当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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四章 進む道の先に映るもの

215話 『小人のダンス』

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 はしごから飛び出したレイは真っ先に、その場に立つ一体の姿を視界の中央に捉えて心の奥底、どろりと蠢いているそれに呼びかける。

「来て……っ!」

 それは、少女の姿をした闇。暗黒色の衣を身に纏った少女はレイの傍ら、抱きつくように現れる。ように、と言うか、まんま抱きついて、眼前の敵から隠れるように顕現した。

 蛇頭のその怪物は、鋭く尖った、折れた槍のようなものを手に持ち、汚らしい布切れを全身に、上着を被るように纏っている。そして、その姿をレイは、前回──数時間前に、見た記憶があった。その名前も、聞き覚えがある。

「──精霊、狩り」

 その名前を恐れと義憤を混ぜ込んで、呟くように呼ぶ。恐らく精霊であるのだろう黒い衣を纏った少女を片手で抱き抱えると、彼女もまた、レイにしがみつくように抱き返した。
 その耳元に、レイがこそこそと何かを囁くと少女は頷いた。

「ここでやらなくちゃ、未来は無いんだ」

 ごくりと、生唾を飲む。
 脳裏に思い描くは大切な人との穏やかで楽しい毎日。それを消してしまう事に恐怖にも似た焦燥感が胸を焼き、落ち着かせるように一つ、息を吐いた。

「──邪魔する奴は、全部全部、ぶっ壊してやルッ!」

 ──口元が、変に歪んだ気がした。

 その違和感を振り切るように、レイは精霊狩りの左側へと駆け出し、示し合わせたようにレイの足下から流れていく水のように、暗黒色のどろりとしたものが床へと広がっていった。

 ズザァ、と。

 精霊狩りの側面に回り込んだレイは、その蛇頭を睨みつけて、一直線にその顔へと差し迫り──床が、せり上がるのが見えた。それは一瞬。瞬きすら許さない刹那の時。

 時の流れすら超えたかのような、鋭く槍のように突き上がってくるその先端に、自身だけが止まったかと錯覚させる圧倒的な速度に目を見開く。
 しかし、レイの足から流れていたそれが、足を掴んで振り回すようにレイの体をその場から避難させた。何もない虚空を突き刺した槍を、風圧に晒されながらレイは見た。

 ──精霊狩りの、見えない箇所からの攻撃。
 それを躱す手段として、彼女に頼んだ結果だった。

 そのまま床に着地したレイは、勢いを殺さずにすかさず今度は回り込む。レイの通った後には床に黒色が広がっていって、精霊狩りはそんなレイの行く先を見据えたように、ゆったりと先回りするように歩き始めた。

 少女を抱き抱えるのと反対側の腕から剣を伸ばし、近づいてくる精霊狩りに剣を横薙ぎ。
 しかし、瞬間的な風圧に襲われたレイの攻撃は届かず、距離を取った所に放り投げられるように着地し、前のめりになりながら再び直進する。
 ちらりと、レイが先程までいた所に鋭く伸び上がった槍のような突起があり、苦い顔をする。

「めんどっ、くさいなあ──ッ!」

 レイの方を向いた精霊狩りに剣を突き出すが再び風圧の嵐が距離を取らせた。

「ッ、ぐ──!」

 しなる鞭に絡められるように、レイの体は強制的な引力によって肉薄しようとした瞬間を引き剥がされる。それの繰り返しが続き、レイはついぞ、その足を止めた。

「どッ、したら……!」

 見れば、ここには天井があった。
 肩で息をしながら、レイは今一度、周囲を見回した。

 まるで取ってつけたような、無理やり日陰を作るために作られたような屋根に、レイは煩わしさを覚えて小さく舌打ちした。

「まるで、お前のために作られたような場所だな」

 聞いているのかいないのか。蛇頭の怪人はレイへ、ぎょろりとその虚ろな瞳を向ける。
 その暗闇のような目を見つめていると、吸い込まれてしまいそうで、慌てて首を振って視線を蛇頭の先端へとズラした。

「……くそ、近づけな、ァ──ッ!?」

 耳元でがなる風切り音に、レイは肺の空気を全て持って行かれた気がして、きりりと傷んだ胸に顔をしかめる。着地すると、丁度そこは精霊狩りの真正面ならぬ真背面だった。

 精霊狩りが振り向く前に、レイは瞬間的な爆発力を発揮する蹴りで床を蹴り、瞬きすら置いていくような速度で駆け出す、と言うより飛びかかる勢いで迫る。

 その背はすぐに近づいてきたものの、やはり振り回されるようにその場から無理やり引き剥がされる。ぎち、と歯噛みしながら、圧倒的な空気抵抗にて腕が晒される感覚を味わう。

「どうすれば……」

 床を踏み締める。
 しかし、打開策が浮かぶわけでもなく、胸の内でむしゃくしゃとした焦りにも似たむず痒さがただ燻り、声にもならない力みが拳を白く染めた。──その感情の吐き場も見いだせぬまま、時間は過ぎていく。

 ふと、背後に何かが動く気配を感じ、振り返ろうとしたレイの足がずるりと力強く引っ張られて前倒しになった。視界に入る、鋭い突起。高速で突き抜けて瞬きすら追いつかない速度で迫って来るそれを視界の中央に捉え──

 ──ドスッ。

 ※※※

「──私は」

 白濁とする思考の渦に飲まれ、ミズキは佇んでいた。
 それを見守る少年と──不死鳥。計四つの瞳に見つめられ、問い詰められているような気がして、ミズキはたらりと汗を流す。

 レイくんの成長を度外視するのは……でも、かと言って助けに行かないと何のためにここにいるのかが……でも、決意を無下にしては……。

 どこか一点をジッと凝視し、頭の中で堂々巡りし始めた思考を張り巡らせる。
 徐々に絡まっていく思考の行く末が、遠く遠く、遥か遠くにまで離れて行って見えなくなってしまった頃、ミズキの目は涙で潤んでいた。

「私、は……」

「ちょ、聞いたのは僕ですけれど、何も泣かなくても良いんじゃ……」

 声を挟む少年の声すら耳に届かず、ミズキの思考は絡まって絡まって、遂には答えすら見失って。それでも、何を考えているのかすら分からないのに、思考は続く。

 ──叫び声が、聞こえてきた。

 それは怒号のような、悲鳴のような、よく分からないものだったが、ミズキの意識を掬い上げるのには十分過ぎるほど、大きく、心を揺らがしたのだった。

「……行く、です」

「そ、そうですか……。って、え? ウソでしょ。ちょ、おいてかないで!? 怖い怖い!」

 背後で聞こえてくる声は意識の外側へ放り投げ、ミズキはレイの下へ駆けつけるべく、飛び上がった。その先にいるはずの、幼い時からの友人でありそして、恋仲にもなった。

 見捨てられるわけが無い。

 例え嫌われてもいい。どうせ一度死んだ身で、普通の人には見えないのだから。
 ──きっと、私がいなくなっても、大丈夫ですよね。

 ──頭の中で、見覚えのある影が振り返って、笑ったような気がした。

 ぶわっと。

 風が肌を叩くのを感じて視線を真上から正面へと下ろして──その先で見たものは、全身を床から突き上がった鋭い突起に穿かれたレイの姿だった。

「──ぁ」

 ガラスが割れたかのような音が聞こえてきたのと同時に胸が激しく痛みを訴え始めた。
 涙が溢れて、頭の中が真っ白になって、

「みじゅ、きッ、しゃんんン……!?」

 腹を貫通して背中から突き出た突起を半ばでへし折ると同時に後ろへ飛び下がる。しかし、慌てたせいか足がもつれてしまい尻もちをついて、落ちる寸前で止まった。

「な、なんで……っ?」

 必死の形相で、汗にまみれた顔と赤い血で濡れた口元が、そして、疲れたような右目が自分に問い質してきた。──何をしに来たのか、と。

 でも、その答えは既に、見つけていた。
 そしてそれは、目の前のその姿を見てハッキリと、心の内に根付き始めた。

「私は、レイくんを助けに来たです」

「──っ! 相手は、精霊狩りだよ。ミズキちゃんの知ってる、あの精霊狩り」

 ずるりと、腹に突き刺さった針にも似た突起を抜いて、そこから出て来るドス黒い液体に、ミズキはその目を見開く。その視線に気づいたのか、さっとそこに手をかざして、精霊狩りを眺めた。

「──ミズキちゃんじゃ、分が悪い。精霊狩りは、精霊を、殺せるんだから……」

 かちん、と。

「そんなこと……」

 ──怒りが、溢れ出した。

「知ってるですよ!」

 びくっとレイの体が縮こまり、その萎縮しきった目がミズキを見上げた。
 それでも、怒りは収まらない。

「だいたい、レイくんは勝手です! 助けて欲しいから呼んだのなら、最後まで協力させてください!」きゅっと、唇を噛む。「──それに、死んじゃうのは、レイくんも同じです」

 ミズキの目が、向ける先を探すように彷徨う。
 その姿に、レイは言葉を無くした。

「──レイくんが死んじゃうのは、堪えられないですよ」

「ぼくだって……ミズキちゃんが死んじゃうのは……やだ……」

「────」

「怖いんだ。誰かがいなくなっちゃうのが。ぼくの前から、消えちゃうのが……」

 傷口にかざしていた手を見つめ、どこか柔らかな表情になる。
 その表情に理解を示すことができず、ミズキは眉をひそめた。

「この手で、守れると、そう思うと、嬉しかった。──だって、ぼくが頑張れば、誰も死なないんだから。もう誰も、死ぬことが無いんだから……」

「私だってレイくんが死んじゃうと悲しいんですよ」

「──ァ、ぇ」

「当たり前じゃないですか、そんなの。きっとレイカちゃんも、ネネさんも、その他の皆も、レイくんが死んじゃったら、死んでなくても、傷ついたら、悲しいに決まってるです」

 目を伏せたミズキを見上げ、レイは瞬きをした。
 苦しそうな、悲しそうな、そんな顔をしたミズキを見上げ、そっと胸に手を当てる。

「──レイくん、頑張るのは、いい事です。でもそれは、一人でじゃなくて、皆と、です。皆と協力して、頼って頼られて。頑張るって言うのはきっと、『助け合う』って事なんですから」

 ──受け売りですけれどね、と。

 ミズキは苦笑いしながら答えた。
 胸が締め付けられるような、それでいて、どことなく心にぽっかりと穴が空いたような何かが、胸の内で燻った。

「ミズキ、ちゃん……」

 頼りなく呟いた矢先、ミズキが目の前に顔をぐいっと近づけた。

「良いです? よく聞いてくださいです」ちらりと精霊狩りを見る。「私が今からなんとしても二秒は、アレの注意を惹きつけるですから、その間に倒してほしいです」

「……ぇ?」

 頭に、何かを詰め込まれた気がして、耳鳴りが遠くの方で鳴り響いた。

 良いですか? 準備は──、

 耳どころか、体中に物を詰め込まれた気がして、心の端っこでぬいぐるみの感覚を味わっている心地になりながら、遠くの方から聞こえてくる女性の声を聞く。

 さん──、

 ──やめて、行かないで。

 にぃ──、

 ──なんでもするから。

 いち──、

 おねがい、待って。

「行くですよッ!」

「──ッ!」

 意識を置いていくように、自分の体が動き出した。
 覚束ない走りで向かっていく自分の背中が、とても小さいもののように見えた気がした。





[あとがき]
 次からは更新忘れないようにします。ごめんなさい。
 今月は月末連続できないかも……。書くスピードが段々と遅くなっているので……。
 ストックもほぼ消えている……。早く書けるよう努力します。

 次回は8月7日に更新します。よろしくお願いします。
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