上 下
2 / 3

2.あなたが今撒く種はやがて、あなたの未来となって現れる。

しおりを挟む
魔力も無い、スキルも無い、となればあとは剣術や武道か。
と思ったが筋トレと運動は大嫌いなので即却下だ。
となれば今俺に出来ることをするしかないだろう。

「ルイ様、剣術の稽古のお時間です。」
なんとも悪いタイミングで部屋に入ってきたのは黒髪長髪メイドのメリィだ。なんだかいつも淡々としていて俺に少し似ている。
「嫌だ。」
「嫌だではありません。早く行きますよ。」
そしてメリィに中庭まで引きずられた。
まぁ仕方ない。いつもの事だ。

稽古は何度もやっているが一向に上達しない上にモチベーションも無い。
「メリィ、これ本当に必要なの?」
「必要ですとも。特にルイ様には。ルイ様には魔力もスキルもありませんから、せめて剣術だけでも高めてもらわねば困ります。」
俺はメリィのその言葉に少しカチンと来た。

困ります?俺が魔力もスキルも持ってなくて1番困るのはおめぇじゃなくて俺だろ。こいつ家柄しか考えてねぇのか。

もう知らん、俺を怒らせたメリィが悪い。
そんなわけでメリィから1本とってさっさと稽古を終わらせた。

剣術の才能も体力も全てメリィに大きく劣る俺がどうやってメリィから1本取ったかって?

簡単な話だ。

1.俺はメリィには体格も体力も技術も全て劣る。攻撃を何本か剣で受けるのがやっとだ。

2.人間の構造には生物としての欠陥がいくつか存在する。

3.メリィの動きは複雑に見えて単純。メリィが攻撃をすれば俺が避けるか受ける、俺が攻撃をすればメリィは避けて攻撃する。

この3つの条件だけ分かっていればメリィに勝つことができる。

まず俺が攻撃をする。ポイントは相手が右に避けたくなるような攻撃をすること。つまり狙うのは左肩だ。
案の定メリィは右側に避ける。するとメリィは目で俺を追うことになる。つまりメリィの眼球は俺を見ているのだ。

ここで条件2「人間の構造には生物としての欠陥が存在する」

盲点はそのひとつだ。普段人間はそれを補うために両目から得た情報から盲点をカバーする。しかし片目だけなら視線を固定してしまえば簡単に盲点ができるわけだ。

俺がメリィの攻撃の予備動作の隙をついて、右目に手を当て視界を遮った時はメリィも驚いていた。

そして次に、メリィの眼球のサイズと動きから左目の盲点の位置を予測してそこに体を移動させる。
「中心窩から鼻側に15度ズレた場所」
そこが人間の盲点の位置だ。
そこからメリィの左目の焦点を消失点とし、一点透視図法を考える。そうすると、盲点がピンポイントで割り出せる。

あとはそこに移動するだけ。
すると、メリィから見ると俺が

「消えた?!」

ように見えるよな。
あとはそこから剣でつけば終わりってわけだ。

何かと堅苦しい説明になったが、要は俺がメリィの盲点から攻撃しただけだ。

といってもメリィは剣の達人。
最初からメリィは手加減していただろうが、剣で圧倒的に自分より劣る相手に負けるというのは武人からすればプライドに刺さるだろうな。

「また1本とられましたね。ルイ様の方が圧倒的に才能も技術も劣っているのに……不思議です。何か細工をしているのですか?」
メリィは疑いの目で迫ってきた。
「別に何も細工なんてしてない。人間の体ってのはある程度決まった形をしてるんだよ。つまり欠陥の位置なんてみんなほとんど変わらない。」
「ルイ様は……人間の構造を完全に理解しているのですか?」
「いや…そんなわけないじゃん。今持っている知識をどう使うか。それだけだ。別に全て理解する必要は無いんだよ。」
「……恐れ入りました……」
「まぁ俺には魔法もスキルも使えないからね。ココで勝ち上がっていくしかないんだよ。」
「そう……ですか……今日の稽古は以上です…」
メリィは、理由は分からないが少しホッとしたような顔をしていた。



言った通り、魔法もスキルも使えない俺が勝ち上がるには頭脳しかない。
しかしその頭脳と工夫も周りに知られなければ意味は無い。つまり種を撒く必要がある。

かの文豪、夏目漱石は言った。

「あなたが今撒く種はやがて、あなたの未来となって現れる。」

俺が何不自由なく暮らせる未来を手に入れるにはその種を今から撒かなければならないということだ。
魔法とスキルといった目に見える能力では圧倒的に周りに劣るが、知識と頭脳では俺は有能だということを周りに示さなければならない。

そういう意味ではこのメリィとの稽古も悪い手ではないのかもしれないな。

筋トレと運動は嫌いだけど!



しおりを挟む

処理中です...