当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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三章 炎は時に激しく、時に儚く、時に普遍して燃える

153話 『からかい』

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 ──朝が来た。いつも通りの朝が来て、レイはまだぼやけた視界を探るように手を伸ばす。瞬きをした。すると、ある程度は視界が明瞭になり、伸ばしていた手も使い、両手で目を擦った。
 瞬きをしながら、日差しが目に染みる、そう思い、布団を被る。頭まですっぽりと。

「おはようです」

 布団を被る耳に、驚くほど鮮明に左側から声が聞こえ、レイは布団から顔を出し、左を向いた。
 そこには、絶世とまでは言わないまでも、確かに美少女と呼べるべき存在がいた。長い睫毛、薄紅色の唇、長い艷やかな黒髪。どれを取っても美しい顔つきなのには変わらない。それは、記憶の及ぶ限り、初恋と呼べる魔法にかけられた少女の姿で、それは美しいものの他、表現できるものがない。

 それが、肌と肌が触れ合うほどの、息がかかるほどの距離にいてレイは状況を整理できずにただただ瞬きを繰り返す。その瞬きは、今の状況を理解しようとするレイの心を如実に表していて──、

「レイくん、おはようです」

「お、おはようございます。ミズキ、さん」

 かつて、いなくなったはずの──聞けなくなったはずのその声が耳に染み込んでくるようで、ぶるりとレイは体が震えたが、それでも、現実感の伴わない彼女の実在に、まだ、信じる事ができないでいた。

「レイくんの寝顔、とっても可愛かったですよ。よだれを垂らして、まるで小さな子供みたいな寝顔でした」

「や、やめてよ……恥ずかしいよ……」

 そんなレイの反応を見て、ミズキは楽しむように口元を両手で押さえて笑う。
 レイもまた、もう会えるはずのない彼女と会えている未だに信じられない実感を噛み締めながら笑う。それは、まるで兄弟姉妹に似た笑みで。

「さて、レイくん」

 その折、レイは起き上がり、かけられた声に「ん? どうしたの?」と応答しながら枕元に置いている眼帯を取り付け、布団をどけるとベッドから下りた。

「今日は学校ですね」

 唐突な言葉に、レイは「うん」と答える。少し硬くなったその声が、続く。

「今日は体調がとても良いから、きっと、ううん。絶対、大丈夫」

 そう、気丈に笑って見せるとミズキがジト目でレイを見詰め、レイは「あ、そう言えば」と慌てて話題をすり替えた。

「昨日懇談だったから、繰り下げられて、今日、すると思う」

 その様子に、ミズキはレイの顔を呆れた顔で見て溜め息を吐いた。突然、どうしてミズキがそうしたのかも分からず、レイはあわあわと顔を青褪めさせたが、「なるほどです」とミズキは何事も無かったかのように話を進めた。

「レイくんももう中学三年生ですからね。そろそろ高校の事も考えないと」

「そうだけど……うん。あ、そうだ。ミズキさん」

「はい? どうしたです?」

「昨日の夜、あの後二弥ちゃん、どうなったか知ってる?」

 そう質問を投げかけながら、レイは机の上の時計で時間を確認する。正方形のブロックが三つ並んだような、信号のような色並びのデジタル時計。今は、六時二十四分と表示されていて、レイはドアへと向かう。
 ミズキも、それについて行く。

「……ああ、はい。知ってるですよ」

「お父さんと仲直りできていたかな?」

 開けたドアの先、階段を下りながらの会話をして、階段を下りた先でトイレに向かう。脱衣所やお風呂場に通じるドアの隣、トイレがある。

「──いいえ。それは、まだできていません。それどころか、今完全に真っ二つです」

「ええっ!? どうして!?」

 驚いて声が大きくなってしまい、レイはハッとする。ミズキは、レイと二弥にしか見えない。つまり、ただの独り言を、まるで会話のようにしているように、二人には見えるだろう。そのせいで、心配させてしまうかもしれない。そう思うと血の気が引いていき、慌てて口を両手で塞いだ。

「まあまあ、少し落ち着いてくださいです。順を追って話していくですから。あと、ネネさんは料理の音で気づいてないですよ。レイカちゃんは寝てるですし」

「そ、そう……? 良かった。心配してほしくなかったから」

 ほっと胸を撫で下ろすレイを見て、憂えげに目線を落として、ミズキは語る。

「やっぱり、少し物寂しいですね。気づかれないというのは。レイくんが見えてくれたのは、唯一の救いでした」

「そ、そうかなぁ? そう言われると、なんだか嬉しいよ」

 あ、トイレに行きたいから、とミズキをドアの前に残して中に入って行く。壁一枚挟み、レイ達は会話を続ける。──続けようとしたが、続く言葉が咄嗟に出ず、数秒の沈黙を挟んでから、

「そう言えばレイくんは、どうして私の事が見えるんです?」

 唐突に、ミズキはレイに聞いた。
 トイレのドアの前で浮かびながら、足の親指同士を器用に回しながら、尻目でそのドアを見詰めながら聞く。

「魔力がある人しか、見えないらしいですけど、レイくんも持ってるんですか? こう、超能力的な力が使える──みたいらしいですけど」

「……うん、そう」

「ふぅん。そうですか。分かったです」

 話を戻すですが、とミズキは、レイがトイレから出て来るとそう言った。
 その時、レイの視線は、一箇所に向いていた。廊下に浮かぶミズキ。その逆さまの顔が、下から覗くようにレイの顔を見上げる。その視線を受け止め、レイは唾を飲んだ。

「みっ、みじゅきしゃん──っ!?」

 焦った様子のレイから素っ頓狂な声が洩れて、ミズキはくるりと転がるボールのように顔を上に持ってきて、「どうしたですか?」と的を射ていない様子でレイを見る。
 あ、あ、え、と途切れ途切れに言葉にならない声をこぼしながら、首を傾げて怪訝そうに眉をひそめるミズキの顔を直視せず、たらたらと汗を流しながらそっぽを向く。

 突然のレイの挙動不審な様に、ミズキは「んー?」と眉を寄せて顔を詰める。

「あ、あのっ……その……」

 顔を赤くして目を逸らしているレイを見て、何度か瞬きをするミズキ。それから、自分の体を見て、その場でくるりと回り、おかしな所がないかどうか確認をする。──それは、なかった。だから余計に、レイがなぜ、こういう行動を取るのか、理解し難く顔を寄せていく。

「言えないことなんですー?」

「え、いや……その……言えない、ことは、ない、です。はい」

「じゃあ、怒らないので、言ってみてくださいです」

「ぇあ、あの……はい。分かりました」

 まだ、顔の火照りは取れず、レイは顔を背けながら、「ミズキ、さんって」と言いづらそうに口元を手で隠しながら、それを言う。

 ──履いて、ないんですね。

「えっ?」

 聞き返されたレイは二の句が継げず、その場でオーバーヒートして遂には蒸気を上げ始める。その言動に、しばらく考え込んでいたミズキはあっ、とようやく気が付いた。

「──きゃー。男の子に見られちゃいましたー」

「ごごごごごめんなさいっ」

 圧倒的棒読みの前でも、レイは慌てて謝った。

「えー、ごほんっ。本当に怒ってないですし、大丈夫ですよ。──では、話を戻すですが、あの女の子──にやちゃんの事でしたね」

「う、うん」

 まだぎこちない様子のレイをチラ見して、くすりと笑いながら話を続ける。

「レイくんとのお話の後、少ししてからにやちゃんのお父さんが来て、二人は帰って行ったです。レイくんは寝てましたけど」

「あ、あははは……。少し、はしゃぎ過ぎちゃって……」

「分かってるです。久し振りに私と会えたことが嬉しかったんですよね? ね?」

「なんだか、少し前よりとっても元気になってる気がするよ。まるで別人みたいに」

「別に気を遣わなくても大丈夫です。私は現にこうして、レイくんといられるのが、とても幸せですから」

 赤く頬を染めて、ミズキは微笑みを浮かべる。
 それに──、と続けて、レイは首を傾げた。

「レイくんと、初夜を迎えられた事ですし」

 レイは、笑顔のまま、硬直した。首を傾げたまま、その場で動かざる銅像へと、自ら化した。

「とまあ、レイくんをからかっていたら終わらないので、この辺りでやめておきますが──二人は帰った後、ケンカしたです。レイくんやレイカちゃんには関わるなー、とお父さんが怒り、にやちゃんがそれに反論して、部屋に引きこもっちゃいました。と言うのが、昨日の夜の出来事です」





[あとがき]
 もうすぐ三章も終わります。そして、何度も言った通り、マジかよこの終わり、くらいの終わり方です。安心してね、四章でちゃんと二弥ちゃん、お父さんと仲直りする予定だから。
 さて、三章に入ってからミズキさんは随分と変わったな。一章よりもデレ成分上がってる。知ってるけど!
 たぶん、今のミズキさんを成分表で表したら8:2でデレと病みで作られてるんじゃないでしょうか。流石に成分表とか、そこまで考えてないけれど。ちょっとしたヤンデレ成分欲しさに作り始めたキャラでした。

 さて、次回予告アンド三章最終回予告です。

 レイくんの活躍が少なかった三章!二弥ちゃんが出てきた三章!レイカちゃんの闇が垣間見えた三章!とにかく色んな事があった三章!書いてる時はズキズキ来たりしたけれど、それでも一章と二章と比べて一番面白かっただろう三章!これからも技術向上して、この作品の魅力をより伝えられたらなと思っています!
 次回は十二月二十二日!よろしくです!
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