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三章 炎は時に激しく、時に儚く、時に普遍して燃える
127話 『彼女の事情』
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──翌日、学校が終わって、レイは彼女──アイカと並んで歩いていた。
少し青みがかった黒色のボブカットの小さな女の子だ。
最近はこうして共に歩いて帰る機会が増えてきている。そのほとんど、いや、全て、アイカがレイの帰りを校門で待っているためなのだが。
しかし今日はもう一人、帰路についている者がいた。
「ねえねえレイくん……! 誰なのこの子……!」
アイカとはレイを挟んで反対側に位置する場所で、レイに耳打ちしながら歩いている。アイカは、少し警戒気味に俯いて、ランドセルの紐を持ちながら小石を蹴って歩いて黙りこくっていた。
「この子はね、アイカちゃん。ボクがいた所に新しく入ってきた……妹? みたいなものなのかな……?」
「ふーん。……アイカちゃん?」
びくっ、と体を震わせて、同時に小石があらぬ方向へとコンクリートの地面を跳ねながら道端の溝に入って行った。音はしなかった。正確には、レイ達には聞こえないくらいの音量で、ぴちゃっ、と鳴った。
アイカは小石の行く末を見守ってからレイの向こう側に立っている彼女を見上げる。
彼女はレイの後ろを通ってアイカの隣に走って来るとアイカの小さな手を握り、好奇心をその瞳に宿して、楽しげに鼻を鳴らして笑顔で顔を寄せてきた。
「アイカちゃんはゲームしたりする!?」
「ぇっ? ……えっ、と……」
胡乱げに感じるレイカの目的が分からず立ち止まって、ただただ困惑してしまうアイカを見たレイカはきょとんとして、小さく首を傾げた後に息を飲んで口に手を当てた。
その間、レイは隣で二人を見詰めていた。
「あ、そーか。たしかゲームできないんだったね、ごめんねっ。なんか、嫌味っぽくなっちゃって……言ったら更に嫌味っぽく……!? まずい、何を言っても嫌味っぽくなっちゃうぅぅ──っ!?」
頭を抱えてしまってもその結果は相変わらず、延々と嫌味のループに、少しずつ引きずり込まれていくレイカは、にゃぁぁぁ、と叫んで天を仰いで上半身を左右にくねらせる。例えるならまるで、海の中をそよぐ……ワカメのような動きだった、とはレイの感想だ。
とはいえ、道の中央でそれをするのも迷惑極まりないので、レイは意を決して注意を促すことに──、
「チッ……。おい、邪魔なんだよ」
背後から聞こえてきた声に、レイカは飛び上がるようにレイの方へと、道端へと移動した。そして彼女は、レイへと憎悪に歪められた瞳を向けると、再び舌打ちして目を逸らしながら歩いて行く。
杉浦さん……。
レイはそう声に出そうになって、でも出さなかった。
その怒りと寂しさが同居した背中が、どうにも惨めに、小さく見えて、レイは言葉を失って口をつぐんだ。だから正確には、『出せなかった』の方が正しい。
「ご、ごめんなさいっ!」
頭を下げて謝ったレイカを見るように立ち止まり、少しだけ顔を向けて、憎らしげに目を細めて皺を刻み、前を向いてまた歩き始めた。
その間中、アイカは彼女のことをずっと凝視していた。その感情の起伏が全くと言っていいほど無い小さな瞳でずっと。
彼女が歩いて行ってからもレイ達は、特に何かがあるわけでもないのにその場で立ちすくんでいた。恐らく、アイカが「いっ、行きま、せんか」と、おっかなびっくり聞くように言わなければ、その場に延々と立ち続けていただろう。
それから、レイ達はアイカを送って行き、アイカは名残惜しそうにレイの手を握ってから「さようなら」とだけ言って、いとも簡単に手を放しすと施設に小走りするように走って行った。どこか、嬉しそうに。
アイカが施設の中に入って見えなくなるとレイは「帰ろ」とレイカに促して帰路に着く。
「ねえねえレイくん」
並んで帰っている途中、二人は今、信号に足止めを食らっていた。
目の前の四ツ辻で車達が左に右に、あるいは真っ直ぐに行き交う。
そこで、レイ達は無言で立ち止まっている。談笑しきり、特段話すこともなくなってしまったが故の、無性にそわそわする無言の時間がレイカはあまり好きではなかった。
だから何か、話題を探して、何かを言いかけてそれを一瞬にして忘れてしまい、口を閉じた。また頭の中をひっくり返して探す。──と、一つ、思い出した疑問があった。
「私ね、思ったんだけどさ」
ブルルルルルル……、と信号が赤に変わったことによってトラックや軽車、白いワゴンなどが次々に止まっていく。
「──レイくんて、」
青に変わった。
「男の子、なんだよね?」
レイ達を避けるように、帰宅していく人々が、信号を渡った所にあるコンビニに向かっていく人々が、こちら側に来る人達が、通過して行く。
目を丸くして、驚愕するレイはゆっくり、息をする。吸って、吐いて。また吸って、吐く。そうして何度か深呼吸をして逡巡し、憂えた目を伏せてから、大きく長く息を吸って、同じくらい大きく長く吐いた。
そうして視線を引き上げ、鼻辺りに来るレイカの目を見て、眉根を下げて強く笑った。
「うん。何を言ってるの、レイカちゃん?」
「うーん……。気のせいなのかなぁ……」
「あっ、レイカちゃん。信号が青に変わってるよ、早く渡ろう!」
話を逸らすように走るレイを見て、レイカは慌てて肩から斜めがけしているカバンを背負い直して、空気を掻くように手を伸ばしながらレイを追いかけて行く。
「待ってよレイくん! あ、ヤバい、信号がチカチカしてる──ッ!」
信号を渡り切ったのとほぼ同時に、渡り切った信号が赤になった。ほどなくして、膝に手を乗せて、肩ではぁ、はぁ、呼吸をするレイカの後ろで、交差する道路上の信号が青くない『青』に変わり、車が動き出す。
レイカが息を切らしているのを見て、レイは「繋ごう?」と手を差し伸べる。
レイカはレイの顔を見上げ、手に視線が向く。その差し伸べられた手に、少しだけ躊躇い、顔を背けた。車の音がレイカの耳に酷く突き刺さる。
それを見たレイカが、思わず「あっ」と声を漏らしてしまい、慌てて手で口を押さえたが、それはレイにも既に届いてしまい、レイカの視線の先へと、レイも顔を向ける。
「あっ……」
彼女は、白く薄いチュニックを着ていた。下には藍色のストレッチパンツを。
少し遠くだが、通行人は今ここに、レイとレイカの二人、そして彼女しかいない。
そしてその彼女は今まさに、青く光る信号の向こうで倒れようとしているのだから、慌てて走って近づいて行った。──レイカの体は、ほぼほぼ条件反射のように弾かれて動いていた。レイがその後をついて行く。
レイがその信号を渡り始めた時には既に、信号は点滅していた。
渡り切って、倒れた彼女に駆け寄っていき、レイカがしゃがみ込んでその膨らんだ胸に耳を当てて息を飲む。ドックン、ドックン、そう強く打たれる脈が聞こえ、一先ずの安心を得たレイカは起き上がってから、慌てて安心感を捨て去るように首を横に振って振り返り、レイに助けを求めた。
「レイくん! えっ、これ! どうしたら良いの!?」
「き、救急、車……かな……?」
「ケータイ家にあるぁぁぁ……! 電話、できない……!」
「それじゃあ、近くのお店の人にたの──」
「ん、分かった!」
レイの言葉を聞くことなく、レイカは少し向こう──十メートルも離れていないその店に駆け込んで、「人が倒れたんです! 救急車を呼んでください!」と叫ぶ声が、レイの所まで聞こえてきた。
「……と、ぅ……」
「えっ……?」
最後まで聞き取れなかったレイは女性の側まで歩み寄り、その場にしゃがんで、艶の良い薄い唇に耳を近づけてみるが、声を発することはもう無かった。
今はただ、ゆっくりとした息を立てているだけだ。
少し青みがかった黒色のボブカットの小さな女の子だ。
最近はこうして共に歩いて帰る機会が増えてきている。そのほとんど、いや、全て、アイカがレイの帰りを校門で待っているためなのだが。
しかし今日はもう一人、帰路についている者がいた。
「ねえねえレイくん……! 誰なのこの子……!」
アイカとはレイを挟んで反対側に位置する場所で、レイに耳打ちしながら歩いている。アイカは、少し警戒気味に俯いて、ランドセルの紐を持ちながら小石を蹴って歩いて黙りこくっていた。
「この子はね、アイカちゃん。ボクがいた所に新しく入ってきた……妹? みたいなものなのかな……?」
「ふーん。……アイカちゃん?」
びくっ、と体を震わせて、同時に小石があらぬ方向へとコンクリートの地面を跳ねながら道端の溝に入って行った。音はしなかった。正確には、レイ達には聞こえないくらいの音量で、ぴちゃっ、と鳴った。
アイカは小石の行く末を見守ってからレイの向こう側に立っている彼女を見上げる。
彼女はレイの後ろを通ってアイカの隣に走って来るとアイカの小さな手を握り、好奇心をその瞳に宿して、楽しげに鼻を鳴らして笑顔で顔を寄せてきた。
「アイカちゃんはゲームしたりする!?」
「ぇっ? ……えっ、と……」
胡乱げに感じるレイカの目的が分からず立ち止まって、ただただ困惑してしまうアイカを見たレイカはきょとんとして、小さく首を傾げた後に息を飲んで口に手を当てた。
その間、レイは隣で二人を見詰めていた。
「あ、そーか。たしかゲームできないんだったね、ごめんねっ。なんか、嫌味っぽくなっちゃって……言ったら更に嫌味っぽく……!? まずい、何を言っても嫌味っぽくなっちゃうぅぅ──っ!?」
頭を抱えてしまってもその結果は相変わらず、延々と嫌味のループに、少しずつ引きずり込まれていくレイカは、にゃぁぁぁ、と叫んで天を仰いで上半身を左右にくねらせる。例えるならまるで、海の中をそよぐ……ワカメのような動きだった、とはレイの感想だ。
とはいえ、道の中央でそれをするのも迷惑極まりないので、レイは意を決して注意を促すことに──、
「チッ……。おい、邪魔なんだよ」
背後から聞こえてきた声に、レイカは飛び上がるようにレイの方へと、道端へと移動した。そして彼女は、レイへと憎悪に歪められた瞳を向けると、再び舌打ちして目を逸らしながら歩いて行く。
杉浦さん……。
レイはそう声に出そうになって、でも出さなかった。
その怒りと寂しさが同居した背中が、どうにも惨めに、小さく見えて、レイは言葉を失って口をつぐんだ。だから正確には、『出せなかった』の方が正しい。
「ご、ごめんなさいっ!」
頭を下げて謝ったレイカを見るように立ち止まり、少しだけ顔を向けて、憎らしげに目を細めて皺を刻み、前を向いてまた歩き始めた。
その間中、アイカは彼女のことをずっと凝視していた。その感情の起伏が全くと言っていいほど無い小さな瞳でずっと。
彼女が歩いて行ってからもレイ達は、特に何かがあるわけでもないのにその場で立ちすくんでいた。恐らく、アイカが「いっ、行きま、せんか」と、おっかなびっくり聞くように言わなければ、その場に延々と立ち続けていただろう。
それから、レイ達はアイカを送って行き、アイカは名残惜しそうにレイの手を握ってから「さようなら」とだけ言って、いとも簡単に手を放しすと施設に小走りするように走って行った。どこか、嬉しそうに。
アイカが施設の中に入って見えなくなるとレイは「帰ろ」とレイカに促して帰路に着く。
「ねえねえレイくん」
並んで帰っている途中、二人は今、信号に足止めを食らっていた。
目の前の四ツ辻で車達が左に右に、あるいは真っ直ぐに行き交う。
そこで、レイ達は無言で立ち止まっている。談笑しきり、特段話すこともなくなってしまったが故の、無性にそわそわする無言の時間がレイカはあまり好きではなかった。
だから何か、話題を探して、何かを言いかけてそれを一瞬にして忘れてしまい、口を閉じた。また頭の中をひっくり返して探す。──と、一つ、思い出した疑問があった。
「私ね、思ったんだけどさ」
ブルルルルルル……、と信号が赤に変わったことによってトラックや軽車、白いワゴンなどが次々に止まっていく。
「──レイくんて、」
青に変わった。
「男の子、なんだよね?」
レイ達を避けるように、帰宅していく人々が、信号を渡った所にあるコンビニに向かっていく人々が、こちら側に来る人達が、通過して行く。
目を丸くして、驚愕するレイはゆっくり、息をする。吸って、吐いて。また吸って、吐く。そうして何度か深呼吸をして逡巡し、憂えた目を伏せてから、大きく長く息を吸って、同じくらい大きく長く吐いた。
そうして視線を引き上げ、鼻辺りに来るレイカの目を見て、眉根を下げて強く笑った。
「うん。何を言ってるの、レイカちゃん?」
「うーん……。気のせいなのかなぁ……」
「あっ、レイカちゃん。信号が青に変わってるよ、早く渡ろう!」
話を逸らすように走るレイを見て、レイカは慌てて肩から斜めがけしているカバンを背負い直して、空気を掻くように手を伸ばしながらレイを追いかけて行く。
「待ってよレイくん! あ、ヤバい、信号がチカチカしてる──ッ!」
信号を渡り切ったのとほぼ同時に、渡り切った信号が赤になった。ほどなくして、膝に手を乗せて、肩ではぁ、はぁ、呼吸をするレイカの後ろで、交差する道路上の信号が青くない『青』に変わり、車が動き出す。
レイカが息を切らしているのを見て、レイは「繋ごう?」と手を差し伸べる。
レイカはレイの顔を見上げ、手に視線が向く。その差し伸べられた手に、少しだけ躊躇い、顔を背けた。車の音がレイカの耳に酷く突き刺さる。
それを見たレイカが、思わず「あっ」と声を漏らしてしまい、慌てて手で口を押さえたが、それはレイにも既に届いてしまい、レイカの視線の先へと、レイも顔を向ける。
「あっ……」
彼女は、白く薄いチュニックを着ていた。下には藍色のストレッチパンツを。
少し遠くだが、通行人は今ここに、レイとレイカの二人、そして彼女しかいない。
そしてその彼女は今まさに、青く光る信号の向こうで倒れようとしているのだから、慌てて走って近づいて行った。──レイカの体は、ほぼほぼ条件反射のように弾かれて動いていた。レイがその後をついて行く。
レイがその信号を渡り始めた時には既に、信号は点滅していた。
渡り切って、倒れた彼女に駆け寄っていき、レイカがしゃがみ込んでその膨らんだ胸に耳を当てて息を飲む。ドックン、ドックン、そう強く打たれる脈が聞こえ、一先ずの安心を得たレイカは起き上がってから、慌てて安心感を捨て去るように首を横に振って振り返り、レイに助けを求めた。
「レイくん! えっ、これ! どうしたら良いの!?」
「き、救急、車……かな……?」
「ケータイ家にあるぁぁぁ……! 電話、できない……!」
「それじゃあ、近くのお店の人にたの──」
「ん、分かった!」
レイの言葉を聞くことなく、レイカは少し向こう──十メートルも離れていないその店に駆け込んで、「人が倒れたんです! 救急車を呼んでください!」と叫ぶ声が、レイの所まで聞こえてきた。
「……と、ぅ……」
「えっ……?」
最後まで聞き取れなかったレイは女性の側まで歩み寄り、その場にしゃがんで、艶の良い薄い唇に耳を近づけてみるが、声を発することはもう無かった。
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