勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした

ポポリーナ

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三つ目の封印

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 朝靄の中、十人と一人が神殿に降りた。

 十人はレイド、リーシャ、ヴェルディア、ジーク、フェリクス、傭兵五人。一人は——アウグストゥス。白い法衣の老人が、地下の広間に立っている。

 結晶球が不安定に脈動していた。黒い染みが昨日よりわずかに広がっている。

「時間がないようだな」アウグストゥスが呟いた。

「封印は常に劣化し続けています」リーシャが結晶球の前に立った。「修復しなければ——数ヶ月で完全に崩壊する可能性があります」

「崩壊すれば」

「この海域の深淵の眷属が解放されます。海獣の凶暴化どころではない。——海が、使い物にならなくなる」

 アウグストゥスの顔が強張った。サルディスは港町だ。海が使えなくなれば、街は死ぬ。

「始めます」リーシャが両手を翳した。

 レイドがリーシャの背に手を当て、魔力を流し込む。二回目の共同作業は慣れたもので、二人の間を魔力が滑らかに循環した。

 ヴェルディアが横に立ち、指示を出す。

「結晶球の上部から。染みが最も濃い部分に集中して——」

 青い光が強まった。黒い染みが端から溶けるように消えていく。

 一時間が経った。染みの半分が消えた。だが——レイドの呼吸が荒くなり始めた。

「きつい——か」ジークが腕を組んだまま聞いた。

「前の二つより——消耗が大きい。この神殿の劣化が激しいせいだ」

 リーシャの額に大粒の汗が浮いている。碧眼が集中で細められ、唇が微かに震えている。

「あと半分——」リーシャが呟いた。「少し——休憩が必要です」

 アウグストゥスが前に出た。

「手伝えることはないか」

 全員が老人を見た。レイドが口を開きかけた時、ヴェルディアが先に答えた。

「あなたは聖教会の人間です。聖印の力は——柱の残滓から引かれたもの。微弱ですが、封印の結晶球と同じ根源を持っている。両手を結晶球に向けて、祈りの形を取ってください」

「祈りの——」

「信仰の力ではありません。聖印に残る微かな魔力の共鳴です。それだけでも——リーシャの負荷を軽減できる」

 アウグストゥスが暫く黙った。そして——結晶球に向かって手を合わせた。聖教会の祈りの形。千年間続けてきた、祈りの姿勢。

 微かな緑色の光が——老人の手から漏れた。聖印の残滓。

「効いています」リーシャの声に力が戻った。「負荷が——二割ほど軽くなりました」

 そこからは早かった。リーシャとレイドの魔力、ヴェルディアの知識、アウグストゥスの聖印の共鳴。四人の力が結晶球に注がれ、黒い染みが最後の一片まで消えていった。

「完了です」

 リーシャが手を下ろした。結晶球は均一な青色に輝き、穏やかに脈動している。

 アウグストゥスが自分の手を見つめていた。緑色の光はもう消えている。だが——手の中に、確かな感触が残っていた。

「……祈りが——封印を助けたのか」

「聖印の力は、元を辿れば柱の残滓です」ヴェルディアが言った。「あなたが信じていた神の力は——嘘だった。だが、その力で世界を守ることは——嘘ではない」

 老人の目が——震えた。

「嘘ではない——か」

「はい。千年間、聖教会は柱の残滓の上に立っていた。その力で神を語るのは嘘だが、その力で封印を守ることは——正しい。本来あるべき使い方です」

 アウグストゥスが長い溜息をついた。白髭が揺れ、法衣の裾が石の床に広がっている。

「……勇者。一つ聞くが——この封印の管理に必要な人数は」

「一つの神殿につき、最低三人」ヴェルディアが答えた。「交代制で常に一人が監視し、劣化が見られたら魔力を注入する。聖印を持つ者なら——訓練すれば可能だ」

「三人か。——サルディスの支部には、聖印持ちが十二人いる」

「充分です」

 アウグストゥスが結晶球を見つめた。青い光が安定して輝いている。

「……考えさせてくれ。明日——返答する」

 老人は静かに広間を出ていった。白い法衣の背中が、地下通路の闇に消えていく。

「どう思う」レイドがジークに聞いた。

「九割方、やるだろう。あの爺さん——信仰を失うのが怖かっただけだ。新しい信仰を見つけた」

「信仰じゃない」

「役割だ。——同じようなものだろ。人間は何かを守っていないと生きていけない」

 ジークの言葉が、地下に静かに響いた。


  ◇


 翌日。アウグストゥスはサルディスの聖堂に一行を招いた。

 町の司祭たち十二人が並んでいる。白い法衣が整然と列を作り、アウグストゥスが中央に立った。

「諸君。我々は——新しい使命を受ける」

 司祭たちがざわめいた。

「深淵の封印の管理。世界を守る——本当の意味での奉仕だ。聖教会の名の下に、千年間民を導いてきた我々が——今度は、世界そのものを守る」

「支部長。それは——独立の撤回を意味するのですか」

 若い司祭が問うた。

「独立は——保留だ。王都の決定を全面的に受け入れるのではなく、我々の判断で——新しい役割を選ぶ。封印を守る。それが聖教会の存在意義になると——私は信じる」

 老人の声は——震えていなかった。決意の声だった。

 レイドは聖堂の入口に立ち、その光景を見ていた。隣にリーシャが並んでいる。

「うまくいった——のでしょうか」

「第一歩だ。——これから長い道のりになるが、始まった」

 リーシャが小さく微笑んだ。碧眼が聖堂の窓から差し込む光を映し、穏やかに輝いている。

 三つ目の封印——修復完了。残り二つ。
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