当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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四章 進む道の先に映るもの

225話 『夜伽』

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「ぁ……」

 駆け込んだ先は、前回、カエデと直接出会った場所だった。広く真っ白な部屋に入ると、正面に筒状の足場があり、それを螺旋階段で上っていく形になっている。

「ナナセさん、入り口を塞いで貰えますか? 私達は向こうで少しだけ用事を済ませてきます」

 顔が隠れるくらいにフードを深く被った彼女はこくんと頷いて、車椅子から手を離すと、振り返り、入り口をまるで初めから無かったかのように岩壁を作り上げ、塞いだ。
 そこに重ねるように三重の壁を形成し、ひとまずの安穏を得たレイは吐息する。

「この上です。行きましょう」

「う、わ──!?」

 ふわりと車椅子が浮かび、早くも落ちそうになったレイを抱え込んださくら。彼女はそのまま筒状の足場の上へと飛んでいき、すとんと着地した。
 軽めの衝撃に目を白黒させて、そこから周囲を見渡す。

「……似てる」

 そこは屋上と同じように操作するための台座が一つだけあり、それ以外は何もない、強いて言えば螺旋階段の内、上から数段がここから少しだけ見える、と言うくらい。

「すみません、ああ言った手前なんですが……少しだけ、下りてもらえますか?」

「え、あ、はい。分かりました」

 レイが車椅子から下りると、さくらは自分で車輪を回し、パネルのついた台座に近づいていった。それを見つめながら、つい先程までの会話を思い返す。

「ゴミと一緒にしないで、かあ……」

 自らの努力を蔑ろにしてきたレイは、改めてその言葉を吟味していると胸の内に奇妙な違和感を覚えて不機嫌そうに顔をしかめる。それはまるで何かズレているような、擽ったくて、ねっとりとした気持ちの悪い感覚。吐き気にも近いけれど、明確に違うと分かる気持ち悪さ。

 でも、やれる事をやり切った感覚はしなかった。あの時ああしていればとか、ここはもっとこうできたとか、嫌になるくらいに思い知らされる。痛感する。一人では、上手くできない事も多い。

 けれど、それはイコール努力じゃなくて、努力とイコールなのは結果だと、レイは確信していた。もっと深く考えていればこうなっていた、もっと手際よく回せばこうはならなかった。そういった事が無数にあって、その分だけ、自分は努力を怠っていると断言できる。

「……違うのかな」

「剣崎くん! 何度もすみません! 一部の機能が機器に繋がらないみたいで……下の方に見てきてくれませんか? 今ちょっと手が離せなくて……」

「あ、はい。分かりました」

 考えるのは後にしようと、レイは螺旋階段を壁を見ながら螺旋階段を下りていき、入り口から見える方と反対側にその蓋を見つけた。正確には、その取手を。
 壁と同化しているようにも見えるその蓋を開けると中には幾つものスイッチと配線盤が並んでいて、正直なところ全部同じに見えた。

 屋上のパネルは分かりやすかったのにと顔をしかめ、幾つもあるスイッチをそれぞれ見比べていく。よく見ればスイッチの下に小さく文字が書いてあったものの、それが何を意味するのかは分からない。

 もういっそ、全てのスイッチを切り替えてやろうかと思った矢先、

「……ぁぇ?」

 すっと、自分の予期しない形で腕が動いた。幾つかのスイッチを勝手に切り替えていく自分の腕を見つめながら呆然と、スイッチが切り替わっていく様を見続ける。

「…………」

 理解の外側で進んでいく状況にただただ置いて行かれているレイ。

「ありがとうございます! 助かりました!」

 目を白黒させている内にスイッチを切り替え終わり、その手は動くのをやめていた。
 その手を見つめて黙り込む。ごくりと、喉が鳴った。

 まるで、自分が喰われているような、上書きされているような、そんな気がして背筋が凍り付く。勝手に動いていたその手を見つめて、握り締めて。長い、長いため息を吐く。

「……だいじょーぶ」

 自分にそう言い聞かせて蓋を閉め、螺旋階段を上がって行った。上では、さくらがまだ色々と操作している姿が見える。

「これで──」

 ──ヴォ、ン。

 そんな音と共に空中にホログラムの画像が浮かび上がった。そこに映るのはさくらの顔。


「映ったよ!」

 そう彼女に伝えると、さくらは小さく顎を引いて、一言。

「──私達は、テロリストです」

「……は?」

 呆気にとられたレイが眉を上げた瞬間、岩壁が崩れていく音が響き渡る。
『暗黒』を堰き止めていた壁が、遂に全て破壊されてその波は崩した岩壁の一部を飲み込みながらレイへと無数にすら届きそうな圧倒的な数のその手を伸ばしてくる。

 それを心をどこかに置き去りにしたように眺めながら、ふと、思い出した言葉があった。

 ──私達の魔力を欲して襲い掛かって来ているのだと思います。

 ──私達の残り魔力も少ない……。

 それは、つまり……。

「──ぃ、ゃ」

 足を腿を胴体を腕を肩を首を髪を顔を全てを、その手に掴まれ握られ捕まえられ、大きく見開いた目はその向こう側から流れてくる巨大な瞳へと向けられる。
 苦痛と恐怖と狂気とを訴えてくる『暗黒』の渦に飲み込まれて視界いっぱいに狂気と暗闇が覆い被さり、体の自由をいとも簡単に奪われてしまった。

 呼吸をしようとするたびに喉の奥を優しく撫で回されるような不快感と怖気を誘い、嫌になるほど耳元で狂気を甘い愛のように囁き、鼓膜を千切り捨てるかのような叫び声を上げ、あちらこちらから自分を凝視する眼差しに寒気を覚えた。

 溺れていくような永遠の闇と恐怖と苦痛の中、全身を内外問わずまさぐられるような気色の悪さと黒く塗り潰されていく記憶の数々。

 幸せと嬉しさに満ちた家族の姿。大切な人達との時間。忘れていた日々。楽しい事も辛い事も、全部全部、消えて無くなって意識すら曖昧になっていく中、一人の姿を幻視する。

「────」

 ──負けないでと、そう応援された気がした直後、意識は黒く塗り潰された。

 ※※※

 ぽつんと、取り残された気がして、直前に不可解な放送をしたそのテレビを見つめたまま、レイカはその場に立ち尽くした。

「んにゃぁ……?」

 滝本夕美と言う名の小説家の女性の家に、二弥との仲直りのアドバイスを聞くために訪ねて来ていたレイカ。彼女が紅茶を淹れてくると、その間にテレビをつけたレイカは、その放送を見た。

 自分の義兄になったはずのレイの声らしきものが聞こえてきた、放送が。

 しかも、その放送で出演していた女子によると『テロリスト』なんて言う単語だけが届き、それ以降放送が途切れ、元の番組に戻っている。

 たった十秒にも満たない放送。しかしそれでもその心を殴りつけるには十分過ぎるほどの威力を持って揺さぶって来た。

 何をしたらそんな物騒な単語が出て来るのか、分からない。
 ただでさえ二弥との仲直りとか、色々と考え込んでいてこんがらがっていたのに、そこに『テロリスト』なんて単語が混ざってきて……頭の中身を一言で纏めたら『カオス』と言って差し支えない事になっていた。

「な、なんでテロリスト……? しかも、なんでレイくんの声……? ホワッツ?」

「紅茶を淹れて……って、どうしたの? 立ち尽くして」

 眉をひそめる彼女に振り向いて、手に持っていたリモコンを少しだけ屈んでそっとテーブルに置く。その一連の動作を眺めながら片眉を上げる滝本夕美に「ゆーさん……」と震える声でその名前、もといあだ名を呼ぶ。

「ん? 何かあった?」

「……ちょっとごめん! 今すぐ確認したい事できたからまた今度!」

 鬼気迫るレイカの表情に、片目だけ緑内障のせいでオッドアイじみたその瞳を瞬かせて滝本夕美は困惑気味に頷き返した。

「え? ええ、良いけど……」

 大慌てで走って行くレイカを見送り、滝本夕美は小首を傾げる。

「何かしちゃったかしら……?」

 こぢんまりとしたその家を飛び出し、レイカは文字通り真っ直ぐ自宅へと突き進む。すぐ側のポストにジャンプして飛び乗り、塀の上を走って助走をつけて隣の家の屋根へジャンプ。

 そこからはすぐだった。住宅地の家と家の間の車一つ分程度の道幅なんてものはひとっ飛びで飛び越え、青い瓦屋根の上で眠っていたネコの側を走り抜け、驚いて飛び起きたネコに謝りながら家に向かって行った。

 直線距離約五百メートルを一分も掛からずに駆け抜けたレイカは、勢い良く玄関を開け放って「ネネさんネネさん!」と靴をバラバラに脱ぎ捨ててリビングへと猛ダッシュ。

「ちょっと待って。今電話中……」

 携帯電話を耳に当て、はい、とか分かりました、とか言いながら頷いたりするネネを睨んで「聞いてよーっ!」と服の裾を掴んで前後に押したり引いたりすると頭に鉄拳を喰らい、頭を押さえネネに背中を向けてしゃがみ込んだ。

「ええ……。はい。…………分かり、ました……」

 何かを抑え込むような苦い顔をするネネには気づかず、レイカは両手で殴られた箇所を押さえながら「おおぉぉ……」と唸っている。

「……ではそのように」

 電話を切ったネネは、大きなため息の後にしゃがんでわしゃわしゃとレイカの頭を撫で回した。

「う、ひゃあ!?」

 裏返った声を上げたレイカはバッと振り向いた。そこには、にこにこと笑うネネ。その顔に怖気を感じ、咄嗟に身を守るべく自分の体を抱き抱えた。

「──レイカちゃん」

「な、なに……!?」

 バッドエンドである『擽りの刑』を避けるべく、ネネの一挙手一投足に細心の注意を払うレイカ。しかし、その警戒は杞憂に過ぎなかった。

「今日の夜ご飯、何食べたい?」

「……え?」

「今日、レイカちゃんの好きなもの作ってあげる」

「ど、どしたの? 急に……」

「明日はレイくんのお帰りパーティだし、今日はレイカちゃんの好きなもの作ってあげよーかなって思っただけ。あ、いらないなら私の好きなやつ作るけど?」

「いる! 生姜焼き! ぶた肉!」

「分かったわ。豚肉の生姜焼きね」

「てかそれより聞いてよネネさん!」

「何なに? どうしたのそんなに慌てて……」

「レイくんの声がね! テレビから流れてきたの!」

「……聞き間違いじゃない?」

「違うって! しかもさ! そのテレビ、『私達、テロリストでぇーすっ!』みたいな感じの事言ってそれだけ言ったら消えちゃったんだよ!? なんかヤバくない!?」

 ほっぺたに人差し指を当てて、もう片手を振り上げピース。アヒル口に片足上げて斜め四十五度。派手な決めポーズとウィンクをキメてみたレイカに弱めのチョップを繰り出す。

「少なくともテロリストには思えない言動ねぇ、それ……」

「と! に! か! く! ──レイくん気になるからガッコ電話してよー! ねーえーっ!」

「もー……分かったわよ……。電話ね電話。……はあ」

 まだ手に持っていた電話で今度は学校へ電話。

「すみません、三年の……えっと、剣崎レイくんの保護者ですが、その……今どうしてらっしゃるか分かりますか?」

「…………」

 電話するネネを見上げるレイカの瞳に、用意したように落ち込んだ顔が映り込んだ。
 ふぅ、と一息ついて電話を切ったネネはレイカに一言告げる。

「レイくん、向こうで怪我しちゃったんだって」

「……それだけ?」

 凝視するレイカの瞳ににこりと笑顔を見せて、その頭をぽんっ、と叩く。

「ん。それだけ。それ以外はいつも通りだって」

「……わかったよ」

「それじゃあ私、今から買い物行ってくるわね。生姜焼き、楽しみにしててねっ」

「楽しみに、してる……」

 胸の内にわだかまるもやもやに眉をひそめながら、レイカはネネが出て行った後の玄関を見つめ、うにゃぁぁぁあああ、と叫びながら頭を掻き回した。

「そう言えば何すれば良いか分かんなくなってゆーさんとこ行ったんだったァァァ……!」





[あとがき]
 久々にレイカちゃん書いたので、読み返しながら書いてます。
 なんか違和感、とか思ってたらごめんなさい。

 四章も残り少ないので、四章の終わりまでは次回予告っぽいやつやっていきます。

 次回予告!
 二弥を連れ出す方法に頭を悩ませるレイカ。思い詰めた顔で電話に出るネネ。塞ぎ込み、心を閉ざした二弥の耳に投じられたその音は、果たして希望か絶望か──。

 次回!第226話!『乗り込んだ船はあまりにも小さい』!お楽しみに!

 さて、月末連続更新なので、まだ続きます。十月一日まで。
 それじゃあまた明日!
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