私と第4師団長様

安野穏

文字の大きさ
上 下
1 / 1

私と第4師団長様

しおりを挟む
 王妃様専属の美容アドバイザーとして、私、エリノア・バートンが仕えるようになったのはほんの偶然の出来事だった。

 もともと私の生家であるバートン家は没落寸前の伯爵家。私を嫁に出すための持参金などないし、持参金がいらないのは貴族の後妻か愛妾とか素行に問題がありすぎる貴族のお馬鹿な息子か、貴族と懇意になりたい裕福な商人の後妻か愛人くらいしか嫁ぎ先がない。そんな相手と結婚するくらいなら行き遅れと言われてもいい。とにかく、私は嫁に行かずにすむ方法を考えて、王宮の侍女か女官になろうと僅か5歳にして決めたのだ。

 まるで、そんな私の決意の後押しをするかのように私は今の王妃様である当時の王太子妃様と出会った。王太子妃様は美しくて私はぼうっと見惚れてしまい、仕えるならこの方しかいないと無謀にも王太子妃様に直訴をしてしまったのだ。わずか5歳の小娘の戯言。無礼なと不敬罪に問われても仕方ないのに、なぜか王太子妃様のお気に入りになってしまい、そのまま、私は当時の王太子妃様専属の美容アドバイザーとしてわずか5歳で王宮に上がることになったのである。まあ、最もこの世界には美容アドバイザーなる仕事はないので年端もいかない子供は侍女ではなく小間使いとしての採用だ。



 私がなぜ王妃様、当時の王太子様に気に入られたかというと、私はいわゆる転生者だ。転生者はチートだとつくづく思う。だって、前世の記憶の中のファッションとかメイクの仕方とか、ハーブやアロマの知識などいろいろとてんこ盛りである。その知識を使わずにしてどうするとばかりに荒れた庭の片隅にハーブ畑などを作り、試行錯誤の末に5歳で私は前世のドケチ主婦の知識をフル活用してお手製の自然化粧水などを作り、王太子妃様に献上したのである。

 まあ、最初はあまりにも実家のバートン家の没落ぶりが情けなく、人の好過ぎる両親はとても優しくて愛情深い。それ故に、魑魅魍魎とも言われる貴族社会では生きづらくたぶん没落寸前まで来てしまったのだろう。

 そんな両親を反面教師にしたのか、私には年の離れたかなり優秀な兄2人がいて、ちょっと腹黒的なその兄たちに相談し、実家再興を目指して、前世の知識を基に商会を立ち上げたのだ。そのためのパフォーマンスの一つに王太子妃様の御用達をいただこうとしたのである。ほら、前世の日本でも皇室御用達とかになると格が違うじゃない。

 女性が美を求めるのはいつの世も変わりなく、もちろん、異世界でも変わりはない。それらの品は王宮に作られた私の実験室で今もいろいろと改良されながら王妃様の愛用品になっているし、王妃様御用達ということで、私が作り出す化粧品などの類は今では実家であるバートン家の兄たちが経営する商会で売られている。独占状態というわけだ。それも貴重価値を付加するべく、あまり大量には作っていない。王妃様が使う特上品には及ばないがそこそこの品質のものは貴族向けにそれなりの値段で売られているし、庶民向けにはかなり品質を落としているが、それでも御用達の名前に恥じない程度の物を格安で売っている。

 おかげで没落寸前の我が家は今では飛ぶ鳥を落とす勢いであるが、それなりに敵も多い。なので、兄たちは信頼できる護衛をたくさん雇っている。私自身は王妃様の小間使いとしてもう10年も御側に仕えており、身の安全は保障されているが、困ったのは私に対しての縁談が星の数ほどあるということだ。

 身の安全は保障されているとはいえ、高位貴族たちは王宮に自由に出入りしている。年端もゆかない幼女の頃なら付きまとうのは問題ありとされても、この国の貴族のご令嬢の適齢期と言われる15歳になった途端に、あわよくばと言わんばかりのアプローチが激しくなり、貞操の危機を感じるようになる。

 王妃様は目に余るものに対しては、さりげなく遠ざけてくれてはいるが、それでも強引に夜這いしようなどという不埒なものまで出てきては流石に私もお気楽ではいられなくなった。さてどうしようかと悩んでいたら、いきなり王命で第4師団の団長であるクラヴィス・ハッセル様と婚約することになった。

 国王陛下の従弟であり、王妃様の兄でもあるクラヴィス・ハッセル様とは面識がない。彼はほとんど社交の場に出てこないし、人嫌いの気難しい人であると評判だからだ。



 王国騎士団は第1から第10まであり、第1師団はいわゆる近衛騎士であり、王族を守るのが主な役目だ。第2師団は王宮の守り、第3師団は王都の守り、第5師団から第10師団までが国の守りとなる。さて、ここでなぜか第4師団が出てこないのは何故か?日本人ならね、4という数字は死につながると言われて縁起悪いからとよく部屋の番号とかも3の次は5とか外す場合もあるよね。まさか、異世界まで4が死とかは言わないよ。第4師団については、極秘任務と言われていて、何故か師団長の名前のみで師団に属する人たちについての情報も何もないのだ。いわゆる秘匿事項である。

 しかも第4師団長は私よりも15歳も年上なのだ。王妃様が私のことを心配して、国王様も未だに独身貴族を楽しんでいる従弟を心配して、何故か私たちは国王夫妻に強引にくっつけられたということになるらしい。年の差婚は貴族では当たり前で、特に下級貴族などの場合は望まぬ結婚を強いられるらしい。というのも王宮の侍女には男爵家や子爵家の下級貴族の娘が多い。貴族の結婚は大抵親が決める。なので、お金のある貴族の年寄りの後妻ならまだましな方でかなりの金額のお金と引き換えに無理やり豪商の愛人にされる場合も多いらしい。それを聞いた時は思わずいつの時代だよと言いたくなったが、ここは中世時代と考えればそれも致し方ないこと。



 私としてはものすごく不満だ。嫁に行くのが嫌でせっかく王妃様専属の美容アドバイザーとして頑張っているのに、何が悲しくて15歳も年上のおじさんと結婚しなければならないのか?兄たちもクラヴィス様と親交があるらしく、私の婚姻にはもろ手を挙げて賛成しているし、両親に至っては大喜びだという。まあ、クラヴィス様は国王の叔父の嫡子で公爵家の出らしいので、まさかの上位貴族に娘を嫁がせることができるとはと毎日感涙しているらしい。自分たちの不甲斐なさで、もしかしたら行き遅れになっていたかもしれない娘が最良の結婚、しかも王命。貴族にとっては晴れがましいことなのだ。



 婚約はしたけれど、何故か相手がわからない。絵姿しか見たことがない婚約者。謎だ。絵姿もこれといった特徴もなく、印象に残らないと言えばいいのか?可もなく不可もない。王妃様の兄上とはいえ実に怪しげな人物だ。私の中で警鐘が鳴る。

 これはやばいパターンではないだろうかと。前世の旦那が遊び人で妻の私はすごく苦労させられた。旦那の借金のせいでいつも生活費がカツカツで化粧品も買えなかったので、仕方なくネットで自然派化粧品の作り方を覚えて自力で作っていた。まさか、それがこの世界で役に立つとは思わなかったけれどと遠い目をしてみる。

 また、遊び人の旦那はごめんだと即座に断りたかったが、外堀は埋められ、本人に会うことなく婚約が調い、結婚も間近に迫ってくる。



 そんなある日、王妃様が賊に襲われるという事件が起きた。そばにいた私はただ震えるだけで、何もできない。なのに、王妃様は勇敢に賊を蹴飛ばし、賊の剣を奪い取り、あっという間に賊を制圧してしまった。

「大丈夫か}

 まだ震える私はポカンとして王妃様を見上げるだけだった。



 騙された、すっかり騙された。

 私の美容術はすべて王妃様の身代わりとなった目の前の男のためにあったのだ。

 王妃様の兄上は王妃様に似てきれいだけれど、何故かあまり人の心に残らない顔立ちで、その特徴を生かして王家の裏の仕事を行っているらしい。つまり第4騎士団というのはそういう仕事をする人たちの騎士団なのだ。

 王妃様は王太子様の婚約者の頃からいつも命を狙われ続け、兄が身代わりになっていたらしいのだが、男と女の違いはどうにもならず、そこに現れたのが私だった。私の化粧術は彼を女性らしく仕上げ、本当は踵の高いハイヒールを履くべきところをローヒールで誤魔化しながら、裏で知りえた情報で危険なときはいつも彼女の身代わりをしていたという。

 兄たちも実は第4騎士団の一員で、没落寸前と見せかけてすり寄る怪しい人物たちの情報をとっていたらしい。その上、私のお蔭で商会を立ち上げた。商人というのは各貴族のいろいろな事情を知ることができる。しかも女性向けの商品を扱うことで貴族女性の知己を得て、更に情報を得られるようになったという。もともとバートン家はそうした王家の裏の組織の一員で、両親もあんな善良そうな顔をして実は腹黒だった。

 知らなかったのは私だけ。両手を床につけorzをこの世界でするとは思わなかった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...