末恐ろしいのですけど……。
 シンラの名前はトウワさんたちと違って、本当にって感じですものね。
 最初に名前を教えてもらった時は、普通に凄い名だなと思っていましたが。
 そもそも神社のお家の人間だと勝手に思い込んでいましたし……。
 もちろん、他の狐神のお名前も素敵ですけれど。

『名前をつけてくださるのは嬉しいですね。私はたぶん、ははさまと同じ性別です。姿もははさまに似て生まれてくると思います。耳と尻尾はありますが』
「あなたは女の子の狐神なんですね」
「おい、娘、お前は生まれたら、即別室だからな?」
 シンラ、相手は狐神とはいえ、自分の子にいささか態度が冷たすぎでは?
ちちさまは大人気おとなげがないですね。まぁいいでしょう。あと二ヶ月も経たずに腹から出ていきますから、安心してください。そして、それでははさまが苦しむことも腹が膨れることもありません。今の私はははさまの腹の中に、別次元の空間を作ってそこで体を成長させていますから』
 はぃ?
 腹の中に別次元の空間?
 なんですか、その急なファンタジー展開は……。
 
「これはこれは……大層立派な力を持つ孝行娘であるな。志帆を苦しめないことには大賛成だが」
『さっきお腹を痛くしてしまったのは、まだその力が完全ではなかったから。でも、今は大丈夫です』
 なんだか、とんでもない話になってきました。
 ただの人間の私には到底、理解が追いつかない。
 そして、母体を気遣う赤ちゃんというのも凄いですね。
ははさまが人間なので、力の方はたぶん今のちちさまには遠く敵いませんが、私は私で優れた能力があります。まずはこの知能の高さと人に似た感情を生まれ持ったことですかね。きっと他にもペラペラ……』
「こいつ話せるようになったら、急にお喋りだなぁ。いつ切れるんだ」
「はは、可愛いですけどね……」
 変な話ではありますが、まだ生まれてもいないのに家族が一人増えたようです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...