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喪服を着たあなたは、重ねた襦袢の襟もとから本人の意図しない艶やかな色香を漂わせる。腰の辺りには年相応の熟れが宿り、肩には夫を亡くした淋しみが掛かり、気丈な姿勢でも隠れ切れないやつれからは男のうちを躁がせる弱さが明滅する。
社会に無知な専業主婦であっても察せられる不可解な急死だった。夫の会社の者は心からの弔慰と哀悼を表するように見せかけるが、すべて欺瞞にしか映らず、過労死と判じられないよう、必死な隠蔽が重役らの随意で謀られたとしかあなたには思えない。病死といえばそれまでで、平素から抜けているところが多かった夫が手帳や携帯電話に劣悪な労働環境を示す手掛かりを残している訳もなく、何処に行っても大変な事には違いがないと、夜遅く帰っては朝早く家を出る夫の背中が滲んだ目に浮かび、引き止めなかった自分は妻失格であると通夜が進むなか、とうとう大きな涙がひとつ零れた。
涙の向こうで目を泳がせる若い男がひとり。
この男の口なら割らせられるのではないか、とあなたは目をつけた。
男の眼は惑いだけでなく、夫に死なれた女にもたげる色を誤魔化すものでもあるとあなたは見た。
悲しみの淵で一縷の憎悪が濡れて光った。
社会に無知な専業主婦であっても察せられる不可解な急死だった。夫の会社の者は心からの弔慰と哀悼を表するように見せかけるが、すべて欺瞞にしか映らず、過労死と判じられないよう、必死な隠蔽が重役らの随意で謀られたとしかあなたには思えない。病死といえばそれまでで、平素から抜けているところが多かった夫が手帳や携帯電話に劣悪な労働環境を示す手掛かりを残している訳もなく、何処に行っても大変な事には違いがないと、夜遅く帰っては朝早く家を出る夫の背中が滲んだ目に浮かび、引き止めなかった自分は妻失格であると通夜が進むなか、とうとう大きな涙がひとつ零れた。
涙の向こうで目を泳がせる若い男がひとり。
この男の口なら割らせられるのではないか、とあなたは目をつけた。
男の眼は惑いだけでなく、夫に死なれた女にもたげる色を誤魔化すものでもあるとあなたは見た。
悲しみの淵で一縷の憎悪が濡れて光った。
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