当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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六章 『追憶の先に見えるもの』

250話『掴めない朧げな記憶たち』

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「────」

 レイカは既に機械兵──アンドロイドと呼ばれていた物の外装を脱ぎ捨て、『会社』内を歩いていた。その中に入る事には苦労しなかったが、レイカは、どこか奇妙な感覚に囚われていた。

 思考にもやが掛かるような、奇妙な感覚に。

「どうしたの? 何を不安がる事があるの?」

「……あー、何も無い。奥へ進もう」

「そう……」

 軽く頭を振って、頭の中に浮かんできそうだった光景を吹き飛ばすと、彼女は建物の中へ、裏口のような小さな扉を通って中へと入って行く。そうして息を詰めて、通路の奥を見据え──直後、二人は突然に鳴り響くサイレンに目を見開いて身を硬くした。

『正午になりました。これより五分後、試用運転していた電磁パルスドームの範囲を拡大します。職員の方は中へ、市民の方はそのまま建物内で待機して頂きますようお願い申し上げます』

「これ、は……?」と困惑した様子で立ち尽くすレイカ。

「分からない……けれど!」そう言いながらメルが振り向いて、入口の向こうを見やる。「ここにいたら大変な事になる……! 行くなら早く行こう!」

 サイレンの中、メルはふっ、と息を飲んだレイカを振り向き見た。彼女はすぐに行動を開始し、メルを追い越して奥へ、走る。メルもそれに続いて走って行った。

 ※※※

『──申し上げます』

 その建物の中で、彼女は台詞の書かれた用紙を片手に、マイクに向けてそれを話していた。
 繰り返して、もう一度だけ話した後、一通りの仕事を終えた彼女は肩から力を抜く。

「お疲れ様」

 そう、背後から初老を既に迎え、白いものを黒い頭に少し混ぜている男性が、彼女の仕事を褒めた。椅子に座っていた彼女は、背中から話しかけられたその声に僅かに眉根を寄せたが、それを見る者はいない。

 彼女は立ち上がり、男性に向き直る。

「ありがとうございます」と、彼女は人形のような笑顔で言った。

「いやあ、ネネさん? 僕は、そう不機嫌そうにしないで欲しいなあ。一応、君とは昔からの付き合いだ。今更、別れたくはないよ」

 ネネと、そう呼ばれた彼女は、前髪による陰で目元を暗くした男性に「いえ」と瞑目して、小さく頭を下げた。

「不機嫌ではないです。今日は朝からいい事ばかりでした。……茶柱が立っていましたし」

「茶柱か! ……そう言えば、最近はお茶、飲んでないなあ……。懐かしいよ……」

「そうですか」

 気の無い返事をするネネに、男性は「あのねえ……」と苦笑混じりに言う。

「僕はさ、別に人類の滅亡を心掛けてるんじゃないんだよ? ただ、救える範囲しか救えなかっただけで。だからほら、君の事も、彼らから救ってあげたじゃないか。レジスタンスとか名乗ってあちらこちらで暴れたりしている、テロ組織からも」

「……そうですね」

「君は今『ストックホルム症候群』なんだよ。君を連れ去ったテロ組織レジスタンスは、各地でどうにか生き延びた人達の物資を理由をつけて奪い、独占しようとしている。そんな彼らに同情するのは、お門違いだろう?」

「……貴方を」

 ──怒るのは、順当だ。

 そう言おうとして、ネネはくっと口をつぐんだ。歯切れ悪く押し黙った彼女の態度を不審がり、男性は首を傾けて、眇めた目をネネに向けた。

「ん? 何?」

 沈黙するネネ。

「答えてよ、ネネさん」

 少し強めの口調で言われ、彼女は短く息を吸うと、ゆっくりとだが、話し始めた。

「……いえ、貴方の言う通りかもしれないな、と」

 そう言うと、ネネは肩の荷を下ろした気分でそっと息をつく。
 彼はそれでもまだ疑り深い目を向けていたが、やがて指を一本だけ立てて話し始める。

「──このまま行けば数年後には地球は、南極を除いて全てこの電磁パルスで包む事ができるんだ。そうすれば『白銀の魔女』の降らせる雪や、吹雪なんて、簡単に防げるんだから」

「分かってます」

「なら、そんなに悲しい顔をしないでくれよ。……レイカも、悲しむだろう?」

 最後に付け加えられた一言、その一言に反応し、彼女は口を引き結んで眉をひそめる。視線はただ一点、彼の顔へと注がれ続けていて──それから、少しだけ時間が経って、男性が「降参だよ」と力無く両手を挙げた。

「今のは僕が悪かったよ。許してくれ。……でも、もうあの子は戻って来ない」

 拳を握り締めたネネ。それを尻目に見て取った男性は、一言。

「娘の死は、受け入れなければならない。君も、早くそうしてくれ。見てる僕が辛いよ……」

 そう言って彼はネネに背を向けて部屋を出て行った。

 それを立ち尽くしたまま見送り、大きなため息を吐く。そうして背後の椅子を後ろ手で回転させて勢いよくどかっと座ると、彼女はぼんやりと天井を眺めた。

「レイカちゃんを薬漬けにしておいて、よく言うわ……」

 まるで、天に唾を吐いた気分だった。

 ※※※

「────」

 廊下を無言で走る二人。レイカは先頭を考え事をしながら走っていた。既にサイレンは止まっており、静かな廊下に小さな足音が軽く響く程度で、悩みの種はそれではない。
 ──悩みの種は『思い出される数知れぬ光景』達だった。

 それらは、彼女の頭の中に浮かんでは消えていく。一人の少年と、胸の大きな女性、チンピラのような格好の男性。そんな三人と、笑いながら過ごす日々。
 それが妙に懐かしく、また、それらとは別に、この場所にも僅かながら既視感を覚えていて「遅くなってるよ」

 レイカは背後から声を掛けられて、ちらと後ろを振り向いた。

「考え事してたの?」と訝しむ様子で彼女は尋ねた。

「あー……まあ、そンなところだよ。人一人見当たらない、無駄に広いこの建物の事とかね」

「それはいいけれど、このままだと……」と言ったところでメルが目を見開き、レイカがそれを見て取り正面を向く。

 ──ある種、間違いでもなかったメルの心配は、すぐ目の前に現れた。
 通路の突き当り。左右に分かれた道。目の前、一人の女が通り過ぎようとしていた。

 ここにいるかもしれない人間に見つかる恐れ。
 それが、障害となって目の前に現れた。

「──ッ!」

 肩を落として歩く女は、とほとぼと力無く歩いていた。その女の出現──と言うよりも、人がいた事実、あるいは気配も無く唐突に現れたその女に対しての驚き──に目を剥いたレイカ。

 そしてすぐに鋭く目を尖らせると、メルを抱き寄せ女の後ろに滑り込むような動きで背後を捉え、腰を折り曲げ天井に向けて跳躍。壁と天井に腕と足を力強く当て、捕まえていたメルを腹の上に。──支えの無いその場所で、彼女は壁と天井に四肢を押し当てて留まっていた。

 ──それを完遂するまでにおよそ一秒。

 小刻みに体を震わせる彼女は、辛苦を噛み潰さんとする笑顔を浮かべていた。

 通路を歩いていた女はそこでぴたりと動きを止める。
 それにメルが息を飲み、咄嗟に口を両手で押さえた。

 辺りを見回す女。どこか、違和感や疑念の元を探している様子の女を見下ろしてメルは息を殺して静かにレイカの腹の上で丸くなっていた。

「……気のせい?」

 彼女は頭をかいて、それから再び歩き出した。
 それを見送って、この通路に誰もいなくなった事を確認してから、メルは息をつく。

「下りても大丈夫だよ」

 メルの言葉を聞くと、レイカはフッ、と息を吐き、額に汗を滲ませながら腹の上に乗せていたメルを引っ掴んで隣に立たせ、床に下り立った。

「すごいね」

「やろうと思えば誰でもできる。──ただし、力加減をしくじると落ちるが」

「私はできないよ、なんでできるのかビックリするくらい」

「あー、また後でな。今は社長室に行かなければ。──いったい、どこにあるンだ」

 ぼやくレイカは横に伸びている通路をそれぞれ見やる。メルは、押し黙って自分の掌を眺めていた。数秒だけ間が空き、「悩んでいてもしょーがない」とレイカは頭を振る。

「これだけ広いンだ。きっと、マップがどこかにあるはずだ。それを探そう」

「ん。りょーかい」

「ひとまずは手探りから行かなきゃな……。時間がかかりそうだ。早めに行こう。あのバリアの件もあるし、外の様子も気になる」

 そう言ったレイカは、通路を再び走り始める。掌から視線を外したメルも、彼女の後を追って通路を走り抜けた。

「ねえ」

 走り始めてすぐに、彼女は尋ねた。

「うン?」

 動きながら振り向くレイカに、少しの迷いを見せてから、唐突な疑問を、彼女はレイカに問いかける。「──何か、変わったことはあった?」

 その真意を汲もうと目を伏せ、少し考えたレイカは「変わったこと?」と、結局答えに行き着かず、片眉を上げたレイカにメルは一つ、指を立てた。

「例えば……『記憶に無い思い出が思い出される』とか」

「…………無いな」

 少しも目を逸らさずに言い切ったレイカの顔を見て「そっか、ありがと」とメルは納得した。

「……それじゃあここじゃないのかな?」

 そう、俯いて小さな声でぼそりと呟いたが、その声はすぐ前にいたレイカには、走っている風切り音に阻害されて届くことは無かった。

「メル、君の目的は知らないけど、今はこちらに集中してくれるとありがたい。……保険を、できれば使わずにいたいんだ」

「保険?」と思わず聞き返したメル。

「ああ。──エミリちゃんと、るんちゃんだよ」

 歯切れの悪い答えに、目を眇めるメル。

「……あの二人が?」

 そうして、前を走っていた彼女は立ち止まり、くるりと振り向いて、メルに体の正面を向けながら、大きく息を吸って一言、告げた。

「そうだ。──ワタシ達は恐らく、その二人の敵になるからな」

「……どういうこと?」

 彼女の言葉を冗談だと思いたかったメルは、彼女の目を見てその考えを訂正。そして、今度はその言葉に正気を疑った。彼女の言うことはつまり──

「あの二人は……自称白銀の魔女の回し者?」

「違う」

「……なら、七つの大罪の、一人?」

「それも、違う」

「それじゃあ──」

 結局のところ、どうなの。
 そう聞こうとして、その前に答えが返ってきた。

「──聞くに、エミリちゃんには洗脳を解除する力があるらしい。もし、彼女が私達と共に行動し、捕まえられたら──と思うと、別行動するべきだと考えた。……この事はワタシと、るんちゃんしか知らない。杜撰かもしれないが、エミリちゃんが無力化された瞬間にワタシ達が詰むのは避けたかった。……そして、もしこれからワタシ達が操られたとしても──」

「これから、あの子がここへ来る?」

「そういうこと。そして、洗脳を解いてもらえればワタシ達は洗脳されたフリをして敵の行動を把握できる。上手く動けば、彼らの行動を逐一共有できる、最強の手札にもなるんだ。──彼女は、世界を救う重要人物だ」

「……試練と被らなきゃいいね」

 そんなことを言って、メルは目を閉じ、少しだけ思案に耽る。
 それから十秒ほどで「うん、りょーかい」と顔を上げる。

「なら私達の行動はしばらくは変わらない。いつあの子達が来ても、私達はしゃちょうを脅して取り押さえるだけなんだ」

「ああ。……そして、その手札はできれば切りたくない。このまま円滑に進められれば、おそらくはワタシ達の勝ちだ。それが失敗した時にのみ、その保険が発動したらいいくらいの感覚でいきたい。……長話したな。早く進もう」

「ん。分かったよ」

 ※※※

「──まだ、チャンスはある!」

 彼女はその顔に笑みを浮かべながらずんずんと街道を歩いていた。
 アスファルトを力強く踏みしめ、背後に三人の『奴隷』を引き連れ、正面、大きくそびえる一つの巨大ビルを一直線に目指して。

 笑みの理由は打ち砕かれたはずの理想を、再びその手にできるかもしれないと、そんな事であった。

 希望に満ち満ちたその目は真っ直ぐ、確かな道を見据えていた。

「今度こそ、失敗しない……! アイツを殺して、お兄ちゃんを取り戻す! 絶対に、アイツの好きにはさせない……! 私が勝てなきゃ、お兄ちゃんが帰って来ない! 勝って、取り戻すんだ! お兄ちゃんに恩返しするんだ! ──たった一人の、私のヒーローに……」

 それは自分へ言い聞かせるように、自己暗示のように、何度も何度も、同じような内容の言葉を繰り返して繰り返して、突き進む。

 その目は、理想の光景のみを映し、それ以外の昏い感情は一切合切、その小さな瞳からはかき消えていた。──まるで、地獄の中に救いの光を見たかのように。

 彼女の想いは加速し飛んでゆく。

「ああ、楽しみ! またお兄ちゃんとお話して……今度は、今度こそは……!」

 ──その頃、ヘリコプターの中でるんちゃんの膝の上に乗り、エミリは遥か遠く、今はまだ見えない『会社』の面影を想像しながら、名無しとの計三人でそこへ向けて一時間も無い空の旅を三半規管を揺すられながら味わっていた。





[あとがき]
 祝!二五〇話!ひゅーひゅーぱちぱち!
 ……プロット見直してて思いましたが六章の一番のヒロインはきっと愛香ちゃんですね。
 心が痛くなりますね。
 はい、次回予告!
 次回更新は四月七日!
 執筆速度が物凄い下がってる…!
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