62 / 127
西への道
しおりを挟む
王都を発つ朝、空は穏やかに晴れていた。
大聖堂の鐘が朝の刻を告げている。昨夜の騒動が嘘のように、王都の日常が戻りつつあった。だが大聖堂の中は違う。聖騎士たちが廊下を慌ただしく行き来し、マルティウスの拘束をめぐって混乱が広がっていた。
七人は王都の西門の外に集まっていた。
レイド。リーシャ。ガレス。ミラ。カイル。アルヴィン。セレナ。
「ヴェルデ聖堂は西の大陸だ」レイドが地図を広げた。「ここから馬で五日。港町カレンまで三日、そこから船で二日」
「五日か」ガレスが腕を組んだ。「マルティウスを押さえてる間に動くのが得策だな」
「ああ。だが——マルティウスの部下がまだ動いている。浄罪の目の残党が各地に散っている」
「そっちは俺が引き受ける」
ジークが城門の影から姿を現した。隣にフェリクスが控えている。
「俺とフェリクスで、浄罪の目の残党を押さえる。傭兵ギルドの連中を使えば——王都の治安維持くらいはできる」
「ジーク。——感謝する」
「感謝はいらねえ。世界が滅びたら報酬が使えないからな」
ジークが口の端を上げた。だがその目には——金の話をする時とは違う光があった。
「それと、もう一つ」ジークがレイドの肩を叩いた。「マルティウスは黙っちゃいない。拘束されたとはいえ、千年の組織には根が深い。各地の聖堂に信者がいる。ヴェルデ聖堂にも——聖教会の支部がある」
「先回りされる可能性があるか」
「ああ。鴉の伝書は俺たちより速い。フェリクスが妨害工作を仕掛けるが——全ては抑えきれない」
アルヴィンが歩み出た。白銀の鎧が朝日を反射し、金髪が風になびいている。だがその碧眼は——昨夜までとは別人のように澄んでいた。
「私が先行する」
「アルヴィン?」
「勇者としての名は、まだ聖教会の正式な取り消しを受けていない。私が聖教会の正規の命令としてヴェルデ聖堂に向かえば——現地の聖教会支部は従うしかない。地下への道を確保できる」
「だが——お前が表に出れば、マルティウスの残党に狙われる」
「エドモンがいる」アルヴィンがエドモンを振り返った。エドモンが無言で頷いた。「それに——セレナも」
セレナが微かに頷いた。聖女の白い衣が風に揺れている。
「聖女と勇者が揃えば、現地の聖騎士も逆らえないだろう」
レイドは考えた。アルヴィンの提案には理がある。聖教会の権威を内側から利用できるなら——正面突破よりも遥かに安全だ。
「分かった。アルヴィンとセレナ、エドモンが先行してヴェルデ聖堂を押さえる。俺たちは一日遅れて合流する」
「なぜ一日遅らせる」
「リーシャの体を休ませたい。四つの残滓を一晩で取り込んだ。回復に最低でも半日は必要だ」
リーシャが口を開きかけたが、レイドが先に言った。
「無理をするなと言ったのはお前だ。約束は守れ」
リーシャが少しだけ笑った。
「分かりました。——半日だけ」
アルヴィンが馬に跨った。
「レイド」
「何だ」
「一周目で——お前を殺したことは、取り消せない。だが二周目では——共に世界を救う。それが俺にできる償いだ」
「償いなんかいらない。——ただ、お前がここにいてくれればいい」
アルヴィンの碧眼が一瞬揺れた。だがすぐに前を向き、馬を駆った。セレナとエドモンが後に続き、三人は西への街道に消えた。
◇
半日の休息の後、五人は出発した。
レイド、リーシャ、ガレス、ミラ、カイル。街道を西に向かい、平原を駆ける。
リーシャの体調は回復していた。四つの残滓の力は安定し、地脈の感覚もクリアだ。走りながらも、大陸全体の魔力の流れが見える。
「ヴェルディアの状態は」レイドが馬の上から問いかけた。
「安定しています。四つの残滓で——負荷の四割を引き受けています。ヴェルディアは楽になっているはずです。ですが——」
「ですが?」
「ヴェルディアの体そのものの損傷は、残滓の吸収では治せません。三千年の酷使で——体が限界に近い。五つ目の残滓を取り込んで負荷を五割以上引き受けても、ヴェルディアの体が持つかどうかは——」
リーシャの声が小さくなった。
「つまり——時間がないのは変わらない」
「はい。五つ目を取り込んだ後、ヴェルディアを直接治癒する方法を見つけなければ」
レイドは前を向いた。街道の先に、夕陽が沈みかけている。西の空が橙から紫に変わり、星が一つ瞬き始めた。
「一つずつだ。まず五つ目を取る。その先は——その時に考える」
「いつも通りだな、リーダー」ガレスが笑った。
「いつも通りじゃねえだろ。世界の命運がかかってんだから」カイルが呆れた声を出した。
「命運がかかってようがかかってなかろうが、やることは同じだぜ。目の前の壁を、一つずつ壊していく」
ミラが鼻で笑った。
「おっさんの言う通りだけど、もうちょっと繊細な表現はできないの」
「うるせえ。俺は盾使いだ。繊細は専門外だ」
五人の笑い声が、夕暮れの街道に響いた。
世界が崩壊に向かっている中で——それでも、笑える。仲間がいるから。
レイドは一周目を思い出した。あの時は——こんな風に笑えなかった。真実を一人で抱え、孤独の中で戦い、最後には——全てを失った。
二周目は違う。
隣にリーシャがいる。背後にガレスがいる。ミラが先を見張り、カイルが弓を構えている。アルヴィンが前を走り、セレナが祈っている。ジークが背後を守り、フェリクスが情報を集めている。
一人じゃない。
それだけで——走れる。
五人は西に向かって馬を走らせた。星が一つ、また一つと夜空に灯り始め、街道を銀色に照らしていた。
最後の残滓が待つ場所へ。世界の均衡を取り戻すために。
大聖堂の鐘が朝の刻を告げている。昨夜の騒動が嘘のように、王都の日常が戻りつつあった。だが大聖堂の中は違う。聖騎士たちが廊下を慌ただしく行き来し、マルティウスの拘束をめぐって混乱が広がっていた。
七人は王都の西門の外に集まっていた。
レイド。リーシャ。ガレス。ミラ。カイル。アルヴィン。セレナ。
「ヴェルデ聖堂は西の大陸だ」レイドが地図を広げた。「ここから馬で五日。港町カレンまで三日、そこから船で二日」
「五日か」ガレスが腕を組んだ。「マルティウスを押さえてる間に動くのが得策だな」
「ああ。だが——マルティウスの部下がまだ動いている。浄罪の目の残党が各地に散っている」
「そっちは俺が引き受ける」
ジークが城門の影から姿を現した。隣にフェリクスが控えている。
「俺とフェリクスで、浄罪の目の残党を押さえる。傭兵ギルドの連中を使えば——王都の治安維持くらいはできる」
「ジーク。——感謝する」
「感謝はいらねえ。世界が滅びたら報酬が使えないからな」
ジークが口の端を上げた。だがその目には——金の話をする時とは違う光があった。
「それと、もう一つ」ジークがレイドの肩を叩いた。「マルティウスは黙っちゃいない。拘束されたとはいえ、千年の組織には根が深い。各地の聖堂に信者がいる。ヴェルデ聖堂にも——聖教会の支部がある」
「先回りされる可能性があるか」
「ああ。鴉の伝書は俺たちより速い。フェリクスが妨害工作を仕掛けるが——全ては抑えきれない」
アルヴィンが歩み出た。白銀の鎧が朝日を反射し、金髪が風になびいている。だがその碧眼は——昨夜までとは別人のように澄んでいた。
「私が先行する」
「アルヴィン?」
「勇者としての名は、まだ聖教会の正式な取り消しを受けていない。私が聖教会の正規の命令としてヴェルデ聖堂に向かえば——現地の聖教会支部は従うしかない。地下への道を確保できる」
「だが——お前が表に出れば、マルティウスの残党に狙われる」
「エドモンがいる」アルヴィンがエドモンを振り返った。エドモンが無言で頷いた。「それに——セレナも」
セレナが微かに頷いた。聖女の白い衣が風に揺れている。
「聖女と勇者が揃えば、現地の聖騎士も逆らえないだろう」
レイドは考えた。アルヴィンの提案には理がある。聖教会の権威を内側から利用できるなら——正面突破よりも遥かに安全だ。
「分かった。アルヴィンとセレナ、エドモンが先行してヴェルデ聖堂を押さえる。俺たちは一日遅れて合流する」
「なぜ一日遅らせる」
「リーシャの体を休ませたい。四つの残滓を一晩で取り込んだ。回復に最低でも半日は必要だ」
リーシャが口を開きかけたが、レイドが先に言った。
「無理をするなと言ったのはお前だ。約束は守れ」
リーシャが少しだけ笑った。
「分かりました。——半日だけ」
アルヴィンが馬に跨った。
「レイド」
「何だ」
「一周目で——お前を殺したことは、取り消せない。だが二周目では——共に世界を救う。それが俺にできる償いだ」
「償いなんかいらない。——ただ、お前がここにいてくれればいい」
アルヴィンの碧眼が一瞬揺れた。だがすぐに前を向き、馬を駆った。セレナとエドモンが後に続き、三人は西への街道に消えた。
◇
半日の休息の後、五人は出発した。
レイド、リーシャ、ガレス、ミラ、カイル。街道を西に向かい、平原を駆ける。
リーシャの体調は回復していた。四つの残滓の力は安定し、地脈の感覚もクリアだ。走りながらも、大陸全体の魔力の流れが見える。
「ヴェルディアの状態は」レイドが馬の上から問いかけた。
「安定しています。四つの残滓で——負荷の四割を引き受けています。ヴェルディアは楽になっているはずです。ですが——」
「ですが?」
「ヴェルディアの体そのものの損傷は、残滓の吸収では治せません。三千年の酷使で——体が限界に近い。五つ目の残滓を取り込んで負荷を五割以上引き受けても、ヴェルディアの体が持つかどうかは——」
リーシャの声が小さくなった。
「つまり——時間がないのは変わらない」
「はい。五つ目を取り込んだ後、ヴェルディアを直接治癒する方法を見つけなければ」
レイドは前を向いた。街道の先に、夕陽が沈みかけている。西の空が橙から紫に変わり、星が一つ瞬き始めた。
「一つずつだ。まず五つ目を取る。その先は——その時に考える」
「いつも通りだな、リーダー」ガレスが笑った。
「いつも通りじゃねえだろ。世界の命運がかかってんだから」カイルが呆れた声を出した。
「命運がかかってようがかかってなかろうが、やることは同じだぜ。目の前の壁を、一つずつ壊していく」
ミラが鼻で笑った。
「おっさんの言う通りだけど、もうちょっと繊細な表現はできないの」
「うるせえ。俺は盾使いだ。繊細は専門外だ」
五人の笑い声が、夕暮れの街道に響いた。
世界が崩壊に向かっている中で——それでも、笑える。仲間がいるから。
レイドは一周目を思い出した。あの時は——こんな風に笑えなかった。真実を一人で抱え、孤独の中で戦い、最後には——全てを失った。
二周目は違う。
隣にリーシャがいる。背後にガレスがいる。ミラが先を見張り、カイルが弓を構えている。アルヴィンが前を走り、セレナが祈っている。ジークが背後を守り、フェリクスが情報を集めている。
一人じゃない。
それだけで——走れる。
五人は西に向かって馬を走らせた。星が一つ、また一つと夜空に灯り始め、街道を銀色に照らしていた。
最後の残滓が待つ場所へ。世界の均衡を取り戻すために。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる