1 / 1
夜の砂場
しおりを挟む
「――これはまた、力作だ」
夜の7時。
帰り道の途中にある公園の中で一人呟く。
「お、また来たんだお兄ちゃん」
2m四方の砂場に置かれた砂の建築物。それの奥にいた一人の少女がそんな風に言ってこちらに近づいてくる。
右の頬に絆創膏を貼り、小さなポニーテールをゆらゆらと揺らしながら歩く少女。手には小さなスコップと水が入っているバケツ。それらを握っている手は土で真っ黒に汚れていた。
「こんばんは」
「うん、こんばんは!それより、どう?ボクの最新作!」
「凄いね。砂場をいっぱいいっぱいまで使って」
「へへ。本当ならボクの身長くらいまで高くしたかったんだけど、さすがに無理だった!」
「さすがにそれは土が足りないでしょ。まあ、今のこれでもよく足りたなって思うけど」
「一番気に入ってるのはここなんだ!あ、ほら見て見てお兄ちゃん!」
建築物の一点を指差して俺にそれを解説し始める少女。
お兄ちゃんとは呼ばれてはいるが、別に兄妹という関係ではない。出会ったのもだいたい半年くらい前で、週に数回会うくらいの関係だ。知っているのは名前と年齢くらい。あと家族構成か。それくらいだ。
「慌てない慌てない。もう来年には高校生になるんだから」
「そんなの関係ないよ!何歳になっても力作は褒めてもらいたいじゃん!」
「それに手も真っ黒だし。完成したなら洗っておいで。そしたら聞くからさ」
「うー…お兄ちゃんは芸術家の心がまったくわかってないんだから。でもわかった。洗うね」
そういって少女は片手に持っていたバケツの中に手を突っ込んだ。……違う、そうじゃないんだ。その汚れた水で手を洗っても意味がないのを何故理解できないのだろうか。
「……はい、これ」
見るに見かねて俺は鞄の中からウェットティッシュを手渡す。アルコールとか除菌とかそういった効能はないが、まあどうせこの公園に石鹸なんてものはないのだから手を洗わせても結果は同じだろう。なら見た目だけでも綺麗になるこれでいい。
「ありがと。ならさっそくだけどこの完成品を――」
「はいストップ。どうせならこのベンチに腰掛けて話そうか。立ちっぱなしはしんどいし」
「それもそっか。うん、そうしよう」
「それとはい。お茶とパン」
「あ、ボクの好きなあんぱんだ。それに緑茶も」
「コンビニに寄ったついでだよ。いつ見ても思うけど、緑茶とあんぱんって渋いというか何というか…」
「おいしいからいいの!おじいちゃんとおばあちゃんがいつも出してくれた思い出の味なの!」
「思い出か。それは悪いことを言った」
「いや気にしてないからいいよ。美味しければ何でもいいし」
ケロッとした顔であんぱんを一口。
幸せそうに顔を緩ませ、顔を完成品の方へ向ける。
「3時間の大作なんだ」
「3時間ってことは…学校が終わってからずっとか」
「うん。部活も入ってないし時間はありあまってるからね」
「君が部活に入っている姿が想像付かないな。いつもマイペースで猪突猛進だし」
「自分でもわかってるよ。ボクって団体行動に向かないし、誰かと一緒に何かを作ったりするなんて無理無理」
「繊細な技術を持ってるんだから芸術部とかよさそうなのに」
現にただの砂場でこんな作品を作れるんだ。向いていないわけがないと思うんだけどね。
でも少女はそれに対してもあっけからんと笑顔で「無理」と言った。
「自由につくりたいの、ボクは。思いついた時に思いついたものを。いん、いんすぴ?……まあ、それが働いた時に作りたいんだ」
「インスピレーション」
「そう、それ」
お茶を飲み干し、作品からこちらに顔を向ける。指を指し「さすがお兄ちゃんは物知りだ」と満足そうに頬を緩ませる。
「お兄ちゃんが本当のお兄ちゃんならよかったのに」
「一人っ子だもんね。ウチには弟と妹がいるけど」
「ズルイなぁ。ボクにも分けてほしいよ」
「今は一人暮らしだから会えないけれど、昔はお兄ちゃんお兄ちゃんって言ってまとわりつかれたっけ。当時は煩わしく思っていたけれど、離れてみたら少し寂しく感じるから不思議だ」
「ボクがしてあげようか?」
「俺が通報されかねないからダメです」
「ちぇ」
口先を尖らせたのも一瞬。すぐに笑顔を向ける。
「まあでも、今は兄と妹みたいだからそれで満足。優しいお兄ちゃんでボクは嬉しいよ」
いつもあんぱんとかお茶をくれるし。と続け、少女はベンチから立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ帰ろうっか。もう少ししたらお母さんも帰ってくるし」
「もうそんな時間か。でもよかったの?アレについて説明できてないけど」
「いいのいいの。説明なんて一度作ったものならいくらでも説明できるし。それにそれ以上の楽しい時間だったからそれで満足。大満足!」
「そっか。それならよかった」
少女が作品について語り始めると、それこそ帰る時間が大幅に遅れてしまう。この前は3時間以上作品のいい所失敗した所について熱弁されたからな。それがなくなるのであれば俺としては無問題だ。
別に話を聞くのが嫌というわけではないのだけれど、熱弁している時の少女は俺の話をほとんど聞いてくれないため、手に余るのだ。
「じゃあ、また会ったら話そうね!」
「うん、ばいばい。気をつけてね」
「すぐそこだから大丈夫だよ!ばいばいお兄ちゃん」
少女の姿が見えなくなるまで手を振って見送ると、公園には通常の静けさが戻る。
あるのは一人の大学生と砂場にある砂の建築物と遊具だけ。俺はその作品を眺めながらもう一度ベンチに腰を掛ける。
「……ほんと、凄いなこれ」
改めて作品全体を見ると細かな所までしっかりと作りこまれていて、見れば見るほど驚きの度合いが増してくる。少女は一人でこの大作を3時間もの時間をかけて作り上げたのだから、素直に凄いと思う。俺だったらこの一角を作って満足して終わることだろう。
「次は一緒に作ってみようかな」
兄と慕ってくれる少女にお願いをして。今度は二人で一つの作品に挑戦してみたい。というより、俺が一緒したい。こんな作品が出来上がる過程を近くで見ていられるんだ。楽しくないわけがない。
お願いしたら少女はどういう反応をするだろうか。断られるかな?団体行動に向かないと自分で言っていたくらいだし。でも、慕ってくれているのも間違いないと思うからお願いしたら渋々許可してくれそうな気もする。
「……ま、その時はその時ということで」
あの天真爛漫な笑顔の少女を想像しながら、ベンチから立ち上がった。
夜の7時。
帰り道の途中にある公園の中で一人呟く。
「お、また来たんだお兄ちゃん」
2m四方の砂場に置かれた砂の建築物。それの奥にいた一人の少女がそんな風に言ってこちらに近づいてくる。
右の頬に絆創膏を貼り、小さなポニーテールをゆらゆらと揺らしながら歩く少女。手には小さなスコップと水が入っているバケツ。それらを握っている手は土で真っ黒に汚れていた。
「こんばんは」
「うん、こんばんは!それより、どう?ボクの最新作!」
「凄いね。砂場をいっぱいいっぱいまで使って」
「へへ。本当ならボクの身長くらいまで高くしたかったんだけど、さすがに無理だった!」
「さすがにそれは土が足りないでしょ。まあ、今のこれでもよく足りたなって思うけど」
「一番気に入ってるのはここなんだ!あ、ほら見て見てお兄ちゃん!」
建築物の一点を指差して俺にそれを解説し始める少女。
お兄ちゃんとは呼ばれてはいるが、別に兄妹という関係ではない。出会ったのもだいたい半年くらい前で、週に数回会うくらいの関係だ。知っているのは名前と年齢くらい。あと家族構成か。それくらいだ。
「慌てない慌てない。もう来年には高校生になるんだから」
「そんなの関係ないよ!何歳になっても力作は褒めてもらいたいじゃん!」
「それに手も真っ黒だし。完成したなら洗っておいで。そしたら聞くからさ」
「うー…お兄ちゃんは芸術家の心がまったくわかってないんだから。でもわかった。洗うね」
そういって少女は片手に持っていたバケツの中に手を突っ込んだ。……違う、そうじゃないんだ。その汚れた水で手を洗っても意味がないのを何故理解できないのだろうか。
「……はい、これ」
見るに見かねて俺は鞄の中からウェットティッシュを手渡す。アルコールとか除菌とかそういった効能はないが、まあどうせこの公園に石鹸なんてものはないのだから手を洗わせても結果は同じだろう。なら見た目だけでも綺麗になるこれでいい。
「ありがと。ならさっそくだけどこの完成品を――」
「はいストップ。どうせならこのベンチに腰掛けて話そうか。立ちっぱなしはしんどいし」
「それもそっか。うん、そうしよう」
「それとはい。お茶とパン」
「あ、ボクの好きなあんぱんだ。それに緑茶も」
「コンビニに寄ったついでだよ。いつ見ても思うけど、緑茶とあんぱんって渋いというか何というか…」
「おいしいからいいの!おじいちゃんとおばあちゃんがいつも出してくれた思い出の味なの!」
「思い出か。それは悪いことを言った」
「いや気にしてないからいいよ。美味しければ何でもいいし」
ケロッとした顔であんぱんを一口。
幸せそうに顔を緩ませ、顔を完成品の方へ向ける。
「3時間の大作なんだ」
「3時間ってことは…学校が終わってからずっとか」
「うん。部活も入ってないし時間はありあまってるからね」
「君が部活に入っている姿が想像付かないな。いつもマイペースで猪突猛進だし」
「自分でもわかってるよ。ボクって団体行動に向かないし、誰かと一緒に何かを作ったりするなんて無理無理」
「繊細な技術を持ってるんだから芸術部とかよさそうなのに」
現にただの砂場でこんな作品を作れるんだ。向いていないわけがないと思うんだけどね。
でも少女はそれに対してもあっけからんと笑顔で「無理」と言った。
「自由につくりたいの、ボクは。思いついた時に思いついたものを。いん、いんすぴ?……まあ、それが働いた時に作りたいんだ」
「インスピレーション」
「そう、それ」
お茶を飲み干し、作品からこちらに顔を向ける。指を指し「さすがお兄ちゃんは物知りだ」と満足そうに頬を緩ませる。
「お兄ちゃんが本当のお兄ちゃんならよかったのに」
「一人っ子だもんね。ウチには弟と妹がいるけど」
「ズルイなぁ。ボクにも分けてほしいよ」
「今は一人暮らしだから会えないけれど、昔はお兄ちゃんお兄ちゃんって言ってまとわりつかれたっけ。当時は煩わしく思っていたけれど、離れてみたら少し寂しく感じるから不思議だ」
「ボクがしてあげようか?」
「俺が通報されかねないからダメです」
「ちぇ」
口先を尖らせたのも一瞬。すぐに笑顔を向ける。
「まあでも、今は兄と妹みたいだからそれで満足。優しいお兄ちゃんでボクは嬉しいよ」
いつもあんぱんとかお茶をくれるし。と続け、少女はベンチから立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ帰ろうっか。もう少ししたらお母さんも帰ってくるし」
「もうそんな時間か。でもよかったの?アレについて説明できてないけど」
「いいのいいの。説明なんて一度作ったものならいくらでも説明できるし。それにそれ以上の楽しい時間だったからそれで満足。大満足!」
「そっか。それならよかった」
少女が作品について語り始めると、それこそ帰る時間が大幅に遅れてしまう。この前は3時間以上作品のいい所失敗した所について熱弁されたからな。それがなくなるのであれば俺としては無問題だ。
別に話を聞くのが嫌というわけではないのだけれど、熱弁している時の少女は俺の話をほとんど聞いてくれないため、手に余るのだ。
「じゃあ、また会ったら話そうね!」
「うん、ばいばい。気をつけてね」
「すぐそこだから大丈夫だよ!ばいばいお兄ちゃん」
少女の姿が見えなくなるまで手を振って見送ると、公園には通常の静けさが戻る。
あるのは一人の大学生と砂場にある砂の建築物と遊具だけ。俺はその作品を眺めながらもう一度ベンチに腰を掛ける。
「……ほんと、凄いなこれ」
改めて作品全体を見ると細かな所までしっかりと作りこまれていて、見れば見るほど驚きの度合いが増してくる。少女は一人でこの大作を3時間もの時間をかけて作り上げたのだから、素直に凄いと思う。俺だったらこの一角を作って満足して終わることだろう。
「次は一緒に作ってみようかな」
兄と慕ってくれる少女にお願いをして。今度は二人で一つの作品に挑戦してみたい。というより、俺が一緒したい。こんな作品が出来上がる過程を近くで見ていられるんだ。楽しくないわけがない。
お願いしたら少女はどういう反応をするだろうか。断られるかな?団体行動に向かないと自分で言っていたくらいだし。でも、慕ってくれているのも間違いないと思うからお願いしたら渋々許可してくれそうな気もする。
「……ま、その時はその時ということで」
あの天真爛漫な笑顔の少女を想像しながら、ベンチから立ち上がった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる