28 / 91
28
しおりを挟む
再び、海猫亭である。いや、三たび?
冒険者ギルドを出て、ふたばを外に出し、散歩がてら、ぶらぶら歩きまわって戻ってきた。
街では犬を全く見ることがなく、助かった。
このふたばは、ヒトに吠えたことがない犬だが、犬を見るとそれはもう、けたたましく吠えるのである。犬嫌いな犬なのだ。
犬に会うことがないので、もしかしたらこの世界には犬はいないのかと思ったが、珍しがられることもなく、不思議であった。
「ただいま戻りました~」
ギルドで時間を割いたので、もう午後2時くらいである。食堂は静かだった。モラが一人で掃除している。
「あ、おかえりなさい。子供達と主人は商店街に出かけましたが……」
「モラさん、お疲れさまです。あの、もしかして、皆さんとお出かけの予定だったのでは? ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げると、モラは一瞬呆けてから、笑いだした。
「いえいえ、男同士でなんだかんだと言いながら出かけましたよ。……ずっと心配かけてたから、ホッとしたんじゃないでしょうか?」
またお礼タイムが始まりそうだったので、ミユキは慌てて話を進める。
「ならよかった。あ、今お手すきですか? よろしければ、ちょっと召し上がっていただきたいものがありまして……」
ミユキはトマトソースが入った鍋を取り出して、蓋を開けた。ほかほかである。
モラはちょっと驚いたのか、目を見開いて、すぐに微笑んだ。
「あら、いい匂いですね」
「あの、お台所をお借りしてもよろしいでしょうか? これを茹でたいのです……」
布に包まれたジャガイモを見せると、不思議そうに見ている。やはり、まだ出回っていないのか……。
丸ごと蒸し煮にするつもりだったが、下処理の仕方を見てもらうために粉ふきにすることにした。
「これはジャガイモといって、土の中から収穫するので、まず洗いたいのですが……」
「はい。こちらでお願いします」
石を切り出して作られたシンクに、木のタライが置いてあったのでジャガイモをゴロゴロと入れた。脇に大きな瓶があり、水がなみなみと入っている。
「こちらの底に水の魔石が入っていて、きれいなお水が溜まっていくんです」
(なんでも魔石なんだなぁ。魔石の力がなくなったらどうなるんだろう)
柄杓でタライに水をすくい入れ、ジャガイモを洗い終わると、ザルに乗せてモラと一緒に皮を剥いていく。
「これは、涼しい暗い所に置いておけば保存が利く食べ物なんです。ただ、芽が出ることがあるので…」
芽をとることと厚めに剥くこと、切ったらしばらく水につけてアクを抜くこと。
鍋に移して、ひたひたに水を入れ、火にかける。これもやはり魔石だった。
「先程の赤いものはなんというんです?」
「あ、あれはトマトソースと言って、これが材料です」
袖口からひとつトマトを出してみせて説明すると、モラは目を瞬いた。睫毛が長く、ふさふさと生えている。サルモーの美少女っぷりはこのママさん譲りらしい。男の子だけど。
ニンニクとオリーブオイルと玉ねぎとトマトを並べてて、トマトソースの作り方を説明すると、上手く伝わらないようだったので、作り方を教えるついでに作ることにした。
ジャガイモに火が通ったので、湯を捨てて、火の上で鍋を揺らして粉ふきにする。小学生の時、初めての調理実習で作ったのが目玉焼きと粉ふきいもだったなぁとか思っていると、モラが目をキラキラさせていたので、ほかほかをひと切れ口に入れてやると、ものすごく感動している。確かに美味しいからなぁ。
(あぁ、ジャガイモを使った料理をたくさん教えたいわ~。オムレツとか、キンピラとか、肉じゃがとか)
オバさんのお節介心がむくむくと湧いてきたが、ぐっと抑えてトマトソースを作るのだった。
「ニンニクって炒めるとこんな匂いが…… お腹が空きますね。この匂い。玉ねぎって炒めるとこんなに透明に……」
モラが感動しているのを横目で見ていると、ミユキも嬉しくなってきた。
「この油って、このようにして食べられるのね」
「ええ。そのままかけても食べても美味しいけれど……。モラさん、お肉食べてます?」
唐突な質問に、モラは視線で先を促した。
「モラさん、具合が悪くなっていたでしょう?
お隣のアルガさんも、似たような症状だったって聞いたのですが。もしかしたら、貧血かなと」
「ヒンケツ?」
「ええ。血って、赤いでしょ。その血を作っているものの中に鉄分というものがあって、それが、う───ん! とにかくお肉とか、牛乳とか卵とか、食べてます?」
「よくわかりませんが、お肉はあまり出回ってなくて。三年前の戦争が始まってすぐ、封印が弱まって、魔物が溢れるように増えたのです。しかも強くなったらしくて…。それで、討伐に行っていた冒険者の方々が、大半、大怪我をしたりして、減ってしまってから魔物を狩る人があまりいなくなって、それまで食べていたお肉が出回らなくなりました」
「はぁ……」
(今朝のギルドの感じでは、お肉不足はなんかもう解消されそうだったなぁ)
「でも、もともと、お肉はにおいが苦手で、固くて食べられなかったから……」
「においか~~」
生前も野生のお肉はほぼ食べた事がないので、想像が付かないが、下処理で何とかなるものなのだろうか。
とりあえず、調理台の上に調味料が入った壺を並べていく。
「この透明なのがお酒で臭みを消すのに使えます。これが砂糖、醤油、みりん、味噌、ウスターソースは色が醤油と似てるけど、全く違うものだから間違えないでくださいね~。あ、入れ物の色を変えればいいのか。あ、あとお酢も大事だわ~。これは酸っぱいけど殺菌作用があるし、お肉を煮れば柔らかくなるし、体にもいいんですよ~ それからこの黒い粒は胡椒と言って、ピリ辛だけど香りがいいんです。砕いて使ってくださいね~」
フンフフーン、と鼻歌を歌いながら壺の色を変えていく。醤油の壺を黒、ウスターソースは黄土色にした。
トレーを出して載せていく。
「これは私がいた所の調味料です。全部じゃないけど、まあ、普通に料理に使える初級編ですね」
ずらっと並べて顔を上げると、モラは呆然と突っ立っていた。
「………」
お節介なオバさんの辞書からは、自重という文字は消え失せたようだった。
冒険者ギルドを出て、ふたばを外に出し、散歩がてら、ぶらぶら歩きまわって戻ってきた。
街では犬を全く見ることがなく、助かった。
このふたばは、ヒトに吠えたことがない犬だが、犬を見るとそれはもう、けたたましく吠えるのである。犬嫌いな犬なのだ。
犬に会うことがないので、もしかしたらこの世界には犬はいないのかと思ったが、珍しがられることもなく、不思議であった。
「ただいま戻りました~」
ギルドで時間を割いたので、もう午後2時くらいである。食堂は静かだった。モラが一人で掃除している。
「あ、おかえりなさい。子供達と主人は商店街に出かけましたが……」
「モラさん、お疲れさまです。あの、もしかして、皆さんとお出かけの予定だったのでは? ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げると、モラは一瞬呆けてから、笑いだした。
「いえいえ、男同士でなんだかんだと言いながら出かけましたよ。……ずっと心配かけてたから、ホッとしたんじゃないでしょうか?」
またお礼タイムが始まりそうだったので、ミユキは慌てて話を進める。
「ならよかった。あ、今お手すきですか? よろしければ、ちょっと召し上がっていただきたいものがありまして……」
ミユキはトマトソースが入った鍋を取り出して、蓋を開けた。ほかほかである。
モラはちょっと驚いたのか、目を見開いて、すぐに微笑んだ。
「あら、いい匂いですね」
「あの、お台所をお借りしてもよろしいでしょうか? これを茹でたいのです……」
布に包まれたジャガイモを見せると、不思議そうに見ている。やはり、まだ出回っていないのか……。
丸ごと蒸し煮にするつもりだったが、下処理の仕方を見てもらうために粉ふきにすることにした。
「これはジャガイモといって、土の中から収穫するので、まず洗いたいのですが……」
「はい。こちらでお願いします」
石を切り出して作られたシンクに、木のタライが置いてあったのでジャガイモをゴロゴロと入れた。脇に大きな瓶があり、水がなみなみと入っている。
「こちらの底に水の魔石が入っていて、きれいなお水が溜まっていくんです」
(なんでも魔石なんだなぁ。魔石の力がなくなったらどうなるんだろう)
柄杓でタライに水をすくい入れ、ジャガイモを洗い終わると、ザルに乗せてモラと一緒に皮を剥いていく。
「これは、涼しい暗い所に置いておけば保存が利く食べ物なんです。ただ、芽が出ることがあるので…」
芽をとることと厚めに剥くこと、切ったらしばらく水につけてアクを抜くこと。
鍋に移して、ひたひたに水を入れ、火にかける。これもやはり魔石だった。
「先程の赤いものはなんというんです?」
「あ、あれはトマトソースと言って、これが材料です」
袖口からひとつトマトを出してみせて説明すると、モラは目を瞬いた。睫毛が長く、ふさふさと生えている。サルモーの美少女っぷりはこのママさん譲りらしい。男の子だけど。
ニンニクとオリーブオイルと玉ねぎとトマトを並べてて、トマトソースの作り方を説明すると、上手く伝わらないようだったので、作り方を教えるついでに作ることにした。
ジャガイモに火が通ったので、湯を捨てて、火の上で鍋を揺らして粉ふきにする。小学生の時、初めての調理実習で作ったのが目玉焼きと粉ふきいもだったなぁとか思っていると、モラが目をキラキラさせていたので、ほかほかをひと切れ口に入れてやると、ものすごく感動している。確かに美味しいからなぁ。
(あぁ、ジャガイモを使った料理をたくさん教えたいわ~。オムレツとか、キンピラとか、肉じゃがとか)
オバさんのお節介心がむくむくと湧いてきたが、ぐっと抑えてトマトソースを作るのだった。
「ニンニクって炒めるとこんな匂いが…… お腹が空きますね。この匂い。玉ねぎって炒めるとこんなに透明に……」
モラが感動しているのを横目で見ていると、ミユキも嬉しくなってきた。
「この油って、このようにして食べられるのね」
「ええ。そのままかけても食べても美味しいけれど……。モラさん、お肉食べてます?」
唐突な質問に、モラは視線で先を促した。
「モラさん、具合が悪くなっていたでしょう?
お隣のアルガさんも、似たような症状だったって聞いたのですが。もしかしたら、貧血かなと」
「ヒンケツ?」
「ええ。血って、赤いでしょ。その血を作っているものの中に鉄分というものがあって、それが、う───ん! とにかくお肉とか、牛乳とか卵とか、食べてます?」
「よくわかりませんが、お肉はあまり出回ってなくて。三年前の戦争が始まってすぐ、封印が弱まって、魔物が溢れるように増えたのです。しかも強くなったらしくて…。それで、討伐に行っていた冒険者の方々が、大半、大怪我をしたりして、減ってしまってから魔物を狩る人があまりいなくなって、それまで食べていたお肉が出回らなくなりました」
「はぁ……」
(今朝のギルドの感じでは、お肉不足はなんかもう解消されそうだったなぁ)
「でも、もともと、お肉はにおいが苦手で、固くて食べられなかったから……」
「においか~~」
生前も野生のお肉はほぼ食べた事がないので、想像が付かないが、下処理で何とかなるものなのだろうか。
とりあえず、調理台の上に調味料が入った壺を並べていく。
「この透明なのがお酒で臭みを消すのに使えます。これが砂糖、醤油、みりん、味噌、ウスターソースは色が醤油と似てるけど、全く違うものだから間違えないでくださいね~。あ、入れ物の色を変えればいいのか。あ、あとお酢も大事だわ~。これは酸っぱいけど殺菌作用があるし、お肉を煮れば柔らかくなるし、体にもいいんですよ~ それからこの黒い粒は胡椒と言って、ピリ辛だけど香りがいいんです。砕いて使ってくださいね~」
フンフフーン、と鼻歌を歌いながら壺の色を変えていく。醤油の壺を黒、ウスターソースは黄土色にした。
トレーを出して載せていく。
「これは私がいた所の調味料です。全部じゃないけど、まあ、普通に料理に使える初級編ですね」
ずらっと並べて顔を上げると、モラは呆然と突っ立っていた。
「………」
お節介なオバさんの辞書からは、自重という文字は消え失せたようだった。
222
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!
明衣令央
ファンタジー
糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。
一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。
だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。
そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。
この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。
2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。
心が折れた日に神の声を聞く
木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。
どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。
何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。
絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。
没ネタ供養、第二弾の短編です。
爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
ファンタジー
88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる