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罅、軋轢

気付き

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 運転荒いな

 普段バスなど乗らないのに胃の中をミキサーのように掻き回されながら心の中で悪態をく。バスというものは全てこうなのか、席が悪いのか道が悪いのか、この運転手が特別そうであるのかが分からずとりあえず運転手に恨みを募らせたところではじめに戻る。


 やはりと言うべきかお約束・お決まりの事柄なのだが、降りる停留所を母にそれとなく尋ねたところ「真鹿学園前よ、そのままだから覚えやすいでしょ」と返されても心は踊らなかった。
朝目が覚めてから、豆を挽く音もコーヒーの薫りも、油の跳ねる音もベーコンの焦げる匂いも、全て実家にいたまま全て変わらず、起きてすぐはまだ夢の続きかと呆けていた私もいよいよこれはおかしいと気が付いたからだ。

これが夢ではないならば私の頭や心がおかしくなったの考えるのが順当だと思った。残業帰りに電車で眠ったあの後何か頭部に強い衝撃を受けたせいで脳にダメージを負ったとか、あまりにも毎日が辛くて現実から逃れる為に実際のこととは違う私に都合のいい出来事として変換して受け取っているのではないかということを推測している。
そうだとしたら私は今バスではなくいつもの通勤電車に乗っていて、隣にいるのは母ではなく赤の他人で、だのに停留所は?なんて意味の分からないことを聞いているおかしな成人女という可能性も大いにあるのだ。というよりは、トリップ⋯⋯最近は転移と呼ぶのだっただろうか、つまりそういった超自然的現象で自分が大好きなゲームの世界へ来てしまったなんてことをすんなり受け入れる方がどうかしている。

 ホラーゲームをプレイするくらいなのでオカルトの類を単なる眉唾だと一笑いっしょうしたりはしないが、それは例えば『洒落怖しゃれこわ』で見かけるようなパラレルワールド的な世界だったとしたらの話であって、ココは人が創作したフィクションの世界だし私は高校生ではない。
そもそも今私が着ている制服が実際だと母校である高校の制服であることも気に入らない、万が一本当に私がトリップしたのだとしたら今まで私が積み上げてきた努力全てが消えたということだ。学生時代から続いていた交友関係も、必死に努力した大学受験も、周りと励まし合った就職活動も、全部水の泡なのだ。

「制服てっきりそういうの販売してるお店に行くんだと思ってた」

 実際高校に入学した時のことなんて詳しく覚えてなんていないが、その時も学校まで行ってサイズなりを決めて制服を配達された記憶があるがそれは新入生全てが行うある種のイベントと同じものなので、一学期が始まってすぐほどの中途半端な時期の転校生一人がたかが制服を受け取る為だけに学校に行くなんてそれが実際何もおかしくないのかも、私が誰かとエンカウントしたいと頭で思っているからなのかも判別が付かなかった。


 バスの揺れで頭を窓に打ち付け舌打ちをした。
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