当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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四章 進む道の先に映るもの

213話 『向こう側には何があるのか』

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「ミズキちゃん、ありがと……」

「どういたしまして……ですけれど……どうしたんです?」

「……ちょっと、ね。気になって」

 レイは、目の前に現れた集団を見つめながら、ミズキにそう返した。
 今、レイ、ミズキ、カエデの三人は屋敷から飛び出してきた少年の前に立っている。

 正確に言えば、少年は宙に浮かぶ水の球体から顔だけを出した形──雪だるまのような形の水だるま状態で上手い具合に身動きが取れずにされるがままであった。

「あの、ちょっと? 聞いてます? ゲロられて水に閉じ込められて、僕ちょっとどころか物凄い傷ついているんですけどおッ!?」

 それに、と少年の目はカエデの方に向く。カエデは、その視線に答えるように軽く手を振ってにこりと笑みを浮かべた。その様子に少年は不機嫌そうに目を逸らす。

「嫌われましたね。盛大に」

「そりゃあ僕だって……できればこんな状況は御免被りたかったですし……」

「だったらどうしたんです?」

「どうしたって……」ハッ、と鼻で笑って、高笑いする。「急にこんな人達に追いかけられたらそりゃあ逃げますよっ!」

「でもでも、あなたが悪いんですよ? 不死鳥を連れてこんな所まで……。国家機密見せびらかしながら大通りを歩いているようなものですよ」

「なら最初から言ってもらえますかねえっ!?」

「うーん……ヒイラギさんが一緒にいたでしょう? 聞かなかったんですか?」

「ヒイ……ああ! あの人! あの人はそもそも喋らないし、なんか凄い見た目だし……あとどうしてか急に部屋から出て行っちゃって……一人取り残されて……なんだか一人じゃどうしたらいいか分からなくなって聞きに行こうとしたらコイツがついて来ちゃったんですよ! そしたらあの忍者みたいな集団が襲って来るし……もぉイヤ~……!」

 目に薄く涙を浮かべた少年に「まぁまぁ」と宥めているカエデの声を聞きながら、ぱらぱらと煌めく砂粒のような砕けたガラス片が降る向こう側から、ゆらりと黒い影が幾つも飛び出して来た。

 それはレイ達を囲い込むように展開し、そして何も言わないままに鎖鎌や苦無くないなど、それぞれの武器を手に襲いかかって来る。その数は優に十を超えていて──

 ──ただ一言、その全員が口を揃えて叫ぶ。

度会わたらい花楓かえで! 貴様の蛮行、万死に値する!」

 そして、正面から来るその内の一人を斬り伏せようとしたレイの眼前で白煙が視界いっぱいに広がり、その身を覆い隠す。──瞬間、その脇を煙を掻き分けて何者かが通り過ぎようとするのを目だけで捉え、レイは目を見開く。

 彼か彼女か、どちらかは不明だけれど、黒い布で覆った顔の、外に出ていた目は怒りや哀しみを内包した鋭いものに成り果てていて──。

 ──……。

 ──涙が、溢れていた。

 ぼくは、その涙の味を知っている。持っている熱も知っている。
 そして、その意味も──。

「君は……」

 振り返ろうとした背後で、破壊音とも似つかわしい激しい剣戟を展開する音が聞こえて、視界に広がっていた白色が吹き飛ぶように晴れていった。

 振り向いたそこには、カエデを守る一人の忍者の姿。
 それは、数多の忍者の剣戟全てを食い止めた、一人の姿。

「貴様ァ──ッ!」

 彼ら彼女らは、皆が皆、同じような涙を流していた。

 ぎり、と。

 歯の根が悲鳴を上げるのが聞こえる。
 そして、それらを踏み躙るかのように、カエデは嘲笑にも似た悪辣な笑みを浮かべ、その顔が目につくたび、左目の奥が、悲鳴を上げるように、どプッ、と音を立てる。

 ──気持ち悪い。

 吐き気を飲み干すように唇を噛むと、ふらりと倒れそうになり、足の位置を変えて持ちこたえた。ただ、その姿に同じようにその光景を眺めていたミズキがハッとレイに振り向く。

「レイくん……!?」

「だい、じょぅぶ……!」

 眼帯の上から左目を擦り、レイはすぐ側の階段へ目を向ける。

「ミズキちゃん、行くよ……!」

「えっ、でも……!」

「その人は、悪い人だよ。──悪い人に、情けはかけちゃダメ。悪い人より、あの向こうのたくさんの人達を助けてあげないと」

 そう言いながら、レイは走り出した。
 それについて行き、ミズキは尋ねる。

「捕まえた子は……」

「連れて行こう。色々、聞きたい事もあるしね……」

 階段を上がって行く途中、踊り場に辿り着いた時、一度だけ振り返った。
 そこには、ジッとレイを見つめるカエデの姿が、まるで錆のように脳裏にこびり付いた気がして、すぐに目を逸らし上へ上って行った。

 階段を上りきり、再び伸びる道に少しだけ顔をしかめながら、レイは体を前へ押し出すように進む。体のどこかに、と言うか、全身におもりを『着込んでいる』ような感覚に鼓動が速くなり、胸の奥で痛みがズキズキと主張してきた。

「──ぁ」

 バサ、と屋敷の外側、つまり、右側。そこに、白い羽根を散らしながら羽ばたいた不死鳥が姿を現した。──その姿を目に入れ、その無垢な瞳に見つめられ、喉の奥が、絞られるような心地を味わう。

「ところで──」

 ふと、水だるま状態の少年が口を開いた。

「君達は、誰ですか?」

 ちらりと、少年を視界に納めてレイは思考する。

 既に、頭の中はしっちゃかめっちゃかで、正直なところ、門を開ける以外に何も考えたくはないし、どうすれば良いのかも知らない。でも、巨大な鳥に背を向けて会話するのも、このまま立ち止まって会話するのも、怖くて、強張る。

 やめてほしい、とも思う。

 でも、彼の立場を想像すると、まあ、気にはなるし、自分がこれからどうなるのか、不安でもあるんだろう。それは、分かる。少し前、コーイチくん達と乗った、バスに揺られていた事を思い出した。──でも、ぼくは君じゃない。

 ──ぼくは、ぼくの大事なもののことで手一杯なんだ。

「……走りながら、説明するよ」

 そんな風に断れるほど、ぼくの心はぼくに優しくはなかった。


 走る。走り続けて、バルコニーと言えなくもない通路を通り過ぎ、その最端、道の終わりに突き当たった。当然──と言えるわけもなく、どうして疑わなかったのか。これを予想だにしていなかったレイは呆気にとられ、その場に立ち尽くした。

 たしかに、全て本当の事を言っていると、そう信じたのは間違いだった。

 苦虫を噛み潰したような顔で俯き、拳を固く握りしめたレイに、ミズキの心配そうな視線が浴びせられる。その二人の様子を眺めていた少年が、口を開いた。

「──結局、あの人は何がしたいんですか……?」

「……あの人は、全ての生き物が奪われた『可能性』の力を、生き物達に返す、って。そう言ってたよ。──どうやってそうするのかは、知らないけれど」

「……この街を壊す意味、ありますかね?」

「多分無いよ。きっと。この状況を覆せる人を探すのが、あの人の目的だから……」

 そう言いながら、レイはやるせない目で、何気なく上を見上げた。

「──ぁ」

 まるで、それは一つしかない答えへの道標の如く、そこにあった。
 ──下半分が消え去った、最上階へ上る、はしごがそこにあった。

 釣られて見上げたミズキの瞳にもそれは映り、二人はそれを見つめたまま、少しの間ぼうっとしてしまっていた。──最初に正気に戻ったのは、ミズキだった。

「レイくん。上に、行くですよ」

「え? あ、ああ、うん。そうだよね。行こう」

 腕を振り、膝を曲げ、振り上げる勢いと共に跳び上がった。
 はしごの一番下の踏みざん──つまり、横棒の部分を引っ掴んで、空中に足を放り投げる形に収まった。その姿を見上げている少年が「おお……」と声を漏らし、ミズキはやはり、少しだけ悲しそうな目でレイを見つめていた。

 それから数分が経った頃──。

 その大きな屋敷の外壁に位置する、最上階へ行くための、下半分が消失していたはしご。その中間付近で一人の少年──もとい、少女が手持ち無沙汰で佇んでいた。

 ギシ、とはしごが軋む。
 座り込むように佇むレイは、一つ、息を吐いた。

「どうしよう」

 はしごから、壁の外の様子が少しだけ伺えた。
 向こうでは、沢山の人達が門に集まって来ている。その理由は、分かっているつもりだ。
 予想が外れていたとしても、あの放送が鍵なのは間違いないだろう。

「難しいですね……」

 レイの独り言に、ミズキが答えにもならない応えを返した。
 それは、この上に居座る者の存在。それによって、ゴール寸前でゴールが足を生やしてどこかに逃げて行った気分を味わったレイは、不機嫌そうに半目で門の向こう側を見つめていた。

「────」

 どうにかしないと、そうは思うも方法が浮かばず、レイはその場で手持ち無沙汰に俯いた。

 ※※※

 ──壁に叩きつけられて床に倒れた彼女は、離れていく後ろ姿を見つめ、大きく目を見開いて小さく口を呆けていた。それはまるで、信じられないものを見たような目で。

「──こんな、時まで……っ!」

 辺りを見渡して、手放してしまった得物を探す。あった。たらりと、ぽたりと。上唇と右手に、違和感を覚えた。見ればそこに、赤い斑点があった。

「ぁ……」

 そして、それを見つめる彼女の上で、巨体の男は思い切り足を振り上げて、彼女を見下ろしていた。その姿を、気配を、有馬夕は把握できていない。
 何事も無かったかのように、這いずるように四つん這いで、まるで赤子のような足取りで、彼女は得物に手を伸ばす。まだ、まだだ。まだ、遠い──。

 ずグッ、と。

 体中を衝撃が走り、口から滝のような血が吹き出た。

「がハッ、あ、ぁガ……!?」

 びちゃびちゃビチャ。

 一瞬の熱が迸ったかと思いきや、即座にそれは寒気とバトンタッチして消えていき、床に広がっていく温かな何かを、息苦しさに涙が浮かんだ目が見下ろす。
 そこに広がる赤い水溜まりは彼女の理解を軽々しく飛び越えてじわじわとその命を吸い取って順々に成長していった。

「ぁ……あ、ぁ……」

 お腹が重たい。足が、動かない。頭がぼうっとする。寒い、温かい、凍えそう。

 遠くでで色んな声がする。でも、耳に何かを詰めたようにほとんど何も聞こえてこない。

 それがなんだか怖くて、恐ろしくて、目の前の『家宝』に縋ってしまった。

「ぁ、れ……」

 彼女がそれを掴む前に、びちゃ、と。ばしゃ、とも聞こえなくもない大きな音を立てて、有馬夕は血溜まりの上に倒れた。その手は刀身を抜き放たれていた刀に触れ、その目はそれを見つめたまま、しかし何も見てはいなかった。

「さ、む……ぇ……たす、け……。……ぁ、ま……」

 その瞳から、スッと力が抜けた。
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