当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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四章 進む道の先に映るもの

155話 『行き道』

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 はぁっ、はぁっ、はぁっ──。

 銀色の光が照らす和風建築と呼ばれる住宅に挟まれた道をひたすら走る少年がいた。
 少年の後ろには黒装束に身を包んだ人影が幾つも存在し、彼を追いかけていた。その人影から逃げて、逃げて、胸に拳一つ程度の大きさの石を隠し、抱えるように走る。

 彼は、とある神社に着くと、泣きそうな顔をしながらその存在に縋り付くように石段を登って行き、社の前に転がり込むように土下座をした。その息はいつまで経っても絶え絶えで、

「頼む、頼む、から──」

 息の合間に出した声で、少年は額を地面に付ける。

 ──瞬間、狂気的な笑い声が聞こえてきた。

「ろかかかかかかかかッッ!!」

 その声を革切りに、少年が次に気が付いた時にはもう、神社ではなく牢屋の中で倒れていた。


 ※※※


「お土産よろしく!」

「うん。たしか、お菓子と忍者グッズと……とにかく色々だね」

「そうそう! それじゃーよろしく! ネネさんと楽しみに待ってるからねっ!」

 昨日の夜に彼女とそんな会話をして、朝早く家を出て行った事を懐かしみながら、レイは高速で過ぎていく景色を窓越しに眺めていた。外に見えるのは畑や山など、緑が多い光景ではなく、四角い人工物が林立している街中だ。

 周囲には若々しい会話が飛び交い、同時に笑う声が聞こえてくる。

 新幹線、その席の一つ。レイは一人で窓を眺めていた。

「やあやあ、剣崎くん。ご機嫌麗しゅう」

 ふと、話しかけられ、レイは窓で話しかけてきた彼女の顔を確認する。メガネをかけた、長髪の女子だ。紺色のブレザーと、同色のスカートを履いた、恐らく同じクラスの女子。
 振り向き、レイは彼女を見上げる。

「……えっと?」

「ああ、自己紹介が遅れたね」そう言いながら、彼女は自分の胸に手を置いて少し自慢するようにもう片方の手を腰に当てて鼻高々に自己紹介を始めた。「私は滝本入江。私の友達みたく気軽に『たえちゃん』『りえちゃん』など、まあ、どう呼んでも構わない。君の同級生だ。よろしく」

「それは、まあ、はい。分かります。よろしくお願いします」

 警戒心に体を任せ、腰のシートベルトを外すと、にこにこと笑う彼女から目を離さない。

「所で、物は相談だが、君に取材がしたい」

 そう、指を鳴らそうとしたようだが失敗して、彼女は何度か繰り返した。けれどそれは失敗に終わり、溜め息を吐いてから「どうだい?」と聞いた。

「──? ボクは何も困ってないですよ? 別に、このクラスとも、ここの同級生ともあと一年の付き合いも無いわけですし。最悪、高校まで同じだとしても四年近く待てばあとはどうとでも」

 そう吐き捨てるレイを見て、滝本入江は瞑目して頷きながら言葉を紡ぎ始める。

「ふむふむ。君は面白いな。そう言う考え方もあるわけだ。まあしかし、その考え方は私は既に二年近く前にリサーチ済みだ。私の解を聞きたいかい?」

「あの、本当に何の用ですか?」

「用件? それはもう、一番最初に言ったはずだと思ったんだけれどね」

「──取材、ですか?」

「そうだ。実はね、内緒だけれどね、私はしがない作家の一人なのさ。私としては、目の前で悲壮な死を体験し、その後も散々な目に合っている君のはなしを聞きたい。物語、人生と書いて、『はなし』を聞きたい」

「……知らないですけど、まずは頼み方を学んでは? あと、ボクに話しかけないで下さい。あなたの事は、嫌いです。気持ち悪いです」

 目を伏せて、窓の外に顔を向けてレイは彼女を追い払おうとする。
 学校の関係はシビアだ。例えばもし、クラスの中心人物の機嫌を損ねたとする。すると、次の日からは無視から始まり、最後にはもしかしたら、苛烈なイジメに変わるかもしれない。そう言った子と話す事も、狙われる一つの要因だ。
 だから、追い払う。それなのに──、

「おや。嫌われてしまったのかい。そうかそうか。それは残念だ。ならば仕方あるまい、君に好かれるように頑張る事にするよ」

「え……?」

 彼女はレイの意図した所を読み取っていない様子で、目を見開き言葉を失ったレイを見ながら得意げに胸を張り、指を立てて説明し始めようとすると、新幹線が止まり、あわや倒れそうになって、しかしなんとか持ち堪えた。そうしてもう一度息を吸い込んで指を立てた。

「君が好きになれば、嫌いではなくなる。だから、私は君に好かれるように奉仕しよう。さて、この言葉で年頃の思春期男子が考える事はなんだい? それは単純な肉欲かい? 清純なお付き合い? それともただただ嫌悪しかそこにはないのかな? もしかして、虐めたり虐められたりなど、そう言った妄想と言うものもしているのだろうか? いやぁ、その答えが聞ける時が楽しみだ。楽しみで楽しみで仕方がない」

「……あんまり、そういう事を言わない方が良いですよ。おかしな人と思われるかも知れないので」

「うむ、そうか。なら、受け止めよう。真正面からどストレートで受け止めよう。私は君に夢中だ。学校でもずっと君を見ていたんだ。知らなかったかい? 知らなかっただろうね、何せ君は自分に夢中だから」

「は?」

「いやいや、気にしなくてもいいよ。それはともかくとして、私も他の子達のように席を移動しよう。君の隣に。どうせ、君の隣は誰もいない。一人だろう。だから、私が話し相手としてここにいてあげよう。嬉しいだろう?」

「……もう好きにして下さい」

 半ば強引に押し切られる事となり、レイは項垂れながら答えた。

 程なくして、彼女は小さなポーチを肩にかけ、「よいしょ」と言いながらレイの隣に座り、ポーチの中から『ヨーグレット』と青く印字された箱を取り出した。

 それを眺め、レイは椅子に深く背を沈めてから目を閉じた。

「我関せずを貫くか。なるほど。ん? 起きたかい? ああ、これ? お菓子さ。駄菓子。昔、小さな頃にしなかったかい? これを薬と騙って食べたりさ」

「あ、いや、知ってる。説明されなくても。……でも、君は何の目的でボクに近づいているの? 正直、探り合いは苦手と言うか、嫌いで。だから、教えてくれる?」

「疑り深いねぇ」と、彼女は先程取り出した箱の中から錠剤のようなパッケージを取り出し、それとほぼ同じような動作で円状のラムネを取り出し、ぱくっと口の中に放り込んで続ける。

「いやね? 別に君を誑かそうとか、罠に嵌めようとか、そう言うんじゃ無いよ。おいし。──えっとだねぇ、私は君の事が知りたいと、そう思っただけだよ」

「ボクは、人を殺したんだよ?」

「──それが本当かどうかは、私には決め兼ねる。だから何も知らない私からしたら、それは『周囲の人に感化されてそう思い込んだ』ようにしか思えないね。まあ、だからこそ君を見て、話して、真実に近いものを得ようとしているわけだが──」

 ぱくっ、と更にもう一枚、口に放り込んで「やっぱりおいしい」と顔を蕩けさせてからレイの方を見た。

「さて、剣崎くん」

「何?」

「私としても、話を拗らせるのは避けたい。そこで物は相談なんだが……」

 おほんっ、と一つ咳払いをして、彼女は微笑んで見せた。
 その顔を見ながら、レイは彼女を訝しげに見詰めて、次の音を待つ。それを見て取り、彼女は上機嫌で息を吐き、吸い込んだ。

「君と私との会話の中では、隠し事、虚言、曖昧な言葉は無しにしよう。例えどれだけ信じ難いものでも、話す。そういう事にしよう。そうすれば、君は私の事を疑わなくても構わない。私も、話をややこしくしなくて済む。どうだい? 良い話だろう?」

「……流石に、そう簡単には信じられないよ」

「そうだ。そういう風に、本当の事を言い合う事から始めよう。どうせ私達は嫌でも行動を共にする事となる。ならば、腹の探り合いなど無粋、無意味。全く以て意味の無い行為に過ぎない。楽しい修学旅行だ。どうせなら、皆で笑って帰ろう」

 微笑み、かけられるその言葉に、レイは目を伏せて顔を背けて窓の外に向けた。
 窓を向くレイの顔を覗くように体を前に倒すと、窓に映るその半透明の顔が見えた。顰められる眉、悲しげに細まる右目、そして、わなわなと震える白くなった唇。

「そう、できたら良いですね」

 絞り出されるように出た声に滝本入江は答えず、ただ無言で、再び口の中にラムネを放り込んだ。パキッ、とラムネを噛み潰す音がした。

 少しの沈黙を挟み、新幹線が動き始めた。
 それを窓の中から認識したレイは、ゆっくりと動き始める外観をただただ無言で見詰め続ける。そんな折、「そう言えば」と口にした滝本入江を振り返り見る。

「君達男子の班は吉田くんとあずまくんの三人だったね。私達女子の班はもちろんこの私と、杉浦さんと、和田さんと萌葱もえぎさんの四人だよ。生活班は違えど、行動班は同じだからよろしく頼むよ。少し早めの挨拶だ」

「──うん、分かった。よろしく」

 そう返して、レイは再び窓の外を見やる。相変わらずの街の風景に、高速道路や電信柱にかかったケーブル、そして、街を行き交う車や人々がそこからは見る事ができた。
 欠伸を噛み殺し、その光景を眺め入ろうとすると、肩を指で突かれ、目をしばたたきながら振り向いた。

「剣崎くんは、男子の中では誰と仲が良いとかはあるのかい? それとも、仲が良いのは女子の方かい?」

「えっと、特に、誰とも仲が良い、ってわけじゃ……」

「ふんふん。なるほど。君は所謂『ぼっち』と言うやつだな。いや、馬鹿にしているわけじゃあないよ? ただ単にそう思っただけさ。他意は無い」

 しばらくの間、そう言った会話──という名の、一方的な問答を繰り返していたレイは、目的地が近づいてきた事を先生が伝えに車両に来て、皆が静かになった頃にそっと目を閉じ、安らかな寝息を立てた。
 隣では、ポーチから手帳とペンを取り出して何かを書いている滝本入江の姿があった。





[あとがき]
 新章突入!どーも作者です!
 新キャラ登場して、色々はっちゃけちゃう四章に入りました。嘘です。はっちゃけません。その前にキャラが精神的にやられちゃいます。この作品のキャラで精神的に丈夫なのってネネさんとか、新キャラの滝本入江さんくらいじゃないでしょうか。後は大抵皆、精神的に弱いです。レイくんがその代表です。

 脱線しましたが、四章も楽しんでいただけたらなぁ、と思います。三章は作者もすごい好きでした。四章はまだ完成してないのでまだなんとも。けれど面白くなればいいなぁ、と思っています。
 あと、四章では様々な伏線を回収したりまあまあ大掛かりになるので二十万字は軽々しく超えると思います。今の時点であらすじに予告してた十二万字到達までそうないですが、まだまだ序盤と言った雰囲気しかないです。まじで。

 テーマとしては一章では『恋』二章では『狂気』三章では『愛』を掲げたつもりでしたが、四章では『信頼』を掲げるつもりです。テーマ回収できたのって三章だけかもしれませんが。

 毎回毎回あとがき長くてすみません。
 四章はこれまでの話と色々繋げたりしなきゃいけないのでこの作品の中で最長を誇るかもしれません。ちゃんと面白くするために走り回ります。……迷走してばかりですが。

 さて、では次回予告です。
 次回は大晦日。来週の月曜日ですね。
 それ以降は週一更新になります。

 それでは次回!
 四章もお楽しみくだされば幸いです!
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