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罅、軋轢

再会

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「上狛!お前視聴覚室の使用申請出したのか?」

私に続き部屋に入ってきた白井の声は轟音で殆どかき消され私にすらほとんど聞こえない。申請出したのか、というのはそもそも此処を使用するのは私達であったはずなので一生徒が使っていることがおかしいという指摘なのだろう。


「ア」

リモコンで強制的に映像を停止され甘やかの声が耳殻をなぞった、細く冷たい指先で触れられたような異物感のある心地よさだった。
ただの母音でしかないその発声はきっと一生涯忘れることはないだろう。

「お前なんで此処使ってるんだ?学生服店の人は?」
「なんかお迎えに行かなくちゃならない人がいるみたいで少し前に出ていきましたよ」

忠義くんがいる。忠義くんがいる。

「……というかお前授業どうした」
「なんか自習だって言われて」
「自習は教室でその教科を自主的に勉強するから自習なんだよ、どの科目だ先生は?」


「あの、結局制服はいつになったら受け取れるんでしょうか」

他所行きだった母の声色はじんわりと苛立ちを帯びていた。
こんなすっぴんの学生服で忠義くんと同じ空間にいることも、今の空気のまま過ごすことも耐え難く、そっと視聴覚室を後にした。




「あれ、宇枝さん?」
「雪村さん」
「やっぱり転校生って貴女だったんだね!」

両腕にファイリングされた資料の束を抱えている沙絢が清らかな顔をパァと綻ばせた。花びらが風に乗るように柔らかい声が楽しげに弾み、あまりにも喜びが伝わってくるので歓迎されているようで気恥ずかしくなる。

「確か私たちどこの学校だったか言ってなかったもんね」
「同じだったなんて———私も嬉しい」
「今日は下見とか?」
「あー⋯⋯」

制服の受け取りがスムーズにいっていないことをやんわり伝えると生真面目な白井先生がそんなミス珍しいと沙絢は目を丸くした。
まぁ、白井個人の段取りというよりは遣いを任された上にぐだぐだ体制の学校の尻拭い役すらさせられているのだろうけれど。

「じゃあ目処が付くまで私が案内する、って言いたいところなんだけど———」
「授業中だよね?それ教材?運ぶの手伝うよ」
「えっ!?悪いよ!私が頼まれたことだから!」

いやいや、いやいやいや、と、親切心をお互い譲らずジリジリしていたが、まぁ確かに今現在ド部外者である私が彼女の手伝いをしたところで要らぬ説明を教員にさせ迷惑をかけてしまうと思考の着地点を決めて一応納得した素振りを見せた。

「そっか、むしろこんな時に引き留めちゃってごめんね」
「謝る必要ないよ!全然大変とかじゃないし気にしないで」

同じクラスになれたら良いねとはにかむ沙絢に手を振るとしなやかな脚で突き当たりにぱたぱたとかけて行った。
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