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店を出て、入口のドアが閉まりますと、そこに掛けられておりましたベルが鳴り、彼女の声がその音に重なりました。
「八年だね」
それを聞いて、身を跳ねさせておりますわたくしを不審がるでもなく、「結婚をして、もう、八年だね」と妻は言い直しました。
あぁ、そういう事か、と思い、わたくしは、「そうだね、八年だね」と感慨深そうに頷きました。
それを受けました彼女は、「八年、どう?」とこちらへ尋ねて参りました。
わたくしは、何か気の利いた事を、と頭を働かせましたが、そういった、打算に走る辺りに、自分の浅ましさを思い知らされ、いくら優しくなろうとしても、表面的では仕方がなかったか、と黙っておりましたら、「ごめんね、八年も経つのに」と彼女に言わせてしまう事になりました。
わたくしは、何が? と尋ね返すような事はしたくありませんでしたが、代わりに何が言える、でも無かった事から、先刻のお店の内装やらを話の種にしようと思い、「ねえ、さっきのアイスコーヒー、どうだった?」と、美味しそうに飲んでおりました彼女に、まずは水を向けました。
そうしますと彼女は、「え? う、うん、美味しかったんじゃないかな」と遠慮がちにこう返して来たものでございますから、もうお店から出て、誰に聞かれるでもないのに、心根から優しいひとは、やはり何処か、出来が違う、と、わたくしはそう思い知らされ、自分に正直になる事に致しました。
「ホット珈琲は、酷かったよ、でも、飲み干しちゃった」とわたくしが言いますと、彼女が透かさず、「無理したの?」と訊くもので、「無理なんてしたことないよ、いつもデートを楽しんでる」とわたくしは正直にこう返したのでありましたが、図らずも、それらしい言葉になりましたので、人間はやはり素直に生きなければならん、とそう思っておりましたら、「そう、ありがとう、本当に、ありがとう」と彼女が涙を浮かべながら、こう言うものでございますから、わたくしは手を繋ぐしかありませんでした。
「八年だね」
それを聞いて、身を跳ねさせておりますわたくしを不審がるでもなく、「結婚をして、もう、八年だね」と妻は言い直しました。
あぁ、そういう事か、と思い、わたくしは、「そうだね、八年だね」と感慨深そうに頷きました。
それを受けました彼女は、「八年、どう?」とこちらへ尋ねて参りました。
わたくしは、何か気の利いた事を、と頭を働かせましたが、そういった、打算に走る辺りに、自分の浅ましさを思い知らされ、いくら優しくなろうとしても、表面的では仕方がなかったか、と黙っておりましたら、「ごめんね、八年も経つのに」と彼女に言わせてしまう事になりました。
わたくしは、何が? と尋ね返すような事はしたくありませんでしたが、代わりに何が言える、でも無かった事から、先刻のお店の内装やらを話の種にしようと思い、「ねえ、さっきのアイスコーヒー、どうだった?」と、美味しそうに飲んでおりました彼女に、まずは水を向けました。
そうしますと彼女は、「え? う、うん、美味しかったんじゃないかな」と遠慮がちにこう返して来たものでございますから、もうお店から出て、誰に聞かれるでもないのに、心根から優しいひとは、やはり何処か、出来が違う、と、わたくしはそう思い知らされ、自分に正直になる事に致しました。
「ホット珈琲は、酷かったよ、でも、飲み干しちゃった」とわたくしが言いますと、彼女が透かさず、「無理したの?」と訊くもので、「無理なんてしたことないよ、いつもデートを楽しんでる」とわたくしは正直にこう返したのでありましたが、図らずも、それらしい言葉になりましたので、人間はやはり素直に生きなければならん、とそう思っておりましたら、「そう、ありがとう、本当に、ありがとう」と彼女が涙を浮かべながら、こう言うものでございますから、わたくしは手を繋ぐしかありませんでした。
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