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第一章

第34話 魔石レース③

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 遂に魔石レース当日になった。僕は魔石レースのスタート地点であるエリュシウス市立公園へと向かった。公園の一角には大きな室内訓練場があり、そこで魔石レースの受付をすることになっていた。

 建物の入り口ではスタッフと思しき人たちが参加希望の冒険者たちの身分証をチェックしていた。僕はその冒険者たちへの列へと並び、受付スタッフにランク2冒険者の身分証を見せて無事中へと入った。

 遅い時間に来たこともあってか、中には既に多くの冒険者たちが集まっていた。軽く数百人以上はいるだろうか……。冒険者たちは重厚な鎧に身を包んだ者もいれば、軽い衣服だけの者もいた。仲間と楽しく談笑している者もいれば、黒いローブを着て隅で一人佇んでいる者もいる。これだけ色々なタイプの冒険者の集団を見るのは僕には初めてのことだった。セネリーやネフィ、ライアスもこの中のどこかにいるだろう。

「――ふん、思ったよりも弱そうなやつばかりだな」

 そんな小さな声が聞こえたので、そちらをちらりと向くと声の主は黒ローブの男だった。黒ローブの男は知り合いと思われる白衣を来た怪しげな男と何やら会話をしている。

「この程度ならお前の出る幕はない。俺一人で十分だ。帰って研究の続きでもしてろ」

「……あんたがそう言うならそうするケド、全ては自己責任だよォ?」

「無論だ。もともとお前の力を借りる予定はなかった。……さぁ、さっさと行け」

「……あっそう。ま、それならオレは帰るとしよう……。任務が成功することを祈っているよ」

 ……そう言うと白衣を来た男は静かに会場を出ていった。黒ローブの男はそれっきり黙って話すことはなかった。僕もさすがに黒ローブの男に気づかれるわけにもいかなかったので、すぐに距離を取って群衆に紛れる。

(任務……? 魔石レースで魔石を取ってくるのが任務みたいな輩もいるのか……?)

 なんとなく雰囲気的にエリュシウス外から来てそうな感じの人だったけど、このレースにはエリュシウス外からも様々な事情を持った冒険者が参加してるのかもしれない。レースの途中で小競り合いになることもあるかもだ。……油断はしないようにしよう。

 僕は気持ちを新たにレースが始まるのを待った。


 しばらくして規定の時間になると、訓練場への入り口が閉ざされた。すると、僕たちの前にある壇上に冒険者ギルドの人間と思しき男が立って、説明をし始めた。

「皆、集まったようだな! では、これから第25回ブロンズ級魔石レースについての説明を始める!」

 男がそう言うと、周りの冒険者たちは「うおおおお!」と歓声を上げる。

「ルールは簡単だ。これから諸君には我々冒険者ギルド特製のダンジョンへと入ってもらい、最奥にある魔石を目指してもらう。そして一番最初に魔石を手に入れた者こそが、こたびのレースの勝者となるのだ!」

 勝者という言葉が刺さったのか、周りの歓声はさらに大きくなった。

「注意点として、冒険者同士の妨害や闘いは許可されているが、命に関わるほどまで相手を傷つけるのは禁止されている。ダンジョン内は監視されているからな。諸君らの行動は手に取るようにわかる……忘れるなよ? ……まぁ、とはいっても既に諸君らに配っている『強制帰還のスクロール』が諸君らが死ぬ前に発動するだろうが」

 男はそう言った。実際、男の言う通り、魔石レースの参加者には事前にスクロールが配られていた。それは必ず身につけていなければならないもので、魔石レースのゴール時点で持っていなければ失格となるものだった。男の言うことが確かなら、このスクロールはきっと持ち主が死にそうになったら発動し、持ち主を強制的に帰還転移させるのだろう。

「最奥の魔石がある場所までには『五つの関門』が諸君を待ち受けている。魔石を手に入れるためには全ての関門を突破しなければならない。諸君の持つ力全てを使って各関門を突破するのだ! また、言い忘れていたが、レースの様子は街の広場で多くの観衆に中継されている」

 中継されるということを知らない冒険者もいたのか、少しざわめきが起こった。

「……では、諸君の健闘を祈る。第25回魔石レース、スタートオオオオオオ!!」

 男がそう叫ぶと、前方にある巨大な【転移ゲート】がブオンと音を立てて起動した。あそこから転移してダンジョンに向かえということだろう。

 すると、周りの冒険者たちは「う、うおおおおおお!!」と叫び声が上げ、一斉に走り出した。みんな一目散に目の前にある【転移ゲート】へと向かい、次々とゲートをくぐっていく。僕も負けじと走り、転移ゲートへ突入する。レースはもう始まっているのだ。

 ――白く輝く転移ゲートをくぐると、気がつけば僕は大きな部屋に一人ポツンと立っていた。部屋の四隅には松明が置かれ、部屋を明るく照らしている。四方の壁は石でできていて雰囲気はなんとなく地下神殿といった感じだった。

 部屋の前方には大きな両開きの扉があり、横には何やら木の掲示板のようなものが貼り付けられている。何か文字が書かれているようなので近寄ってみると、そこにはこう書かれていた。


 ~第一の関門『汝、招かれざる者か?』~
 この扉はレベル30よりも遠き者に対して、その身をより固くするであろう


 ………………………………え? 

 ちょ、ちょっと待って…………

 いきなり第一関門というのにも驚いたけど、それよりも驚いたのは関門の説明だった。……はっきり言ってこの説明でもだいたい言いたいことはわかるし、もし僕の推測が正しければこの後どういう展開になるかもわかる。

 ……僕は早々に希望を失った。


 僕はとりあえず、もしかしたらと思いつつ両手で扉を押してみた。扉は結構力を入れたにもかかわらず、案の定びくともしなかった。今度は全力で扉を押してみる。

「ぐぎぎぎぎ!!」

 それでも全く開く気配はなかった。……万が一、引き扉である可能性もあるので、今度は扉を全力で引いてみる。

「うおおおお!!」

 扉は全くびくともしなかった。

(やっぱり、これってそういうことだよなぁ……)

 僕は心の中で呟いた。木の札には『レベル30より遠い者に対して、よりその身を固くする』というようなことが書いてあった。これはつまり、『自分のレベルが30より離れていればいるほど、門を開けるのが難しくなる』ということだろう。僕の今のレベルは370ほどある。レベル30との差はおよそ340。それがどれほど反映されているのかはわからないけど、もう扉を開けるのは無理ぐらいなところまで来ているんじゃないだろうか。

(招かれざる者ってのは、きっとレベルが高すぎたり低すぎたりする参加者のことだよね。そういう参加者を排除するための門が第一関門ってことか……)

 まぁ確かにこの関門を設置した運営側の気持ちはわからなくはない。初心者用のレースで、レベルはかなりあるのにランクは初心者みたいな参加者が他の普通の参加者を圧倒して優勝してしまったら、レースとしてはあまり面白くないということだろう。

 レースの状況は中継されると言っていたし、運営側としては同じぐらいのレベルの参加者が一進一退の攻防を繰り広げるのが見たいのだ。

(……でも、それなら最初からレベル制限しておけよっ!)

 僕はこれでもレースのために色々準備してきたし、いきなり排除は正直ひどいと思った。……もうこうなったらやけくそだ。せめてこの第一関門だけでも突破してみせる!

「うおおおおお!!」

 僕は今度は遠くから助走をつけ、扉に渾身の体当たりをかます。しかし、それでも扉は全く一ミリも動きはしなかった。手応え的には厚さ数十センチはありそうなコンクリートの壁に体当たりしているような感じだった。

 僕はその後も何度も扉を押したり引いたり、上げようとしたり下げようとしたりした。……しかし、全く効果はなかった。もしかしたら何か仕掛けがあるのかと思い、【罠探知】も使ってみたものの、特に反応はなかった。抜け道の可能性も考慮して四方の壁も隅々まで調べてみたけど、何も見つけることはできなかった。
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