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四章 進む道の先に映るもの
186話 『少年は決意と共に』
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──警報が鳴り響く。
赤く点滅する光がその室内を照らし、危険を知らせるアラートが頭の奥を堂々巡りするようなほど、少年の耳に入っていた。
まだぼんやりと覚醒途中の意識の中、うっすらと目を開け、少年は聞こえてくる警報にすら異常性を感じる事ができず、再び寝入る。が、気絶する前の記憶を掘り起こして飛び起きた。
ろかかかかかかかかッ!
そんな哄笑が頭の中でぐるぐると駆け巡って、慌てて首を横に振ってそれを掻き消すと、懐に忍ばせておいたそれを探り当てようと──
「あ……」
──手が、後ろ手に木製の枷を嵌められていた。それだけではない。足も枷と壁とを鎖で繋がれ、それどころか体のいたる所に鎖を巻かれて簀巻状態にされていた。
「いっ──たあああッ!?」
気付いた途端、直前の起き上がった際の激痛が遅れてやって来た。痛みに悶えて背中から床に落ちてガシャン、と金属がぶつかり合う音がすぐにアラートに掻き消される。
背骨を刺激する鉄の感触に、少年は叫びかけた口を咄嗟に噛んで必死に堪えた。
やがて痛みが引いてくると、鳴り止まない警報が煩いくらいに耳を刺激してきて顔をしかめる。身動きが取れないながらも辺りに目を巡らせて、ここが地下牢であるらしい事を確認した。──一つ、疲れ切った大きなため息を吐く。
「どうすれば、この牢から……」
難しい顔をして目を瞑り、直前の記憶を呼び起こす。しかしそれは、牢へ容れられた記憶では無く、もっと別の、何者かに追われていた記憶だ。
その記憶が正しければ、少年は黒装束に身を包んだ何者か、それも複数に追われ、必死に逃げて神社に祈りを捧げた所で狂気のような哄笑を聞きつけた。それが、最後の記憶だ。
「──せめてこの拘束が解ければぁ、っ!」
体をよじって体勢を変えようとして、少年の下敷きになっていた手に余計に鎖が食い込んでしまい、涙がその目に浮かぶ。激痛に歯を噛み砕く勢いで食いしばり、ごろりとうつ伏せになる。その時にはもう、少年の息も絶え絶え。虫の息だった。
「ああ、もう……! こんなのどーしろって!? 運悪いにも程があるだろッッッ!」
悲痛な叫び声を上げて、心の奥底まで反響してくるような虚しさに額を床に勢い良くぶつけて今度は声にならない悲鳴を上げながら足先をジタバタと暴れさせた。
「──けどまあ」
自分の胸の辺りに残っている感触に、幾ばくかの安心を受けていた。ただ、安心ばかりもしていられない。ここは敵地で、自分は所謂『泥棒』なのだから。それを自認している上で、何をされるにしても覚悟の上で、ここに来た。
それなのに見張りも何も、一人としていない。その点については本当に運が良いとしか言いようがない。ただし、動く事も叶わないのでプラマイゼロ──いや、敵地のど真ん中で孤軍奮闘するこの状態ではゼロどころか十分マイナスだ。
「拷問とか、そんなの無くて良かったなあ、もうっ」
けれども、当初に想像していたような事は無く、安心はその胸の支配し続ける。
その安心を制して、少年は先程から鳴り止まない警報と、回転する赤い光が牢の外、一本しかない昔ながらの風情のある木の板床──フローリングの通路の先に階段が見えた。
「脱出して、早くこれを届けなきゃ」
まず初めに手首を動かして手枷を外そうとする所から始めた。
幸い、手枷は壁とは繋がれておらず、ある程度の自由が効く。
柔らかな手首を動かして手枷を掴むと、鎖に引っ掛けて腕を引きながら指の力で枷を折った。バキッ、と割れる音がして、手首の解放感が心地よく強調される。
それに「よしっ」と拳を固く握った少年は体の一部が解放された事に思わず笑みを湛えた後、身を左右に折ったり背中を仰け反らせて上体を少し起こしてみたりと身をよじる。
まるで魚のようだなと自覚しつつ、腕も肘辺りまで巻かれていて思いの外自由にはならなかった事を少しだけ惨めに、はたまたは憐れに、そのどちらともつかないような思いを自らに向けた。
小さなため息を鼻から吐いて、今度は足を折り曲げる。ぎちぎちと、鎖同士がぶつかり合い、より締め付けられる感覚を味わいながら顔をしかめて、曲げたその足に手を伸ばす。が、その手は足を掴むどころか掠める事すらできずに終わる。
足が、途中で力が抜けて落ちてしまった。
「僕は痛がるためにやってたわけじゃないんだぞッ!? 身動き取れない! もー無理! 駄目! 出来ない! 不可能! あーもーコーサンッ! はいはい諦めますよ! 誰か助けてー! 死にたくないよー! 痛いよー! もーヤダーッ!」
若干涙目になりながらギャースカピースカ喚き散らして、少年は腰の上に未だ居座っていた手枷だった物の半分を掴んで、ぺしんと鎖を叩いた。鎖は何も反応を示さず、その音はやかましいくらいの警報に掻き消されて耳に届く前に跡形も無く消え去った。
泣いても喚いても叫んでも何も起こらないので、少年はぐったりと床にほっぺたを付けてみた。けっこうヒンヤリしていて、ぶるりと体が震えた。
「──はあ」
呆れたような、くたびれたような、やさぐれたようなため息が漏れて、少年は遣る方無いこの状況を無駄に達観した目でぼそっと愚痴る。
──帰りたい。
しかし、ことここに来て少年はこれまでずっとやかましく鳴り続けている存在を無視できなくなっていた。それと言うのもこの脱出作戦が尽く失敗に終わったせいだが。
「──てかこのサイレンうるさっ! ウーウーッて! 何だ!? ブーイングでもしてるのかよ! 残念でしたぁッ! 僕は別に気にしてませーん! ……なんか、やめよ」
言っていて、なんだか心が死んでいくのが自分でも分かりもう声を出すのをやめた。しかし、声を出さなければ出さないで一人なのを自覚してしまい孤独感に苛まれる。
その孤独感に心を外側から侵蝕されつつ、ほっぺたから伝わる冷ややかな温度に似たような物を感じ取りながらぼうっと通路を見つめ続ける。
──少年は、黒装束に追いかけられる前、とある石を通りを走っていた人物がぶつかり際に託して行った。当然、知らない人だが。
そしてそれは、そのまま今は自分の懐の中にあり、鎖で簀巻状態にされたこの状況と無関係と言い切れるほど、少年の脳内はお花畑でもない。
「東京湾に捨てられる前にどうにかして逃げ出さないと……」
とは言ってみたものの、どうにもその手段が見つけられずに途方に暮れている。そう簡単に思いつけばこんなにも苦労はしない。動かせるのは肘より下のみで──一応、付け加えるなら膝も動かせるには動かせるが痛みが走る上に鎖が食い込んであまり力が入らない。
そんな状態では何も出来ないのとほぼ同義だ。
「あれ?」
そう思っていた矢先、バカうるさいアラートの隙間を縫って足音が聞こえてきた。
改めて視覚に意識を込めてみると、なるほど確かに、人がいた。正確には、階段の向こうから、現在進行形でやって来ているので見えているのは足だけだが。
下りてくる度に、ギシギシと床が軋むのがどうにも心許ないが、少年はその人影を見つめたまま、声を出さない。出せない。
「おや? あなたは……」
それは、黒く艷やかな髪が肩にかかった美しい女の人だった。
彼女は少年を見つけると、そのすらりと細い足を止めた。
「どこかで、お会いしましたか?」
小首を傾げてぱちくり、睫毛の長いその瞳を瞬かせ、女性は頬に手を当てる。
その姿に少年は見惚れており、はたとそれに気が付くと「あああ、えっと……」と目線を逸らして無理な笑いを浮かべ、それが引き攣る。
「会ったことは、無いと思いますが……」
「そうですか。それでは」
まるで興味が無いかのようにぺこりと頭を下げてくるりと背を向けた女性に、少年はきょとんと目を丸くして「えっ?」と思わず口を突いて疑念が飛び出た。
「いやいやいや!? 待ってくださいよ! こんな状態にされて、いつになったら出られるかも分からないのにほっとくってんですかッ!? 僕のこと助けてくださいよ!」
叫んで食い止めた少年の声に、女性が立ち止まって振り向いた。その顔は、明らかに嘲りを含んだ微笑を浮かべていて、少年の顔が少し強張る。
「ほう……。──私みたいなただのか弱い女性にそんな頑丈に巻かれた鎖が解けるとでもお思いで? だとすれば貴方の頭の中はふわふわとお花畑ででもできているんでしょうねえ?」
「──貴方がか弱いだなんて、嘘、ですよね」
「……ほう?」
「ああ、いや……だって、貴方は、そうですね……言うなら、そう、毒を持っているような、そんな感じに見えます。貴方はたぶん、弱い人ではないです」
少年は自分で言っていて途中から何を言いたいのか分からなくなってきた。それでも、千載一遇のチャンス、ここから出られるかもしれない、今思いつく唯一の手段を選ぶためにハッタリを噛ました。
しかし、生きるために、逃げるために噛ましたハッタリは、ことここに来て絶大な威力を発揮して見せた。その結果として──、
「良いでしょう。分かりました。それでは、貴方の拘束を解きましょう」
負けました、と言わんばかりに女性は両手を挙げて降参の意を示すと、少年の下まで歩いて来た。牢の鉄格子の前に立ち止まると、女性は腰の後ろに手を回して細い、錆びた鍵のような物を取り出した。それで幾らか牢の鍵を弄くり回すと、ガシャンと音を立てて牢の扉が開く。
女性が中に入って来て、少年は固唾を呑んだ。
「──しかし、貴方にも手伝ってもらう事があります」
じゃらりと、足回りの鎖を少しずつ剥がされながら、少年は彼女の言葉に耳を傾けていた。彼女はそう言うと、優しく外していく鎖に目を向けながら、続ける。
「これから、この街には被害が出ます。が、私達は現れるはずの『勇者』と呼ばれる、一際魔力の強い、あらゆる可能性を秘めた者を探しています。その為に、一度、この街を破壊するのです。──きっと恐らく、『勇者』は今この街のどこかにいます。彼、ないし彼女は、人々を守るべく奮闘するでしょう。なので、その人を見つけられれば、私達の仕事は一段落です。──全ては、世界の真実の為に」
巻かれていた鎖が上半身だけになると、後は立ち上がるだけでぼろぼろとその拘束は簡単に解けた。彼女の話していた事を、少年は笑い飛ばす事もせず、真摯に努めて聞いていた。
「──破壊、ですか」
「ええ、そうです」
「壊さずに、探す事は出来ないんですか?」
「探すだけならそれでも。──ただ、私達は世界の真実を、皆に見てもらいたい。口での説明では、到底信じられないような、そんな物が、この街の下に眠っているのです」
「……それは、何なんですか?」
「──それは、邪神の神体、取りこぼれた魂の集合体、負の感情の権化、狂気の塊。呼び名は様々ですが、一つ言えるのは──その化物が、この街の地下で少しずつ動き始めている、と言う事です。過去、それを先に倒してしまおうとはしましたが、どうにも邪魔が入り……。今度は、そうはさせません」
「……分かり、ました。協力、します」
「ありがとうございます。では、ついて来てください。この後の流れを簡単に説明します」
女性はそう言うと、牢から出て行こうとして、立ち止まった。くるりと、振り返る。
「そう言えば、まだ名乗っていませんでしたね。私はカエデです。今は、姓はありません」
「僕は、度会祐希です。よろしくお願いします」
「──はい、よろしくお願いします」
そう言って、カエデは祐希に背を向けて歩き始めた。
その後ろを、祐希は雛のようについて行く。
※※※
その頃、レイは湖に到着していた。
優しく吹いてくる風を肌で感じながら、レイはこれからやって来るだろう事を考えながら、まずは、その選択から、変えてみようと思った。運命の分岐点はここだと、レイはそう自分に言い聞かせていた。陽光を反射して煌めく水面をジッと眺めながら。
[あとがき]
次で連続更新も最後……。ストックが物凄い勢いで減っていった……。
ま、まあ、更新が途切れないようにしますよ。
次回もお楽しみに!
赤く点滅する光がその室内を照らし、危険を知らせるアラートが頭の奥を堂々巡りするようなほど、少年の耳に入っていた。
まだぼんやりと覚醒途中の意識の中、うっすらと目を開け、少年は聞こえてくる警報にすら異常性を感じる事ができず、再び寝入る。が、気絶する前の記憶を掘り起こして飛び起きた。
ろかかかかかかかかッ!
そんな哄笑が頭の中でぐるぐると駆け巡って、慌てて首を横に振ってそれを掻き消すと、懐に忍ばせておいたそれを探り当てようと──
「あ……」
──手が、後ろ手に木製の枷を嵌められていた。それだけではない。足も枷と壁とを鎖で繋がれ、それどころか体のいたる所に鎖を巻かれて簀巻状態にされていた。
「いっ──たあああッ!?」
気付いた途端、直前の起き上がった際の激痛が遅れてやって来た。痛みに悶えて背中から床に落ちてガシャン、と金属がぶつかり合う音がすぐにアラートに掻き消される。
背骨を刺激する鉄の感触に、少年は叫びかけた口を咄嗟に噛んで必死に堪えた。
やがて痛みが引いてくると、鳴り止まない警報が煩いくらいに耳を刺激してきて顔をしかめる。身動きが取れないながらも辺りに目を巡らせて、ここが地下牢であるらしい事を確認した。──一つ、疲れ切った大きなため息を吐く。
「どうすれば、この牢から……」
難しい顔をして目を瞑り、直前の記憶を呼び起こす。しかしそれは、牢へ容れられた記憶では無く、もっと別の、何者かに追われていた記憶だ。
その記憶が正しければ、少年は黒装束に身を包んだ何者か、それも複数に追われ、必死に逃げて神社に祈りを捧げた所で狂気のような哄笑を聞きつけた。それが、最後の記憶だ。
「──せめてこの拘束が解ければぁ、っ!」
体をよじって体勢を変えようとして、少年の下敷きになっていた手に余計に鎖が食い込んでしまい、涙がその目に浮かぶ。激痛に歯を噛み砕く勢いで食いしばり、ごろりとうつ伏せになる。その時にはもう、少年の息も絶え絶え。虫の息だった。
「ああ、もう……! こんなのどーしろって!? 運悪いにも程があるだろッッッ!」
悲痛な叫び声を上げて、心の奥底まで反響してくるような虚しさに額を床に勢い良くぶつけて今度は声にならない悲鳴を上げながら足先をジタバタと暴れさせた。
「──けどまあ」
自分の胸の辺りに残っている感触に、幾ばくかの安心を受けていた。ただ、安心ばかりもしていられない。ここは敵地で、自分は所謂『泥棒』なのだから。それを自認している上で、何をされるにしても覚悟の上で、ここに来た。
それなのに見張りも何も、一人としていない。その点については本当に運が良いとしか言いようがない。ただし、動く事も叶わないのでプラマイゼロ──いや、敵地のど真ん中で孤軍奮闘するこの状態ではゼロどころか十分マイナスだ。
「拷問とか、そんなの無くて良かったなあ、もうっ」
けれども、当初に想像していたような事は無く、安心はその胸の支配し続ける。
その安心を制して、少年は先程から鳴り止まない警報と、回転する赤い光が牢の外、一本しかない昔ながらの風情のある木の板床──フローリングの通路の先に階段が見えた。
「脱出して、早くこれを届けなきゃ」
まず初めに手首を動かして手枷を外そうとする所から始めた。
幸い、手枷は壁とは繋がれておらず、ある程度の自由が効く。
柔らかな手首を動かして手枷を掴むと、鎖に引っ掛けて腕を引きながら指の力で枷を折った。バキッ、と割れる音がして、手首の解放感が心地よく強調される。
それに「よしっ」と拳を固く握った少年は体の一部が解放された事に思わず笑みを湛えた後、身を左右に折ったり背中を仰け反らせて上体を少し起こしてみたりと身をよじる。
まるで魚のようだなと自覚しつつ、腕も肘辺りまで巻かれていて思いの外自由にはならなかった事を少しだけ惨めに、はたまたは憐れに、そのどちらともつかないような思いを自らに向けた。
小さなため息を鼻から吐いて、今度は足を折り曲げる。ぎちぎちと、鎖同士がぶつかり合い、より締め付けられる感覚を味わいながら顔をしかめて、曲げたその足に手を伸ばす。が、その手は足を掴むどころか掠める事すらできずに終わる。
足が、途中で力が抜けて落ちてしまった。
「僕は痛がるためにやってたわけじゃないんだぞッ!? 身動き取れない! もー無理! 駄目! 出来ない! 不可能! あーもーコーサンッ! はいはい諦めますよ! 誰か助けてー! 死にたくないよー! 痛いよー! もーヤダーッ!」
若干涙目になりながらギャースカピースカ喚き散らして、少年は腰の上に未だ居座っていた手枷だった物の半分を掴んで、ぺしんと鎖を叩いた。鎖は何も反応を示さず、その音はやかましいくらいの警報に掻き消されて耳に届く前に跡形も無く消え去った。
泣いても喚いても叫んでも何も起こらないので、少年はぐったりと床にほっぺたを付けてみた。けっこうヒンヤリしていて、ぶるりと体が震えた。
「──はあ」
呆れたような、くたびれたような、やさぐれたようなため息が漏れて、少年は遣る方無いこの状況を無駄に達観した目でぼそっと愚痴る。
──帰りたい。
しかし、ことここに来て少年はこれまでずっとやかましく鳴り続けている存在を無視できなくなっていた。それと言うのもこの脱出作戦が尽く失敗に終わったせいだが。
「──てかこのサイレンうるさっ! ウーウーッて! 何だ!? ブーイングでもしてるのかよ! 残念でしたぁッ! 僕は別に気にしてませーん! ……なんか、やめよ」
言っていて、なんだか心が死んでいくのが自分でも分かりもう声を出すのをやめた。しかし、声を出さなければ出さないで一人なのを自覚してしまい孤独感に苛まれる。
その孤独感に心を外側から侵蝕されつつ、ほっぺたから伝わる冷ややかな温度に似たような物を感じ取りながらぼうっと通路を見つめ続ける。
──少年は、黒装束に追いかけられる前、とある石を通りを走っていた人物がぶつかり際に託して行った。当然、知らない人だが。
そしてそれは、そのまま今は自分の懐の中にあり、鎖で簀巻状態にされたこの状況と無関係と言い切れるほど、少年の脳内はお花畑でもない。
「東京湾に捨てられる前にどうにかして逃げ出さないと……」
とは言ってみたものの、どうにもその手段が見つけられずに途方に暮れている。そう簡単に思いつけばこんなにも苦労はしない。動かせるのは肘より下のみで──一応、付け加えるなら膝も動かせるには動かせるが痛みが走る上に鎖が食い込んであまり力が入らない。
そんな状態では何も出来ないのとほぼ同義だ。
「あれ?」
そう思っていた矢先、バカうるさいアラートの隙間を縫って足音が聞こえてきた。
改めて視覚に意識を込めてみると、なるほど確かに、人がいた。正確には、階段の向こうから、現在進行形でやって来ているので見えているのは足だけだが。
下りてくる度に、ギシギシと床が軋むのがどうにも心許ないが、少年はその人影を見つめたまま、声を出さない。出せない。
「おや? あなたは……」
それは、黒く艷やかな髪が肩にかかった美しい女の人だった。
彼女は少年を見つけると、そのすらりと細い足を止めた。
「どこかで、お会いしましたか?」
小首を傾げてぱちくり、睫毛の長いその瞳を瞬かせ、女性は頬に手を当てる。
その姿に少年は見惚れており、はたとそれに気が付くと「あああ、えっと……」と目線を逸らして無理な笑いを浮かべ、それが引き攣る。
「会ったことは、無いと思いますが……」
「そうですか。それでは」
まるで興味が無いかのようにぺこりと頭を下げてくるりと背を向けた女性に、少年はきょとんと目を丸くして「えっ?」と思わず口を突いて疑念が飛び出た。
「いやいやいや!? 待ってくださいよ! こんな状態にされて、いつになったら出られるかも分からないのにほっとくってんですかッ!? 僕のこと助けてくださいよ!」
叫んで食い止めた少年の声に、女性が立ち止まって振り向いた。その顔は、明らかに嘲りを含んだ微笑を浮かべていて、少年の顔が少し強張る。
「ほう……。──私みたいなただのか弱い女性にそんな頑丈に巻かれた鎖が解けるとでもお思いで? だとすれば貴方の頭の中はふわふわとお花畑ででもできているんでしょうねえ?」
「──貴方がか弱いだなんて、嘘、ですよね」
「……ほう?」
「ああ、いや……だって、貴方は、そうですね……言うなら、そう、毒を持っているような、そんな感じに見えます。貴方はたぶん、弱い人ではないです」
少年は自分で言っていて途中から何を言いたいのか分からなくなってきた。それでも、千載一遇のチャンス、ここから出られるかもしれない、今思いつく唯一の手段を選ぶためにハッタリを噛ました。
しかし、生きるために、逃げるために噛ましたハッタリは、ことここに来て絶大な威力を発揮して見せた。その結果として──、
「良いでしょう。分かりました。それでは、貴方の拘束を解きましょう」
負けました、と言わんばかりに女性は両手を挙げて降参の意を示すと、少年の下まで歩いて来た。牢の鉄格子の前に立ち止まると、女性は腰の後ろに手を回して細い、錆びた鍵のような物を取り出した。それで幾らか牢の鍵を弄くり回すと、ガシャンと音を立てて牢の扉が開く。
女性が中に入って来て、少年は固唾を呑んだ。
「──しかし、貴方にも手伝ってもらう事があります」
じゃらりと、足回りの鎖を少しずつ剥がされながら、少年は彼女の言葉に耳を傾けていた。彼女はそう言うと、優しく外していく鎖に目を向けながら、続ける。
「これから、この街には被害が出ます。が、私達は現れるはずの『勇者』と呼ばれる、一際魔力の強い、あらゆる可能性を秘めた者を探しています。その為に、一度、この街を破壊するのです。──きっと恐らく、『勇者』は今この街のどこかにいます。彼、ないし彼女は、人々を守るべく奮闘するでしょう。なので、その人を見つけられれば、私達の仕事は一段落です。──全ては、世界の真実の為に」
巻かれていた鎖が上半身だけになると、後は立ち上がるだけでぼろぼろとその拘束は簡単に解けた。彼女の話していた事を、少年は笑い飛ばす事もせず、真摯に努めて聞いていた。
「──破壊、ですか」
「ええ、そうです」
「壊さずに、探す事は出来ないんですか?」
「探すだけならそれでも。──ただ、私達は世界の真実を、皆に見てもらいたい。口での説明では、到底信じられないような、そんな物が、この街の下に眠っているのです」
「……それは、何なんですか?」
「──それは、邪神の神体、取りこぼれた魂の集合体、負の感情の権化、狂気の塊。呼び名は様々ですが、一つ言えるのは──その化物が、この街の地下で少しずつ動き始めている、と言う事です。過去、それを先に倒してしまおうとはしましたが、どうにも邪魔が入り……。今度は、そうはさせません」
「……分かり、ました。協力、します」
「ありがとうございます。では、ついて来てください。この後の流れを簡単に説明します」
女性はそう言うと、牢から出て行こうとして、立ち止まった。くるりと、振り返る。
「そう言えば、まだ名乗っていませんでしたね。私はカエデです。今は、姓はありません」
「僕は、度会祐希です。よろしくお願いします」
「──はい、よろしくお願いします」
そう言って、カエデは祐希に背を向けて歩き始めた。
その後ろを、祐希は雛のようについて行く。
※※※
その頃、レイは湖に到着していた。
優しく吹いてくる風を肌で感じながら、レイはこれからやって来るだろう事を考えながら、まずは、その選択から、変えてみようと思った。運命の分岐点はここだと、レイはそう自分に言い聞かせていた。陽光を反射して煌めく水面をジッと眺めながら。
[あとがき]
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次回もお楽しみに!
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