当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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二章 無意味の象徴

110話 『経緯』

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 ──時は十数分前

 レイとナツメは吠え声が聞こえてきたと思しき方向へと足を走らせている最中だった

 断続的に続く焦げる臭いのし始めた森の中、ナツメは思わず鼻をつまんでしまった。それを見て、レイも先程から続いている臭いの正体を突き止めようと走る脚に力を込めて、速度を上げる

 加速したレイに、ナツメは追いつけずに少しずつ離されていった。ただ、レイは視界から消えそうな所で止まった。走っていたナツメはすぐにその理由を知り、その光景に戦慄した

「な、に……これ……」

 パチパチパチ……。火が、音を立てて燃えている。黄色く光る火。折れ崩れる木々、そこかしこに地面が抉れた痕跡もある。その内一つに至っては何度も繰り返し抉られたのか、酷い有り様になっているものもある

「……『竜』、だけじゃ、無さそうだね」

 ナツメが、足を震わせて少しずつ後退る。いや、いや……。首を横に振って、その事実から目を背けようと、瞳を濡らして視界を阻害する。孤独が心臓を鷲掴みにしてきゅうっと水を絞り出してきた

「ぅ、ぅぁァ、あ……」

「ナツメちゃん」

 ダメだ……。いやだ、なんで……。こんなのは、いや……いやだ……。

「まだ、死んでいるか決まってないよ。だって、よく見て。何も無い。折れた木と、抉れた地面しか無いよ。つまり、ナツミちゃんはまだ生きている可能性がある」

 ナツメの手をレイが強引に引き寄せて、嫌がるナツメをその中央に連れて行って辺りを見回すように促すが、ナツメは頑なにそれを見ようとしない。目を瞑り、「ぅぅぅ……」と唸っている

 確かに酷い惨状だが、人の死体は一つも無い。これはつまり、まだ彼女が生きている事への可能性を示唆するものなのだが、当のナツメは膝を地面に着いて顔を爪を立てた手で覆い隠して一片たりとも見ようとしない

「……ナ、ナツメちゃん!」

 呼ばれたナツメは答えなかったが、それでもレイは正面から迫り来る刃から身を呈してナツメを押し倒した

「ぃぃっ──ぐっ!」

「誰……?」

 ゆらゆらと、それは揺れていた。空中に浮かぶ細い金色の線。眼前のそれを目で追っていき──正面、不敵に、不遜に、存在する全てを嘲るかのような笑みを浮かべた少女が現れる

「あぁ──」

 彼女が更に顔を歪めて、ナツメを押し倒して覆い被さっているレイを見下す

「レイちゃん♪」

 その少女を横目で見上げたレイはナツメを腕や足を使って少しでも『盾』になろうと位置を少しずつずらしている。しかし、すぐにその目論見はバレて金色の風がしなり、レイに襲いかかる

「──ッ、ずぁ!」

 即座に左腕を振り上げ、空に腹部を見せるように上体を捻りながら瞬時に腕を侵食し、展開する盾で傷の増加を防いで、弾かれた風は空中に再び漂い始めた

「……あなたは──」

「憶えてない? ハッ、滑稽ね。あれだけ泣いて、喚くだけ喚いて、もう立ち直ったの? ……そこ、退きなさい。ここから先に行くのだったら、いくら大切な情報源で、お兄ちゃんのお気に入りだからって、容赦しないわよ?」

「──叔母さん」

「──ッッッ!」

 空中を浮遊していた金色の風が束ねられて即座にレイに振りかざされる。眼前に迫り来る髪と自分の間に盾を挟んで裂傷を防ぐが──、

「あっ、ぐぅぅうう……!」

 その圧倒的質量を前に、防ぐ事ができたのはまだ幸運だ。ただ、それと耐えられるかどうかはまた別問題で、レイは悔しげに歯を擦り合わせる

「思い、出したの?」

 尻餅をついてもまだ光る金色の超質量を防ごうとしているレイに、彼女は笑いを飛ばす。レイの足の間に挟まっているナツメは、先のレイの苦痛の声と共に目を開けていた。その瞳は今、全てを蔑むかのような嘲笑を浮かべている彼女へと向けられている

「心配、しなくても良いよ。ボクが守ってあげるから……」

「そんな事を──……」

 レイの足下の視線に気付いた彼女は、途端にその髪を戻して攻撃を中止した。突然軽くなった盾に、その向こう側からゆっくりと顔を出すと彼女がレイ達に向かって歩いて来ていた

「……あなた、なんで戻って来たの?」

「え……」

 彼女が声をかけたのはレイではなく、その足下で状況に放って置かれて、声も発せずにいたナツメの方だった。彼女はしゃがんで膝を抱えてからナツメに声をかけると、矛を納めるのではなく揺らめいていた髪を鎮めた。すると、髪が纏っていた光は輝きを放つ事をやめた

「だれ……? ですか……?」

 訝しげに彼女を見上げるナツメを見て、彼女は言葉を選んでいるように口を開けたまま固まってしまう。それから小さく息を吐きだしてナツメを見下ろした。閉じている口の向こう側からぎりッ、と音が鳴る

「私の名前は剣崎露央沙ろーざ

「けんざき、さん……」

「それで? あの老害──バドルドはどうしたの?」

「……だれ、ですか……?」

「あのオオカ──」

 ぐりュわぁァぁあアアああぁァぁあァアァああァァあああァああアあああァァあああアぁぉァああアあアぁあアアあ──ッッッ!!

 空の上から『竜』の泣き叫ぶ声が山中に木霊し、浸透していく
 その叫びにレイとナツメ、ろーざの一同は耳を塞いで顔をしかめる
 しかし、当初は耳を押さえたその叫びも、何度か木霊するに連れて小さくなっていき、やがて聞こえなくなった

「……うるさいわね……あいつら」

 両手で耳を塞ぎながら空を睥睨して舌打ちするろーざに釣られてレイも空を見上げる。しかし、そこには影を作り出す遮蔽物も、巨大な岩石も無く──、『竜』が、上空から消えていた

「あれ……? 『竜』は……?」

 ──うああああああああああああああああっッッ!!

「この声って……! お姉ちゃんが……!?」

「ナツメちゃん、行こう……!」

「ナツメ……!? 誰よそれ!?」

 レイに纏わりついていた盾が瞬時に霧散し、それと同時にレイが足を振り上げて後転して地面に足がつくタイミングで体を起こして立ち上がる
 ナツメも地面を叩くようにして立ち上がると、声が聞こえてきた方に向けて、走り出したレイの後を追いかけた

「待ちなさい……!」

 ろーざもその後を追いかけようとしたのだが、左側面からの投石を躱す事によりそれを阻害されてしまい、顔をしかめた

「……誰? 石を投げてきたのは」

「はーいっ!」

 手を上げて、ろーざへと歩いて来る二つの影があった

「誰……?」

「わたちはあおい! かえったらかえでたまにほめてもらうの!」

「へぇ……だったらこんな物、人に投げちゃダメでしょ……」と、足下に転がっていた小石を拾って「お返しよ──!」と小石をあおいに向けて全力投球ならぬ全力投石する

 しかしそれはあおいを外れ、その頬を掠めるだけの結果に終わってしまった。しかしそれでも、ろーざはしてやったりと自慢げに嘲笑を浮かべてあおいを見下す

「──このまま帰った方が身のためだと思うんだけど?」

「……かえでたまのおねがいは、でったいだもん」

「そっ。──なら、ここで死ね」

 瞬間、ろーざの髪が金色に輝きを放ち、ゆらゆらと空中に浮かび上がった


[あとがき]
 ストックが順調に消費されている……。
 書き始めた三章がなかなか進まない!
 頑張って一日更新やってるけど、もしかしたら近い将来、週一更新になるかもしれない……。
 そうならないように頑張ります!
 二章、駆け足になってますがご読了戴けると幸いです。
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