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六章 『追憶の先に見えるもの』
252話『彼らは愛を知っていた』
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──何を考えていたのだろう、と愛香は考えていた。
彼に同情したのか、もし、そうでなければレイカは自分の手元に置いておくのが一番に感じられた。けれど、そうはできなかった。
──愛する人、大切な人が傍にいない。もしくは、傍にいるのに何もできない事が辛いのは、この数年で彼女の内に蓄えられた、感情の一つだった。
何もできなくて、胸に大きな風穴が空いて、すうすうとその間を風が抜けていくような、薄ら寒い感覚を覚えた事があった。それを少しでも、あの時のような温もりで埋めようとして、『お兄ちゃん』と歳の近い若い男達を集めてはみたものの、それは一向に治る兆しを見せなかった。
それどころか、更に酷くなっていくようで彼女にはそれを持て余していた。
『怠惰』とはよく言ったものだと、彼女は苦笑いする。
今、愛香はこのビルの最上階に位置するトランスポーターを起動させるためのセキュリティコードを、彼女の持つ携帯端末に送られてくるのを待っていた。
そしてまさに今、彼女は訪れるはずの決定的な瞬間を待ち望んでいる。
──きっと来るだろう『エミリ』を打倒して、『お兄ちゃん』を取り戻すための時を。
携帯が振動し、セキュリティコードが届いた事を愛香に通知した。
愛香は、携帯端末を電子パネルに翳し、ヴォォ──ン、と音を立てて青く、淡く光り始めたボードの上に乗る。その隣に、メルが乗る。ガラス張りの天井を見上げると、曇り空の下に、一つの飛行物体が見えた。
「……もうすぐだよ、お兄ちゃん」
必ず助けると、そう誓って。
一瞬の強い青い光に包まれ、二人の姿はその場から消え去った。
後には何も残らず、無人となった静けさだけがその場に漂っていた。
※※※
「──ッ!」
ヘリコプターから下りる時、エミリは強い頭痛に頭を押さえ、その場に崩折れた。
唸るエミリ。その頭の遥か上空では青い光が一瞬だけ強く発光していたが、誰もそれには気づかなかった。そんなエミリに、るんちゃんは駆け寄る。
「ど、どうかしましたか!?」
「──ヘーキ。ダイジョーブ」
「そ、そう、なんですか……?」
「うん。──それより、気になる事ができた」
「気になる、事……ですか?」
「うん」と頷きながら、エミリは指を伸ばした。「あの下くらい?」
今は遥か遠く、ぼんやりと雲に隠れ、影が薄っすらとだけ見える浮島を指さしたエミリの指の先を、るんちゃんは見た。
「あの場所……が、どうかしましたか?」
「あの下で、誰かが呼んでる」
「……誰かって」
「女の子。でも、ちょっと変」
「変……ですか?」
「うん。水の中みたいな声」
それを聞いて、るんちゃんは辺りをくまなく見回した。
少し先に、除雪され高低差が二メートル弱はあるだろうアスファルト舗装の道路と、コンクリート造りの建造物が見え、それ以外には視界に映るのは広大な雪の大地と薄暗く曇った空だけだった。
「この辺りには何も無さそうですけれどね……水なんて……。聞き間違いとかじゃないですか?」
「……そう、かも?」
「きっとそうですよ」
「うん、分かった」
そこへ、ヘリコプターから下りてきた名無しが合流し、ちらりとエミリを見下ろした。
どこか、腫れ物を見る目だった。
「どうしたの?」
「……まずいことになった」
エミリから視線を外した名無しは、前を見据えて遠くに──とは言ってもほんの数十メートルの距離の建物群に指を指した。
「まずいこと?」とエミリ。
「ああ。私は、電磁波が覆っているから、浮遊島に直接近づけない。──そう言ったな?」
「え、うん」
「……同じ物が、ここに張られている」
「なっ! ──それじゃあ自分達はどうなるんですか!? この先の計画も、ここを抜けられる前提で建てていたんですよ!? それが──急に前提条件からの見直しだなんて……!」
るんちゃんが言い張るのを他所に、名無しは続けた。
「──だが、もしかしたら、ここを抜ける方法もあるかも知れない。そもそも」と、背後のヘリコプターを指さす。「アレだってあの中から出てきた物だ。出すことが出来るなら、入れる事もできるはずだ。考えろ、なんとしても。そうしなければ──」
一瞬間黙り込んだ名無しの沈黙を受けて、るんちゃんが片眉を上げる。
直後、向けられた鋭い刃を持つ短剣を突き付けられた。
息を、詰まらせる。
「──殺すからだ」
ゆらりゆらりと動く刃先。
「殺されたくはないだろう?」
棟で下から顎を軽く叩かれたるんちゃんは乾いた笑みを浮かべたまま、彼女を睨む。
「……脅しですか」
「さあな」
「焦ってますね?」
「さあな」
「何が目的なんですか?」
「知らん」
名無しの隻眼に、その金色の瞳で睨みつける。
エミリは、二人の傍でこめかみを押さえながら俯いて黙り込んでいた。
「……最初から、怪しいと思ってたんですよ」
「へえ?」
「あんな、何も無い所に急に現れて、急に、自分達に協力したいだなんて。裏が無いと考えられません!」
「それなら逆に、お前は何をしていた? あんな『何も無い所』で?」
「自分達には目的があります! それは、あの避難島へ隠れている七つの大罪の討伐です!」
「なら私もずっと言っているだろう? 『私はあそこへ行き、度会カエデを殺す』と。最初から、ずっとそう言ってきたはずだ」
そう言われ、るんちゃんは顔をしかめて何か、探るようにして視線を彷徨わせた。
それを見て取った名無しは、その続きを語る。
「お前達の目的は私にとっては付随品。たまたま近くに似た目的を掲げた奴がいたから、協力してやったんだ。一方的に力を貸すだけじゃ不公平だろ? それは『協力』じゃない。ただの荷物だ」
軽く、彼女は短剣をコートの内側に仕舞い込んだ。
「悪い事をしたな。それで? 何か案はあるか? 私にはもうお手上げだ」
両手を挙げてひらひらと動かし、敵意の無い事を表明するも、るんちゃんは一歩だけ距離を取り、エミリを庇うようにして二人の間に位置どった。
「それで、心を許せるとは思わない事です……!」
「ああ、分かったよ」
飄々と言葉を受け流す彼女は、るんちゃんの後ろのエミリを見て、指さし「様子がおかしいみたいだぞ」とるんちゃんに一言告げた。
るんちゃんが即座に振り返ると、そこには右目を押さえたエミリがいた。
白いくりくりとした人形のような瞳が入った右目を両手で押さえ、エミリは息を荒くしていた。
「エミリちゃん!?」
それは、溢れんばかりの渇望。その魂へと喉が渇きを訴えかけ、寒空の下に温もりを求めて、一切の光が灯らない暗闇から、自分を引っ張る大きな影が、そのまぶたに焼き付く。
「誰、だれ!?」
少し前にも見たその顔に、動揺が収まらなかった。
乱れる呼吸。
白濁とする思考。
あまりにも暴力的なほどの、愛への渇望。
「エミリちゃん!?」
欲しくて堪らない、愛おしくて堪らない、凍えるような寒さの中で、ただ求めるのは柔らかな温もりだけがあればいいと、震える心が愛を欲して堪らない。
突然の感情の爆発に、エミリが一番困惑していた。
喉が渇き、張り付き、声が上手く出せなくなる。
そして、彼女は黒く染まった両目を大きく見開き、大きく息を吸い込んだ。
「ぁ──」
息が、すっと抜ける。
それは、求めていたものが手に入ったからだ。
──抱きつくるんちゃんの温もりが、少しずつ、エミリの正気を取り戻させていく。
呼吸は落ち着き、右目も白く戻り、左右の白黒オッドアイへ戻った。
縋り付くように、掻きむしるように、エミリは訳のわからない感情から遠ざかるように、るんちゃんの体を強く抱きしめた。
「だ、大丈夫……です、か?」
困惑するるんちゃん。
落ち着き始めたエミリはゆっくりと息を整え、最後に大きな息をつくと顔を上げた。
るんちゃんと目が合い、頷き返す。
「……うん。ダイジョーブ」
「ほんとですか?」
「今度は、ほんと」
「……それなら良かったです」
そんなやり取りが終わったのを見て取って、名無しが「それじゃあ」と声を上げ、二人の視線を集めた。
「この壁をどうするか、それを考えよう」
「……私達にはどうしようもないですよ? 何をすればこれを壊せるのか不明ですし、解析しようにも、ここには設備がありませんから」
名無しは一度エミリを見たが、すぐにるんちゃんへと視線を戻して「それなら」と彼女は考える素振りを見せながら、一つ頷いた。
「……いや、ここがあの辺りならもしかすれば」
「どうしたんですか?」
「……もしかしたら、その設備とやらはなんとかできるかも知れないな。場所は少し離れているが」
「分かりました。……エミリちゃん、それでいいですか?」
「うん。いいよ。入れないと、困るから」
「ならば決まりだ。また少しヘリに乗る。辛抱してくれ」
それを聞いたエミリの顔色が、途端に悪くなった。
傍らでエミリの頭を撫でたるんちゃんが一言。
「頑張りましょう……」
その言葉を受けたエミリがぎこちなく頷き、名無しに次いで乗り込んだ。その時、後ろから「エミリちゃん」とるんちゃんが声をかける。
エミリは振り返った。
「……自分は、信じてますよ」
「うん」
「何があっても、エミリちゃんの事を信じます」
「うん」
「なので、エミリちゃんの考えている事を少しでも教えてもらえると……」
「まだ、ダメ」
「……そう、ですか」
そう俯いたるんちゃんを見て、エミリは思い出したように「ああ、でも」と口にした。
弾かれるようにして顔を上げたるんちゃんに、エミリは告げる。
「悪くないようになってる。はず」
「……? どういう意味ですか?」
「ボクはちょっとだけ思い出したよ」
「っ!」
「ボクは……」
「エミリちゃんは……?」
「光と闇が混ざって出来た人形」
困惑するるんちゃんを尻目に、エミリは席に座る。
ジッと左右で色違いの瞳に見つめられて、るんちゃんはきゅっと喉を締め付けられるような感覚を味わった。
「るんちゃん?」
「あ、ああ! はいっ! 乗りますよ!」
慌ててるんちゃんが乗ったあと、それは動き始めた。
※※※
その時、彼はため息をついた。
そこは社長室。部屋の隅に待機している年若い娘へ視線を向けると、バツの悪そうな顔をして俯いてしまう。そんな事を何度も繰り返していた。
「座りなさい」
彼はさっと彼女の傍にあった椅子を指さして言ったものの、彼女はその場にすとんと座り込んだ。その行動を見て、彼女との意思疎通のできなさに難色を示し、彼は再び何度目かのため息をついた。
彼は思いつめる。どこで選択を間違えたのかと。
思い起こすは過去の情景。
赤ん坊の鳴き声が聞こえてきた所から、彼女との関係は続いていた。
初めて抱き抱えた時にはすやすやと可愛らしく寝息を立てていた。
彼女が小学生になる前に母親は海外へ出ていってしまい、そこで家政婦を雇う。彼女にもたくさんの迷惑をかけてきた。
そして小学生になる頃にはあちら側の者達に追われ、住処を転々とする日々を送っていた。
稼ぎがゼロとなり、貯金が底をついた時には既に、状況は圧倒的絶望の淵へとのめり込んでいた。
──そして、それを救ってくれたのが、七つの大罪だった。
今では「怠惰」や「傲慢」が代変わりしてしまったが、その恩には報い続けなければならないと踏まえている。この会社の運営もその一つだった。
「しっかりしろ」
大きく息をつくと、少しだけ冷静に周りを見回せるようになった気がした。
「今、私の手元には愛する娘がいる。これまで必死に守り続けていた娘が。やっと、今日この日、この子を守ってやれるようになった。──これまでの念願が、叶ったんだ」
そう、確かめるような口調で、彼は思いつめた顔をして俯いていた。
彼の望んだ通りの結果になったはずだった。
身の安全は確保され、愛する娘も取り戻し、これから先の不安要素はもうすぐ撃滅できる。
──しかし、それでもぽっかりと胸に穴は空いて、それが閉じないでいる。
その理由は薄々気が付いていたが無視を決め込んでいた。
「……仕事の疲れか」
まぶたを下ろしてため息をつくと、彼は机に突っ伏した。
「十分後に起こしてくれ」
それだけを言って、彼は現実から意識を切り離した。
夢の世界には現実には無い、思い描いた光景だけが映る。
それは最上の癒やしであり、至福のひとときだ。
何不自由なく、危険の一つもないごく普通の、ありふれたような生活。
妻がいて、娘がいて、働いて、友人と飲みに行ったり家族と笑い合ったり、時には喧嘩をしてしまったり。そんな家族像が夢だった。
叶いもしない夢を、一歩離れた所から見ている自分がいることに気がつくと、それは癒やしではなく、ただの嫉妬のように感じられた。それは例えば、隣の芝生が青く見えるかのような、そんな、他人事にさえ思えて。
「……ああ、どうしてこうなってしまったんだ」
笑ったり、時に喧嘩したり、仲直りしたり、鬱陶しそうにしても心のどこかで大切にしているようなその幸せそうな家族に、彼は憧れと、妬み嫉みを抱いた。
どこで壊れたのかも見当がつかず、気がつけばこうなっていた、と流されていたように感じられた。そして、それを自覚すると後悔の念が一気に押し寄せ──
※※※
「んあ」
揺すられて起きた彼は、寝ぼけ眼を我が娘へと向ける。
「ああ、すまな」
ふと、我に返る。
「……ありがとう」
まだ少しぼんやりする頭をかきながら、ため息一つ。
「警戒しろ……か。流石にもうこれ以上は大丈夫だとは思うんだけど」
思い返す『怠惰』を冠する少女の言葉。
それを飲み込んで、彼は、たとえ理想通りではなくとも、手に入れた幸福を守るために、寝ぼけていた瞳に活力を叩き込んだ。
「もう、手放したりはしない。どんな事があっても、絶対に」
[あとがき]
はい不定期!
ストック無くなりました!
……いや、月一で書いた分を一挙公開方式で行こうかな??
そうします。
次回から毎月一日に更新します。
不満があれば言ってください。改善します。
※次回更新は五月一日行きます。
あと、本気で書くスピードが落ちてるので月一でも現時点での一話か二話しか書ける自信ありません。それについては本気で何か対策打たないと……。頑張ります。
ではまた!
彼に同情したのか、もし、そうでなければレイカは自分の手元に置いておくのが一番に感じられた。けれど、そうはできなかった。
──愛する人、大切な人が傍にいない。もしくは、傍にいるのに何もできない事が辛いのは、この数年で彼女の内に蓄えられた、感情の一つだった。
何もできなくて、胸に大きな風穴が空いて、すうすうとその間を風が抜けていくような、薄ら寒い感覚を覚えた事があった。それを少しでも、あの時のような温もりで埋めようとして、『お兄ちゃん』と歳の近い若い男達を集めてはみたものの、それは一向に治る兆しを見せなかった。
それどころか、更に酷くなっていくようで彼女にはそれを持て余していた。
『怠惰』とはよく言ったものだと、彼女は苦笑いする。
今、愛香はこのビルの最上階に位置するトランスポーターを起動させるためのセキュリティコードを、彼女の持つ携帯端末に送られてくるのを待っていた。
そしてまさに今、彼女は訪れるはずの決定的な瞬間を待ち望んでいる。
──きっと来るだろう『エミリ』を打倒して、『お兄ちゃん』を取り戻すための時を。
携帯が振動し、セキュリティコードが届いた事を愛香に通知した。
愛香は、携帯端末を電子パネルに翳し、ヴォォ──ン、と音を立てて青く、淡く光り始めたボードの上に乗る。その隣に、メルが乗る。ガラス張りの天井を見上げると、曇り空の下に、一つの飛行物体が見えた。
「……もうすぐだよ、お兄ちゃん」
必ず助けると、そう誓って。
一瞬の強い青い光に包まれ、二人の姿はその場から消え去った。
後には何も残らず、無人となった静けさだけがその場に漂っていた。
※※※
「──ッ!」
ヘリコプターから下りる時、エミリは強い頭痛に頭を押さえ、その場に崩折れた。
唸るエミリ。その頭の遥か上空では青い光が一瞬だけ強く発光していたが、誰もそれには気づかなかった。そんなエミリに、るんちゃんは駆け寄る。
「ど、どうかしましたか!?」
「──ヘーキ。ダイジョーブ」
「そ、そう、なんですか……?」
「うん。──それより、気になる事ができた」
「気になる、事……ですか?」
「うん」と頷きながら、エミリは指を伸ばした。「あの下くらい?」
今は遥か遠く、ぼんやりと雲に隠れ、影が薄っすらとだけ見える浮島を指さしたエミリの指の先を、るんちゃんは見た。
「あの場所……が、どうかしましたか?」
「あの下で、誰かが呼んでる」
「……誰かって」
「女の子。でも、ちょっと変」
「変……ですか?」
「うん。水の中みたいな声」
それを聞いて、るんちゃんは辺りをくまなく見回した。
少し先に、除雪され高低差が二メートル弱はあるだろうアスファルト舗装の道路と、コンクリート造りの建造物が見え、それ以外には視界に映るのは広大な雪の大地と薄暗く曇った空だけだった。
「この辺りには何も無さそうですけれどね……水なんて……。聞き間違いとかじゃないですか?」
「……そう、かも?」
「きっとそうですよ」
「うん、分かった」
そこへ、ヘリコプターから下りてきた名無しが合流し、ちらりとエミリを見下ろした。
どこか、腫れ物を見る目だった。
「どうしたの?」
「……まずいことになった」
エミリから視線を外した名無しは、前を見据えて遠くに──とは言ってもほんの数十メートルの距離の建物群に指を指した。
「まずいこと?」とエミリ。
「ああ。私は、電磁波が覆っているから、浮遊島に直接近づけない。──そう言ったな?」
「え、うん」
「……同じ物が、ここに張られている」
「なっ! ──それじゃあ自分達はどうなるんですか!? この先の計画も、ここを抜けられる前提で建てていたんですよ!? それが──急に前提条件からの見直しだなんて……!」
るんちゃんが言い張るのを他所に、名無しは続けた。
「──だが、もしかしたら、ここを抜ける方法もあるかも知れない。そもそも」と、背後のヘリコプターを指さす。「アレだってあの中から出てきた物だ。出すことが出来るなら、入れる事もできるはずだ。考えろ、なんとしても。そうしなければ──」
一瞬間黙り込んだ名無しの沈黙を受けて、るんちゃんが片眉を上げる。
直後、向けられた鋭い刃を持つ短剣を突き付けられた。
息を、詰まらせる。
「──殺すからだ」
ゆらりゆらりと動く刃先。
「殺されたくはないだろう?」
棟で下から顎を軽く叩かれたるんちゃんは乾いた笑みを浮かべたまま、彼女を睨む。
「……脅しですか」
「さあな」
「焦ってますね?」
「さあな」
「何が目的なんですか?」
「知らん」
名無しの隻眼に、その金色の瞳で睨みつける。
エミリは、二人の傍でこめかみを押さえながら俯いて黙り込んでいた。
「……最初から、怪しいと思ってたんですよ」
「へえ?」
「あんな、何も無い所に急に現れて、急に、自分達に協力したいだなんて。裏が無いと考えられません!」
「それなら逆に、お前は何をしていた? あんな『何も無い所』で?」
「自分達には目的があります! それは、あの避難島へ隠れている七つの大罪の討伐です!」
「なら私もずっと言っているだろう? 『私はあそこへ行き、度会カエデを殺す』と。最初から、ずっとそう言ってきたはずだ」
そう言われ、るんちゃんは顔をしかめて何か、探るようにして視線を彷徨わせた。
それを見て取った名無しは、その続きを語る。
「お前達の目的は私にとっては付随品。たまたま近くに似た目的を掲げた奴がいたから、協力してやったんだ。一方的に力を貸すだけじゃ不公平だろ? それは『協力』じゃない。ただの荷物だ」
軽く、彼女は短剣をコートの内側に仕舞い込んだ。
「悪い事をしたな。それで? 何か案はあるか? 私にはもうお手上げだ」
両手を挙げてひらひらと動かし、敵意の無い事を表明するも、るんちゃんは一歩だけ距離を取り、エミリを庇うようにして二人の間に位置どった。
「それで、心を許せるとは思わない事です……!」
「ああ、分かったよ」
飄々と言葉を受け流す彼女は、るんちゃんの後ろのエミリを見て、指さし「様子がおかしいみたいだぞ」とるんちゃんに一言告げた。
るんちゃんが即座に振り返ると、そこには右目を押さえたエミリがいた。
白いくりくりとした人形のような瞳が入った右目を両手で押さえ、エミリは息を荒くしていた。
「エミリちゃん!?」
それは、溢れんばかりの渇望。その魂へと喉が渇きを訴えかけ、寒空の下に温もりを求めて、一切の光が灯らない暗闇から、自分を引っ張る大きな影が、そのまぶたに焼き付く。
「誰、だれ!?」
少し前にも見たその顔に、動揺が収まらなかった。
乱れる呼吸。
白濁とする思考。
あまりにも暴力的なほどの、愛への渇望。
「エミリちゃん!?」
欲しくて堪らない、愛おしくて堪らない、凍えるような寒さの中で、ただ求めるのは柔らかな温もりだけがあればいいと、震える心が愛を欲して堪らない。
突然の感情の爆発に、エミリが一番困惑していた。
喉が渇き、張り付き、声が上手く出せなくなる。
そして、彼女は黒く染まった両目を大きく見開き、大きく息を吸い込んだ。
「ぁ──」
息が、すっと抜ける。
それは、求めていたものが手に入ったからだ。
──抱きつくるんちゃんの温もりが、少しずつ、エミリの正気を取り戻させていく。
呼吸は落ち着き、右目も白く戻り、左右の白黒オッドアイへ戻った。
縋り付くように、掻きむしるように、エミリは訳のわからない感情から遠ざかるように、るんちゃんの体を強く抱きしめた。
「だ、大丈夫……です、か?」
困惑するるんちゃん。
落ち着き始めたエミリはゆっくりと息を整え、最後に大きな息をつくと顔を上げた。
るんちゃんと目が合い、頷き返す。
「……うん。ダイジョーブ」
「ほんとですか?」
「今度は、ほんと」
「……それなら良かったです」
そんなやり取りが終わったのを見て取って、名無しが「それじゃあ」と声を上げ、二人の視線を集めた。
「この壁をどうするか、それを考えよう」
「……私達にはどうしようもないですよ? 何をすればこれを壊せるのか不明ですし、解析しようにも、ここには設備がありませんから」
名無しは一度エミリを見たが、すぐにるんちゃんへと視線を戻して「それなら」と彼女は考える素振りを見せながら、一つ頷いた。
「……いや、ここがあの辺りならもしかすれば」
「どうしたんですか?」
「……もしかしたら、その設備とやらはなんとかできるかも知れないな。場所は少し離れているが」
「分かりました。……エミリちゃん、それでいいですか?」
「うん。いいよ。入れないと、困るから」
「ならば決まりだ。また少しヘリに乗る。辛抱してくれ」
それを聞いたエミリの顔色が、途端に悪くなった。
傍らでエミリの頭を撫でたるんちゃんが一言。
「頑張りましょう……」
その言葉を受けたエミリがぎこちなく頷き、名無しに次いで乗り込んだ。その時、後ろから「エミリちゃん」とるんちゃんが声をかける。
エミリは振り返った。
「……自分は、信じてますよ」
「うん」
「何があっても、エミリちゃんの事を信じます」
「うん」
「なので、エミリちゃんの考えている事を少しでも教えてもらえると……」
「まだ、ダメ」
「……そう、ですか」
そう俯いたるんちゃんを見て、エミリは思い出したように「ああ、でも」と口にした。
弾かれるようにして顔を上げたるんちゃんに、エミリは告げる。
「悪くないようになってる。はず」
「……? どういう意味ですか?」
「ボクはちょっとだけ思い出したよ」
「っ!」
「ボクは……」
「エミリちゃんは……?」
「光と闇が混ざって出来た人形」
困惑するるんちゃんを尻目に、エミリは席に座る。
ジッと左右で色違いの瞳に見つめられて、るんちゃんはきゅっと喉を締め付けられるような感覚を味わった。
「るんちゃん?」
「あ、ああ! はいっ! 乗りますよ!」
慌ててるんちゃんが乗ったあと、それは動き始めた。
※※※
その時、彼はため息をついた。
そこは社長室。部屋の隅に待機している年若い娘へ視線を向けると、バツの悪そうな顔をして俯いてしまう。そんな事を何度も繰り返していた。
「座りなさい」
彼はさっと彼女の傍にあった椅子を指さして言ったものの、彼女はその場にすとんと座り込んだ。その行動を見て、彼女との意思疎通のできなさに難色を示し、彼は再び何度目かのため息をついた。
彼は思いつめる。どこで選択を間違えたのかと。
思い起こすは過去の情景。
赤ん坊の鳴き声が聞こえてきた所から、彼女との関係は続いていた。
初めて抱き抱えた時にはすやすやと可愛らしく寝息を立てていた。
彼女が小学生になる前に母親は海外へ出ていってしまい、そこで家政婦を雇う。彼女にもたくさんの迷惑をかけてきた。
そして小学生になる頃にはあちら側の者達に追われ、住処を転々とする日々を送っていた。
稼ぎがゼロとなり、貯金が底をついた時には既に、状況は圧倒的絶望の淵へとのめり込んでいた。
──そして、それを救ってくれたのが、七つの大罪だった。
今では「怠惰」や「傲慢」が代変わりしてしまったが、その恩には報い続けなければならないと踏まえている。この会社の運営もその一つだった。
「しっかりしろ」
大きく息をつくと、少しだけ冷静に周りを見回せるようになった気がした。
「今、私の手元には愛する娘がいる。これまで必死に守り続けていた娘が。やっと、今日この日、この子を守ってやれるようになった。──これまでの念願が、叶ったんだ」
そう、確かめるような口調で、彼は思いつめた顔をして俯いていた。
彼の望んだ通りの結果になったはずだった。
身の安全は確保され、愛する娘も取り戻し、これから先の不安要素はもうすぐ撃滅できる。
──しかし、それでもぽっかりと胸に穴は空いて、それが閉じないでいる。
その理由は薄々気が付いていたが無視を決め込んでいた。
「……仕事の疲れか」
まぶたを下ろしてため息をつくと、彼は机に突っ伏した。
「十分後に起こしてくれ」
それだけを言って、彼は現実から意識を切り離した。
夢の世界には現実には無い、思い描いた光景だけが映る。
それは最上の癒やしであり、至福のひとときだ。
何不自由なく、危険の一つもないごく普通の、ありふれたような生活。
妻がいて、娘がいて、働いて、友人と飲みに行ったり家族と笑い合ったり、時には喧嘩をしてしまったり。そんな家族像が夢だった。
叶いもしない夢を、一歩離れた所から見ている自分がいることに気がつくと、それは癒やしではなく、ただの嫉妬のように感じられた。それは例えば、隣の芝生が青く見えるかのような、そんな、他人事にさえ思えて。
「……ああ、どうしてこうなってしまったんだ」
笑ったり、時に喧嘩したり、仲直りしたり、鬱陶しそうにしても心のどこかで大切にしているようなその幸せそうな家族に、彼は憧れと、妬み嫉みを抱いた。
どこで壊れたのかも見当がつかず、気がつけばこうなっていた、と流されていたように感じられた。そして、それを自覚すると後悔の念が一気に押し寄せ──
※※※
「んあ」
揺すられて起きた彼は、寝ぼけ眼を我が娘へと向ける。
「ああ、すまな」
ふと、我に返る。
「……ありがとう」
まだ少しぼんやりする頭をかきながら、ため息一つ。
「警戒しろ……か。流石にもうこれ以上は大丈夫だとは思うんだけど」
思い返す『怠惰』を冠する少女の言葉。
それを飲み込んで、彼は、たとえ理想通りではなくとも、手に入れた幸福を守るために、寝ぼけていた瞳に活力を叩き込んだ。
「もう、手放したりはしない。どんな事があっても、絶対に」
[あとがき]
はい不定期!
ストック無くなりました!
……いや、月一で書いた分を一挙公開方式で行こうかな??
そうします。
次回から毎月一日に更新します。
不満があれば言ってください。改善します。
※次回更新は五月一日行きます。
あと、本気で書くスピードが落ちてるので月一でも現時点での一話か二話しか書ける自信ありません。それについては本気で何か対策打たないと……。頑張ります。
ではまた!
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これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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