当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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二章 無意味の象徴

93話 『自我』

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 バドルドは目を細めながら静かに走っていた

 山の上の空を揺蕩う群青も静かな茜にゆっくりと侵食されつつある頃、木々のざわめきは少し大きくなり始めている

「──ねえっ、バドルドさんっ!」

 木々をざわめかせる風となっているバドルドを呼び止めようと強めの語調で叫んではみたものの返事は返ってくる気配はやはり無い

 先程よりも強くなっている風の抵抗を受けて片目を瞑りもう片目を細めるとバドルドの毛に顔を埋めてみる

 ふわふわ、もふもふしてる。

 そんな感慨を抱きながらふと思い出した記憶の残滓に想いを馳せる。それはまだ、小学校に上がる前の話──……

 ……──その時はまだ、自分達の境目が曖昧だったっけ。

「ねえねえ! 何して遊んでるのー?」

 夕方の公園で『私達』が砂場で遊んでいると女の子が話しかけてきた。『私達』よりも大きい、フリフリのいっぱい付いている服を着たお姉さんだった。

「「おすなあそび」」

 二人一緒にお姉さんを見上げて答えた。お姉さんは笑いながら、ネコのぬいぐるみを抱えていて、『私達』が作っていた山を見下ろす。

「お山?」

 二人一緒に頷いて見せるとお姉さんはじゃあさじゃあさっ、とちょっと大きな声でやっぱり笑って『私達』の隣にしゃがんできた。

「私も混ぜてよ! すっごい大っきなお城作っちゃおー! にゃふふ……。そして私はそこのお姫さまになるっ!」

 何を言っているのかはよく分からなかったけれど、一緒に遊びたいって事は分かったから『私達』は頷いて、

「「うん。いいよ」」

 と答えた。

 でも、お姉さんと遊ぼうとしたらお家から出て来たお母さんに呼ばれて、帰るために立ち上がった。そしたら、お姉さんがちょっと寂しそうな顔になって笑っていたのが急に笑わなくなって、ちょっと心配になったけどすぐにまた笑った。

「私、今日引っ越してきたばっかりでお友達ぜんぜんいないんだー! だからさ、おねがいっ! お友達になって!」

 左右に、頭を近づけるみたいに首を傾けて顔の前で。両手を合わせて強くお願いするお姉さんの腕からぬいぐるみが落ちて、二人でそれを見てから、

「「おちた」」

 と指を指して教えてあげた。そしたらお姉さんがうにゃにゃ!? って大っきな声で慌ててそれを拾ってから悲しそうにもう一回『私達』を見てきたから二人で頷いた。

「ありがとっ! 私の名前は──」

「あっ! やっと見つけた!!」

 声がした方向を見てみると誰か、フリフリのいっぱい付いた白黒の服を着た女の人が公園の外の道路でこっちを指さして大きな目でこっちを見ていた。

「うげっ! ネネさん!」

「勝手にどっか行っちゃ危ないでしょうが!」

「ば、バイバイ! 私、明日もここに来るから! 良かったらまた遊ぼーね! わわっ、もう公園に……!」

 大っきく手を振って走って行くお姉さんを見て、『私達』も手を振った。

 そのお姉さんは後から走って来た大きいお姉さんから逃げて行って見えなくなったのを憶えている。
 ただ、あのお姉さんがきっかけで『私達』が、私とナツメになった。

 ──次の日も、そのお姉さんは公園に来ていた。その次の日も、そのまた次の日も、『私達』が公園に行く前に既に公園のベンチで座って待っていた。
 そして『私達』に気がつくと──、

「あ、おーい! こっちこっち!」

 お姉さんが手を振ったからちょっとだけ走って行ってあげたらお姉さんはとても喜んでいた。

「そ~言えばあなた達の名前、聞いてなかったね! なんて名前?」

 ちょっと恥ずかしそうに頭をかいて、お姉さんはそう言った。『私達』はお互いをチラッとだけ見てお姉さんに視線を戻して答えた。

「「ナツミと、ナツメ」」

「ほうほう。……分からないなぁ!? それで、どっちがナツミちゃんでどっちがナツメちゃん!?」

 そう聞かれて、『私達』は迷った。今まで、そんな事は考えた事も無かったから。『私達』はお互いの顔をジッと見詰めてどうしようか考えていたけど、私が最初にお姉さんの方に顔を向けた

「──私がナツミで、こっちがナツメ」

「うんうん! 分かった! こっちがナツミちゃんで、こっちがナツメちゃん!」

 左から順番に指を指して頷きながら納得した感じで腕を組んでいた。なんだか、それがすごく偉そうに見えたのはとても印象的だ。

「ねえねえ! 今日は何して遊ぼっか! ──そだ! おにごっこなんてどぉ!?」

「「うん。いいよ」」

「じゃー私がオニ! 十びょう──って、それじゃあこの公園はせまいなぁ……。じゃあ五びょう! 五びょう待つから逃げてね! 逃げて良いのは公園の中だけだから!」

 そうして数え始めたお姉さんに背を向けて、私がナツメに「行こっ」と声をかけてあげた。たぶん、それが初めての会話だった。初めての事に、頷き返してくれたナツメに、私は、嬉しくてついついニヤけてしまっていた。

「はい、次はナツミちゃんがオニね!」

 代わりに速攻でオニが交代した。

「逃げて、いい、よ……?」

「ぇ、ぁ……」

 二人してお互いの顔を見つめて首を傾けた。これが新鮮と言うよりも、なんだか分からなくて、なんだろう。今でもよく分かんないけど、なんかこう、同じなのに違うみたいに思って、私なのに私じゃないみたいな。あと、ちょっとだけ怖かった。

「どしたのー?」

 二人で走って来たお姉さんを見上げる。お姉さんは何も分かっていないような顔で首を傾けるだけだった。

「今はぁ、ナツミちゃんがオニだよっ!」

 ぐっ、と親指を立てて腰に手を当てた姿勢で白い歯をキラリと光らせ片目を閉じて楽しそうにこっちを見ていたのは今思い出したら少し面白い。

「じゃあ……」

 手を伸ばす。目の前にいたナツメに。指の先っぽが肩に当たって、ナツメはそこに目を向けた。

「ナツメが、オニ……」

「──ぅ、ん」

 この後すぐにお姉さんがナツメに捕まって、帰る時間までずっとおにごっこをし続けた。

『──ッッッ!』

「ぁ、ぅぅうッッ……!?」

 いきなり、木が目の前に見えた。ぶつかった。

「いッッッ──ぁが、ァあ!」

 今度は地面に背中からぶつかって、背骨が痛い……。

「な、に……が……?」

「ありがとう。封印を解いてくれて」

「あ……た、……ん、で……?」

 金色の綺麗な髪の毛が見えた。その綺麗な髪の毛は、あの子の腰にくらいまで伸びてて、足が見える。顔は、見たいけど痛くて立てない。首が、動かない……。

「えぇっと? この犬がエサなの? 『メィリル』?」

「ええ、そうよ。『ろーざ』。この子を殺せば後はどうとでもするわ」

 今この場所には、この子と私と、バドルドさんしかいないのに、知らない人の声が聞こえてくる。見えない所にいるのかな……?

「グォォルルルルルルルルルルルル……」

 低い、犬の声がした。

「──それじゃあ、早速殺すけど、お兄ちゃんの為だから文句は言わないでね?」

 最後に、そんな声が聞こえてきて、頭がぼーっとしてきて、目の前が真っ暗になった。それで、それで──それ、で──……。
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