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みんな死んじゃえ
しおりを挟む――寝坊した。大事な大事な、本当に大事な、面接日の当日。
希望する会社で行われる最終面接。一次、二次、三次と狭く小さい門を潜り抜けてきて、とうとう迎えた最後の難関。俺はその入り口に立ったというのに、その大事な面接日の当日――寝坊した。
昨晩緊張から寝付けず、何度も何度も面接マニュアルを読み返していたのがいけなかったのか。それとも当日の身だしなみを整える為にスーツ・ワイシャツ・ネクタイ・ハンカチなどを念入りにアイロンがけしていたのがいけなかったのか。それとも寝付けないから弱めの睡眠改善薬を飲んだのがいけなかったのか。挙げればいくらでも原因はある。
でも今更そんなことを後悔してももう遅い。もう手遅れなレベルの寝坊をしてしまったんだ。
現在は午前9時。予定通りに進んでいるのならば、今頃俺を除いて面接が開始されている頃だろう。そうだというのに俺は、未だに地元の駅で電車の到着を待っていた。
……いったい、何をしているんだろう、俺は。本当に、本当に。
目標とする件の会社に入るためにありとあらゆる努力をした。慣れない勉強をいっぱいして、大学の単位を3回生の前期までに全て取得すると、そこからはその会社1点に絞って、就職活動を開始した。
人と話すことは苦手だったけれど、それを矯正するためにもいろいろと手を尽くした。大学で行われている面接の練習にはほぼ毎日参加したし、日常生活では人生初めてのアルバイトも経験した。平日はスーパーで、休日はコールセンターで。
最初は失敗をたくさんした。人付き合いの難しさ、お客様への対応、例を挙げればキリがないほどいろいろな経験をさせてもらった。でもそれのおかげで、今では初対面の人とでも普通に話が出来るようになったし、面接でも緊張することなく自己PRが出来るレベルまで人見知りの度合いが下がった。
「……でも、そんなのここで寝坊してたら意味ないよな」
どれだけ努力しても、結果を出せなければ意味がない。
ベンチの上で本気で泣きそうになっている22歳。それを周りはいったいどう思うだろうか。
……どうも思わないだろうな。声なんてかけないだろうし、気にすることもない。もし俺がその立場ならそうする。絶対にそっとしておく。それが、普通の選択だから――――
「大丈夫ですか、お兄さん?」
「え?」
――――でも、いた。
俺の目の前に。
その少女は、いた。
「何か凄く悲しそうな顔をしていますけど、大丈夫ですか?」
「え、えっと……」
「何か辛いことでもありましたか?私でよければ話を聞きますよ?」
「え?えっと、学校は……?」
少女は制服を着ていた。……見覚えがある、確か何駅か先にある有名な私立の女子校の制服だ。高校生がこんな時間に何をしているんだろう、学校はいいのだろうか?
「大丈夫です、時間も時間ですし」
……あぁ、確かにこの時間じゃどうあがいても遅刻か。
遅刻同士ってわけだ、はは……。
「……なら、お願いしようかな」
「はい、私なんかでよければアナタのお話を聞かせください」
どこか嬉しそうに近づく少女を不思議に思いながらも、気落ちしていた俺は今日あった不甲斐ない出来事を今出会ったばかりの見ず知らずの少女に話した。
少し話が長くなってしまったけれど、それでも少女は一切嫌な顔をせずに俺の話を真剣に聞いてくれた。俺はそれが嬉しくて、つい長話を続けてしまっていた。
「大人って大変なんですね」
「俺は大人じゃないよまだ子供だ、大学生なんて……」
「それでも私よりは立派に大人です。やっぱり、大人になるのっていいことなさそうですね」
「はは、そりゃあね。高校生と比べると気楽ではいられないかな」
「気楽、ではないですよ」
その瞬間だけ、少女は表情を暗くし肩を落とした。たまたまそれを見ていた俺は、その行動を見逃すことなく、彼女にその理由を問う。
「……お詫びって言うと何かおかしいけれど、君の話も聞かせてくれないかな?俺の話ばかりじゃ君に悪いし」
「お兄さんは変な人ですね」
「そう、かな?もしかしたら、もうどうでもよくなっちゃってるのかもしれない。会社は内定が出ないことが確実になっちゃったし。入り口にすら立てずに終わっちゃったよ、はは……」
そう、俺は入り口にすら立てなかった。気づいたらそこは出口。先は閉ざされ、新しい道を探さなければいけないようなそんな行き止まりの壁。俺は今、そんなところに一人で立たされているんだ。
「――実は私の友達の話なんですけど」
「うん」
明日から、また明日から頑張ろう。
今は俺のくだらない自業自得な話を嫌な顔一つせずに聞いてくれた、この少女の話を聞くほうが大事だ。少しでも力になれるように精一杯話を聞こう。
そして、出来ることならアドバイスを送ろう。俺に出来る精一杯のアドバイスを。
「その友達がですね、イジメ、にあってるんです。彼女のクラスで」
「イジメ……」
「はい。私も出来るだけ一緒にいるんですけれど、それでもやっぱりどうしようもない時があって。助けたいけれど、彼女のクラスの誰も力になってくれない。みんなあの子を無視して、それで陰湿な嫌がらせをして……みんな自分が次の標的にされるのが怖いから、あの子をイジメるんです。登下校、休み時間は一緒に居てあげれるんですけど、授業中はどうしようもなくて」
「……先生とかには?」
「無関心、ですね。何を言ってもイジメとは認めません。『じゃれあい』『遊んでいるだけ』そんな言葉ばかり返ってきます。認めたくないんでしょう、自分のクラス、自分の学校でイジメが起きているなんて。そんな対応だから、みんなもまた調子に乗って」
最近、こういう話を聞くことが多い。学校で行われているイジメ問題に目を逸らす教師達。それを間近で聞いてみると、予想以上に怒りを覚えるものなんだな。
何で、なんだろう。何でこんなに理不尽なんだろう。助けを請う子がいるのに、それに差し伸べられる手があまりにも少ない。
少し落ち着いて考えてみればわかることなのに。どれが正しくて、どれが間違えているのかってことくらい。
ほんとに……胸糞の悪い話だ。
「それで……あ、すいませんメールが」
「あ、いいよいいよ。そっちを優先して」
そう言ってポケットから携帯を取り出し、メールを打つ少女を待つ。
この子は、優しい女の子なんだろうな……。友達思いで、心優しい。イジメられている子には悪いけれど、こんな子が側にいてくれるならそれは凄く力強いことだろう。俺はイジメを体験したことはないし、この目で見たこともない。だからその子が今、どれほど辛い経験をしているのかはわからないし、わかった風に語ることもしない。
でももし、もし俺の友達がイジメられたとして、俺はそいつを助けることが出来るだろうか?
……正直な話、自信はない。
自分がイジメられる可能性があるなら、それに準ずることが起こってしまう可能性があるなら、自分の身を大事にしてしまうかもしれない。
それなのに、この名前も知らない女の子はそれを実行している。
……凄く、強い子だと思う。
俺なんかより遥かに大人な対応をしている。
それなのに俺は、たかが寝坊しただけでこの世の終わりみたいに落ち込んで。確かに希望する会社だったけれど、でも会社はそこだけじゃない。高望みしなければ、会社なんていくつもある。それなのに俺は今なおも落ち込んでいる。……何か、虚しいな俺。この子は友達のために頑張っているというのに、俺は自分自身のことすら全然頑張れていない。
「…………」
俺は隣に座る少女を見る。真剣にメールを打っているその姿。
もしかしたら例の友達になのかもしれない。こんなに頑張っても、イジメはなくならない。イジメられている子も辛いだろうけれど、この子も同じくらい辛いことだろう……。
何か力になってあげたい。俺に出来ることなんてちっぽけなことしかないけれど、でも何か力になる方法はないのだろうか。
「すいません、お待たせしました」
「……あ、いいよいいよ」
「イジメって、どうやったら終わると思います?」
「えっと……警察とか?」
「確固たる証拠がない限り警察は動いてくれないみたいです。教師も、同じです」
「……話をする、いや論外か。でも高校生が一人で出来るイジメの終わらせ方なんて何が……」
「イジメる相手が飽きるか――本人が死ぬ以外、ないんです」
――刹那、電車が通過した。
けたたましい音が耳を刺激する。少女の目は鋭い。世界の全てを否定するような、そんな目だった。
「……いや、でも死ぬなんて、そんなの」
「おかしいですか?でも、ずっとイジメられるのはそれと同じくらい苦しいものなんですよ。それでも、お兄さんはおかしいと笑いますか?」
「笑わないよ。でも、死ぬってのは納得出来ない。俺はイジメの経験もないし、イジメられた経験もない。ないからどれくらい辛いのかわからない。でも死ぬのはおかしい、間違っている。まだ未来があるのに、何で死なないといけないんだ」
「未来……ですか。でもその子に未来なんてないんです。あるのは残酷な現実だけ。……だって考えてもみてください、その子は今までずっとイジメられてきたんです。そんな子が楽しい未来を考えることなんて出来るわけないじゃないですか。その子にとって世界は凄く狭いものだから。変わろうとしても変われないんです。その子は学校以外の世界を知らないから」
世界。
……確かに高校生が見る世界なんてもの凄くちっぽけで、狭いものなのかもしれない。それもずっとイジメられていたのなら尚更だ。それは仕方ない。誰かが外の世界を見せてあげない限り、変わることはないだろう。
「お兄さんは、それでも死ぬことは間違っていると思いますか?逃げることは悪ですか?耐えられなくなって、世界に絶望して、楽になることはそんなにおかしいですか?」
何かを請うように、少女は俺を見た。
答えてください、と言わんばかりに。
「…………」
その迫力に、俺は何も答えることが出来なかった。
彼女の真剣さに。一途さに。強さに。圧倒されたのだ。
「……お兄さんは本当に変な人ですね。てっきり、止めてくれるものだと思いました」
「止めたいよ、死ぬなんて馬鹿げてるって。でも、君の言うことに反論出来ないのも確かだ……」
「……お兄さん。最後に一つ、私のお願いを聞いていただけますか?」
「え?あ、うん、いいけど……」
「それなら――私とアドレスを交換してください」
「へ?……へ?」
いきなり、理解が及ばない言葉をかけられる。
今までの流れをぶった切るような突飛な質問だ。
「いいですか?」
「あ、う、うん……」
「それじゃあ赤外線で……うん、よし、届いた。ありがとうございます、お兄さん」
しかし俺は少女の勢いに負け、何を言うでもなく携帯をかざす。
そして登録を終えると、彼女はすぐに自分の携帯を弄りだした。おそらくいろいろな登録をしてくれているんだろう。最近の学生は本当に携帯を打つのが早いんだな。素直に、感心する。
「――――それでは、私はそろそろ」
5分くらいだろうか、それを眺めていたのは。携帯を閉じた少女は、それと同時に立ち上がる。
「あ、うん!……ごめんね力になってあげられなくって」
「いいんです。私も覚悟が決まりました。ありがとうございます」
少女は小さく笑った。それは俺が見た少女の初めての笑顔だった。
満面というほどのものではなかったけれど、でも俺にはそれが凄く綺麗でかわいらしい、歳相応な笑顔に映った。
「……頑張ってね。俺は応援しかできないけど」
電車が来た。彼女はこの電車に乗って学校に向かうんだろう。件の友達を助けるために、たった一人で。
「応援だけで、十分ですよ」
彼女は一度こちらを振り返り、そしてもう一度携帯を開いて、すぐに携帯を閉じた。
それと同時に、俺の携帯が震える。
携帯を開いてみると、そこには見慣れないアドレスからメールを着信していた。俺はそのメールにボタンをあわせ、決定ボタンを押す。
そこに書かれていたものは――驚愕するものだった。
Sub:みんな死んじゃえ
その瞬間、けたたましい高音が耳に響いた。電車のブレーキ音、そして周りにいる僅かな人の奇声。それが俺の耳に響く。
「……え?」
目の前に彼女はいなかった。
そして周りが騒がしい。駅員が何か線路の方に集まってきている。
泣いている人間がいる。吐きそうに口を抑えている人がいた。
「え、え、え?」
携帯を地面に落とした。
そして、叫びたくなりそうになる口を抑え、俺は線路に近づいていく。
嫌だ。見たくない。近づきたくない。でも、俺はそこに立った。
そこには――血と何かの塊があった。
――――俺はそこで、気を失った。
私をイジメた人、イジメを見てみぬふりしていた人、助けてと言ったのに助けてくれなかった人、私はアナタ達を恨みながら死んでいきます。
私は絶対にアナタ達を許しません。
死んでもそれを忘れることはないでしょう。
アナタ達のしたことは全て遺書に記しています。
なので数人は然るべき措置を受けてください。
これからアナタ達は一生、イジメで人一人を殺した殺人者として生きていくんです。
見ていただけのアナタ達も同じです、同罪です。
私は死んでもアナタ達を許しません。
アナタ達はそんな私の影に怯えてください。
そしてできることならその記憶を保ったまま死んでください。
私は先に行って待っています。
親より先に死ぬ私は地獄行きでしょう。
でもアナタ達もみんな地獄行きです。
待っています。
そこで再会しましょうそして再開しましょう。
その時は私が、みんなにされたことをお返しする番です。
待ち遠しい。
みんな、早く死んじゃえ。
支離滅裂な文で申し訳ありません。
何せ人と話しながら書いていたもので、綺麗にまとめらることが出来ませんでした。
お兄さんへ。お兄さんだけは特別に呪ってあげません。お兄さんは私の話を聞いてくれた唯一の人です。だからお兄さんだけは特別です。ありがとうございます、話を聞いてくれて。ありがとうございます、真剣に考えてくれて。お兄さんにもっと早く出会えていたなら何か変わったかもしれませんね。少しの間ですけど、私は幸せでした。だから次は、アナタの幸せを願っています。
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