当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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二章 無意味の象徴

82話 『孤独』

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「うっ、ぐァ、ぁ……ッ!」

 ──少女と言うには少しばかり女性的特徴がしっかりしていて年上のように見られる少女は体の中で暴れ狂う圧倒的な哀しみによって支配されていた

 顔を覆い、爪を立て、涙と血を流し、ありとあらゆる台風のように渦巻く暴力的な感情に蹂躙され、彼女は──ナナセは膝をつき噛み合わない歯を鳴らして、声を上げる事すらままならずにその場に肘をつけて小さな悲鳴を漏らした

 孤独、親愛、不安、哀愁、──様々な感情が立て続けに口の中まで這い出ては奥に引っ張られて別の感情が這い出てくる。それが何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度でも何度でも何度でも──繰り返されて、笑いまで込み上げてくる始末だ

「……ナナセさん」
「安心して下さい。彼女は、今は苦しみの渦中にいますがすぐにそれからも開放され、きっと精霊王を宿してくれるでしょう。彼女の犠牲は、きっと無駄には致しません。それでは、彼女が落ち着きを取り戻し次第、目下の塵芥を殲滅しましょう」

 今、この場には三人しかいない

 車椅子に座った少女──是枝さくら

 両膝、両肘をついて苦しみの喘ぎを漏らしているナナセ

 そしてそんな二人を外に展望台から山を見下ろしているカエデだ

 残りの者は皆、『勇者』の捜索、確保に向かっている。カエデには一つ、確信があった。今日、集まったメンバーの中に『勇者』はいると。それが何を根拠にしているのかは不明だが確信はあった

 そして彼らには彼女が行動を起こすと同時に撤退するように伝えてある。その時はカエデの確信が間違えていただけの事だと割り切れる。──もしくは、その場で『勇者』を発見できるかもしれない

 そもそも、カエデ達には『狩骨』なんて物は存在しない。それは飽く迄、魔力を持つ者を引き入れる際、殺しの躊躇を少しでも軽減するためだ

 人は、自分と同じモノを壊すのに躊躇する。しかし、自分とは違う弱いモノに対してはいとも簡単にそれを実行に移せるのだ。人が人を殺せないように、人が虫を殺せるように。そしてそれは──見事に成功した

 しかし躊躇する者はするので、まだまだ改善の余地はあるが……

 ふと顔を上げると、昼過ぎの太陽が西に傾き始めて少し経ったばかりだった。雲は少なく、快晴と言うには少し心許ないがほぼその通りだと言わんばかりに快い爽やかさだ。もう黒い渦は、その全てが少女の身体に纏わりついて物を言わせない速度で蝕んでいる

 やがて、喘ぎも聞こえなくなるだろう。その証左は少女の声が徐々に弱っていっている事と、彼女を取り巻く渦がその身体を壊さないように抑え始めている事の二つだけだが、何もないよりはよっぽどマシなように思う

「……あと、四つですか」

 この先に待ち受ける困難を想像し、カエデは嘆息を立てて振り返って二人を見た。金髪の綺麗な少女──さくらが悲痛な面持ちで車椅子から身を乗り出し、うずくまるナナセに手を伸ばしていた

「ナナセ、さん……っ」

 さくらは涙を溜めていた。それはまるで今までの自分をかなぐり捨てたかのような、悲哀と焦燥に満ち溢れていて、しかしそれは一人で泣いている子供のような顔にも見えてしまう。その瞳、顔、体、行動が全てを、その感情を物語っている

 『寂しい』と、物語っている

「──行か、ないで……っ!」

 車椅子からついに体が離れ、さくらは前につんのめり、そのままナナセを抱きかかえるような体勢に倒れて金色の髪が乱れ狂う。何本かは膝の下敷きになって音を立てて千切れたりもしたが気にも止めない。止められない

「今までは……弱くて、面倒くさい、どうでもいい人だと、人達だと、そう思っていました……だけど、違う。──違ったんです。あなた達は、私の、大切な人達……、一緒にいてほしい、人達……だって、気づいて……知って……だから、お願い、します……っ。私を、置いて、行かっ、ないでぇ……」

 その訴えにナナセを取り囲む黒い靄は霧散し、ナナセはその瞳を揺らす。そして僅かに微笑んで涙の溜まった顔で唇を動かした

「さくちゃんのことぉー、わたしもー……すきぃー……」

 青い顔を傾けて背中の上にいるさくらと顔を合わせるとそっと、嬉しさを隠す事なく微笑んで見せたのだった

「──っ。ナナセさぁぁん……!」


 ※※※


 車椅子に座りながらナナセさんと手を繋いでお互いに頷き合いました。その時、少し昔の事を思い出して──……。

 ──ずっと進展がなくて、苛ついていたのかもしれない。やさぐれていたのか。そのせいなのか、ずっと皆のことが面倒くさい手間暇のかかる人達だと思っていました。

 あの時のことも忘れてしまっていた。

 二人の姉弟に出会った時のことを。

 二人が、ナナセさんとイツキさんが孤独だった私を救ってくれたことを。

 ──そんな二人の、皆の優しい想いも忘れて、四面楚歌のように感じてしまい、こんな事になってしまった。

 でも、良かった。彼女が無事で。このまま皆が無事なら良いのですが……。

 剣崎零くん。

 新しくお友達になった女の子。男の子のように話していた事に少し驚きを隠す事ができずにいたのでは、と今でも思います。
 でもきっと彼──彼女には何か、惹かれるものがありました。魔力だけではなく、何か……彼女には、魅力がありました。
 何かを変えてくれるような魅力が感じられて、私はそれに惹かれて自ら誘いに行きました。

 ……次に皆さんに会った時には、本当の事をお伝えしましょう。カエデさんにも、お礼を言って……それで、

「ぁつ、ぅおぁ……っ!」
「ナナセさん……?」

 口を押さえて……? ──ッ! まさか、ここで魂の上書きが……!?

「お、にいちゃん……」
「た、……ン……」

 まるで、声が違った、二つの声がナナセさんの口から──

「ナナセさん!」
「ひと、り、に、……しな、いでぇ……」
「ど、こ……見え、ない……ぞ」

 どこか、二人の声に聞き覚えがあって、その声はお互いを……。

「余計な物まで混じっているようですが、ついに、顕現したようですね。土の精霊王──タイタン様が……!」

 タイタン──彼女は、ずっと昔に離れ離れになって、己の作った山に自らを封印して彼らから逃れたはず。

 やはり、私達は皆……。


 ──ナナセの手を強く握り、悲痛そうに奥歯を噛み潰す雰囲気で顔を歪めるさくらを見つめて、人差し指を立ててつくる指鉄砲を天に向けると瞬間的に白い光が空を覆う

 それはとても幻想的で、この山全てを覆い包まんとするほどの広範囲に及んだ
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