ぼくの受難の日々

安野穏

文字の大きさ
上 下
10 / 29

修行の旅の途中

しおりを挟む
 久しぶりに出た外の空気はおいしい。親切なおばちゃんは、たっぷりと昼食を持たせてくれた。フェルは昨日の蒼ざめた顔とは打って変わって、ニコニコと微笑んでいる。レンダークさんがぼくの荷物を持ってくれた。

「モエちゃん、今日はもしかしたら、野宿になるかも知れません。それでもいいですか?」

「うん、ぼくは構わないよ」


 街道にはたくさんの人が行き来していて、ぼくはフェルとピクニック気分で歩いている。リシュラから先は街道が東方向へと南方向への二つに分れる。ぼくたちが目指す初心者の洞窟へは、南に向かう街道を通るのだ。南へ行く道は山越となり、街がない。行き先が行き先だから、それもしかたがない。リシュラで、レンダークさんは携帯用の食料と野宿用のテントを買込んだ。荷物はタクミくんとタクトくんが手分けして持った。

 レンダークさんは、時々脇道にそれる。病みあがりのぼくを気遣ってるせいだ。ぼくたちはそこで少し休憩を取る。その間に、フェルはタクミくんとタクトくんから、剣の稽古を受ける。ぼくはといえば、大地に寝転んでいた。

「空がきれいに見えるでしょう」

 ぼくの隣にレンダークさんも寝転んでいる。

「こうして見る空が私は好きなんですよ。今日もきれいなゼニスブルーですね」

 ぼくにはいつもと同じ空に見える。レンダークさんの息づかいが次第に穏やかになっていく。ぼくは横を向いた。レンダークさんは目を瞑っていた。全身から光りが発せられている。光の精霊が遊んでいるらしい。ぼくには、まだ精霊の姿が見えない。

「モエちゃん、一つになりませんか?」

 ぼくはドキンとする。レンダークさんの問題発言。ぼくだって、もうじき十四才になる女の子だもの。その言葉の意味はわかる。急に何を言い出すんだろう。

「目を瞑って下さい」

 ドキドキ。ぼくは目を閉じる。何となく、今日のレンダークさんには逆らえない。ぼくの頭に妄想が浮かぶ。レンダークさんとの初キス・・・

「深く息を吸って、吐いて、そう、深呼吸を繰り返して下さい」

 ぼくは深呼吸を繰り返した。まだ、ドキドキと胸が高鳴っている。あれ?なんで深呼吸?

「駄目ですか?変ですね」

 レンダークさんが起き上がる気配。わぁ、もうぼくダメだぁ。ぼくは両手で顔を覆った。カァァァァッと顔が赤くなる。

「モエちゃん?」

 ぼくは恐る恐る目を開けた。指の隙間から、レンダークさんの顔が、不思議そうに覗き込んでいる。やばい、ぼくの妄想癖はピークに達した。

「えっ?」

 ぼくは夢中で起き上がりながら、後ずさる。レンダークさんがポカンとした顔でぼくを見た。ぼくたちの間を気まずい風が流れる。一瞬の間の後で、レンダークさんが下を向いてクククと笑い出した。ボンとぼくの顔が真っ赤に染まる。

「モエちゃん、わたしがいけなかったようですね。どうもすみませんでした」

 お腹をよじらせて、笑いを堪えるレンダークさんとブスッとむくれているぼく。レンダークさんに揶揄われたんだとぼくは思った。

「これは精霊たちを身近に感じる訓練です。自然と一つに融合することにより、自然を形成する精霊たちを心の目で見るのです。私たちが契約できる精霊たちは、光、大地、火、水、風の五大精霊です。彼らは常に私たちを待っています」

 なんだ、ちえっとぼくは舌打ちをした。本音はやはり初めては大人のレンダークさんに手ほどきを受けてみたかったのにと耳年増のぼくの心は残念で一杯になる。初めてのキスくらいなら経験してもよかったのにとレンダークさんを見ながら、溜息を吐いた。

 真面目なレンダークさんは、ぼくに魔法の勉強を教えていただけだった。期待した分がっかりである。気を取り直したあとぼくはまじめな顔でレンダークさんを見る

「ぼく、本当にできるのかな?」

「ええ、モエちゃんは神霊魔法の素質を持っているのです。精霊たちは今でもモエちゃんを取り巻いていますよ。彼らの生命もまた、神に与えられたものです。神がこの世界を創る時に最初に息を吹き込まれた生命、それが精霊たちです」

 レンダークさんは手を翳して空を見上げた。

「こんな時間ですか。そろそろ、出発しましょう。次はがんばって一つになりましょう」

「レンダークさん、ぼく、その言葉に抵抗があるよ」

「えっ?」

「一つになるなんて、ちょっと恥かしい」

 レンダークさんが怪訝な顔をして、考え込んだ。それから、あぁっと短い声を上げた。

「どうも、私は疎い方ですね。朴念人と呼ばれているのも知っているのですが、この性格は直せそうもありません。モエちゃんが気になるのでしたら、なるべく気を付けます」

「レンダークさんって、もしかして、女の人と付き合ったことないとか?」

「ええ、ありません」

 平然といい放つレンダークさんの態度に、ぼくは大袈裟に退けぞった。負けた、負けたよ、ここにぼくよりも遅れている人がいた。ぼくはレンダークさんのローブ服の裾をクイクイと引っ張った。

「でも、レンダークさんには好きな人がいるんでしょう。今は他の人の奥さんになっていても、その人が結婚する前にお付き合いしなかったの?」

「ええ、私が彼女を好きだと気が付いた時には、既に彼女には子供がいました」

 ぼくは口をあんぐりと開けた。駄目だわ。その時、むんずとぼくの口を押さえたタクミくんがぼくを小脇に抱え込んで走り出した。

「おまえ、本当のバカじゃねえか!」

 皆から、離れた場所でタクミくんは頭ごなしにぼくを怒鳴った。

「おまえ、全然知らねえのか?レンダークさんはな、おばさんの婚約者だったんだぞ!」

 ぼくは口をパクパクと動かした。あまりのショックで、声が出なかったのだ。レンダークさんとルイさんが婚約者?じゃ、ぼくって、ルイさんの身代わり?あぁ、そうか、レンダークさんが言っていたっけ。好きだと気が付いた時には、夫も子供もいたのだと。ぼくはヘナヘナと地面に座り込んだ。

「知らなかったもの。誰もそんなこと教えてくれなかった」

「いいんです。モエちゃんが知らなくてもいいことですからね」

 後を追いかけてきたらしいレンダークさんが屈んで、ぼくをそっと宝物のように抱きしめる。知らないとはいえ、ぼくはレンダークさんにひどいことを言った。チクリチクリと胸が痛む。

「ごめんね。ぼく、レンダークさんに甘えていた。レンダークさん、ぼくを見て辛くない?ぼくはレンダークさんの恋敵の娘だもの。ぼくがいなかったら、レンダークさんとルイさんは結婚してたよね」

「いいえ、たぶん、私とルイさんでは結婚は無理です。私ではルイさんの自由を奪ってしまいます。私はノブユキさんにはなれません。モエちゃん、私が好きになったルイさんはモエちゃんを産んで、誇らしげに微笑んでいたルイさんなのです。あの微笑みが目に焼きついて離れないのです。女性は好きな人の子供を産むときれいになるって話は、本当のことですね。あの時のルイさんは、幸福に輝いていました」

「レンダークさん、モエギさんはぼくと結婚するんです」

 横から、フェルが割り込んできた。レンダークさんはぼくから離れて立ち上がった。ぼくとレンダークさんの間にできた隙間を縫うように、サァッと風が通り過ぎた。

「過去は過去でしかありえません。そう、過去は過去なのです」

 自分に言い聞かせるみたいに、レンダークさんは呟いていた。その言葉はぼくにも言われているみたいで、ぼくは神妙にその言葉を受け止めた。フェルも同様にレンダークさんの言葉をかみ締めている様子だった。

 多少、人間関係にギクシャクするものを感じる。それは、ぼくだけではないらしく、皆一様に黙りこくっている。フェルはずっとぼくの腕を捕まえていて、離れない。ギンギンとした目つきで、レンダークさんをにらんでいる。

「ぼく、今度は負けない」

 フェルがボソッと呟く。

「えっ?」

 タクミくんたちがおなかすいたと騒ぐので、ここで野宿をすることに決め、まずは夕食をとることにした。タクミくんとタクトくんとレンダークさんが簡易テントを二つ用意している。ぼくはフェルと夕食作りをする予定だった。

 ぼくは携帯用のコンロにお鍋をかけ、細かく切った野菜を放り込んでフライパンで野菜炒めを作りながら、その残りの野菜の端切れを鍋に入れてをかき回している手を止めて、聞き返した。

「何でもありません」

 プイッとフェルは横を向いた。ぼくはヤレヤレと肩を竦める。何を拗ねているのか、フェルはずっとこの調子だ。レンダークさんは、魔術の本を熱心に読みふけっているし、タクミくんとタクトくんはコソコソと二人で密談に出かけた。ぼくは一人で夕食を作っている。今日のメインは肉団子のスープ煮と野菜炒め。携帯食の中から、適当に材料を選んだ。魔法の発動を起こしたぼくのせいで、予定が大幅に遅れている。せめてもの罪滅ぼしのつもり。

「モエギ、おかわり」

 タクミくんは黙々と平らげて、早くもぼくの前に皿をつき出した。ぼくが二杯目をお皿に盛ると、

「ごめん、悪かった」

 小さい声で謝った。

「ううん、ぼくは気にしてないよ」

 タクミくんが横目でレンダークさんを見る。レンダークさんは、ここに着いた時から、ずっと魔術の本に没頭したままで、ぼくの作った肉団子のスープ煮にも最初に一口、口をつけてからは放りっぱなしにしている。

「レンダークさん」

 幾度も名前を呼んで、やっと今気が付いたといった具合でぼくたちを見る。

「あの、何か言いましたか?」

「あのね、タクミくんが『ごめんなさい。』って謝ったの」

「ああ、そうでしたか。すみません。気を使わないで下さい。私は気にしてません。本当のことですし、私が早く諦めればすむことですからね」

 言いながら、レンダークさんは肉団子を口に放り込んだ。

「モエちゃんは本当にお料理が上手ですね。そう、この前はありがとうございました。あんな誕生パーティは初めてでしたよ。ルイさんが手放しで誉めるはずですね」

「うん?」

 レンダークさんの言葉にピクンと反応して、肉団子を食べていたフェルの手が止まった。

「モエギさん、どういうわけですかぁ?」

 目を三角につり上げて、レンダークさんをにらみながら、フェルはぼくに迫ってきた。

「あは、あは、あは」

 ぼくはタジタジとなる。昼間から、フェルは変だ。やたらとレンダークさんに反発している。

「殿下?」

「まさか、レンダークさんのために、モエギさんが料理を作るわけありませんよね」

「フェル、何か変だよ。おかしいよ」

 ぼくはやっと声を出した。フェルの目からボロッと涙がこぼれたと同時に、フェルはガバッとぼくに抱きついた。ぼくはフェルに押し倒される格好で地面に転がった。これはちょっと大きな犬に思いっきり押し倒された気分だ。フェルの犬耳がだらんと垂れている幻覚がまた見えた。ぼくの持っていた皿が、ガシャンと音を立てて地面に落っこちた。

「ぼっ、ぼく、嫌なんです。レンダークさんにモエギさんを取られそうで、ぼくは不安なんです」

「フェル」

「モエギさんはぼくの物です。初めて会った時から、ずっとぼくはモエギさんだけを見つめてきました」

 フェルの目は真剣そのもの。恋愛の経験もない単なる耳年増のぼくには、こんな時にどう答えてよいのかわからない。困惑気味に、ぼくはレンダークさんとタクミくん、タクトくんに救いを求めた。

「けっ、バカじゃねえか!」

 タクミくんが吐き捨てるような口調で怒鳴った。タクトくんがタクミくんを肱でつついた。「やってらんねえな」と聞こえよがしに言うと、スタスタと歩きだした。

「おい、タクミ、どこへ行くんだよ」

「ちょっくら、この辺をぶらついてくる。それまでに王子を何とかしとけよ。俺、こういうの苦手なんだわ」

 後ろを向いたまま、よろしくとばかりに手をひらひらと振ると、闇の中に消えて行った。

「殿下、ちょっと、私とお話ししましょう」

 レンダークさんはフェルを後ろから抱き上げて、ぼくから引き離すと、泣きじゃくっているフェルの肩を抱くようにして、テントの中へ入って行った。ぼくとタクトくんだけが、焚き火の前に残される。

 ぼくは起き上がると、無言のまま、バタバタと服についた土や枯草などを払い落とした。幸い落ちた皿は端がちょっと欠けただけでまだ使える。ぼくはフェルの食べかけの皿を片付けた。タクトくんが焚き火の中に枯れ枝を二、三本、ポンと放り込んだ。瞬間、バチッと炎が天にも届きそうな勢いになる。

「タクミの奴、悪気はないんだ」

 唐突にタクトくんが呟いた。ぼくは焚き火の前に座り直した。タクトくんの目は焚き火に注がれている。ぼくもジッと焚き火を見つめた。バチンと枯れ枝が弾けて、火の粉が辺りを舞う。

「あいつ、あれで、結構モエを気にしてるんだ。本当はモエが好きなのかもしれない」

「えっ?」

 タクトくんはまた、枯れ枝を放り込んだ。また、炎が舞いたつ。炎に赤々と照しだされるタクトくんの横顔は無表情で、ぼくには心の内を読むことなどできなかった。

「俺、前にも言ったけど、オーダ家を継ぎたくはないんだ」

「どうして」

「俺さ、タクミと双子だろう。ガキんときからなんとなくあいつの気持ちがわかっちまうんだ」

 ぼくは口をつぐんだ。タクトくんの言いたいことがなんとなくわかる気がしたからだ。

「俺たちの父親はモエも知ってる通り、国王の側近なんかしてるけど、剣の腕前はからきし駄目なんだ。優しいし、物静かな人で、頭の回転は早い。オーダの血筋にしては珍しい人物だと思う。母さんにとってはそれが歯痒いんだろうな。俺たちの前でも、平気で父親を罵倒するし、すぐにおじさんと比較したがるんだから」

「ぼくはおじさんの方が好きだよ。ノブユキさんと違って、浮気なんかしないし、いろんなことをたくさん教えてくれるもの」

 タクトくんがクスクスと笑った。

「そんなこと言うの、一族の中じゃ、モエくらいなもんさ。・・・でも、父親のことをそう言ってくれて嬉しいよ」

「ぼく、お世辞で言ってるんじゃないや」

「わかってるさ。ただ、タクミにとっては、理想の父親像はおじさんなんだ。小さい時から、ずっと、あいつはおじさんに憧れてる。あいつがモエを苛めるのは、やっかんでるからさ。おじさんにとって、俺たちはいつまでたっても甥でしかない。でも、モエは違う。生まれた時から、おじさんの愛情を一心に受けてきたおじさんの子供なんだ」

「でもさ、ぼくは、ぼくがルイさんとノブユキさんの子供として生まれてきたことが不幸の始まりだと思ってるよ」

 ぼくが拗ねた口調で言うと、タクトくんがぼくの頭を軽く小突いた。

「モエは贅沢なんだよ。確かにさ、おじさんもおばさんも普通じゃないよ。頑固なじいさん連中を相手にしっかりと自己主張できるなんて半端じゃないさ。モエがあの二人の子供として、無事にこうしていられるのも、おじさんとおばさんがじいさんたち相手に戦って勝ち取った戦利品みたいなもんだよ」

「うん」

 ぼくは不承不承うなずいた。この前、レンダークさんから聞いて、初めて、ぼくはその事実を知ったばかりなのだ。「旅に出て、真実を知る」という、昔の偉い人の言葉は今のぼくの実感となっている。

 エイーガにいた頃のぼくは背伸びばかりして、頭でっかちで偏見に満ちた嫌な子供だった。旅に出てまだ数日しか経っていないというのに、ぼくは自分がまだ子供なのだという真実を突き付けられた。それが事実だから、何も言えない。未だにぼくはルイさんとノブユキさんの保護の必要な子供なんだと今は素直に思えた。

「俺たちはモエが羨ましかった。いや、俺以上にタクミは羨ましがっていた」

 タクトくんは言葉を不意にとぎらせた。

「モエ、知ってるか?」

 意味ありげに片目を瞑って、ウィンクしながら、ぼくに顔を近づけるタクトくん。タクトくんの吐息が身近に感じられる。ぼくの胸がトクトクと騒ぎだす。

「憧れのおじさんを父親にできるのは、モエと結婚することなんだぜ」

 とっておきの悪戯を考えついた悪戯っ子みたいに、タクトくんがニヤッて笑った。その笑顔がボンとぼくの顔を真っ赤に爆発させた。

「バカ!」

 タクトくんがお腹を抱えて、笑いだした。

「おもしれえ。モエ、何考えて、顔を赤くしてんだよ」

「タクトくん、嫌い!」

 ぼくは子供っぽくプクッと頬をふくらませた。

「楽しそうですね」

 レンダークさんがおっとりとした態度で、テントから出てきた。そのまま、焚き火を挟んで、ぼくの向かい側に腰を下ろした。

「フェルは?」

「泣き疲れて、グッスリとお休みになっています」

 ぼくは唖然として、テントの方をチラッと一瞥した。

「王子らしいや」

 タクトくんがプッと吹きだす。レンダークさんは長い髪をかき上げて、ぼくをジッと見つめた。

「モエちゃんも大変でしょうが、殿下のこと、あまり邪険にしないで下さいね。どうも、気掛かりなことがあるのです。『前世ではレンダークさんにモエギさんをとられたけど、今度は負けたくない。』と、そう仰るのです」

 ため息まじりにレンダークさんが言った。ぼくはタクトくんと顔を見合せた。

「それって、宿のおばさんの話を本気で信じちゃったのかな?」

「いいえ、そうではなくて、宿のおばさんの話がキーワードになって、前世を思いだしかけているようなのです」

「マジ?」

「ええ」

 レンダークさんが教えてくれたフェルの話では、ぼくとフェルは前世で恋人同志だったらしい。ところが、後から現れたレンダークさんにぼくを横取りされ、フェルの手の届かない遠いところへと二人で行ってしまったというのだ。だから、フェルは今度もぼくをレンダークさんに取られたくないと必死なのだ。

 ぼくはレンダークさんを上目遣いに見遣った。ぼくの視線に気付いて、レンダークさんもぼくを見る。

「ぼく、全然覚えてないよ」

「ええ、私もです。・・・たぶん、前世の殿下は悔しい思いをしたはずです。私もモエちゃんも殿下の言う通りだとしたら、前世の私たちには何の悔恨もなかったはずです。ですから、前世の記憶をきれいさっぱりと忘れていて当たり前です。ですが、殿下は恋人を私に取られて、忘れられないほどに悔しかったのでしょうね。そして、また、私たちはこの世でも出会ってしまいました。そこへ、おばさんの輪廻転生の話です。思いだしてもおかしくはありません」

 ハァァァァァーーとぼくは深々とため息を吐きだした。ぼくの前世のことをとやかく言われても困る。ぼくは今のぼくで、昔のぼくではないのだ。レンダークさんにしたってそうだ。フェルの奴、後でガツンと言って聞かせなくちゃとぼくは考えた。
しおりを挟む

処理中です...