当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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四章 進む道の先に映るもの

191話 『君の下へ』

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「──ミズキさん」

「どうしたの?」

「この先、おばさんが出て来るから、気を付けてね」

「はいはーい」

 レイの記憶が戻った事を知ったミズキは、直前に見た凍りつくような笑みは何かの見間違いと、そう解釈してレイについて進んでいた。
 その途中、数歩先にある曲がり角、その前で立ち止まり、レイが振り返りつつ口元に立てた人差し指を当ててそう忠告した。

「それにしても、昔みたいには呼んでくれないの?」

「……恥ずかしいからね」

「ほらほらー。いっせーのーでで呼んでみよっ」

「無事に帰れたらね」

 そう言って、レイは曲がり角を曲がった。その向こうに、狼達を連れ立って歩く少女の姿があった。否。それは少女などではない。外見こそ少女そのものだが、正真正銘の大人であった。

「──久し振り」

 小声でそう呟き、レイは目が合った彼女が驚きに一瞬だけ目を見開いたのを見逃さなかった。──やっぱり、あの人はあの人だったんだ。

「久しぶりねえ、レミちゃん」

「私もレミちゃんって呼んでも良いかな? 良いかなっ?」

「二人きりの時だけね」

 そう返事をして、レイは正面に立つ彼女──メィリルこと剣崎ろおざにその右目を向けた。その瞳を睥睨するように見つめ、小さく鼻で笑った。

「会って早々、いきなり無視?」

「ねえおばさん」

「──何かしら?」

「ぼくは、ナツミちゃんがどこに行ったか知ってるよ」

 その瞬間、ろおざは驚きと困惑に満ちた瞳でレイを見つめ、その後で訝しげに眉をひそめた。少しも信じた様子の無いその態度に、レイは一歩を踏み出してろおざへと近づく。

「──どうして、それを?」

「それよりおばさん、協力しようよ」

「協力……?」

「うん。ナツミちゃんを、助けに行こう」

 にこりと、真意の分からない笑みが浮かべられ、ろおざは警戒気味に腰を引いた。
 隣に立っていた、ろおざよりも身長の低い少年が「あの子は……」と物知り顔でそう呟いたのをレイは聞き逃さず、その少年へと視線を向けた。笑顔は崩さずに。

 少年は、どこかか弱いイメージのある、白い髪、白い肌の愛らしい顔をしていた。
 その少年を注意したまま、視線をろおざに戻すと、彼女は「どういうつもりかしら」と腕を胸元で組んで、レイに尋ねた。

「簡単だよ。ぼくもおばさんもナツミちゃんを助けたい。見つけたい。利害が一致したから、じゃあ協力しようよってお話し」

「あら、あなた一人でそんな事まで考えられるようになったのかしら。──それとも、その後ろにいる精霊さんが主犯?」

「この人は関係ないよ。ぼくが言い出したんだ。──それに、勘繰っても仕方ないよ。時間が無いんだから。協力するのかしないのか、今決めてよ」

「……レミちゃん、厭らしいわよ」

「分かってるつもり。それでも、あの子を助けたいから。今は形振り構ってられない。──お姉ちゃんみたいな事には、もうしたくないから」

 苦しげに顔をしかめて、そっと眼帯に触れたレイは顔を背けた。
 その様子にろおざは一つ、息を吐いて組んでいた腕を解く。

「……そう、思い出したのね」

「うん」

「辛かった……?」

「今は、もう平気」

「──良かったわ」

 ろおざは柔らかな笑みを浮かべて、そっと目を閉じた。

「ええ、良いわよ。私も、あんな事はもう勘弁だから」

 レイは振り向き、少し後ろで待機していたミズキに嬉しそうににっこりと笑顔を向けた。その表情に曇りも陰りも見当たらず、凍りつくようなあの笑みは、やはり見間違いだったのだとミズキは確信した。

「にしても──」

 そう声を上げたろおざに、レイはそちらへと目を向けた。
 歩いて来るろおざを見つめながら、小首を傾げる。

「レミちゃん、あなた、本当にどうやって記憶が戻ったのかしら?」

 お馴染みの嘲笑うかのような笑みを湛えて、ろおざは尋ねた。その質問に対し、レイはそっと考え込むように目を閉じる。

「──それはまた今度話すよ。それよりも今は急ごう。ナツミちゃんが危ないかも知れない」

「どういう事?」

 相次ぐレイの不審な言動にろおざは疑心と怒りを隠そうともせずに表情に剥き出しにする。その様子をちらりと開いた目でろおざを見据える。

「来て。向かいながら話そう」

 そう言って、レイはろおざに背を向けた。
 ──ろおざは、側に立つ少年にそっと耳打ちし、レイの後を一人で追って行った。
 少年の姿はもう既に、そこには無かった。

 ※※※

 地面に入った亀裂を飛び越えて、レイは振り向いた。
 その目の先には不機嫌を頬を膨らませて露骨に表したろおざがいて。

「つまり、レミちゃん。あなたは時間を遡ってきたと言いたいのね?」

 ジトっと睨みつけてくるろおざに「うん」と軽く頷いてみせた。

「そうだよおばさん。ぼくはある人の力を借りて時間を逆行して来た。そして、今ここにいる」

 堪え切れなかったため息が漏れて、ろおざは亀裂を前にして立ち止まり、自分の額を叱咤するように叩いた。その様子にレイはろおざに目を向けたまま首を傾げるばかりだ。

「とてもじゃないけど、信じられないわよ。そんな事」

「だって、本当の事なんだもん」

「──少し素が出てるわよ。それに……」

 ぴょん、と亀裂を飛び越えてレイの前に立ち、その顔を見上げる。容姿に不釣り合いな、脅すような顔でレイを目を細めて見つめて言う。

「この街に、そんな力を持つ人はいなかったもの」

「──おばさんが知らなかっただけなんじゃないの……?」

 目を閉じて首を傾げ、それから鼻から深く息を吐くのを見て、ろおざは首を横に振って目を伏せた。目を開けるとその表情が影を纏っていたように見えて、レイは軽く息を止めた。

「その可能性は、極めて低いわ」

「どうして?」

「それは言えないの。いくらレミちゃんと言えどもね」

「──そう。分かったよ」

 素っ気なく、素早くそう言うと、ろおざに背を向けて歩き出した。
 ミズキはそんなレイに近づいて行き、手を口元に当ててこっそりと耳打ちする。

「良いの?」

「──構わないよ。大方予想がつくから」

 そう言って、レイはちらりとミズキの方を見た。
 彼女は不服そうに唇を尖らせていて、少し口元が緩んでしまう。目を再び前に向けて、独り言のようにレイは口を動かした。

「きっと、おばさんの知り合いに、そんな力のある人とか。情報収集に長けた人がいたんだと思う。そうじゃなくても、何かしらの手段があったんだろうね」

「ありがとね」

「ううん。別に良いよ」

 答えたレイは、立ち止まって辺りを見渡す。少し離れた位置、正面に博物館が見えた。それでもあと数分があれば辿り着けそうな距離だ。

「ここまで来て……確か、うん。向こうだ」

 足を早めながら、レイは逸る気持ちを抑えて進んで行った。その正面に、一匹の化物が空を仰いで立ち尽くしていた。その姿を捉えると同時に、レイは固まった。

 風に揺れた鬣が、潰れた犬のような顔が、険しい目が、流れる青い空を懐かしむように、もの寂しげに見上げていた。その姿を見つめ、レイは言葉を失う。

 儚げなその姿に同情にも似た悲しみを抱き、レイはそっと目を細めて歯を軋らせる。

 一気に加速し、風を斬り裂いて化物の首に狙いを定め、固めた拳を喰らわせる。

 ぎゃうん、と犬の悲鳴のような声を上げながら化物は地面を跳ねて飛んでいき、亀裂の一つへと滑り落ちてしまった。それを見届け、振り返ると遅れたものの走って来ていたろおざと合流する。ミズキは既にレイの隣に飛んで来ていた。

「今のは──」

 なんなの、と聞こうとした途端に、レイ達三人を巨大な影が覆い尽くした。

 純白の鳥。その大いなる影が、レイ達を包み込む。

「なっ、何……?」

 思わず足を止めて見上げれば、そこには淡く輝く羽根を持った巨大な鳥が飛んでいた。
 その鳥の姿を目を瞠って確かめる。既視感を覚えたその鳥の姿に、レイはハッとする。

「──不死鳥」

 そう漏れてしまった呟きに、ろおざはレイの方へと目を向ける。その視線に気付いた様子も無く、レイはただただ上を見てぼうっとしていた。
 不死鳥が飛び過ぎて、もう見えなくなってしまった頃。レイは何度か繰り返した瞬きによって意識をハッキリとさせる。

「ま、さか……」

「どうしたの、レミちゃん」

 目を閉じ、見えなくなってしまった鳥の姿を瞼の裏に想起する。そして、その姿がやはりあの時に見たものと酷似していて。──瞬間、レイは息を飲んだ。

「レミちゃん?」

「しまった……! 出遅れた……!」

 咄嗟に走り出したレイに「ちょっと!」と声をかけるが、その声はレイには届かず空振りする。その事に歯噛みして「待ちなさい!」と走って追いかけた。

「どうしたの!?」

 隣に並んだミズキがレイへと慌てた様子で声をかける。レイは走りながら、振る拳を固く握り締めて泣きそうな顔でぼそりと呟きを漏らす。

「──もう、嫌だ」

 震えていたその声に眉間を狭くして、反応に困ったように一瞬だけ目線を下に向ける。それを瞬きで隠して再びレイを見ると背後を向いていた。後ろを見ていたレイに釣られてそちらを見ると、そこには亀裂の入った道路を駆けるろおざの姿があった。
 その身長の差か、彼女はレイに追いつけずにいる。

「急がなきゃいけないのに……ッ!」

 焦るレイの表情を見つめ、ミズキは「私が!」と自分の胸に手を添える。

「──私が、あの人を案内する」

 真剣な眼差しに見つめられ、レイはミズキからちらりとろおざの方に目を向けた。
 そちらを見ながら答える。

「ミズキさんは場所知らないでしょ……!?」

「追いかけるから平気。それに、どこにいても簡単に見つけられるんだからっ」

 ドヤるミズキに、レイは肩透かしを喰らったかのような衝撃を受ける。そして、その空振りに終わったような感覚に顔をしかめ、レイは首を横に振る。

「ダメだよ。ミズキさんはぼくの隣にいて」

 首を振ったレイの目は、懇願にも似た色を帯びていた。
 その色を見て取ったミズキはゆるゆると首を振って断る。

「でもそれじゃ、助けたい人まで助けられなくなるよ。良いの? 言い方悪いけど、お姉ちゃんみたいな事は、もうゴメンでしょ?」

「それは……」

「だから私にも任せて。大丈夫。いざとなったら私もなんとかできるから」

 にこりと笑い、ミズキは速度を落としてレイの後ろにつく。それを目で追いながら速度を緩めて足を止めた。その時には顔は後ろを向いていた。

「それに、私は後ろにいる。ついて行くから。ねっ」

 その母親のように包み込む優しい笑顔にレイは口を呆けさせる。その口を引き結び、振り切るようにレイは前を向いた。

「──信じるからね、ミズキさん!」

「うんっ!」

 レイはミズキに背を向けて加速する。

 その背を見つめながら、ミズキは優しく目を細めた。





[あとがき]
 ……ミズキさんの口調の話はいつかしたいな。四章終わったらちょこっとしよう。うん。
 実は今回の話(191話)は、書いてる内に長くなり過ぎて小分けにしたものです。なので五つくらい同タイトルが続きますが、気にしないでください。
 サブタイトルが思い浮かばなかっただけなので。
 月末連続更新次回もよろしく!
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