【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件

ポポリーナ

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リストラ通知と最後の選択肢

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 会議室の白い壁に反射するその光が、妙に目に痛い。退職届の紙の白さと、蛍光灯の白さ。ふたつの白が、この会議室を埋め尽くしていた。

「——というわけで、柊くん。来月末をもって、ということになるんだが」

 上司の山崎課長が、用紙をテーブルに滑らせてくる。まるでファミレスで伝票を渡すみたいに、さりげなく。

 いや、さりげなくはないか。課長の指先が微かに震えているのが見えた。退職を言い渡す側だってつらいのだろう。だが、つらいのと痛いのは違う。今の俺には、その区別がつかない。

「……はい」

 自分の声が、他人の声みたいに聞こえた。

 柊一颯、三十二歳。営業部勤続八年。これといった実績もなく、これといった失敗もなく、ただ日々をやり過ごしてきた男の——あっけない終わり方。

「君の分析力は認めてるんだが」

 山崎課長がそう付け加えた。フォローのつもりだろう。言葉のクッション材。プレゼンで言うなら、拒否感を和らげるためのポジティブフィードバック。だけど、分析力で営業成績は上がらない。クライアントが求めているのは説得力であって分析力じゃない。八年かけて、それだけは確実に学んだ。

「いえ、お気遣いなく」

 退職届を受け取る指先に、力が入らない。紙一枚が、やけに重い。

 こうなることは、薄々わかっていた。業績不振のニュースが社内に流れ始めた半年前から、リストラの噂は囁かれていた。対象者リストに自分の名前が入っていないことを祈るような毎日。すれ違う同僚の目を見ては、自分より先に切られるのは誰かを考えてしまう、浅ましい毎日。

 祈りは、届かなかった。

「あ、それと」

 山崎課長が思い出したように言う。

「退職金の他に、再就職支援プログラムもあるから。人事に聞いてみてくれ」

 再就職支援。三十二歳、スキルは営業——いや、営業すらまともにできなかった男に、何を支援するんだろう。

 頭の中で、もうひとつのスキルのことが一瞬だけよぎった。

 探索者免許。ランクD。スキル——鑑定。

 五年前、なんとなく取った免許だ。ダンジョンが出現して十年、探索者は花形職業になった。だが鑑定スキルでダンジョンに潜る馬鹿はいない。戦闘力ゼロ。文字通りのハズレスキル。履歴書の資格欄を一行埋めるためだけに存在するような免許だ。

 会議室を出ると、フロアの空気が変わった。

 同僚たちの視線が背中に刺さる。キーボードを叩く音が一瞬だけ途切れて、また再開する。誰も声をかけてこない。当然だ。リストラされた人間に、なんて声をかければいいか、誰だってわからない。

 俺だって、逆の立場なら同じことをする。目を逸らして、キーボードを叩き続ける。


  ◇


 アパートのドアを閉めた瞬間、膝から力が抜けた。

 玄関に座り込んで、天井を見上げる。六畳一間の1K。壁紙の継ぎ目が微かに剥がれている。冷蔵庫が低い唸り声を上げていた。その音だけが、この部屋で唯一、生きていることを主張していた。

 着替えもせずにベッドに倒れ込む。スーツの皺なんて、もうどうでもいい。明日着ていく場所がないんだから。

 しばらくそうしていたが、天井の染みを数えるのにも飽きて、スマホを開いた。画面のブルーライトが薄暗い部屋を青白く染める。

 銀行アプリの残高表示——百三十七万八千円。退職金を足しても、家賃と生活費で一年持つかどうか。

 求人サイトをスクロールする。営業職、営業職、営業職。経験者優遇、即戦力求む、コミュニケーション能力必須。三十二歳、職歴八年、特記事項なし。書類選考で落とされる未来が、このブルーライトの中にはっきりと映っていた。

 (……詰んだな、これ)

 自嘲が漏れる。プレゼンで言うなら、クロージング失敗。商談不成立。今回の商品は俺自身で、買い手がつかなかった。それだけのこと。

 なんとなく動画サイトを開いた。現実逃避だ。わかっている。わかっていて、指が勝手にタップする。

 トップページにレコメンドされた動画のサムネイルが目に入る。

『【速報】Aランク探索者の配信収益、年間2億円超え! ダンジョン配信者の驚愕の収入事情』

 指が止まった。

 ダンジョン配信。探索者がダンジョン攻略の様子をリアルタイムで配信するコンテンツだ。二〇二〇年の規制緩和以降、急速に市場が拡大した。トップ層は芸能人並みの知名度と収入を得ている。

 もちろん、それは戦闘系スキル持ちの話だ。剣術、火魔法、雷撃——派手なスキルで視聴者を魅了する配信者たちの世界。鑑定スキルの出る幕なんて、あるわけがない。

 あるわけが、ない。

 でも。

 (鑑定しかない俺でも、配信なら……)

 馬鹿げた考えだと思った。戦闘力ゼロの探索者が、ダンジョンに潜って何を見せるんだ。石壁を鑑定して「はい、石壁です」って言うのか。視聴者全員寝るぞ。

 だけど他に何がある。

 求人サイトの画面をもう一度見た。営業職。営業職。営業職。同じ文字列が、永遠にスクロールされていく。

 冷蔵庫の唸り声が、やけに大きく聞こえた。

 気づいたら、中古の配信機材をネットで注文していた。カメラ、マイク、三脚、配信用のソフトウェアライセンス。合計四万三千円。貯金が百三十三万五千円になった。

 (ダメ元だ。どうせ失うものなんて、もうない)

 夜中の二時。冷蔵庫の唸り声を聞きながら、一颯はようやくベッドに潜り込んだ。不安で眠れないかと思ったが、体は正直だった。リストラされた日の疲労は、考えることすら許さないほど深い。

 翌朝。

 一颯は渋谷の地下、東京第三ダンジョン——通称サードダンジョンの入口を下見に来ていた。


  ◇


 ゲート前広場は、朝の九時でも探索者たちで賑わっている。

 巨大な石造りのアーチが地下へと続く入口を形作り、その向こうから冷たい風が吹き上がってくる。地上の五月の陽気とは別世界の冷気。鼻の奥に金属を舐めたような味が広がった。

 (魔素か)

 ダンジョン内部に充満する微粒子。探索者なら誰でも知っている基礎知識だが、実際に浴びるのは免許取得の実技試験以来だ。五年ぶりの感覚に、肩が強張る。

 ゲートの脇には電子掲示板が設置されていて、本日の探索状況がリアルタイムで更新されている。現在の探索者数七十三名、各層の混雑状況、注意事項。下見だけのつもりだったが、足が竦んでいることに気づいた。

 場違いだ。

 周りを見ればわかる。探索者たちは皆、機能的な装備に身を包み、武器を携え、仲間と声を掛け合っている。筋肉質の男が大剣を担いで笑い、女性の魔法使いが杖の先に光を灯して調整している。Bランク、Aランク——装備の質が、立ち居振る舞いが、交わす言葉のひとつひとつが、自分とは次元が違う。

 俺はスニーカーにジーンズ、リュックひとつ。胸ポケットの探索者カードに印字されたDランクの文字が、じくじくと痛んだ。

 帰ろうか。

 そう思った瞬間、視界の端を通り過ぎた探索者の腰の剣が目に入った。

 無意識だった。

 本当に、反射的に——鑑定が起動した。

 鑑定ウィンドウが視界に浮かぶ。半透明の青白い表示パネル。スキル発動時に視覚野に直接投影されるインターフェース。普段なら「鉄の剣——攻撃力12」程度しか出ない。

 はずだった。

『魔鋼刀・朧月(おぼろづき)

 分類:片刀(日本刀型)

 等級:A

 攻撃力:287

 付与効果:斬撃波生成(射程8m)、自己修復(微)

 素材構成:魔鋼72%、星霜鉱18%、深層キチン質10%

 製造工程:深層鍛造法(加熱温度2,400℃、魔素注入圧3.2MPa、冷却に氷龍の息を使用)

 製造者:久我山修(元Bランク探索者・鍛造師免許保持)

 素材産地:サードダンジョン22層(魔鋼)、31層(星霜鉱)、セカンドダンジョン15層(深層キチン質)

 使用者適性:筋力値180以上、魔力親和性B以上

 現在の刀身疲労度:12.7%

 推定残存寿命:実戦使用約340時間

 備考:刀身の結晶配列に微細な偏りあり——7回目の鍛造工程で温度が0.3℃逸脱したことに起因。実用上の影響は軽微』

 文字が止まらない。

 スクロールしてもスクロールしても、情報が溢れ出してくる。製造工程。素材の産地。使用者適性。刀身の疲労度。鍛造時の温度誤差。

 こんなの——見たことがない。

 鑑定スキルはこんな情報を表示するスキルじゃない。「鉄の剣、攻撃力12」。それが鑑定だ。名前と等級と基本ステータス、せいぜいそれだけ。製造工程や素材の産地階層なんて、表示されるはずがない。

 息を呑んで、別の探索者にも鑑定をかけた。今度は、すれ違った女性の装甲ブーツ。

『深層皮革ブーツ・夜歩き

 分類:軽装靴(探索者用)

 等級:B+

 防御力:89

 特殊効果:静音歩行Lv2、耐水(完全)

 素材構成:深層ワイバーンの腹鱗皮68%、魔導繊維22%、……』

 また。同じ密度の情報が、洪水のように流れ込んでくる。

 さらに別の探索者。腰のポーションホルダー。背中の盾。手袋。目に入るもの全てに鑑定をかけてしまう。止められない。全てに、製造者の名前、素材の産地階層、製造工程の詳細が表示される。

 足元が微かに振動した。地下鉄だろう。渋谷駅が近いし、こんなものだろう。

 だが——鑑定ウィンドウの情報量は、明らかに異常だった。

 (なんだ、これ……)

 手が震えていた。

 鑑定はハズレスキルだ。三十二年、そう思って生きてきた。免許を取った時も、講師に「まあ、日常で使えるスキルだと思えばいいよ」と慰められた。戦闘じゃ役に立たない。ダンジョン攻略には不向き。ランクDの烙印。

 だけど今、目の前に浮かんでいるこの情報の洪水は——ハズレスキルのそれじゃない。

 (鑑定が雑魚スキルだから、情報量だけは無駄に多いってことか? 他の鑑定持ちも、こんなもんなのか? いや、でも——)

 考えがまとまらない。

 一颯は震える手でスマホを取り出した。配信機材は明日届く。それまでに確認しておきたいことがある。

 この鑑定が——本当に、ただのハズレスキルなのか。

 ゲートから吹き付ける冷たい風が、額の汗を乾かしていく。金属の味が、舌の上にいつまでも残っていた。
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