シークレットランデブー

遠藤ミサキ

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シークレットランデブー

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 三年B組の十六夜先生は生徒に手を出しているともっぱらの噂だ。
 そんな噂を知ってか知らずか、クラスメイト達は十六夜先生のいる教卓の周りに群がっている。
「先生みて! リップモンスター買えた!」「すごい! どこ?」「うちの近くの薬局」「あたしも買ったー」
 4時間目は英語。十六夜先生がいつも早めに教室に来てくれるのは、勉強に関する質問を受け付けるためというよりこうして一部の生徒に取り入るためなんじゃないかと思う。
 十六夜先生は教師としては2年目ということで今年初めて担任を持ったらしい。浪人はしていないと聞いたので、年齢で言えば23か24かそこらのはず。学校で教鞭を取るだけなのにいつも派手にお洒落をしていて、髪色は教師陣の中で最も明るく目元にはラメの強いアイシャドウがキラキラしている。中学の時にも似た雰囲気の先生はいたが蛇蝎の如く嫌われていた。十六夜先生に人気があるのは、うちが女子校だからだろう。
 そう、女子校である。つまり生徒に手を出しているということは、あの噂が確かなら十六夜先生はレズビアンということになる。私自身レズっ気はないがとりわけそれを嫌悪しているわけでもない。ただの同性愛なら本人たちの好きにすればいい。しかし、同性異性関係なく教師が生徒に手を出すのは犯罪行為に当たるのだ。本当に愛し合っているなら卒業まで待つべきだし、そもそも複数人に手を出している時点でそこに愛情はないのだろうから性被害に違いないのだ。同じ学校に犯罪者がいると思えば恐ろしくもなるし、自分に被害が及ばなくても生活範囲に性被害に遭っている子がいるなら助けたいとも思う。
「じゃあもう先生一緒に行こうよ」
「行かないよー仕事終わるの完全に夜だもん」
「ブラックじゃん」
「そうだよー」
 男に媚びるみたいなあざとい笑い方で、先生は愛想を振り撒いている。
 騙されないで。そいつは生徒に手を出す犯罪者だよ。よっぽど言ってやろうかと思ったが、証拠を押さえる前に変な動きをすれば尻尾を掴めなくなってしまう。
 十六夜先生はいつも綺麗にしているから、華の女子高生はその姿に憧れるのかもしれない。だが、その華美な格好も生徒を惑わす罠なのではないかと私は睨んでいる。おおかた、服だのメイクだのにうつつを抜かす軽佻浮薄な生徒の方が取り入りやすいとでも思っているのだろう。親しみやすさを醸し出して、近づいてきた生徒を喰ってしまうのだ。
 噂はあくまでも噂に過ぎなかったのだが、私はその噂が真実である確信を得ていた。


 昨日の放課後である。英語のテスト勉強で分からないところがあったので十六夜先生に聞こうと思ったのだが掴まらず、職員室とC組の教室にいなければどこにいるのかと探していると廊下でクラスメイトのNに引き止められた。
『どこ行くの?』
『十六夜先生を探してるんだけど』
『あ、……い、十六夜先生はね、もう帰っちゃったみたい』
 口ごもり、顔を赤らめてもじもじする様子は明らかに何か嘘か隠し事をしている。瞬時にあの噂が脳裏に浮かんで私は絶句してしまった。
 今、追及するべきなのか? それは嘘だと糾弾するべきか? 余計、口を固くしてしまうのでは? Nとは特別仲がいいわけでもない。隠し事を打ち明けるような間柄ではないのだ。余計口と心を閉ざしてしまうくらいなら、何も気づかないふりをした方がいいのではないか?
『明日にしなよ、ね。今日はもう帰ろう』
 逡巡して言葉を失う私の手を引いてNは廊下を引き返した。
 性被害に遭う学生が精神的にも取り入られ、加害教師を慕うため庇おうとすることもあると知っていた。Nもその一人になってしまったのだろうと思うと無性に腹が立った。私の数少ない、真面目な友人だったのだ。


 授業が終われば昼休み。購買を利用する生徒はチャイムと同時に財布を持って教室を飛び出していく。十六夜先生はこういう生徒のために必ず早めに授業を切り上げている。他のクラスとフェアになるようチャイムが鳴るまでは教室から出ないよう促しているが。
「十六夜先生、またちょっと派手なんじゃないですか?」
 私の思うことを代弁するような声は、A組担任であり生物教師の日向先生だ。
 日向先生は十六夜先生とは対称的なタイプである。癖のない長い黒髪を後ろにまとめていて化粧っ気のない30歳前後の清楚な女性。いつも堂々としていて、芯を持った大人といった印象を受ける。何にも媚びない姿勢が私は好きだ。
 提出物やノートのチェックが厳しめなので苦手とする生徒もいる。でも私は日向先生のことを尊敬している。十六夜先生の派手な学校について、よく注意してくれているから。日向先生が嫌われる理由の一つでもあるが。
「いつも通りじゃないですか」
「いつもそんな派手だから言ってるんです」
 子供を叱る母親のような、咎める視線を十六夜先生に送りながら手招きする日向先生。こうして注意を受ける時は決まってどこか別室へ移動する。生徒の前では言いづらい指摘もしているのか、人前で叱られる居辛さも考慮しているのか。その細やかな気遣いも尊敬できるポイントである。きっと、私たちの目に触れないところでビシッと言ってくれているのだ。
 やっぱり日向先生は信頼できる。私はあの噂の証拠を見つけ次第、日向先生に相談しようと思っている。犯罪行為を告発するなら警察に行くべきなのだが、当該の生徒が行っていないのだからその気持ちも汲んだ方がいいのかもしれない。その辺の判断も、真面目で実直な日向先生ならきっと正しくしてくれる。
 二人が消えていった教室のドアを眺めているとクラスメイトに声をかけられ、一緒にお昼を食べることにした。Nを含めた数人のいつものグループだ。
「何そのジュース」
 Nが飲んでいる見たことのないジュースが気になった。
「学校の自販機にあるよ」
「見たことないけど」
「特別教室棟の2階の自販機」
「2階行かないから知らなかった。買ってきていい?」
「いってらー」 
 私たち三年生の教室は3階なので、2階に寄ることはあまりない。
 各教室から特別教室棟への渡り廊下から、どこもかしこもランチの喧騒が聞こえてくる。ざわざわと喋る声の中にたまに大爆笑の声が混ざり、スマホから誰かが流した音楽が混ざり。私はそのどれからも切り離されて浮いていた。3年もこの学校に通っているが今まではこの喧騒の一部だったので新鮮な感じがする。
 自販機へ行く途中に生物室、その隣に生物準備室がある。日向先生はいるだろうかと少し気になってドアに嵌められたガラスからそれとなく中を窺い見てみると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。
 襟周りにフリルのついた華美な白いブラウスに明るめの茶色の髪をこれまた派手にアレンジして後ろで結んでいる女性は、どう見ても十六夜先生だ。さっき日向先生に呼びつけられてここに来たらしいことには違和感はないのだが、正面に座る日向先生との距離が近すぎることが気になった。
 近すぎるというか、その距離はほとんどゼロである。顔と顔がくっついているのである。つまり、キス、している。
 日向先生の手が十六夜先生の頬を優しく撫でる。指先はいやらしく蛇のように顔を伝って、耳を弄ぶ。十六夜先生の肩が小さく跳ねた。触られている耳は真っ赤になって、さぞ悦んでいるだろうことが見て取れた。
 触っているのと反対の耳に日向先生が口を寄せる。そうすると正面からガラス越しに見ている私と目が合い、私は二人の秘め事に釘付けになっていたことに気がついた。
 日向先生は悪戯に口角を広げ、人差し指を唇の真ん中に立ててしー、と内緒の仕草をした。

 あまりに衝撃的なことだったので、その直後の記憶が曖昧である。どうやらジュースを買うのも忘れてそのまま教室に戻ってしまったらしい。一緒にお昼を食べていた二人にも心配されたが上の空。
「そういえば十六夜先生が生徒に手出してるって噂、あれどうだったの?」
 十六夜先生。その名前が聞こえてはっと我に返る。
「あ、あー……」
 だが、上手く説明できそうもなかった。
 十六夜は、手を出す側じゃなくて出される側で、しかも相手は生徒じゃなくて先生で。なんてことが言えるわけもなく。
「十六夜先生は、やっ……てない、と思う」
 少なくとも、生徒とは。
 いくつもの言葉を飲み込みながらあの光景を思い出してしまった私の顔は熱く、自分でも分かるくらい目が泳いでしまう。嘘は苦手だ。こんな私の反応を見たらきっと誤解が広まってしまうだろう。
 ごめん、十六夜先生。
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