当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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四章 進む道の先に映るもの

171話 『約束の重さ』

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 彼女はどうやら人の少ない道を通っているようだった。今のところ、人の姿はこれといって見ていない。最後に見たのは──なんて昔の事でもないが、今は人っ子一人いない。彼女はその事について、どう思っているんだろう。

 レイは疑問を抱いた。

 住宅の間を歩いている。時たま、家の中から視線が飛んできたりする。避難していない人達だろう。こんな事になっていても、部屋から出ない人は出ないし、出られない人は出られない。そういう人ばかりでもなさそうだけれど。

 前を行く彼女はそこまで気に留めていない様子で歩いて行く。それに付いていく。会話は無かった。レイから話しかけた時は答えてはくれるが、答えだけを言って、会話が即座に終わるだろう。

 無言で進む。二人は進む。

 目的地は、『御三家』の一つ、『有馬家』の屋敷。遠くに見えるそれに、レイ達は向かっている。小さな背中を追いかけて。

「ねえ、レミちゃん」

 つとかけられた声に、レイは瞬きする。彼女が立ち止まるのに釣られて、レイも立ち止まる。彼女はくるりと体を回し、はぁ、と短く息を吐いた。胸を撫で下ろし、目を開いて、レイの目を見据える。──レイは咄嗟に目を逸らして、下を向いた。その瞳に映るのは黒い、アスファルトの道だけ。

「ごめんね」

「……ぇ」

 何が、と続ける前に、彼女はふぅ、と落ち着かせるように息を吐く。

「ずっと言えなかったから」

「なに、が……?」

 辛そうに目を細めて締まる喉から声を出す。

「言い訳すると、私は、そう言う契約内容なのよ」

「──なに、が?」

「私は、私の前世の意識と契約を交わした」

「……精霊、ですか?」

「なんだ、もうそんな事まで知ってたの」

 顔を上げ、驚いた様子で目を大きくする彼女の顔を見て、レイは目を伏せる。

「でも、少し違うわね。どっちかって言うと、縛り、に近いわ。私は、昔の私に『兄の為ならどんな事でもする』と契約を交わした。すると、お兄ちゃんの事になると、言葉通り、なんでもする。どんな、事でも……」

 目を伏せる彼女を見て、レイは思い出す。
 契約をした。焦る彼女と。ミズキさん。たしか、内容は──、

「……ミズキ、さん」

「はいです」

「うわぁっ!?」

 突如顔面の横に現れたその整った容姿に驚いて尻餅を着いた。

「ミミミ、みみみ、ミズキさん!?」

「はいです、レイくん」

「ど、どうして……?」

「だってレイくんは言ったじゃないですか。私とずっと一緒にいると契約しましたから。どんな命令でもこの契約は覆せないです。でも、一応命令されちゃったので向こうから一人じゃ来れなかったです。でもでも、呼ばれたら、ぱっと出て来るです」

「そ、そう言えば、そうだったけど……。びっくりしちゃったよ」

「ふふふ。レイくんが私をお家に置いて行った時は泣いちゃいそうでしたが我慢したです。褒めてくれても良いですよ?」

「は、恥ずかしいよ……」

「困った顔のレイくんも素敵ですっ♪」

 目の前のコメディ調に思いっ切り雰囲気を持って行かれた彼女はきょとんと瞬きをして、置いて行かれた状況に追い付こうとしていた。

「その子、は?」

 声をかけられ、楽しそうに笑っていたミズキはそちらへと目を向けた。そこにいるのは少女の姿をした彼女で。ミズキはむっと頬を膨らませてレイをジト目で睨んだ。

「む、レイくん。女の子と二人でいたですか。浮気ですか」

「ち、違うよっ。この人は……その……」

 答えに窮するレイに代わり、ため息を吐いた彼女が腕を組んで、推し量るような目でミズキに尋ねる。

「私は、その子の親戚よ。精霊さん、あなたは?」

「──私はレイくんの彼女ですっ。この座は誰にも譲らないですよ!」

 ドヤって胸に手を当て、ふんすと鼻息荒く胸を張るミズキに短く吐息。
 それから「それなら大丈夫よ」と言う。

「私が狙ってるのは、お兄ちゃんだけだから、安心して」

「……分かったです。ところで、どうしてレイくんはこんな所でこんな人と二人でいるんです?」

「あ、えっと……」

「今、この街はテロリスト紛いに襲われてるの。今は、私が面倒を見てる女の子を探してて、その協力をその子に頼んで、手伝ってもらってる所」

「レイくんに惚れちゃダメですよ?」

「少なくとも、甥に惚れるほど、欲求不満じゃないわよ」

「それなら良いです。ところでレイくん。修学旅行だったはずなのに、他の皆はどうしたんです?」

 きょろきょろと周囲を見回して、ミズキはレイに小首を傾げて尋ねる。

「他の皆には、先に避難してもらったよ。今は、女の子を探してる所」

「むぅ、じゃあ私を呼んだのは、どうしてです……?」

「呼んだつもりじゃなかったんだ。ごめんなさい」

「分かったです。レイくんは正直者だから、許してあげるです。──それより、早くその女の子を見つけてあげるです。きっと寂しがってるはずですから」

「それについては私、当てがあるからそこへ行こうとしていた所よ」

「そうだったんですか。なら、早く行くです。──ここは、なんだか嫌な予感がするですから」

「……分かったわ。それじゃ、行きましょ。あ、それから精霊さん」

「はいです?」

「そういう嫌な予感、した時はちゃんと言ってね。それが強くなったりだとか、そういうのも」

「……分かったです」

「それじゃあ今度こそ行きましょ。早くしないと、手遅れかもしれないわ」

 そう言って、彼女は再び歩き始めた。

 ※※※

「──お姉さん」

「どうかした? もしかして、怪我しちゃった?」

「ううん。それは、大丈夫」

「それじゃあ、疲れちゃった?」

「それは……うん、ある。でも、違うの」

 ナツミは薄暗い細い道を、手を引かれながら歩いていた。
 どこかは分からない。けれど、上を見上げれば青い空が見えた。

 後ろには、今のところ誰もいない。ただ、時間の問題でもあると思う。

「──安心して。ナツミちゃんを危険な目には、合わせないから」

「……はい」

 そんな事できそうにないのは、もう、十分に分かっているつもりだ。
 それでも、頑張ってくれている人に、そんな事、言えなかった。

「──絶対に、なんとかしてみせるからね」

 笑って、そう言ってくれるお姉さんは、左腕が無くなっていた──……。

 ※※※

 彼女は歩く速度を上げていた。
 向かっている先に近づくに連れて、どの道も人が多くなっている。まるで、人で壁を作ったような、そう言った意図もあったのだろうか。だとしたら、よく考えられている。

「たぶん、あの子達は屋敷の向こう側にいる」

「それじゃあ……この、人の壁を超えなくちゃ、ダメなんですか……?」

「うー……。さっきから悪寒が全く消えないです。精霊も風を引くんですか……。ちょっと残念です」

「あそこは警備が頑丈で、私も中はあんまり分からない。だから、強行突破できるかも怪しいんだけど……」

「なら、ボクが行って来ます」

「ダメです。レイくん。もっと自分を大切にしてくださいです」

「でも、このままじゃナツミちゃんが……」

「例え中にそのナツミちゃんが居たとして、この様子じゃ向こうに人手は回せないはずですから大丈夫です。なので、ここは除外して良いです。問題は、時々聞こえてくる爆発音と、──遠吠え、ですかね?」

「爆発音……。竜じゃ、ないね」

「あんなのがまた来たらもうどうしろって言うのよ。この街壊れるわよ。流石にあの屋敷がここにある限り、それはないでしょう。あそこだからできたのであってここではできないわよ。あそこに、あの子達が求める『勇者』と『魔王』の情報があるって噂だし」

「なんだかファンタジーですね」

「ええ、そうよ。精霊さん。そもそも、あなたの存在自体がファンタジーでしょうに」

「そうでした」

「じゃあ、ナツミちゃんは、どこに……」

「例えば、見つかりづらい所、ですかね。誰も行きそうにない所とか」

 ちらりと彼女の方を見ると、彼女は顎に手を当てて目を閉じていた。
 それからミズキの方を見ると、彼女はその視線に気づいてにこっと笑い、レイの前に顔を近づける。突然近づいて来たミズキに、レイは瞬きして一歩、後ずさった。

「安心してくださいです。ちゃんと、見つけるですから」

 ──そういう所に、どこか安心する。

「そう言えば、ナツミちゃんとは、どんな子なんです?」

「えっと……、ちょうど胸の下くらいの身長で、黒い、ショートヘアの子。双子のお姉ちゃんで、目がちょっと丸くて妹想いの女の子だよ」

「そうね。いっつも妹のこと心配してるくらいだもの。とんだシスコンね」

「別に私はシスコンでも良いと思うです。可愛いですし」

「ボクは、あなたがそれを言うのはどうかと思います」

「なんだかレミちゃん、あなた、ストレートになったわね」

「ボクはミズキさんに、隠し事はしないと、約束したので」

「……そう。──あ、そうね、該当しそうな場所、思い浮かんだわ」

「では、今から行くです。レイくんがピンチでも、私が守るですから」

「あ、ありがとう……」

「ふふん、私はレイくんと一緒にいると契約したですからっ」

 胸を張って、自慢げにそう語った。

 ※※※

 例えば、の話。

 家から出たくなくなって、その理由があるとしたら、何があるだろう。

 友達とのケンカ、家族とのケンカ、学校でのイジメ、他にもいっぱいありそう。でも、この中だと、たぶん、家族とのケンカとか、そういうのだと思う。
 でも、あの時、二弥ちゃんは、お母さんから虐待を受けていると言っていた。あの可愛いケモミミのせいで。私は、二弥ちゃんの力になるって言った。だから、力になりたい。二弥ちゃんが困っているなら、怖がってるなら──……。

「うにゃぁぁぁ……」

 レイカは公園のベンチで頭を抱えていた。

「……待って待って待って。どうすりゃ良いのか全く分かんない。ヤバいよぉ、どうしよぉ……」

 そんなレイカに、公園の前を通りがかった一人の女性が気づいた。

「あっ」

「にゃ? ──あ。ゆー、さん?」

 伺うようにかけた言葉は、少し離れた彼女の耳に届いたのかどうか。しかし、目は合った。──さぁぁぁ、と、風が吹き抜ける。その風に、何か、レイカは期待を乗せてしまっていた。





[あとがき]
 ストックが少し増え始めた……!とは言え、心許ないのでもう少し一週間更新を続けます。
 次回は三月二十九日!次回もよろしく!
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