57 / 127
禁術の影
しおりを挟む
エルステッドの裏通り。ミラが息を切らせて駆け込んできたのは、夜明け前の薄闇の中だった。
レイドたちは北嶺を越え、三日の強行軍で中継都市に辿り着いていた。カイルの案内で山の民だけが知る獣道を通り、聖騎士の追跡を完全に撒いた。だが身体の疲労は隠せない。ガレスの脚の傷は再び開きかけ、リーシャの顔色は三つ目の残滓の影響で青白いままだ。
「レイド。やばい情報を持ってきた」
ミラの猫目が鋭く光っていた。飄々とした口調が消え、声に緊張が滲んでいる。レイドは壁にもたれかけていた体を起こした。
「何があった」
「大聖堂の地下に潜入した。マルティウスが禁術を準備してる」
ミラが懐から紙を取り出した。薄暗い部屋で、蝋燭の光にかざす。書き写された注釈。術式の配置図。聖遺物の一覧。
「『守り手の共鳴を逆転させ、残滓を引き剥がす。対象の生存は——保証されない』」
ミラが読み上げた言葉に、部屋の空気が凍った。
リーシャの手が、自分の胸に触れた。三つの残滓が宿る場所。守り手として世界を支え始めた力。それを——引き剥がす。
「リーシャの命が——」
「そう。あたしが見た限り、この術はリーシャを殺す可能性がある。体に馴染んだ残滓を無理やり引き抜くってことは、体ごと壊すのと同じだ」
レイドの拳が白くなるまで握りしめられた。
「完成はいつだ」
「あと一日半って話だった。でもあたしが聖遺物の配置を少しずらしておいた。起動が遅れるか、不完全になるはず。でも——時間稼ぎにしかならない」
ガレスが大盾を壁に立てかけ、腕を組んだ。
「なら急ぐしかねえだろ。王都に行って、その禁術をぶっ壊す」
「聖騎士がうじゃうじゃいる王都にか」
「うじゃうじゃいようが関係ねえ。リーシャを守るんだろ」
カイルが窓の外を見た。空が白み始めている。
「俺は王都の地理は詳しくないが——戦う覚悟はできてる」
リーシャが口を開いた。声は静かだが、震えていない。
「私のために王都に乗り込むのは危険すぎます。禁術は私を対象にしている以上、私が遠ければ効果は薄い。それよりも——」
「それよりも?」
「残りの残滓を先に確保すべきです。四つ目を取り込めば、禁術が完成しても私の力が上回る可能性がある。守り手の力が十分に強ければ、引き剥がしに抵抗できます」
リーシャの碧眼が銀色に微かに光った。覚醒した守り手の直感が、そう告げている。
レイドは考えた。リーシャの言葉には論理がある。だが——四つ目の残滓があるヴェルデ聖堂は西の大陸だ。王都からさらに遠い。往復する時間はない。
「四つ目は遠すぎる。だが——五つ目は王都の大聖堂の地下だ」
「一度侵入して中断された場所」リーシャが頷いた。
「ああ。あの時は聖教会の兵士に見つかって覚醒が中断された。だが今のリーシャなら——三つの残滓を持つ今なら、短時間で取り込める可能性がある」
「つまり——」ミラが目を細めた。「王都に乗り込んで、禁術をぶっ壊しつつ、大聖堂の地下で五つ目を取る。一石二鳥ってわけ」
「無茶だ」カイルが呟いた。
「無茶でもやる」レイドが言い切った。「ジークが内側で動いている。アルヴィンが表でマルティウスと対峙している。今なら——隙がある」
レイドはジークからの最後の伝書を思い出した。マルティウスの三日の猶予。アルヴィンが時間を稼いでいる。だがその三日は——もうほとんど残っていない。
◇
作戦を練るのに、一刻もかからなかった。
ミラが大聖堂の内部構造を紙に描いた。東翼の足場、屋根裏の保守通路、地下への螺旋階段。禁術の儀式の間の位置。そして——大聖堂の地下深く、柱の残滓が眠る場所。
「儀式の間は地下二階。柱の残滓はさらに下の地下三階。距離は近いけど、階層が違う」
「二手に分かれる」レイドが決めた。「俺とガレスで儀式の間に突入して禁術を止める。リーシャとカイルは残滓の回収に向かう」
「ミラは」
「案内役。地下まで全員を導いた後、ミラはジークと合流して外からの陽動を担当する。聖騎士の目を引きつけてくれ」
ミラが軽く口笛を吹いた。
「あたしが一番危ないじゃん」
「お前が一番上手いからだ」
「褒めても何も出ないよ」
だがミラの目は笑っていた。仲間のために走れる。それが——居場所を持つということだ。
「出発は今夜。王都まで馬で半日。夜明け前に到着して、暗いうちに侵入する」
レイドが全員を見回した。四人の仲間。一周目にはいなかった仲間たち。
「カイル。お前は巻き込むつもりはなかった。ここで残ってもいい」
カイルは首を振った。
「北嶺であんたに借りがある。それに——世界がどうなってるか、俺はこの目で見てきた。山が崩れ、魔物が狂い、仲間が傷ついた。それを止められるなら——俺は行く」
レイドは頷いた。言葉はいらなかった。
四人は支度を始めた。武器を研ぎ、傷の手当てをし、馬を用意した。日が昇り、街が動き始める前に——出発する。
リーシャがレイドの隣に立った。
「左手は」
レイドは左手を見た。ヴェルディアの紋様が微かに脈動している。三つの残滓がリーシャに宿ったことで、紋様の光は以前より弱まっている。だが——完全には消えていない。
「大丈夫だ。使わない」
「約束ですよ」
「ああ。約束だ」
リーシャが微かに笑った。その笑顔の奥に、覚悟が見えた。守り手として——世界を支える覚悟。
窓の外で、東の空が赤く染まっていた。嵐の前の朝焼け。
王都へ。全てが始まる場所へ。全てを終わらせるために。
レイドたちは北嶺を越え、三日の強行軍で中継都市に辿り着いていた。カイルの案内で山の民だけが知る獣道を通り、聖騎士の追跡を完全に撒いた。だが身体の疲労は隠せない。ガレスの脚の傷は再び開きかけ、リーシャの顔色は三つ目の残滓の影響で青白いままだ。
「レイド。やばい情報を持ってきた」
ミラの猫目が鋭く光っていた。飄々とした口調が消え、声に緊張が滲んでいる。レイドは壁にもたれかけていた体を起こした。
「何があった」
「大聖堂の地下に潜入した。マルティウスが禁術を準備してる」
ミラが懐から紙を取り出した。薄暗い部屋で、蝋燭の光にかざす。書き写された注釈。術式の配置図。聖遺物の一覧。
「『守り手の共鳴を逆転させ、残滓を引き剥がす。対象の生存は——保証されない』」
ミラが読み上げた言葉に、部屋の空気が凍った。
リーシャの手が、自分の胸に触れた。三つの残滓が宿る場所。守り手として世界を支え始めた力。それを——引き剥がす。
「リーシャの命が——」
「そう。あたしが見た限り、この術はリーシャを殺す可能性がある。体に馴染んだ残滓を無理やり引き抜くってことは、体ごと壊すのと同じだ」
レイドの拳が白くなるまで握りしめられた。
「完成はいつだ」
「あと一日半って話だった。でもあたしが聖遺物の配置を少しずらしておいた。起動が遅れるか、不完全になるはず。でも——時間稼ぎにしかならない」
ガレスが大盾を壁に立てかけ、腕を組んだ。
「なら急ぐしかねえだろ。王都に行って、その禁術をぶっ壊す」
「聖騎士がうじゃうじゃいる王都にか」
「うじゃうじゃいようが関係ねえ。リーシャを守るんだろ」
カイルが窓の外を見た。空が白み始めている。
「俺は王都の地理は詳しくないが——戦う覚悟はできてる」
リーシャが口を開いた。声は静かだが、震えていない。
「私のために王都に乗り込むのは危険すぎます。禁術は私を対象にしている以上、私が遠ければ効果は薄い。それよりも——」
「それよりも?」
「残りの残滓を先に確保すべきです。四つ目を取り込めば、禁術が完成しても私の力が上回る可能性がある。守り手の力が十分に強ければ、引き剥がしに抵抗できます」
リーシャの碧眼が銀色に微かに光った。覚醒した守り手の直感が、そう告げている。
レイドは考えた。リーシャの言葉には論理がある。だが——四つ目の残滓があるヴェルデ聖堂は西の大陸だ。王都からさらに遠い。往復する時間はない。
「四つ目は遠すぎる。だが——五つ目は王都の大聖堂の地下だ」
「一度侵入して中断された場所」リーシャが頷いた。
「ああ。あの時は聖教会の兵士に見つかって覚醒が中断された。だが今のリーシャなら——三つの残滓を持つ今なら、短時間で取り込める可能性がある」
「つまり——」ミラが目を細めた。「王都に乗り込んで、禁術をぶっ壊しつつ、大聖堂の地下で五つ目を取る。一石二鳥ってわけ」
「無茶だ」カイルが呟いた。
「無茶でもやる」レイドが言い切った。「ジークが内側で動いている。アルヴィンが表でマルティウスと対峙している。今なら——隙がある」
レイドはジークからの最後の伝書を思い出した。マルティウスの三日の猶予。アルヴィンが時間を稼いでいる。だがその三日は——もうほとんど残っていない。
◇
作戦を練るのに、一刻もかからなかった。
ミラが大聖堂の内部構造を紙に描いた。東翼の足場、屋根裏の保守通路、地下への螺旋階段。禁術の儀式の間の位置。そして——大聖堂の地下深く、柱の残滓が眠る場所。
「儀式の間は地下二階。柱の残滓はさらに下の地下三階。距離は近いけど、階層が違う」
「二手に分かれる」レイドが決めた。「俺とガレスで儀式の間に突入して禁術を止める。リーシャとカイルは残滓の回収に向かう」
「ミラは」
「案内役。地下まで全員を導いた後、ミラはジークと合流して外からの陽動を担当する。聖騎士の目を引きつけてくれ」
ミラが軽く口笛を吹いた。
「あたしが一番危ないじゃん」
「お前が一番上手いからだ」
「褒めても何も出ないよ」
だがミラの目は笑っていた。仲間のために走れる。それが——居場所を持つということだ。
「出発は今夜。王都まで馬で半日。夜明け前に到着して、暗いうちに侵入する」
レイドが全員を見回した。四人の仲間。一周目にはいなかった仲間たち。
「カイル。お前は巻き込むつもりはなかった。ここで残ってもいい」
カイルは首を振った。
「北嶺であんたに借りがある。それに——世界がどうなってるか、俺はこの目で見てきた。山が崩れ、魔物が狂い、仲間が傷ついた。それを止められるなら——俺は行く」
レイドは頷いた。言葉はいらなかった。
四人は支度を始めた。武器を研ぎ、傷の手当てをし、馬を用意した。日が昇り、街が動き始める前に——出発する。
リーシャがレイドの隣に立った。
「左手は」
レイドは左手を見た。ヴェルディアの紋様が微かに脈動している。三つの残滓がリーシャに宿ったことで、紋様の光は以前より弱まっている。だが——完全には消えていない。
「大丈夫だ。使わない」
「約束ですよ」
「ああ。約束だ」
リーシャが微かに笑った。その笑顔の奥に、覚悟が見えた。守り手として——世界を支える覚悟。
窓の外で、東の空が赤く染まっていた。嵐の前の朝焼け。
王都へ。全てが始まる場所へ。全てを終わらせるために。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる