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第27話 ドナドナどーなぁどーなぁ♪

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「どんだけハードルあげてくれてんだよ! こ、こころのじゅんびがだなぁ!」
「行きますよ義雄様」
「ドナドナどーなぁどーなぁ♪ 台車はゆーれーるぅー♪」ゆーれーるぅ~♪」
「双子ぉ! 縁起でもない歌を歌うなぁ!」
「ちょ! 押すな!」
「ハイハイ。いきますよ~」
「サイガぁ! フリじゃない!  フリじゃないから!」

 抵抗空しくステージ上に押し出された俺。何の前触れもなく掛けられていた布が取り払われる!

『ファドリシアァァッ! にぃ代目勇者ァァァッ! よおぉぉぉっすぃぃぃぃおおおおおっ!!!』
 ベイカーのによる巻舌アナウンスが会場に響き渡り、同時に本日最高デシベルの歓声と拍手が会場内に巻き起こる!!

 んぎゃあああああああああああ! 誰か! 誰か俺を殺してくれええええええええぇっ!!


 真っ白である。これは白日夢。目が覚めたらそこはベッドの中。そう、夢オチ……にならねえ。

 鑑定団お付きの音楽隊による軽妙ではあるが不安を駆り立てずにはおれないBGMの中、鑑定人が台車の上の俺を取り囲む。絶対この演出はこっちに来た奴が仕込んだに違いない。

「では、まずは私から」

 帝國魔導院総長とかいう爺さんが俺の前に進みでると、手にした杖を振りかざし呪文を唱える。足元に展開された魔法陣が3Dスキャナーのように浮かび上がり、俺の身体を透過していく。

「魔力量は、勇者の平均値はありますなあ。しかしまあこの装備は……ぬののふくとひのきのぼうですか?」
「これはまた古風と言いますか、まあ勇者定番コーデではあるが」
「ある意味、あざといですなぁ」

「それでは魔法を唱えてもらいましょうか」
「えっ?」
「勇者魔法だ。勇者ならこっちに来た時から使える魔法があるだろう?」
「その、使った事が無いもんで……」

 少しイラついたように武神のおっさんが詰る。この程度でイラつくとか功夫が足りて無いんじゃ無いか?

「まあまあ、使う機会が無くとも頭に浮かぶ呪文があるでしょう? ……ほれ、肩の力を抜いて、ヘソ下で魔力を練り込むように、そうしたら頭の天辺までを抜くように唱えるのです」

 ステータスに表示されていたアレのことか! おそらく初期の攻撃魔法、マジックアローみたいなやつだろう。大丈夫! 俺は本番に強い子、俺は本番に強い子……

《勇者魔法》レベル1『μαγεία βέλος』
 うん、コレに違いない。違いないんだが……
 
「……いけます」

 俺は呼吸を整え、右手をかかげ、掌をステージに用意された的に向ける。やがて体を巡る魔力が掌へと流れ込むのを感じる。
 多くの観客が息を殺し、静寂が辺りを支配する。俺に集まる全ての視線。高まる緊張感! 俺は唱えた。

「まぎあゔえろす!!」

 なーんも起こりません。煙も出ません。みんなの視線は俺から一瞬たりとも外れません。ヤバイ、耳がだんだん熱くなってくる。この感覚は授業参観で自信を持って答えたら間違いだったヤツだ!

「これは……」

 帝國魔導院総長が驚愕の表情を浮かべ、絞り出すように言葉を続ける。

「……なんて酷い発音だ」
「へっ?」×オーディエンスと俺。
「これほど酷い発音は聞いたことが無いですな。直前まで練り上げられた魔力を、いきなりドブに捨てるようなイメージですか……呪文は合っている。訛りが……」

 ズガガガーン!!

 精神をバットでフルスィングされたような衝撃に意識が遠のく。ああ、遠くの方で帝國魔導院総長の声が聞こえる。

「呪文はあっているんだけどねえ……」
「訛りって……発音が悪いって……じゃあ何ですか? 俺は一生魔法は使えないわけですか?」

 何という挫折感。
 ざわめく会場。

「そ、そんな事は無いぞ! 勇者魔法は習得しているのだから、ギリセーフだ! これから頑張れば発音も良くなる! それにレベルが上がれば無詠唱で魔法が使えるぞ!」
「ギリセーフって……どれくらいです?」
「え? 何が?」
「何が? じゃねーですよ。無詠唱のレベル……」
「あ、ああ! ソレな! 確かレベル30で覚えるはずだった……かな?」
「……」
「が、頑張れ! 勇者に困難は付き物だ! 君ならヤレる! 以上!!……おい、次だ! 次行ってくれ!」

 天下の帝國魔導院総長がエイブルさんの方を救いを求めるかのように見る。良く見れば小さく手を合わせて懇願してるし。なんか、俺、気を遣われてる?

『さあ、次は戦闘力チェーッック! 我らが義雄様の秘められた戦闘力が今、白日のもとに!!』
『お? うおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!』×オーディエンス
「えっ、何? 次、わしなの?」

 あからさまに動揺する生きる武神。

『先生! お願いします!』
「えっ? しかし……アレだぞ? いいのか?」

 どうも、アレですよ。もう笑うしかないよね。おかしくないのに笑っちゃうよね。

「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ」

 俺の手にあるのはまごうことなき【ひのきのぼう】先ほどのショックから立ち直れない俺はゆらりゆらりと夢遊病のように武神のおっさんの前に進みでる。
 ざわめく観衆。

「なんだ、あの動き? 見たこともない動きだ」
「う、動きが読めない?」
「ヤル気だ! 超勇者殿は本気だ!」

 勘違いコメントで盛り上がる観衆。ただこの場の武神だけが決定的な力の差を、もちろん自分の方が強い前提で分かりきっている為、俺の扱いに本気で悩んでいた。下手に打ち合えばひのきのぼうなんて真っ二つ。勢い余って勇者も真っ二つにしかねない。
 他国の勇者を斬り伏せたなんてなれば国際問題に発展しかねない。と、いうか自分のキャリアに傷が付く。

「そ、それ以上近づくな」
『おーっと! 武神、我らが超勇者義雄様の前で身動きが取れない!』

 ベーカーの実況が他人事のように聞こえる。つかお前まで超勇者言うんか。

「見える……二人の間にせめぎ合う制空権が」
「先に動いた方が、殺られるな」

 観客のおっさん達の適当な解説に周りの連中までもがウンウンとうなづく。

『ヘイヘイ武神ビビってるー!!』

 どこぞの草野球のようなヤジを飛ばすベイカー。オマエアトデコロす。

「……致し方ない」

 観念したかのように武神が腰の大剣を抜き放つ。同時に凄まじい剣気が真正面から俺にぶち当たり、俺は我にかえった! 結果的無我の境地から、現実に引き戻されるとか、順番逆だから!! ヤバイ! 武神のおっさんは多分スゲー強い。だが俺はその力量を推し量ることすら出来ないほどにーーレベル1だ。

「いいのか……?」

 俺にだけ聞こえる程度に小さく呟き、スッと大剣を上段に構える武神! 何が出来る? 今、俺に何が出来る!? ああ、もう!!

「いいわけないだろおおおおおおおおおぉぉっ!」

 予想外の俺の叫びに武神の動きに迷いが生じる! と、思う! だって分かる訳がない! その隙をついて、いや、隙が出来たと思う! 思うしかない! 俺は動いた!!

『参りましたあああああああああああああぁぁぁぁっ!!』

 武神の大剣は俺の渾身の土下座の僅か数粍上で止まった。

 またもや静まり返る会場。

『お、己の力量と武神の力量の差を瞬時に見極める! さすが我らが超勇者義雄様!!』
「え? あ、ああそうだな。良かった! ホント良かった!! いやあヤバかった!」
『生きる武神から望外の好評価を頂きましたあ!! 迫真の戦いに拍手を!!』

 武神おっさんの「良かった」は多分別の意味だとおもうぞ。

「お、えっ? お、おおおーっ」×オーディエンス
 ぱち ぱち ぱち ぱち

 エイブルのフォローが辛すぎる。俺はあとどれくらいでここに居なきゃいけないんだろう……

 見上げると空……青いなあ。



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